一章 第二話 入院
用語説明w
三大元応力
魔法の源である魔力、特技の源である輪力、闘氣の源である闘力
セフィリア
竜人の女性で龍神皇国の貴族ドルグネル家の若き当主。ドルグネル流武器術を修め、騎士としても活躍中。その長く美しい金髪から、金髪の龍神王と呼ばれているドラゴンエリート
龍神皇国 中央区
国立医療センター霊障科
「ラーズ、体調は?」
セフィ姉が俺の顔をじっと見つめる
「特に問題ないよ」
「そう…。本当に、いいのね?」
「うん。決めたことだから」
「…」
俺が答えると、セフィ姉は少しだけ寂しそうな顔をした
セフィ姉は龍神皇国騎士団に所属するプロの騎士だ
貴族の当主でありながら、俺の両親とは昔からの付き合いで、小さい頃からウチに遊びに来ていた
俺も、小さい時からセフィ姉に遊んでもらうのが楽しみだった
セフィ姉は俺の憧れ
美人で、かっこよくて、かわいくて、優しくて…
そして、誰よりも頑張り屋さんだ
セフィ姉と遊びたくて、気を引くためにいろいろとやったが
喜んでくれることが嬉しくて、手紙を書いたりプレゼントを作ったり
セフィ姉のことが大好きだった
セフィ姉と一緒にいたくて、騎士学園に入学したくらいだ
ただ、残念なことに俺は凡人だった
そして、セフィ姉は超が付く天才
騎士団に入った途端に頭角を現しているセフィ姉
貴族の当主としても認められ始めている
片や俺はというと、プロの騎士を諦めた上、大学受験で絶賛苦戦中
自分の凡庸さがつくづく嫌になる
「ラーズ、入院の準備は終わったの?」
「うん、荷物は詰めたら大丈夫。フィーナと父さん達がタクシーで持って来てくれるって」
「そう。手術前だから、飲食はダメだものね」
「そうだね。本当は喫茶店くらい行きたいんだけど」
セフィ姉は紅茶好き
病院の喫茶店で、本当はお茶したかったのだと思うけど、俺のために我慢してくれているのだ
「…寂しいわね。ラーズは、騎士団に来てくれると思ってたから」
「いや、その…、ごめん」
セフィ姉が俺の隣に腰かける
それだけの所作が優雅で、周りにいる人がチラチラとセフィ姉を見ている
長い金髪が輝いていて、遠くからでも人目を引く
美しさをカンストすると、人の精神に作用する精神属性並みに関心を引いてしまう
ある意味、アクティブヘイト誘導効果だ
「いつか、本当に私の所に来てくれる?」
セフィ姉が天井を見ながら言う
「…もちろん、行きたいよ。でも、それは、チャクラ封印練の結果次第だろうけどね」
俺は愛想笑いをしながら、セフィ姉のから目を逸らす
セフィ姉の、左右で濃さの違う青い瞳、龍眼
まっすぐ見られないのは、恥ずかしかったからじゃない
…少しだけ負い目があったからだ
騎士学園の卒業間際
俺は、セフィ姉に龍神皇国騎士団へと誘われていた
龍神皇国騎士団は、世界でも名門中の名門
騎士志望が憧れる騎士団の一つだ
そんな所に誘ってもらえるのは幸運な事
実際に、同じパーティを組んでいたヤマトが龍神皇国騎士団へと進み、ミィも騎士大学を経由して騎士団へと進路を決めている
だが、俺は…
騎士学園での実技実習、ダンジョン・アタック
フィーナ、ヤマト、ミィとパーティを組んで挑んでいた
他にも、才能ある同級生達
段々と感じる、自分の実力の足りなさ
同級生達との力の差を自覚してしまう
自分の挑んでいるもの、セフィ姉という目標の高さも
決め手は、卒業間際にセフィ姉が連れて行ってくれた、プロの騎士の狩りだった
俺の武器は重属剣
高威力と引き換えに、一度発動すれば全ての体力を失う技能
実戦では、仕留め切れなければ、自分が殺られる超ハイリスクな技だ
しかし、セフィ姉やプロの騎士達が実戦で使っていたのは、普通の技能のみ
闘氣や魔法、特技という、三大元応力を使った技能のみだった
その理由は、爆発的な高威力など必要が無いから
連携と、ある程度の威力を積み重ねてリスクを取らずにモンスターを仕留める
それが騎士としての強さだからだ
俺には力が無い
頑強さも、魔力も無い
そんな俺が持っていた唯一の個性、重属剣
だが、それは一発勝負の博打技
プロにとっては必要のない技だった
劣等感に苛まれる
どうして、俺には才能が無いんだろう
どうして、ヤマトやフィーナ、ミィにはあるんだろう
騎士の世界は、俺の通用する場所じゃなかった
その悔しさと、理解できてしまう自分に、俺は絶望してしまったんだ
「…大丈夫よ。この病院の先生は、チャクラ封印練の施術の経験が豊富な方みたいだから」
「え…、う、うん」
セフィ姉は、俺がこれから行う心霊手術を不安に感じていると思ったらしい
優しく俺の肩に手を置いてくれる
ち、違う!
