第20話
「何にもないね~」
暗くて狭い部屋を、光の剣を掲げながら見て回るアーサー。部屋の中央には円台があり、その中心に丸い窪みがある。
「う~ん、何かハマってたのかな?」
部屋の中を歩き回ると、ニンマリとした表情になる。
「ここ……さっきまで誰かいたね……」
アーサーは部屋の空気に宿る“気配”を感じ取った。彼は人間や魔物のわずかな気配でも読み取れるよう、日頃から訓練している。
そしてその感覚が、ほんの少し前に、この場に人がいたと確信させる。同時にそれは、ダンジョンが攻略されたことを意味していた。
――ビックリだね……。だとしたら僕より先にダンジョンに入っていた人間がいたってことか?
そう考えたアーサーだったが、あることに気づく。
「この匂い……」
アーサーの顔に、より色濃い笑みが浮かぶ。
「この匂いと気配は間違いない……さっきダンジョンの外であった男女だ。どうやって僕より先にここまで来たんだ?」
何より史上最悪のダンジョンを攻略したという事実が目の前にある。
アーサーは驚きと共に、嬉しくもあった。誰も成しえなかったダンジョン踏破。それを行った人間に出会えたことを。
――今思えば、女の方は立ち居振る舞いに隙が無かった。あれはカップルじゃない。あの時は気づかなかったけど……。
「フフフ……アハハハ!」
楽し気に笑い出すアーサー。色々な人間に出会ってきた彼だったが、ここまで不可解で、ここまで魅力的な出会いは初めてだった。
彼は心の底から面白いと感じていた。
「確か名前は……レイド……レイド・アスリル。それにカトレアと言ってたな。あ~、また会いたいな、レイド」
アーサーの目が妖しく光る。
「……必ず会いに行くよ。君がどこにいようとも」
◇◇◇
魔法陣が展開し、その中からレイド達が現れる。
アレサンドロ帝国に残してきた【アヴァロン】の内部に転移したが、特に変わりないようだ。レイドは広間の中心にある円台に向かう。
相変わらず円台の周りには、様々な風景を映し出す映像が複数展開していた。
レイドが映像の一つに目を止める。日が落ちた地上で、明かりを焚きながら何かの残骸を片付けている様子が映る。
少し気になったが、レイドは円台へ意識を戻した。
「この中心でいいの?」
『はい、お願いします』
円台の中心にある窪みに、円柱の【バルタザール】をはめ込んだ。ピタリと収まり、“筒”が強く光ったかと思うと、その光は徐々に広間全体へと広がっていく。
ガチャッ、ガチャッと少し離れた部屋から音が聞こえてきた。
どうやら鍵が掛かっていた部屋の扉が開いたのだとレイドは気づく。空飛ぶ城が息を吹き返したような、そんな感覚がした。
『【アヴァロン】の動力系統に接続できました。今後は私の意思で動かすことが可能です。レイド様、どうなさいますか?』
「だったら目立たない場所まで移動してほしい」
『かしこまりました。【空の書】を円台の側面に差し込んで頂けますか』
見ると、そこには丁度本一冊が入りそうな長方形の窪みがいくつか並んでいる。レイドは【空の書】を手の上に出し、窪みの一つにはめ込む。
本と円台が淡く輝き、頭上に光の地図が現れる。
それは大陸全体を映し出す、とても大きなものだった。レイドが感心するように見入っていると、『ここにしましょう』とバルタザールが提言する。
光る地図の一点が発光していた。
それはモルガレア公国の沖合だ。レイドが了承すると、バルタザールは『了解しました。発進します』と力強く答える。
「うわっ!?」
城全体がカクンッと揺れ、ゆっくりと動き出す。宙に浮くいくつもの映像が、移動にともない移り変わる。
「動いてる……けど【空の書】で瞬間転移は出来ないの?」
『さすがに、この大きさの物を転移させるのは不可能です。【空の書】は地図として使い、任意の場所まで移動させます』
レイドはアレサンドロ帝国に【アヴァロン】を置いたままにしていることが、ずっと気がかりだった。
やっと移動できることに、ホッと胸を撫で下ろす。
◇◇◇
アレサンドロ城下に住む市民たちは、空から重々しい音がすることに気づいた。以前、空に浮かぶ島が落下するという大事件が起こっただけに不安を抱く。
「何だ!? この音は?」
「おいおい、今度は城が落っこちてくるんじゃないだろうな!?」
「ちょっと! あの城、移動してるわよ!!」
夜中ではあったが月明かりがあり、【アヴァロン】は地上からでも見ることができた。そのため街は大騒ぎとなる。
そしてその光景は、アレサンドロの王城でも確認される。
「た、大変です! “城”が動き出しました!」
執務室に飛び込んで来たフォレスを見て、ロイスは「やれやれ」と溜息をつく。
「フォレス、部屋に入る時はノックしなさいと言っているでしょう」
「あっ! す、すいません。なにぶん慌てておりまして……いや、それよりもどうしましょう!? ロイス様」
「予定通り対応するだけです。飛行艇を出して追跡させなさい。ただし、どこに移動するか確認するだけです。手は出さないように」
ロイスはいずれ城が移動すると考え、追跡用の飛空艇を用意していた。
急いで発艦の準備が行われ、“城”が移動し始めてから数分後には緊急発進する。飛空艇は城側から気づかれないように、一定の距離を保ちながら城の跡をついて行った。
城のエントランスで、その様子を眺めていたロイス。
――ダンジョンが攻略されてから三日目で動き出しましたか……思っていたより時間がかかりましたね。この間、攻略者はずっと城の中にいたんでしょうか?
ロイスは頭の中で色々な可能性を考える。
相手は超常の力を手に入れた謎の人物。敵に回れば、いかにアレサンドロの軍事力は強大でも、それだけではこの相手に勝てない。
ロイスは自分の頭脳を持って相手に対抗しようと考えていた。
――城の中に生活できるような食料があったのか? いや、攻略者も突然出てきた“城”に困惑したのではないだろうか……。
――もし事前に分かっていたなら、すぐに動かせてもおかしくない。もしかしたら一旦城から出て、何らかの準備をして城に戻り城を動かしたのでは……だとしたらどうやって?
ロイスは考えを巡らせるが、全ては憶測にすぎない。
「まあ、いずれ分かるでしょう。その時お会いすることを楽しみにしていますよ……名も無き英雄さん」
月明かりの下、巨大な城と一艇の船は、ロイスの視界から静かに消えていった。




