6・公園の秘密
「セリ、この前の男は誰?」
イコガに家に送ってもらった日から、弟のトールの追及は続いていた。
彼もさすがに母親に聞かれるのはまずいと分かっているので、セリの部屋まで来て口を開いた。
「ただの学校の先輩よ」
トールが心配するようなことは何もない。
「ならいいけどさ」
七つも年下の弟に心配されるのは、それはそれで少々情けない気がする。
「あの男のこと、どう思ってるの?」
何だか弟の言い方が気に障って、セリはむうと顔を強張らせた。
「お母さんがさ、セリは好奇心で動くから、分かりにくい奴が好きなんだって言ってた」
「ぐっ」
「まさにあの人、そんな感じだったし」
母親の洞察力にセリは何も反論出来なかった。
「トール、あのね。
あの先輩は『ウエストエンド』っていうコワーイ所に住んでるんだよ」
「なにそれ」
セリは弟を怖がらせようと、ことさら恐怖を煽る。
「人間より魔物が多く住んでるんですって」
「へえ」
それを聞きながら、弟は姉の顔を見る。
「それってさ、セリが好きそうじゃない?」
「うっ」
鉄道のエンジニアである父親に似た弟は、セリと違って理論的だ。
きちんと姉の好みも把握している。
「……先輩は、その『ウエストエンド』に待ってる人がいるのよ」
だから自分はお呼びではないのだ。
本音が出たセリは顔を曇らせる。
姉が不機嫌になってしまったのを取り繕うとしたのか、弟はおかしな事を言い出した。
「そういや、僕も変わった友達が出来たんだ」
相手は男の子だから余計な気を回すな、と言いながら。
「どんな風に変わってるの?」
姉はしっかり者の弟のことは割と信用している。
「あのね。 学校の近くの公園にさ、たまに遊びに行くんだけど」
年少の子供たちが通う学校がある。
通学路ではないが、その公園は駅に近く、鬱蒼とした森がある。
セリたちのいる魔法学校とはかなり離れていた。
弟のトールはそこでしか出会わない友達がいるのだという。
「珍しい髪の色で、あんまり世の中のこと知らないんだよね」
でも雰囲気がポヤッとしてて、かわいいらしい。
こんな話をすれば姉が食いつくのは、弟には分かり切っている。
「セリ、暗くなってから行くのはだめだからね」
弟は好奇心旺盛な姉に釘を刺しておくことも忘れなかった。
「分かってるわよ」
イコガのことを早く忘れたいセリは、他のことに興味を移そうと考えた。
次の休みに一緒に会いに行く約束を取り付けたのである。
セリの休日は家事の手伝いから始まる。
「女性はきちんと家事をこなし、良い妻にならなければならない」
それがセリの母親の信念だ。
朝から母親の指導を受けて家事をしていたセリは、昼近くになってようやく解放された。
昼食を済ませて弟と外に出る。
トールとセリは駅の東口を出て、大きな公園に入った。
「ここだよ」
二人は公園の中でも木が多く立ち並ぶ、小さな森とも呼べる場所に来ていた。
今日は天気も良く、親子連れや子供たちの声が多く聞こえる。
「何だか、ここだけ寒くない?」
セリは自分の身体を抱くように腕を回す。
「そう?。 僕は気にならないけど」
そう言いながら、トールは森の奥へと合図を送った。
「おーい、おーい」
枝をくぐり抜けて一人の少年が姿を現す。
水色の髪の色は大変珍しい。
肌も透き通るように白く、瞳は濃い藍色のようだ。
「こんにちは」
ニコリと挨拶を交わす。
「あれ?」
セリは何となく見た覚えがある気がした。
「ああ、そうか」
セリはこの少年の肌の白さ、濃い瞳の色がイコガに似ていると思った。
顔だちもどちらかというと少女に見える。
ブツブツ言いながら自分の世界に入っている姉を苦笑で見ていた弟は、「気にしないで」と少年に声をかけた。
「それより、今日は何がしたい?」
いつもはトールの友人が何人か一緒らしいが、今日は姉と二人だ。
「うーん」
水色の髪の少年は考え込んでしまう。
「ねえ、どこかで座ってゆっくり話さない?」
セリは日陰のベンチを指差した。
