第35話
『【新緑の書】を発動します』
バルタザールの声と共に、アヴァロンから強力な波動が放出された。
乾いた大地に植物が芽吹き、何も無かった平地や岩場など、殺風景な土地が淡い緑に覆われていく。
城のバルコニーから見守るレイドや村の人々は、その光景に驚きながらも歓声を上げていた。
『次は【天の書】を使います』
バルタザールがそう言うと、雲一つなかった上空に、黒い雨雲が渦を巻くように広がっていく。
ポツポツと雨粒が落ちてきて、やがて激しく降り注ぐ雨となる。まだ芽吹いたばかりの新緑の大地に、徐々に潤いを与えていった。
「うわー凄いな」
想像を超える【魔導書】の効果に喜んだレイド。
この数日で、二つのダンジョンを攻略し、魔導書の01【新緑の書】と、03【天の書】を入手していた。
村人の食料を長期的に確保するために農業は不可欠。この二つの魔導書は、食糧問題を解決するため、バルタザールの助言に従って入手した物だ。
フィーネやバゼル達に、ダンジョン攻略を告白した後、バゼルとは一旦別れることになった。レイドはバゼルと交わした会話を思い出す。
『協力はしたいが、今すぐに答えは出せない。時間をくれレイド』
『そうか……分かったよ』
バゼルを【空の書】で、元いた戦場に戻し連絡用として金属の玉を渡す。
『結論が出たら、この玉を通して連絡してくれ』
『ああ、そうする』
そう言ってバシルと別れたが、レイドは必ずバゼルが力になってくれると信じていた。
「それにしても、ずっと海に沈んでいたのに、ちゃんと植物が育つなんて……。ここの土地はどうなってるんだ?」
レイドの疑問に、バルタザールが答える。
『オルドリア大陸の土地は、特別な土で造られています。塩害などの被害は受けず、作物を育てることが可能です』
「へー、理屈は分からないけど、とんでもないってことだけは分かるよ」
アヴァロンを中心とした王宮は、人々に開放した区域と、レイドなど一部の人間しか入れない区域に分かれていた。
今いる広間には、小さい子供なども走り回っている。
「雨を降らせる【魔導書】があるなんて……農作業には強い味方になってくれるな」
『ハイ、かつてのオルドリア帝国は、豊かな農業大国でもありました。あと二、三日もすれば作物を植えることも出来るでしょう』
「これなら大勢の食料もまかなえる」
希望に胸膨らませるレイドだったが、
『レイド様、モルガレアから使者が来たようです。大陸の東から二十名ほどが近づいてきます』
バルタザールの報告に、表情を曇らせるレイド。いずれは来ると思っていたが、実際に使者が来ることになれば、対応するのは代表のレイドだ。
否が応にも、緊張が走る。
「準備をしないとな……」
◇◇◇
アレサンドロ帝国――
緊急で開かれた御前会議には、王や宰相のロイス、各大臣が集まっていた。
「どういうことですか? クラーク殿」
静かに問いかけるロイスに、国防大臣のクラークは眉を上げる。
「どう、とは? 何かありましたかな、ロイス卿」
「モルガレアと交渉することには同意いたしましたが、侵攻することに同意した覚えはありません。あなたが主導したと聞いておりますが」
「いやいや、あくまで交渉の結果です。国務大臣のエドムンド殿と相談した上で、モルガレアとの戦争は避けられないと判断しました」
深く頷くエドムンドを見て、ロイスは辟易する思いだった。
若くして宰相になったロイスを、快く思っていない大臣は多い。クラークとエドムンドはその筆頭だ。何かにつけて対立することがあった。
「私は断固反対いたします」
「ロイス卿、何が不満だと言われるのですか?」
やれやれ、といった表情でクラークが問いかける。
「モルガレアはダンジョン攻略者の件もあり、不確定要素が多すぎます。軽々に戦うのは得策ではありません」
「だからこそです。ダンジョン攻略者が次々と‟秘宝”を手にしてしまっては、手遅れになるやもしれません。今のうちに叩くべきです」
「今ならば勝てるという保証はありません」
「我々が負けると言うのですか!?」
「そうは言っておりません。不確かなリスクがあると申し上げているのです」
「リスクの無い戦場などありません。やはり文官から上がられた方は、その辺の常識に欠けるように感じますな」
「やめぬか!」
王が割って入る。ロイスとクラークは頭を下げ平伏した。
「この件はクラークに任せる。よいな? ロイス」
「はっ、仰せのままに」
