第32話
「大変です、デミトゥリス様!」
「どうした? そんなに慌てて……」
モルガレア公国の宰相、デミトゥリスの執務室に飛び込んできたのは、行政上の職務を行う事務官だった。
「アラン様と行動を共にしていた、近衛長のブレスト様が戻られました!」
「おお、そうか……それでアラン様は?」
「それが……新大陸にあった王国に捕らわれたと……」
「な、なに……?」
デミトゥリスは理解が追い付かなかった。
――新大陸に王国? アラン様が捕らわれた?
意味不明な報告に困惑するが、すぐに国王を交えた会議が招集されることとなる。デミトゥリスを始め、各大臣が出席した。
「どういうことですか!? デミトゥリス殿。アラン王子が敵に捕らわれたなど、前代未聞の事態ですぞ!」
国の安全を取り仕切る国防大臣のハイゼン・マルスが、憤った様子でデミトゥリスに問いかける。
「私も先程聞いたばかりで……それについては、戻ってきた近衛兵長のブレストに直接説明させます。ブレスト、始めてくれ」
「はっ!」
部屋の隅にいたブレストは、席に着いた国王や各大臣の前に出てきた。緊張した面持ちで直立している。
「何があったのだ、ブレスト? お主ほどの手練れが付いていながら……アランは今どうしておる?」
国王のルドルフは心配そうに尋ねる。国王と言えど人の親、やはり息子の安否は何よりも気になるのだろう、とデミトゥリスは思った。
「申し訳ございません。アラン様をお守りすることが出来ませんでした」
「アラン様は誰に捕まったのだ!?」
ハイゼンが聞くと、ブレストは肩を落として答える。
「我々が新大陸に上陸すると、巨大な城がありました。中には恐ろしく強い騎士や兵士が待ち構えており、近衛兵及び冒険者の一団は敗北しました」
――冒険者を連れて行っていたのか……。
元々、近衛兵二十名程度の戦力では何も出来ないだろうと思っていたデミトゥリスだったが、冒険者を雇ったとなれば話は別だ。
ブレストの報告にハイゼンは声を荒げて問いかける。
「何者だ、その者達は? まさか千年以上海底にあった城に住んでいた訳でもあるまい。どこからやって来たのだ?」
「騎士達が何者かは分かりません。しかしダンジョンを攻略したと言う者がおり、その者が城の主のようでした」
議場が一気にざわつく、聞き捨てならない言葉が出てきたからだ。
「ダンジョン攻略者だと……本当にそう言ったのか!?」
ハンゼンは驚愕し、国王は沈黙した。アランを拘束したのがダンジョン攻略者なら、モルガレア公国の敵に回ったということを意味する。
何としても避けなければならない事態だった。
深刻な表情で、国王が口を開く。
「……デミトゥリス、どうしたらよい。其方の意見を聞かせてくれ」
「はい、相手は交渉を要求しております。私が現地まで赴き、何としてもアラン様を連れて戻ります」
国王は背もたれに体を預け、眉間に皺を寄せて深く溜息をつく。
「すまぬ……我が愚息のせいで、迷惑をかける」
「いえ、御止め出来なかった私のせいです。今後のことはお任せ下さい」
沈痛な面持ちの王を気遣うデミトゥリス。体調が良くないことは皆知っていたため、王に心労をかけたくないと思っていた。
そんな時、議場の扉が開き、急な知らせを伝える次官が入ってきた。
会議中に知らせがくるなど本来許されない。しかし渡させた書簡を見て、デミトゥリスは青ざめる。
「どうされた? デミトゥリス殿」
只ならぬ様子を見てハンゼンが声をかける。書簡に目を落としたまま動かなかったデミトゥリスだが、意を決したように口を開いた。
「東の国境にある関所からの知らせです」
「関所? 東部城塞ですか……して、何の知らせでしょう?」
「アレサンドロの使節団が、通過の許可を求めているとのこと……新大陸とダンジョン攻略者について会談したいという内容だ」
「なんですと!?」
ハンゼンは驚いて、思わず身を乗り出す。事前通告もなく、いきなり使節団を送ってくるなど只事ではない。
「新大陸と攻略者の件とはどういうことだ? アレサンドロには関係あるまい」
王はそう言ったが、デミトゥリスは苦い表情になる。
「いえ……新大陸はアレサンドロの飛び領地の近くにあります。いずれ問題になる可能性がありました」
「攻略者を持ち出してきたのは何故じゃ?」
顔を曇らせる国王に、ハイゼンが説明する。
「実は……アレサンドロの‟空に浮かぶ島”が攻略された時、モルガレア公国の者が攻略したのではないかと噂が流れました」
「何と! そのような噂が……」
「たちが悪いのは、それがまったくの出まかせではないことです。実際、最初にダンジョン攻略されたのはモルガレアの可能性が高いため……」
言い淀むハンゼンに変わって、デミトゥリスが口を開く。
「つまりモルガレアの国民である可能性があると言うことです。アレサンドロから見れば、自分達の‟秘宝”を持ち去った咎人だと考えていても、おかしはくありません」
「それを追求しに来たと言うのか?」
「恐らく……」
黙り込むデミトゥリスを見て、国王を始め出席していた各大臣も言葉を失う。ただでさえデリケートな問題である上、よりによってこのタイミングで……。
誰もがそう思い、議場は重い空気に包まれた。
◇◇◇
アヴァロン城下の建物で、オルド人達の生活が始まっていた。バルタザールが‟空の書”を使って彼等を海岸沿いに移動させる。
魚や貝を取って食料とし、生活に必要な物は親類縁者に頼り、少しずつ揃えて行った。その際にも‟空の書”が大いに役立った。
「やっぱり‟空の書”があったのは大きいね」
【アヴァロン】のバルコニーに立ち、城下を見下ろすレイド。たくましく生活するオルドの人々を感心しながら見守っていた。
ポケットの中にある金属の玉から、バルタザールの声が聞こえてくる。
『レイド様が最初に‟空の書”を引き当てたのは僥倖でした。この後、更に生活に必要な【魔導書】を入手すれば、より環境は良くなるでしょう』
「生活に必要な魔導書か……それってどんな――」
「レイド兄!」
会話に割って入って来たのはフィーネだった。両親と一緒に、元気に手を振りながらやって来る。
勢い余ってレイドに抱きつき、「えへへ」と笑っていた。
「どうした、フィーネ?」
「実は父さんや母さんとも話したんだけどね。バゼル兄をここに呼んだ方がいいんじゃないかって思うの!」
「バゼルを?」
「ああ、レイド。バゼルは今、アレサンドロで傭兵をやってるんだ。前みたいに争いになることがあるなら、戦える者が必要なんじゃないか?」
フィーナの父アゼルの言葉にレイドは考え込む。バゼルは同い年で、仲の良かった親友だ。剣の腕が立つのはレイドも知っている。
一昨年に家を出て、今は他国で働いているとは聞いていた。
「アレサンドロにいたのか……」
「絶対、レイド兄の役に立ってくれると思うよ!」
嬉々として話すフィーネを見て、確かにバゼルのような戦士も必要かもしれないと思い始める。
――ここはオルド人の集落だ。だったら守りを固めるのもオルド人が行えば、みんなも安心するんじゃないかな。
「分かったよ。バゼルに会いに行こう」