ただのおしゃべりも悪くない。
二人も頷き、三人で木のベンチに腰掛ける。
「はい、どうぞ」
昼食は済ませたが、セリはおやつ用にとお菓子やパンを詰めたバッグを持っていた。
水筒を出し、カップにお茶を淹れて二人に渡す。
「お姉さん、ありがとう」
たぶん弟より年齢も下だと思われる少年が、うれしそうに受け取ってくれた。
セリはその表情にキュンとして、おやつも広げる。
今朝、セリが母親の指導の元、作ったクッキーだ。
「そういえば、お前さ。 この間、怖い目に遭ったんだって?」
「うん。 でももう大丈夫」
少年たちの会話にセリはさりげなく耳を傾けている。
「何かあったの?」
セリは心配になって、つい口を挟んだ。
「あ、うん、怖い人に捕まったの」
小さな身体の子供は、大人の男性に抱えられ、簡単にさらわれてしまう。
「そう、大変だったのね」
あまり話たくないようだったので、それ以上は訊ねなかった。
セリは先日、自分も傭兵崩れに捕まりそうになった話をする。
「でもすごく強い人が側にいてくれたから助かったのよ」
そう言って微笑むと、少年も目を輝かせた。
「ぼ、ぼくもっ。 すっごく強いお兄ちゃんが助けに来てくれたんだよ。
それで、それでね。 昼間はここに隠れてろって、ここに連れて来てくれたの」
そう言って一層濃い茂みを指差した。
少年はお菓子を食べ終え、パンパンと服に着いた粉を落とす。
「こっち来て」
そう言って、少年はトールとセリの手を引っ張る。
「う、うん」
トールは「いいのか?」と心配そうな顔をするが、セリは興味津々でついて行く。
ガサッガサッと茂みを掻き分けて行くと、ふいに広い場所に出た。
「あれ?」
その広場のような場所の奥には、小さいが学校のような建物がある。
「あそこ、友達がいっぱいいるの」
そっと近づくと窓の中には何名かの子供たちとわずかに大人の姿も見える。
「年少学校?。 もっと幼い子かな」
良く見えない。
セリはさらに窓に近づいて、もっと良く見ようと覗き込む。
「あ」
トールが覗き込もうとするのを、セリは直感で止める。
「だめ、トールはこっちへ」
水色の髪の少年が首を傾げているが、セリはトールを引っ張り建物から離れた。
セリたちは足早に入って来た茂から出ようと向かう。
先に入ったトールの姿が消えた。
安心したところでセリがその茂みに足を踏み入れると、
「おい」
と目の前の茂みから、ぬっと人影が現れた。
セリの後ろにいた少年が「お兄ちゃん!」とうれしそうな声を上げる。
「あ、あの」
セリは肩を掴まれ、押し戻された。
「こんなところで何をしている」
黒い影からセリへ、冷たい言葉が向けられた。
その身体から怒りを感じて背筋が寒くなる。
「わ、わたしは」
「お兄ちゃん、新しいお友達だよ」
少年がその男性に飛び付き、私を紹介してくれた。
「……そうか」
茂みから出た影は、セリの良くしっている人の姿になった。
「コガ先輩」
「セリ」
二人はお互いに驚いて目を見張る。
「お姉ちゃん!、このお兄ちゃんが僕を助けてくれたんだよ」
セリのほうが若干早く事態を捕えた。
「まあ、ええ、そう。
お姉ちゃんもこの人に助けてもらったのよ」
多少引きつってはいたが、セリは何とか微笑みを浮かべた。
「弟が待っているので、また今度」
そう言って、イコガの横を通り抜ける。
「いや、待て。 送って行く」
水色の髪の少年を降ろし、イコガは振り返った。
「お前は皆のところへ戻りなさい」
「う、うん」
少年は建物のほうへと駆けて行った。
茂みを抜けた場所でトールは待っていた。
「セリ!」「トール」
弟はすぐに駆け寄り、自分の背に姉を隠すようにして黒い人影を睨む。
「警戒しなくてもいい」
そう言いながらイコガは茂みから姿を現した。
「ここは不味い。 駅前広場まで戻ろう」
セリたちの意見を聞くことなく、イコガは先に立って歩いて行く。
姉弟は顔を見合わせ、頷くと黙ってそれに従った。