国王のハイマンは、ロイスと大臣たちに亀裂があることを知っていたため、自ら間に入り緩衝材の役割をはたしていた。
王に気をつかわせていることを不甲斐なく思うロイス。今回もクラークの顔を潰さないようにする判断だ。
反対したロイスも、その命には従うしかなかった。
◇◇◇
【アヴァロン】の上階から、城の一区画にある作業場にやって来たレイド。
カトレアと共に向かった先には、漁で使うための延縄や、小さな船を造る人々がいた。その中で力仕事を担当している男に声をかける。
「作業は捗ってますか?」
声を掛けられた男は、顔を上げてレイドを確認すると、持っていた延縄を置いて立ち上がる。
「今の食料じゃ、とても足りないからな。次の漁では俺も出ようと思ってるんだが、構わないだろうか?」
「ああ……よろしく頼むよ、グスタフ」
さすがに150人もの捕虜の食いぶちの面倒を見るのは大変だったため、レイドは捕虜にしていた冒険者の一部を解放して食料の確保を手伝ってもらっていた。
特によく働いてくれたのが‟黒剣”と呼ばれる冒険者達だ。冒険者ではないレイドでも、その名前は聞いた事があった。
「おう! レイドじゃねーか。今度は山に送ってくれねーか?」
‟黒剣”のカールが、何かの罠を造りながら声を掛けてくる。
「それは?」
「猪用の罠だよ。魚ばっかりじゃ、飽きちまう。山に送ってくれ、肉を取ってくるぜ! 肉を!!」
カールは明るく気さくで、周りを和ませている。他にも気のいい冒険者達は多く、食料調達にいそしんでいた。
「グスタフ、モルガレアの使者が来たよ」
「……そうか、とうとう来たか」
モルガレアの皇太子がこちらにいる以上。国が使者を送ってくるのは明らかだった。レイドは村長や、村の者数名を呼ぶことにしていたが、それに加えてグスタフにも会談に出席して欲しいと頼んだ。
「俺に? いいのか、仮にも敵側の人間だぞ」
グスタフが困惑したように言うと、
「敵っつたって、俺たちゃ金で雇われただけだからな。レイドや、この城の連中と対立しなきゃいけない理由なんてないだろう」
「雇い主に対する義理はないのか?」
カールの軽口をグスタフが窘めるが――
「ないね!」カールはキッパリと言い切った。
確かに募集事項に書かれていなかった仕事内容だっただけに、カールの言い分も分かるとグスタフは思う。
「オルド人だけでは心もとないから、間に入って欲しいんだ」
「う~ん……分かった。あまり役にはたたんかもしれんが、引き受けよう」
レイドはグスタフにモルガレア一行の案内を任せ、自身は会談のために用意した部屋へと向かう。
◇◇◇
巨大にそびえ立つ城門の前、そのあまりに立派な佇まいに息を飲むデミトゥリスの姿があった。
将軍のオルスと、護衛に十数名の騎士を引き連れている。
「これほどの城があるとは……それにしても恐ろしいほど綺麗ですね」
オルスが汚れ一つ無い城の外壁を見て舌を巻く。
「そうだな……ここがオルドリア大陸である以上、世界を統一したと言われるオルドリア帝国の城なのだろう」
見上げたまま話すデミトゥリスだったが、それならば尚更千年以上経っている城が原型を止めていることに、不気味さを覚えていた。
彼等が門の前まで馬で近づくと、ゆっくりと門が開き始める。
重厚な音の先に見えてきた城門の内側には、青い鎧を全身に纏った騎士と、見覚えのある冒険者の男が立っていた。
「あれは……グスタフか!?」
デミトゥリスが思わず叫ぶ。グスタフとは王城で会って以来だが、その迫力のある体躯と顔つきはハッキリと覚えていた。
「グスタフ!! 無事だったか!」
オルスは馬から飛び降り、グスタフの元へと駆け寄ると、がっしりと抱き合う。親友の無事を、オルスは心の底から喜んだ。
「お前が捕虜になったと聞いた時は心配したぞ!」
「見ての通り、ピンピンしてるよ」
オルスとの再会を喜んだグスタフは、デミトゥリスの前に歩み出て膝を突く。
「お久しぶりです、デミトゥリス様。この城の主より、案内役を仰せつかりました。私と共にお越しください」
「……そうか、分かった」
デミトゥリスとレイド達の会談は、日が昇った正午に行われた。
使われた部屋は外交用の貴賓室で、高級そうな調度品がならんでいる。レイド達が先に着席し、後からデミトゥリス一行とグスタフが入ってくる。
部屋に通されたデミトゥリスは、厳しい表情を崩さなかった。話には聞いていたが、目の前にいる相手は全員オルド人。
交渉は厳しいものになるだろうと、デミトゥリスは覚悟した。




