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「登録していないというのは・・・?」


頭を上げた勘助が、恐る恐る聞く。


芝山は煙草に火をつけて、ひとふかししてから


「坊っちゃん、灰皿をとってくれへんか。」


と、勘助に求めた。


勘助はしぶしぶ机から立ち上がり、食器棚にある灰皿を取りに行った。


戸棚を開けるか開けないかのタイミングで芝山は


「要はな、

種付けしようにも種牡馬に登録してないから

それをつける権利さえないんや。」


勘助の心のなかはとうとうシベリアと化した。


じゃあ、駄目じゃん。


というような軽いものではない。


恩返しをする!というような決意を、丸ごとひっくり返された感覚、


筆者にも読者にも理解できるだろうか?


「ということは、


仮に種付けしたところで、生まれてきた子供は競争馬にはなれないと?」


芝山に灰皿を渡しながら勘助が聞く。


それを受け取った芝山は、


ありがとう。


と小さな声で礼をし、吸い殻を灰皿に棄てた。


「まあ、そういうこっちゃな。」




「じゃあ、駄目ですね・・・。」

芝山が予想した3十倍ほど沈痛な声で勘助が言う。


結局ダメか・・・。


勘助の心に喪失感が広がっていく。


再び勘助は机に座り込み、下を向いてしまった。


それを見てとった芝山は、


(まずいな、坊っちゃん、やる気をなくすかもわからん。

もうちょっと話を続けたかったけど、

早めに本題にはいるか・・・。)


と、話の順序を早めることに決めた。


「しゃーけどな、

坊っちゃん。諦めるのはまだ早いで。」


「え?」


勘助はパッと顔をあげる。


その勘助に芝山は、今週ぶんの

《週刊キャロット》を投げ渡した。


それを受け取った勘助は、


「え?これがどうしたんですか?」


と尋ねた。


芝山は、二本目の煙草に火をつけながら勘助に、


「(北の国から)

ってコーナーを見てみ。」


「あ、はい。」


勘助はまず目次を見た。



(えーと、

ティンパニーが八歳でG1制覇できた理由・・・。違うな。



地方競馬トピック、東京プリンセス賞はアスカラングレー、か。


馬主のネーミングセンスを疑うね。


えーとそれから・・・。)



「坊っちゃん、53ページやで。」


しびれを切らした芝山がイラついた声で勘助に教える。


「あ、ごめんなさい。」


何せ面白いのである。


(今度から毎週読もう。)


勘助はそう心に決めた。


(えーと、あ、あったあった、北の国から。


なになに、テイエムオペラオーが種牡馬再登録。ラストクロップ(最後の年)の産駒が大爆発!、か。


へー。)


で、これがどうしたって言うんだ?


「芝さん、これがどうかしましたか?

コスモバルクに全く関係ないような気がしますが・・・?」


芝山が大袈裟にこける。


これが大阪のノリなのだろう。


しかし、こちらは至って真剣である。


「あの、芝さん?」


はぁー。とため息をついてあきれたように芝山はこう言った。


「まだわからんか、坊っちゃん。」


「はい。」



「確かに直接は関係ない。


しゃーけどよう考えてみ。


テイエムオペラオーは種牡馬を一回引退してるんや。


つまりやな、


種牡馬に登録すんのはいつでも何回でも出来るっちゅうこっちゃ。」


「・・・で?」


勘助には理解力が乏しい。


芝山はもはや半笑いである。


「あっ、あのな、坊っちゃん、ちょっと考えたらわかることやねん。

な、つまりやな、コスモバルクも、この世におる限りは種牡馬登録が可能やっちゅうこっちゃ。」



「あぁ、なるほど・・・


って、えぇ!?」


本当に理解していなかったようである。


(こりゃあ、俺は当分死なれへんな)


芝山は、面白いやらあきれるやら、なんとも言葉にしがたい感覚に襲われた。


しかし、勘助はお構いなしに、


「そんなことが出来るんですか!?


やりましょう、芝さん!コスモバルクを種牡馬登録しましょう!」

と、鼻の穴を広げて小躍りをしだした。


「坊っちゃんあのな、」


「これで万事問題解決……」


「坊っちゃん!」


そこまで声を荒げられて、

勘助はやっと聞く耳を持ったようだった。


「え?芝さん、なんかまだ問題あるんですか?


ちゃっちゃと登録して種付けしましょうよ。」


芝山は、開いた口がふさがらなかった。競馬ファンでなくても理解できそうなことが全くわかっていない。


「エエか、坊っちゃん。


それはな、俺らが勝手に登録できるもんと違うねん。


種牡馬登録ってのは、馬主さんがするもんやからな。」



!!じゃあ・・・」


「そうや。馬主さんに、コスモバルクを種牡馬登録してくれるようにたのまなあかんねん。」


勘助はやっと状況を理解した。


まず、コスモバルクは種牡馬登録をしなければならない。

しかし、種牡馬にするには馬主さんの許可がいる。

だから、その馬主さんに頼みにいかなければならない。


そして、その馬主さんと言うのは・・・。


「コスモバルクの馬主さんは古川の旦那や。


しゃーから、もし本気で頼みにいこうと思うんやったら、


明日にでもラージブリーティングファームにでも出向いて、許可をもらいにいかなあかん。


どうや?


