第34話
レイドは城の一室に人を集めた。
部屋に呼ばれたのはバゼル、フィーネ、両親のアゼルとマリー。それに集落の村長であるダニエーレと、村の生き字引である二人の長老だ。
いずれ集落の人全員に話をするつもりのレイドだったが、まずは村長に話を聞いてもらい、他の人達に話すタイミングを一緒に考えてもらおうと思っていた。
レイドとカトレアを入れて計九人は、年代物の長机を囲み、古美術品のような椅子に腰をかける。
「俺が使っている力だけど……これはダンジョンの最下層にあった【魔導書】によるものなんだ」
レイドの言葉に、その場は騒然となる。
「ちょっと待て、レイド! ダンジョンの最下層!?」
驚いたバゼルが声を上げて立ち上がる。ダンジョンが攻略されたという噂は、バゼルの耳にも入っていた。
だが、その攻略者が目の前にいるレイドだなんて、とても信じられない。
「お前が……ダンジョン攻略者だったのか……」
「ああ、そうだ」
村長や長老も驚いて「本当にそんなことが……」と言ったきり、沈黙してしまう。
異様な雰囲気を感じ取ったフィーネが、辺りをキョロキョロと見回し、
「それって、そんなに凄いことなの?」
呆気らかんと尋ねるフィーネに、アゼルは微笑んで、頭を撫でる。
「ダンジョンが発見されて数百年……攻略した者は、ただの一人もいない。つまり、レイドが人類で初めての攻略者ということだ」
それを聞いたフィーネは、大きく目を見開きしばたかせる。
「すっ、ごーーい! レイド兄、めちゃくちゃ凄いじゃん!」
興奮するフィーネを横目に、村長のダニエーレは静かに尋ねてくる。
「それでレイドよ。お主はこの先どうしていくのじゃ? そんな力があるなら、我々なぞ助けずとも、好きなように生きてゆけるじゃろう」
村長の言葉を聞いたレイドは、目を閉じて首を振る。
「俺の望みは、オルド人が差別されない場所を作ることです」
「差別されない場所?」
フィーネが不思議そうに首をかしげる。差別されることが当たり前のオルド人にとって、レイドの言葉は現実味の無い絵空事に聞こえた。
だが、レイドは本気だ。
「ここに……オルド人の国を造りたいんだ」
◇◇◇
モルガレア公国・王城――
アレサンドロの使節団が入城したのは、その日の午後だった。
貴賓室に通された使節団の責任者、外交官のサリウス・マクガーデンが席に着く。対面には宰相のデミトゥリスと国防大臣のハイゼン・マルスが座った。
柔和な表情を浮かべるサリウスだったが、相対するデミトゥリス達の顔は強張っている。この会談が、通常の外交交渉とは掛け離れたものであることを理解していたからだ。
「お久しぶりです。デミトゥーリス様、お元気でしたか?」
「ええ、つつがなく」
「今回、私どもが派遣されたのは、新大陸についてと、先日アレサンドロの空中遺跡が消失した件についてです」
「サリウス殿、新大陸については、いずれアレサンドロと話し合わなければと思っておりました」
「そうですか、それは話が早い」
「しかし‟空中遺跡”の件は我が国とは関係ないはずです。この会談に持ち出すのは不適切かと……」
デミトゥリスの言葉にサリウスは、わざとらしく驚いた表情を見せる。
「おやおや、それはそれは、最初にダンジョンが攻略されたのはモルガレアと認識しておりましたが、違いましたかな?」
「それは国内の問題なので、お答えしかねます」
眉間に皺を寄せたハイゼンが答える。首を横に振って、こめかみを指で叩くサリウス。「困った、困った」と小声で呟いていた。
「では、アレサンドロから持ち出された‟空中遺跡”がモルガレアの沖合にあるのは何故ですかな?」
「そ、それは……」
空に浮かぶ城が沖合にあることは知っていたが、その理由は分からない。否定することもままならず、デミトゥリスは臍を噛む。
「我々もモルガレアが故意に、空中遺跡の秘宝を持ち出したとは考えておりません。しかし、モルガレアの海域に‟城”があるのは、持ち出した人間がモルガレアにいる可能性が高いからではないのですか?」
「…………」
デミトゥリスもハイゼンも答えることが出来ない。その可能性は確かにあったからだ。
「もちろん、空に浮かぶ城はアレサンドロに返還してもらわねばなりません。それについては異論はございませんね?」
「返還と言われましても……あの城は我々の管理下にはありません。国として対応を求められても、お答えしかねます」
サリウスは「う~~ん」と唸り、椅子の背もたれに体を預け、瞼を閉じて腕を組んだ。
「それは困りましたね。皇帝陛下からは、貴国と穏便に交渉するよう申し付かって来たのですが……城が返還されないとなれば、そういう訳にもいきません」
「それはどういう意味でしょうか?」
ハイゼンが険しい顔で聞くと、サリウスは溜息をついて答える。
「不本意ではありますが、我が国に対する敵対行為とみなして、武力を持って介入するしかありません」
「ま、待って下さい! あまりにも性急すぎます。我々はアレサンドロと敵対するつもりなどありません! もう一度、考え直して下さい」
デミトゥリスは懇願するように頼むが、サリウスはけんもほろろに断り席を立つ。
「大変残念です。デミトゥリス様」
「サリウス殿! 今しばらく時間を頂けないか? 何とか貴国の希望に答えられないか検討させてほしい」
歩みを止め、振り返るサリウス。
「分かりました。では三日待ちましょう。それで色よい返事がなければ、我々は力を持って‟城”を取り戻します」
そう言い残してサリウスは部屋を後にした。残されたデミトゥリスとハイゼンは、苦々しい表情でサリウスが出て行った扉を見つめる。
「いかがなさいますか、デミトゥリス様。報告ではアレサンドロとの国境沿いに、帝国軍が集結し始めているとのことです」
「戦争をする理由が欲しかっただけだろう」
すでにモルガレアを攻めることは帝国に取って既定路線。城のことは口実に過ぎないとデミトゥリスは考えていた。
向こうがその気なら、回避する方法はない。
――三日待つと言っていたが、恐らく進軍の準備期間でしかないな。
「明日、ダンジョン攻略者と交渉を行う」
「では……」
不安気な表情を見せるハイゼンに、デミトゥリスは一つ息を吐き口を開く。
「この交渉が失敗すれば……モルガレアの歴史は終わるだろう」




