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7・イコガの真実


「驚かせてすまなかった」


広場の飲食店の椅子に座り、開口すぐにイコガは二人に謝罪した。


「あれは年少学校に入る前の幼い子供たちがいる施設なんだ」


イコガはなるべく周りに聞かれないように声を小さくする。


「魔力持ちだと思われる子供限定でね」


「そうなんですか」


あの子は魔力を持っていたために前の事件に巻き込まれたのだろう。


セリもトールも納得して頷いた。


「今は結界を張って外からは入れないようになっているはずなんだがな」


イコガは困惑の表情を浮かべる。


「すみません。 たぶんあの子が僕に会うために解除してしまったかも」


トールは何度かあの水色の髪の少年に会っていたことを話す。


「む、本当に子供は何をするか分からないな」


イコガは子供は苦手だとため息を吐く。




「先輩はあの施設とはどういったご関係なんですか?」


セリには、イコガの態度は事件であの少年を助けただけの間柄には見えなかった。


「あの施設には『ウエストエンド』出身の子供たちが多くいる」


「ああ」


セリはこれ以上は弟に聞かせることは出来ないと、先に帰らせることにした。


「トール、悪いけどこのバッグを持って先に帰って」


弟は不満そうな顔をするが、イコガとセリの顔を交互に見て、諦めたように離れて行った。


 その姿が駅の雑踏に消えると、セリはイコガを誘い美術館へと向かった。


入り口にはセリの祖父の姿が見える。


「すまんが、今日は早仕舞いで、もうすぐ閉館じゃぞ」


「うん、分かってるわ。 この人と少し話があるの」


セリは祖父に事情を説明し、閉館間際で人影がなくなった館内に入れてもらう。


出来るだけ周りに人がいない状況が望ましかった。


「大丈夫よ」


心配そうな顔の祖父に、セリは微笑んで手を振った。




 二人はゆっくりと展示物を見ながら歩く。


熱心に見ているようでいて、何も視てはいない。


「セリ、あの施設の中を見たのか?」


イコガの声は冷たい。


「……はい」


迷った末に、セリは嘘を吐くのは止めた。


「あの子供たちは普通の人間ではありませんね」


「ああ、そうだ」


『ウエストエンド』の子供たち。


セリが見た子供たちの姿は、尻尾や翼があり、身体に毛が生えていた。


「彼らは魔物と人間との間に産まれた、異形と言われる子供たちだ」


親のどちらかが『ウエストエンド』出身で、理由があってこのセントラルで働いている。


「『ウエストエンド』出身者は魔力が高い。


成長すればきちんと自分で姿を隠したり、変装することが出来る」


それがまだ出来ない幼い子供たちを預かる施設なのだという。




「それでは、先日の誘拐騒ぎはあの子供たちを狙ったものだったのですか」


イコガはセリに合わせて歩いている。


「……いや、たまたまだと思う」


あの水色の髪の少年は外見がそんなに人間と変わらない。


髪の色が変わっているという程度だ。


両親は施設には入れずに周りの子供たちと変わらない育て方をしていた。


それが油断を招いたのだろう。


「あの子が捕まったと分かって、すぐに私が呼ばれた」


あの子の両親はそうなって初めて危うさに気がついたようだ。


早く見つけなければならなかった。


魔力が異常に高い子供がいることを知られるわけにはいかない。


まして、異形の者がセントラルにいることを知られるのは危険過ぎる。




「魔法学校のマントを着た君を利用した」


イコガが苦しそうに顔を歪めた。


セリは当たり前のように頷く。


「私でもお役に立てて良かったです」


その声にイコガが立ち止まる。


 イコガはセリの正面に回り、その顔を真っすぐに見る。


「君はあの子供たちを気味悪いとは思わないのか?」


「はい、思いません。


他の子供たちと何ら変わりませんよ」


セリはニコリと微笑む。


確かに普通の子供ではないかもしれない。


しかし、弟のトールやその友人たちも特別な子供だと思っていなかった。