古川の旦那と商談やれるぐらいの覚悟はあるか?」


「・・・。」



勘助は、古川と面識が無いわけではなかった。

五年前に初めて(記憶の範囲で)会ってから、ちょくちょく家に来るのを見たくらいなものである。


いくら古川さんが自分の養育費を援助してくれていたとはいえ、

それは自分の親友の子だから故であって、

必ずしも勘助だけのためにしてくれたことではないだろう。


ましてや、五年前もかなり他人行儀に会話したような記憶がある。


向こうがよくても、やはりこちらには引け目がある。


それに勘助は、他人と話すのはあまり得意ではなく、


それゆえに交渉もうまくない。


ましてや、商談など初めてであった。


「・・・。」


勘助は悩んだ。



(苦手だなぁ、こういうのは)


悩む理由はこの一言に尽きた。


高校時代、勘助にはほとんど友達がいなかった。


口下手だからである。


親しい人といるときは冗談が言えるほどよくしゃべるのに、


あまり関わりのない相手に対しては、


全く舌が回らない。


向こうから話しかけられないことには、会話すら始まらないのである。


そんな勘助が、


ほとんどしゃべったことのない相手と、


しかも商売の話を目上の大人に持ちかけにいこうと言うのである。

(まずったな・・・)



勘助の腹は、なかなか決まらなかった。



頭を抱えて固まる勘助。


芝山は、しばらくその様子をタバコを吹かしながら黙って見ていたが、

それを吸い終わる頃、

いっこうに動く気配のない勘助にとうとうしびれを切らし、



「坊っちゃん、何を今さら悩むことがあるんや?


坊っちゃんが古川の旦那のところに


頼みに行きゃあ起死回生のチャンスが出来るし


行けへんかったらこの牧場が潰れるだけや。


どっちが自分の利益になるか、てめえで判断したら簡単にわかるこっちゃがな。」



「う・・・。しかし、」



「しかしもかかしもいわおこしもあるか!?」


芝山の言葉に熱がこもる。


「先週子馬死なしてピーピー泣いて、ラグフェアーに償わせてくれってすがり付いてたんはどこの誰や?

お前ちゃうんか!



「・・・はい。」



その通りだ。全くその通りだ。


勘助はなんだか芝山と目を合わせづらくなって、顔をしたに向けた。


「じゃあ、どっちや。


この牧場を守るために頑張るんか?


それとも約束も守らんとラグフェアーが二束三文で売り飛ばされんのを見たいんか?




どっちや?」



いつものトーンに声を戻した芝山が、勘助の方に紛れのない視線を送り続けている。


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「・・・」



はっきりいって、ここまで言われても苦手でやりたくない、と思っている。


自分のため。というなら恐らくそんなことをしようだとか、考えにも及ばなかっただろう。


対談、商談というのは勘助にとっては、苦痛を伴うほどの苦手科目であった。


しかも商談は初体験である。


普通なら、叩かれようが蹴られようが、他の人に頼み込むところだが、


今回は背負う物がラグフェアーである。


山本牧場である。


牧場主である自分がいずれは芝山の手を借りずに独立する。とすれば、


その時、

商談ができない。

では、その後の人生がお先真っ暗というのも見えている。



ここは、この世界で生き残るにあたって、重要かつ成長を伴う、初めての試練であることを勘助は理解した。


(やるっきゃない。自分の、ラグフェアーの、牧場の、ために。)


バッと顔をあげた勘助は芝山と目線を会わした。


「わかりました。できるかわからないですけど、ラグフェアーのために全力を尽くしてみます。


やってみます。」



芝山の顔に光が宿る


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勘助の目と、その言葉を聞いて、芝山は安堵の表情を浮かべ、


「よし・・・。よう決意した。」


とだけ言い、その場から立ち


電話の受話器を取って


しばらく黙り


何やら話始めた。


恐らく相手は古川なのだろう。


電話相手にお辞儀しながら少し話し込み、


十分ほどたった頃に、受話器を置いた。


「どうでした?」


会話を終えた芝山に勘助が聞いた。


すると芝山はにっこりと笑い、


「二日後にラージの牧場で待ってる、ってよ」


「じゃあ・・・!」


芝山が大きくうなずいた。



とうとう初めての牧場主としての仕事である。


勘助は、身が引き締まる思いだった。


芝山は勘助の方をつかんだ。


「いいか、坊っちゃん。こっからが勝負やで。



古川の旦那がコスモバルクを種牡馬にせえへんかったのには何か理由があるはずなんや。


はっきり言うて、コスモバルクを種牡馬にすることは別になんの損もなかったやろうし、


逆にザクレブの後継種牡馬として、そこそこ牝馬を集めてもよかったようなもんや。


成功の芽もあった。


せやのに種牡馬にせえへんかった。


いったいその先に何があるのか・・・」


勘助の心には一抹の不安が生まれた。

しかし、ここで立ち止まるわけにもいかない。


「大丈夫、僕は諦めません。」


「む・・・。」


やれるだけのことはやろう。


俺の手に牧場は左右される。





「・・・芝さん。俺に二日間でできるだけの商談のスキルを授けてください。」


「坊っちゃん?」


芝山はぎょっとした。いまだかつて勘助が苦手なことに取り組む姿を見たことがなかったからだ。


「今回の商談は、成功させなければすべてが終わりなんでしょう?


相手がいくら古川さんといえども確実に成功するとは限らない。


ならば、自分の可能性を少しでも上げるために努力してみたいんです。」



「よく言った!」



芝山はつかんでいた肩をぱぁんと叩いた。

この切り替えが勘助の長所か。


芝山は感心した。



「よし、何でもおしえたる!


俺にまかせとけ!」


勘助に賭けよう。

御年60の芝山は、若い力に牧場の運命を託すことにした。


「ありがとうございます!

必ず、必ず成功させてみせます!」




勘助の心に再び火が灯った。




コスモバルクを種付けする。


牧場の希望。


それを最後の頼みとする。


ラグフェアーに再び光を・・・


俺たちに最後のチャンスを!









勘助は心の中に誓った。





必ず成功して帰る、と。


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