閑話・主人公たち
他の人に視点って、難しいです
side 神代
俺は昔から、自分が嫌いだった。
物心ついた時から、周りに比べて大人びていた子供だった。そしてそのことを、自分自身が客観的にわかっている、そんな子供だった。
周りが考えていることをなんとなく読み取れたし、周りが自分に何を求めているかもわかった。そして、それを求められるとおりに演じることに、特に疑問はなかった。
だからずっと、そうやって生きてきた。そして今、こんな異世界で、また誰かの期待を背負おうとしている。
それを重荷と思ったことはなかったけれども、いつしか自分自身の願いや感情を抱くことを忘れてしまったのも確かだ。
これでは人形と大差ない。そんな自分がたまらなく嫌いだ。
「……ん、朝か」
窓から差し込む陽光に導かれて、意識がゆっくりと覚醒する。ベットから体を起こした俺は、部屋の隅にある冷水の魔導具から出た水をのどに流し込んだ。冷たい水が体にしみる感覚で、完全に目を覚ます。
日の入り具合から見て、まだ早朝といっても過言ではない時間だろう。着替えてから、外に出た。目指すは訓練場だ。
この異世界に召喚されてから数週間。多くのことを学んだ。この世界の常識、魔法のこと、剣のこと、そして相手の殺し方も。
この世界は危険だ。俺たちの世界よりもずっと、死が身近にある。クラスメイトの多くはそのことに気付いていて、そのことから目をそらそうとしているようだった。それを現実逃避と咎めることはできない。
広い訓練場に入り、周りをぐるりと見回した。誰もいない。まあ、それもそうか。今日は週に一度の休みの日。その早朝ともなれば、たいていの人はまだ夢の中のはずだ。こんな日まで朝っぱらから訓練する気は起きないだろう。
木剣をもって上段から振り下ろす。何度も何度も。そうする内に、雑念が排除されていくのを感じる。剣のことだけを考えればいいだけの時間が来る。その感覚が僕は好きだった。
「……ふう」
どれくらいそうしていただろうか。腕に疲労がたまっているのを感じ、素振りを止める。なんとなくあたりを見回してみるが、だれもいない。多分、二時間くらい経っただろうか。もうそろそろ、朝食の時間のはずだ。
本当は、今日は一日訓練をしたかったんだが――。一つ息を吐く。今日の昼は、何人かで街に繰り出す予定がある。クラスの連中の抱えている不安を、少しでも和らげるためには必要なことだから、仕方がない。彼らが生きて、元の世界に帰れるようにする。それは誰に言われたわけでもないが、俺の使命だ。
こうやって、何かを抱え込んでばかりいるから、自分のやりたいことをやれずにいるんだろうな。ふと、自嘲の息が漏れた。多分俺は、何か間違っているんだろうな。
椎名雪にあこがれる。俺はあんなふうに生きられないけど、きっとああいう道もあったと思うから。誰にも遠慮することなく、自分だけを頼みにして生きる生き方が。
そして何より、僕は田中宗一のような人間でありたかった。クラスの中に完全に溶け込んで、平凡に日々を過ごしてみたかった。誰かに頼ってみたかった。
――まあ、今の俺にはもうそんな道なんてない。この道はこの道で、俺自身が選んだ道だ。責任も、愛着もあるのだ。この道を選んだことに、俺なりの思いがある。
軽く見上げた空は、清々しいほどに真っ青だった。
side 椎名
俺は、考えない奴が嫌いだ。ちょっと考えればわかること、世の中なんてたいていそんなものばかりなのに、それを怠って失敗する奴を見ると、いらいらする。
「ふう」
右手に握った剣の血糊を払って、一つ息をつく。目の前には、魔物の群れ――そのなれの果て。死屍累々の周囲と、傷一つない己の体を見て、俺は軽く唇をゆがめた。
強くなったもんだ。日本にいたころには考えられないほど機敏に動くからだ、その動きと自分の認識をすり合わせるのにずいぶんかかったが、今やそれも完璧。想像通りに動くからだと、それについていける思考速度。この程度の魔物の群れなら、恐れるに足らない。
なるほど、勇者の力というのは伊達ではないらしい。俺の力は、そんな綺麗なもんじゃないが。
とは言っても、この力は無条件で手に入るもんじゃない。自ら力を求め、自らを追い込んで初めて手に入るものだ。この領域に達するまでに、俺も何度死にかけたことか。
クラスメイト達は、そんなこと気づいていないだろう。城の中で仲良く訓練ごっこしているだけじゃ、この力の上澄みをすくっているだけだ。そんな力で満足している奴らがいっそ滑稽だった。
断っておくと、俺は別に彼らに憎しみなんてない。信愛なんてもっとないが。感情を抱くほどのかかわりもなかった。
もっとも、興味があるやつはいたが。頭の中に浮かんだ、平凡な顔に自嘲の念が募る。
「……俺も入れ込んだもんだ」
今だから言えるが、俺は存外あいつを気に入っていたのだろう。平凡な男だったが、いつでも思考を忘れないその姿勢に、好感を抱いていたのだ。そのせいで、らしくないことをした自覚はあった。
と――
「……ばれてるぞ」
「っ!」
唐突に切りかかってきた男が、共学に目を見開きながら崩れ落ちる。俺は足元のそいつに向けて視線を向けた。
どこにでもいるような、変哲もない恰好をした男。いかにも善良な市民と言わんばかりのその男だったが、動きを見れば堅気じゃないことくらいすぐにわかる。明らかに気配を消して背後から忍び寄ってきたその男は、恐らく自分が切り裂かれた瞬間すら見えなかっただろう。
