第19話
「こ、これはマズイぞ! 二人とも沈んじゃう」
カトレアは無表情のまま何とかしようとするが、時すでに遅し。二人は腰まで沼にハマってしまう。
こうなってしまうと金属の体は、レイド以上に抜け出すことが困難だ。
「ごめん、カトレア巻き込んで……」
『私は壊れても構いません。マスターさえ助かれば』
――くそっ! カトレアは俺が助けないと! そうだ【魔導書】なら、ここから脱出できる。
そう気づいたレイドだったが、すでに肩まで沼に沈み、左手は動かない。右手に意識を集中し【魔導書】を出そうとするが――
顔も沼に飲み込まれ、徐々に沈んでいく。
――ああ……ここで死ぬのか……カトレア助けられなくてゴメン……。
息が出来ず、頭が真っ白になっていく……ドシンっと音がして我に返った。「痛てっ!」お尻に激痛が走り、声が漏れる。
真暗な空間に放り出されたようだ。何も見えないため、レイドは【魔導書】を手の上に出現させ辺りを照らす。
すぐ近くに泥まみれになったカトレアがいた。
「だ、大丈夫?」
『問題ありません』
「良かった……」
周りを観察すれば、下へ向かう一本道の空洞であると確認する。
「抜け道だ。沼の中にあったんだな……死ぬかと思った」
助かったことに安堵し、ホッと胸を撫で下ろす。
「取り敢えず進もうか、カトレア」
レイドは全身に纏わりついた泥を少しずつ取りながら、先へ進んで行く。いつもの抜け道と同じように、入口は狭いが歩くにつれ徐々に広くなる。
10分も経てば、カトレアと二人で歩くのに支障はない。
しばらく進むとデコボコした土壁から、人工的な通路に変わり、淡く光る壁のおかげで【魔導書】の光に頼らなくても遥か先まで見通すことが出来た。
歩き続けて二時間、青白く光る扉に辿り着く。
自動的に開かれた扉。カトレアと二人で一緒に中へ入ると、中央に丸い円台が置かれた部屋だった。
レイドは最初に入った山間のダンジョンを思い出す。
探していた【バルタザール】は人のような名前なので、カトレアと同じように柩のような箱があると考えていたが、そんな物は見当たらない。
【バルタザール】のあるダンジョンではないのか、とレイドはがっかりする。
そんな時、いつもの“声”が頭に響く。
『――最下層到達者を確認しました。ユニークの01【バルタザール】の解放を認証、権限の委譲を承諾します』
「バルタザール!? やっぱり、ここにあったのか?」
円台の中央にある筒状の立体物が輝きだす。光は部屋全体へと広がり、次第に収まってゆく。
『名前を教えてください』
「え?」
その“声”に驚いた。今まで心に響いていた声は、女性のような声だった。だが今聞こえた声は明らかに男性寄りだ。
しかも、心に響く声では無く、直接音として聞こえてくる。
「君は誰だ!? 今までの声と違うだろう!」
声が聞こえてきたのは円台の中央にある“筒”からだ。筒は光の点滅を繰り返している。
『私の名は【バルタザール】このダンジョンのナビゲート機能と置き換わりました。以後、私が遺産の譲渡に関する手続きを遂行します』
――よく分からなかったが、筒が【バルタザール】であるのは間違いない。
「分かった。俺の名はレイド・アスリルだ」
『レイド・アスリル……登録を完了しました』
「君を探していたんだバルタザール、力を貸してほしい」
『私を……では、このダンジョンを選んで攻略したのですか?』
「そうだ。カトレアから君のことを聞いていたからね」
『カトレア……守護者の05ですね』
「アレサンドロ帝国にあったダンジョンを攻略して【アヴァロン】って空飛ぶ城を出せたんだけど、動かすことが出来ないんだ。君なら出来るんじゃないのか?」
『【アヴァロン】を……なるほど、そういう事ですか』
バルタザールは何かを考えるように、しばらく沈黙する。
『攻略したダンジョンから得た“遺産”は、今いくつですか?』
「え……っと、【空の書】と【カトレア】と【アヴァロン】で計三つかな」
『では、かなり序盤で私に辿り着いたということですね。それは素晴らしい』
なぜか褒められたようだが、それがどういう意味かは理解できなかった。
『時間が経てば手遅れになる可能性もありました』
「手遅れ? どういうこと?」
『まずは【アヴァロン】へ行きましょう。【空の書】があるなら直接【アヴァロン】へ転移できるはずです。詳しい話はそれからにしましょう』
「……分かった」
バルタザールに促され、【魔導書】を展開したレイドは台座の中央にある“筒”を持ち上げた。
高さ40センチ、直径15センチほどの大きさで、思った以上に軽い。
レイドは持っていた【魔導書】の地図に触れた。足元に魔法陣が現れ三人を彼方の国へと移動させる。
後には、舞い上がった塵や芥が残るだけだった。
◇◇◇
【龍の巣】の第二層――
アーサーは第一層をクリアして、二層に辿り着いていた。そこは上と同じように灼熱のマグマが煮えたぎる場所だ。
違うのは、そこに住み着く竜の種類。より凶悪で強力な個体が山のように群れている。力の弱い者なら絶望する光景を前に、アーサーは胸を躍らせた。
「あ~やっぱり生きてるって実感できる。ダンジョンは素晴らしいよ」
頭上から数百体の翼竜が炎を纏いながら急降下してくる。アーサーは口元にうっすらと笑みを浮かべて鞘から剣を抜く。
剣身は光り輝き、竜を迎え撃つ。瞬間――
マグマのギラギラとした光で赤く彩られたダンジョンが、消灯したように闇に沈む。暗い空間の中でマグマの明かりが残火ようにグツグツと残っていた。
「えっ何!? 急にどうしたの?」
竜の群れは跡形も無く消えている。あまりの急な変化にアーサーは唖然とした。
マグマの熱が引き始めると、いよいよダンジョン内部が暗闇に覆われる。アーサーは剣に魔力を流し、発光させて行き先を照らす。
「いや~本当に何もいなくなってるよ。いいのかな? 進んじゃって、下の階に行っちゃうよ?」
軽快に岩場を飛び移り、洞窟の中を進んで行く。
アーサーは数時間かけてダンジョンの下の階層を踏破して行った。一体のドラゴンにも出会わず、マグマも熱を失いただの岩と化している。
何の障害も無いまま、最下層へと到達した。
それは上から数えて30階層目。暗い通路を通り歩いていると、目の前に扉が見えてくる。「ここが最下層かな?」と言いながら扉を開けた。
何も無い寂しい部屋がアーサーを出迎える。