さらにセリは病棟で、身体を欠損していたり、不治の病に侵されている子供たちを多く見ている。


ごく普通の、何の病気も持っていない人から見れば目を背けたくなる惨状。


ただ病気だというだけで、彼らはあの病棟から出ることはない。


あの病院の子供たちと比べれば、公園の施設の子供たちは元気そうだ。


「他の人と少し違っている。 ただそれだけです」


セリは背の高いイコガの顔を見上げる。




 そこには目を潤ませたイコガの顔があった。


「先輩?」


イコガは突然、セリの身体をギュッと抱き締めた。


「ありが、とう」


囁くような小さな声。


「あ、あの」


セリは真っ赤になって慌てながら、それでもイコガが落ち着くまで待つことにした。




 美術館の中では外の景色を見ることは出来ない。


そろそろ陽が落ちている時間のはずだ。


「すまない」


イコガが顔を少し赤らめてセリの身体から離れた。


「いえ、私は大丈夫です」


「遅くなった」


そう言って、イコガはセリにくるりと背を向け、いつもの守衛用の出口に向かった。


 外に出ると、イコガは守衛室に寄り、セリの祖父に丁寧に謝罪した。


セリがお手洗いへ行って席を外している間に、年老いた守衛はイコガに話しかけた。


「わしはお前さんのことを知っとるよ」


十年前。


ある者が『ウエストエンド』からやって来た。


駅でその姿を見た者はごくわずかだった。


黒く重いマントを引きずるように歩いていた。


背丈は低く、見るからに子供のようだった。


駅で働いていた者の多くは、その異様さに顔を背けていたが、息を呑んで凝視している者もいた。


セリの祖父は背筋の汗を感じながら見ていたそうだ。




 イコガは顔を顰める。


「お前さん、あの時の子供だろう?」


「ええ」


老人の言葉にイコガは警戒を強めた。


「なあに、わしが言いたいのは一つだけじゃ。


セリはな、かわいい孫娘だ。 泣かせて欲しくないだけさ」


イコガは手をきつく握り込む。


「承知いたしました」


セリが戻ると、夜勤の祖父を残し、イコガは彼女を自宅へと送り届けた。




 その日から、セリはイコガの姿を見ることはなかった。


アゼルに聞くと、イコガはあれから何度かセントラルには来ているということだった。


自分は避けられている。


セリがそう気づいたのは、卒業式の日だった。


 一生に一度の式典である。


「セリ姉ちゃん、とってもきれいだよ」


「ありがとう、トール」


魔法学校の卒業をもって、セリは成人と認められる。


式ではアゼルが卒業生代表を務め演説をした。


その視線を追うと、来賓の中にイコガの姿があった。


しかし、彼は一度もセリを見ようとしなかったのだ。


ただそれだけでセリの心は沈んだ。




 式の後、友人たちと卒業生だけの宴席に出たが、セリの気持ちは重いままだった。


「セリ、どうしたのよ。 まだコーガ先輩のこと考えてるの?」


数少ない友人であるマミナは、彼女にお酒を勧めながら訊いた。


「ごめんね。 振られたくせにいつまでも引きずって」


セリは受け取ったコップのお酒を一気に飲んだ。


すぐに顔が熱くなり、身体がふわりとする。


「振られた?、君がかい?」


いつの間にかマミナとセリの近くにアゼルがいた。




「おかしいな。 私はコーガから『君に振られた』と聞いていたが」


セリはふふっと笑う。


「いいんです。 だってコガ先輩には故郷に待っている方がいるんですもの」


きっとセリに変な噂が立たないように気を遣ってくれたのだろう。


「へえ、コーガ先輩って彼女いたんだ」


マミナの言葉にアゼルは首を傾げている。


「そんな話は聞いたことないぞ」


セリは以前イコガから直接聞いたので、間違いないと主張する。


「待っている人がいると、はっきりおっしゃいました」


酒の酔いが回っているのか、セリは少し言葉が乱暴になってきている。


「そりゃあ、あいつの帰りを待っている者は大勢いるさ」


「大勢?」


セリは片眉を上げて、アゼルの顔を見上げた。



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