第30話
眼前にいる敵は見たこともない鮮やかな青銅の鎧を着ている。右手には装飾の施された大剣。単に派手なだけでなく、腕のある職人によって作られた物であろうと見て取ったブレスト。
騎馬隊を回り込ませ四方を囲む。
後方に待機している魔導士は杖を掲げ、炎の魔法を幾重にも放つ。
ブレストは相手をつぶさに観察する。大柄な体格で、全身鎧を着こんでいるにもかかわらず、その動きの速さに目を見張った。
向かってくる炎をかわし、騎乗から振り下ろされる剣を打ち払う。
青騎士が剣を振り抜けば、騎士は馬ごと薙ぎ払われ、空中に舞っていた。腕力も並の人間ではないと、ブレストは驚愕する。
モルガレアで最強と言われる国王軍のオルスよりも強い。兜の隙間から顔を見ることは出来ないが、名のある剣士ではないかと考えた。
青騎士は踏み込み、後方にいた魔導士に向かって突進する。
「まずい! 魔導士隊を守れ!!」
ブレストが近衛兵に命令し、魔導士に向かっていく青騎士を追撃させる。だが追いつかない。全員が殺されると思った瞬間、青騎士は剣を鞘に納め、鞘ごと剣を振り抜いた。
打ち払われた魔導士達は絶叫して次々と倒れていくが、誰も死んでいない。
――何だ!? 手加減しているのか?
相手の意図は分からないが、二十名いた近衛兵がすでに自分を含めて八名にまで減っていた。
◇◇◇
「何をしているのだ、ブレストは……」
たった一人の相手に苦戦している近衛兵を見て、ギリギリと歯噛みするアラン。近衛とはいえ、その実力は王国の正規軍と変わらない実力がある。
にもかかわらず、この体たらく。
更に二名の騎士が倒されたのを見てアランは、遂に堪忍袋の緒が切れた。
「ええい! お前達、何を見ている!! 何のために雇っていると思っているんだ。早く加勢して、あいつを倒さんか!!」
怒鳴りつけられた冒険者たちは、一様に顔を見合わせる。
まさか、いきなり戦闘になると思っていなかった者が多く、誰が先陣を切るかで様子を伺っていた。
「おい、どうするグスタフ。あいつメチャクチャ強そうだぞ」
「まあ、そうだな。だが金を貰っている以上、戦わない訳にはいかん」
グスタフは鞘から剣を抜き、青騎士に向かって歩み出す。グスタフの持つ剣は黒い刀身の大剣で、パーティ名の由来となったものだ。
その後ろをカールとダイアが続き、若手の二人もついてゆく。
モルガレアでも有名な冒険者グループ"黒剣”が前に出たため、その他の者は静観を決めこんだ。
「ぐあっ!」
「痛っ!!」
「うがっ!」
近衛の騎士が三名打ち倒され、残った兵は完全に怖気づいていた。
「おい、デカイの! 俺達が相手になってやるぜ!!」
近衛兵と剣を交えている青騎士に、カールが怒声を浴びせる。
こちらに背を向けているため、後ろから斬りかかることも出来たが、小細工が通用する相手ではない。
そう思ったグスタフとカールは、青騎士を囲み陣形を整える。
「グスタフ、同時に斬り込むぞ」
「ああ、ダイアと二人で奴の剣を止めてくれ! あの分厚い鎧は、俺が貫く」
三人が同時に踏み込む。グスタフは正面から一歩先んじて飛び込んでいった。それを見た青騎士が横一閃に薙ぎ払う。
グスタフはギリギリ剣を掻い潜ってかわすと、下から青騎士に斬り上げる。
胴に直撃し、火花を散らすが青銅の鎧には傷一つ入っていない。
「くっ!」
グスタフと青騎士が斬り結ぶ、どちらも剛剣を振るい剣がぶつかる度、激しい衝突音が辺りに響き渡る。
ギリギリと鍔迫り合いをし、グスタフが力まかせに押し返すと、青騎士は僅かによろめく。
青騎士も負けじと剣を振り上げ、グスタフに向かって振り下ろす――が、カールとダイアの剣がその斬撃を受け止めた。
「うがっ! なんつう重い剣だよ」