「ば、馬鹿な……」
「馬鹿なのはお前だ。こんな魔物の死体だらけの場所にそんな普通のかっこうのやつがいるわけないだろ」
俺はそう言って、唇をゆがめて見せた。
「おかげで斬りやすかったぜ。間違っても一般人じゃないだろうしな」
俺がそういうと、目の前の男は悔しげに歯噛みした。俺は偽悪的な表情を早々に引っ込めて、男を睨む。
「……で、お前らはいつまでこんなことをつづける気だ。さすがに5回となると呆れるぞ」
城を出てから今日まで、幾度も刺客に襲われていた。今でこそここまで余裕で対処できるようになったが、最初の内は本気で死にかけた。おかげでここまで強くなれたともいえるのだが。
目の前の男は血走った目でこちらを見上げ、吐き出すように言った。
「貴様が死ぬまでだ……椎名、雪」
「それがお前たちの国の選択か」
「……」
男は黙したまま答えないが、それがすでに答えのようなものだった。やはりあの国は、いけ好かない。
「冥土の土産に教えといてやる」
心中をよぎったのは愉悦か、はたまた命を狙われたことに対する腹いせか。呆然とこちらを見上げる男に、俺は笑って見せた。
「俺の職業は暗殺者。てめえら二流に暗殺されるほど甘かねえよ」
男の血液と魔物の血。等しく赤いそれとそれが混ざって溶けて、男の命が尽きようとしていた。
side 津川
昔から、ヒーローにあこがれていた。誰かの、何かのピンチにさっそうと現れて、華麗にそのピンチを救う。始まりがどこだったかはもう覚えていないが、その憧憬だけはずっと胸の奥にあった。
まあ、高校生になった今でもそんなこと考えているなんて、恥ずかしくて誰にも言えないのだが。それに、自分がそんな器じゃないことくらい、僕にもわかっていた。
「……おらっ」
「……ぐっ」
太い腕が振りぬかれる、と同時に頬を殴られた僕は無様に吹き飛ばされた。地面に叩きつけられ二、三度バウンドする。……大丈夫、コンクリートよりやわらかい土の地面で助かった。
ようやく止まった体を動かそうとすると、激痛が走った。致命的なものじゃないけど、骨くらいは折れてるかもしれない。僕が顔を動かして見上げると、クラスの不良たちが下卑た目を光らせてこちらを見ていた。
「いやー、久しぶりに君の顔見たら、ついつい手が出ちゃった。会いたかったよ、津川くーん」
「いやあ、マジで俺たち君のこと好きだからさあ」
粘ついた視線と声。からみつくようなそれに、思わず怖気が走る。いつものこととは言え、この視線になれることはない。
僕が起き上がりつつ、目の前の不良たちの顔を見た。愉悦のにじんだ視線と僕のそれが、数瞬の間絡み合う。と、その瞬間、僕の視界がぐるりと反転する。一泊遅れて、頬に焼け付くような痛み。
「ぐっ、あ……」
「何こっち睨んでんだ、テメエ!」
殴られた、とやっと気づく。それくらい、僕と目の前の彼には実力差があった。剣士として、才能を伸ばしている彼と、料理人という役立たずな職業の僕。やはり、僕にはヒーローの才能がない。
結局、僕が彼らから解放されたのは夕方だった。こうなるのが嫌で、普段は訓練場の方に近づかないようにしているのだが、今日は週に一度の休み。さすがに逃げ切れなかった。
「いっつ……」
わき腹に走る鈍い痛みに、思わず声が漏れる。異世界に行こうがなんだろうが、人間は変わらない。彼らは相も変わらず僕を虐めるし、僕は相変わらずなされるままだった。
もっと何か、もっと僕自身が変われる何かがほしい。強く、強く手を握りしめた。涙は、流れなかった。
「だ、大丈夫?」
突然、声をかけられて顔を上げると、整った顔がアップで映り込んだ。霧崎さんだ。
「うわっ」
あわてて距離をとると、心配そうに眉尻を下げた霧崎さんがこちらをじっと見ていた。そのまっすぐな瞳に射抜かれて、僕はおもわず声を詰まらせる。
霧崎さんはじっとこちらを見た後に、口を開いた。
「その怪我、どうしたの?」
「いやまあ、はは……」
何も言うことができずに、僕は笑ってごまかした。霧崎さんは、ごまかされてくれなかったけど。
「また、あの人たちにやられたの?」
「……」
本格的に黙り込んだ僕に対して、霧崎さんは言った。
「津川君は、辛くないの?」
「それは……」
辛いさ。死にたくなるくらいに。でも、それを言って何になるというのだろう。――ただただ、僕がみじめになるだけじゃないか。
「ところで、霧崎さんは何しに来たの?」
僕がそう言ってほほ笑むと、霧崎さんは今にも泣きそうな顔で2、3回口を開け閉めしてから、あきらめたように息をついた。
「今日は、バレンタインでしょ?だから……プレゼント」
「あはは……ありがとう」
心臓がはねなかったかというと、嘘になる。だが、正直手放しで喜べる精神状態にない。
その後、もらったプレゼントが包丁だったことに、心底びびったのは、内緒だ。
主人公って、こんなに書くの難しいものなんですね
どうも、kimeraです。ここまで読んで下さり、ありがとうございます。
主人公たちにも、しっかりと人格を与えつつ書いていけるよう、努力します。
感想・誤字の指摘・評価等していただけると、泣いて喜びます。よろしくお願いします。




