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名もなき創作家たちの恋  作者: おじぃ
2007年6月

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物語が浮かぶきっかけ

「小道具のリアリティーや年代はちゃんと捉えているから良いとして、絵は私たちがどうにかする。残るはストーリーの組み立てだね」


「うん。でも、これといったものが思いつかなくて」


「そういうのは座って考えるより、歩いたりお風呂に入ったり、眠りから覚めたときに浮上するものじゃないかな」


「そうか。でも何か、物語が浮かぶきっかけとかヒントが欲しい」


「なら、真幸の好きなこととか関心事をノートに書き散らしてみるといいよ。きっと何か浮かぶから」


 美空にそう言われたので僕は帰宅後、風呂を掃除してゆっくり入浴した。


 高級住宅ではない我が家だけれど、家財道具は輸入品が多く、ニュージーランド製のバスタブは長さ2メートル、背もたれの傾きが45度。ゆったりと脚を伸ばして入浴できる。


 ふ~ぅ、何も浮かばないや……。


 なので自分の関心事を思い起こしてみる。


 まず、我が家は家庭環境がよろしくない。


 高校時代からの交際を経て結婚した両親。若いころは仲良しだったと思われるが現在は離婚寸前。父の酒癖の悪さが原因と話す母、僕もそれには辟易している。しかし問題はそれだけではないだろう。


 これが関心事の一つ。


 続いて、僕は生き物が好きだ。昨夏の自由研究でダルメシアンが茅ヶ崎の野生動物だなどと虚偽のイラストを提出しようとした美空を制止し、代わりに南西諸島から飛来するウスバキトンボの生態を教えて絵本調の資料にさせた実績がある。もし美空があのままダルメシアンを野生動物と主張していたら、彼女は鎌倉清廉女学院高等部には進学できなかったかもしれない。


 好きなものはときに人を救う。あのとき僕はそれを学んだ。


 他には、えーと、そうだな……。


 世の中には、物凄いレベルで世間を知らない人がいる。


 例えば同じ場所に長らく住んでいて、最寄りのバス停や、自宅から数十メートルしか離れていない店の存在を知らない人もいる。そういう人からすれば、僕は博学だ。しかしこれではあまりにも次元が低いので、少しレベルを上げてみる。


 例えば地元、茅ヶ崎では湘南電車の引退が2007年初夏時点で直近のビッグニュースだけれど、たぶん湘南地区の東海道線沿線に住んでいながら湘南電車を知らない人もいると思う。


 乗り物は土地の文明、経済レベルの指標の一つ。目立つ電車の影で、バスやタクシー、自家用車も日々新車に置き換えられ、時代は少しずつ塗り替えられている。


 こういうことに気付くのは美空や友恵に褒められて自信が付いてきた。長所は何度も反復して思い返し、自信を定着させたい。


 うーん、しかしなんというか、それだけでは視野が狭い。


 身の周りにあるものをただ見て受け入れているだけでは、僕は単なる世の流れの傀儡かいらいに過ぎない。


 古い車は趣があるから新車に替えるな!


 なんて運動をする気はないけれど、世界が目まぐるしく更新されてゆく過程で、何か大切なことが見えなくなってきている気がする。


 それを僕は、どこで感じた?


 通学路、街、駅、飲食店、家庭内。


 あらゆる場所で、僕は世界のバグを見て感じているはずだ。


 それを放置すると、いずれ悲劇が起こる。


 すさんだ世界に60億以上の人が住んでいて、誰かと接する機会はあるのに、友人、恋人、家族がいても、心が寂しくなる。それが当たり前の世界になってゆくだろうと、日々の暮らしの中で感じている。


 寂しくなる理由はなんだ?


 風呂上がり、僕はベッドに横たわって友恵が描いた漫画『自殺』を読み返した。この本には『自殺』という悲劇が起きるメカニズムが克明に記されている。すべての自殺に有効な書とは言い切れないが、それでも人の心の内を知るヒントにはなる。


 友恵は本当に只者ただものじゃない。


「にーやんほんと好きだねー。お友だち喜んでるね」


 ベッド下段からひょっこり顔を覗かせた灯里に言われた。


「どうだろうね」


「結婚すれば?」


「子作りには誘われてるんだけどね」


「ふーん」


 本から目を離さず淡々と答える僕に、興味なさげな灯里。相互の無関心。


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