俺は、そんなかっこ悪い理由でへこんでたんじゃないんだ!
「…」
セフィ姉は、俺を安心させようと優しく微笑む
可愛い…
って、違う!
セフィ姉には分からないだろうな、俺の気持ちなんて
俺が騎士学園に入った理由
それは、セフィ姉の英雄と同じ輝きに憧れたから
そして、そんなセフィ姉の助けになりたかったからだ
可愛くて優しい、そして、誰よりも頑張っているセフィ姉の力になりたい
隣に立ち、時に背中を守れる、そんな騎士になりたかった
でも、俺には無理だと思った
そう思ってしまった
だから、俺は逃げた
…セフィ姉の誘いを断って、騎士団という舞台から逃げ出したんだ
セフィ姉は、俺が騎士団に来なかったことを、とても残念がってくれている
それが嬉しくもあり、苦しくもある
セフィ姉の期待に応えられない怖さ
逃げ出した心苦しさ
でも、落胆させなくてよくなった安堵感
その全てが、俺の劣等感を突き刺してくる
「ラーズさん、ラーズ・オーティルさん」
「はい!」
受付から呼ばれて、俺は返事をする
「七番のドアからお入りください、施術前に検査を行います」
「分かりました。セフィ姉、行ってくるよ。忙しいんだから、付き合わなくていいよ?」
「いいのよ。今日はお休みを取ったから、ゆっくり待たせてもらうわ」
「う、うん、分かった。行ってくるね」
セフィ姉は、たくさんの仕事を持つバリバリのキャリアウーマン
騎士の幹部としての仕事、騎士としてのモンスター対策、更にドルグネル家の運営と忙しく働いている
それなのに、今日はわざわざ俺に付き合ってくれているのだ
「…それではナースから入院の説明を受けて下さい。その後、病室にご案内しますね」
「はい」
体温計測などの簡単な検査が終わる
俺がこれから受けるチャクラ封印練は、封印術の一種で心霊手術によって施術する
そのため、霊障科のあるこの病院に入院するのだ
「ラーズ、お帰り」
「はい、これが着替えよ」
「ありがとう」
廊下に出ると、ソファーにはセフィ姉の他にフィーナとディード母さんがいた
「パニン父さんは、車を駐車場に停めてるよ。混んでたから」
フィーナが言う
「そっか。これから病室に行くみたいだから、父さんにも連絡しておいてよ」
俺達は、案内されて病室に向った
「へー、きれいだね」
「個室なんて贅沢だわぁ。セフィリアちゃん、本当にいいの?」
ディード母さんが尋ねる
「いいんですよ。しっかりと休んで、受験勉強に戻らなければいけませんから」
俺のわがままで決めたチャクラ封印練だが、セフィ姉が全部手配してくれた
そして、病院を調べて予約をしてくれたのだ
費用もセフィ姉持ち
こんな贅沢、いらないんだけどな…
「ラーズ、セフィ姉に足向けて寝られないね。勝手に騎士団を断った癖に」
「うっさいな、フィーナ。俺だって散々悩んだんだよ」
「いいのよ、私がやりたいからやっただけだもの。それより、さっさと準備しなさい。時間ないわよ」
「あ、そうだね」
俺は、一度手術着に着替えて外に出る
「ナースさん、待ってるよ」
フィーナが言う
「準備は良さそうですね。さ、行きましょう」
「あ、はい。お願いします」
「行ってらっしゃい」
セフィ姉達に見送られて、俺は歩き出す
これから始まるのは、チャクラ封印練の施術
俺はこれから、騎士を目指す資格を手放す
魔力、特技、そして闘氣が使えなくなるのだ
騎士の卵だった俺は、ただの一般人になる
…そう、セフィ姉を諦めないために
ラーズは騎士の卵であり、魔法、特技、闘氣を使える、一般人から見れば、いわゆるチート超人でした。
しかし、この施術によって、全てのチート騎士能力を失い、完全な一般人となってしまいます。
そう、この小説はここからが本番です!w