「やれ! グスタフ!!」
ダイアの絶叫を背に、グスタフは剣を水平に構える。鎧のつなぎ目を狙って剣を滑り込ませた。
渾身の力で放たれた突きは青騎士に直撃する。剣先から伝わる衝撃。
手応えを感じたグスタフが、青騎士を見上げると――
重厚な騎士は、何事も無かったかのように佇んでいる。全力の一撃は左手で受け止められていた。
青騎士が強引に剣を引くと、グスタフは地面に叩きつけられ、他の二人もバランスを崩しその場に倒れた。
立ち上がろうとした三人を、鞘に納めたままの剣で薙ぎ払う青騎士。体を激しく打ち付けたグスタフ達は低い呻き声上げ、意識を手放した。
それを見ていた若手のマルコとダイトスが、青ざめた顔で剣を構え、切っ先を震わせている。
「おのれ……」
アランは焦燥を強める。"黒剣”はモルガレアの冒険者の中でも腕利きと聞いていただけに、たった一人の騎士に翻弄される姿に失望していた。
「お前達! 何を見ている!! 全員で奴を倒せ。打ち取った者には褒章を出す、早いもの勝ちだぞ!」
その言葉を聞いた冒険者達は、意を決したように門の中へと雪崩れ込んでいく。後ろから騎馬に跨るアランは、ゆっくりとついて行った。
全員が門の内側に入った時、重々しい音と共に門が閉まる。
「な、なに!?」
完全に開いていなかった門は、あっと言う間に閉じてしまい、アランや冒険者達は唖然とする。
――まさか、閉じ込められたのか!?
気づいた時には、すでに遅かった。門の内側には左右を取り囲むように城壁が連なり、最上部から弓をつがえた兵士が顔を出す。
甲冑を着込んだ弓兵は、左右の城壁を合わせると優に百人はいる。
自分達が罠に嵌められたことを理解した冒険者達は、絶望の表情を浮かべる。城壁の上から弓で狙われた時点で勝負はついていた。
圧倒的に相手が有利と見て取った冒険者は、次々に武器を捨てる。
無理をして命を落とす程、依頼者のアランに対して忠誠心は無い。
「おい、貴様等! 何をしている。戦え、戦わんか!!」
「アラン様、もう止めましょう」
狼狽えるアランを窘めるブレスト。「我々の敗北です」と肩を落として言った。その言葉にアランは顔を真っ赤にして憤慨する。
だが、現状が変わることはなく、結局アランや冒険者達は拘束され、城の中へと連行されていった。
◇◇◇
フィーネと共に、オルド人達の生活する場所を整えていたレイド。カトレアも修繕が終わり、レイド達の仕事を手伝っていた。
「それにしても、カトレアが戻ってきてくれて良かったよ」
予想以上に早く直ったことに驚くレイドだったが、バルタザールが言うには破損もそれほど大きくなかったため、【ザグレウスの柩】の効果ですぐに直ったとのこと。
改めて"ダンジョンの秘宝”の凄さを実感する。
「本当に大丈夫なのレイド兄? カトレアさん酷い怪我をしたって聞いたけど……」
フィーネが心配そうに聞いてくる。
「ああ、カトレアは凄く丈夫なんだ。もう大丈夫だよな、カトレア?」
『はい、問題ありません』
いつものように無感情に言うカトレアを見て、元通りだと安心する。
そんな折、バルタザールから報告が入った。
「どうした、バルタザール?」
金属の玉を上着から取り出し、顔に近づけ話かける。
『門の前に来ていたモルガレア軍に関して、対応が終了しましたのでご報告いたします』
「ああ、そうだった。みんな帰ってくれた?」
『いえ、好戦的な態度に出たため、全員拘束し捕虜にしました』
「…………え?」
一瞬、耳を疑うレイド。
「今、何て言ったの? もう一度言ってくれないか」
『ハイ、全員拘束し捕虜にいたしました。戦闘で死んだ者はおりません』
バルタザールがとんでもないことを言い出し、レイドは青ざめた。




