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名もなき創作家たちの恋  作者: おじぃ
2007年6月

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現実世界と創作世界

 非常口のマークほか、美空にいくつかのサンプルを描いてもらい、僕はそれをひたすら模写した。


 サンプルを見ながら描いているのになかなか上手くゆかず、「とりあえず表情とポージングが伝われば大丈夫。あとは私たちが清書するから」となだめられた。


 絵が描けないのみでなく、僕はストーリーもろくに作ったことがない。修練はまだまだ続く。


「僕は本当に、クリエイターとして生きてゆけるのだろうか」


「さぁ」


 美空は素面で言った。


 外では変わらず雨が降っていて、街はいつもより静か。


 僕らの近くでは幼児向けの電車の本を持った幼稚園児くらいの男の子が「この電車、東海道線から内房うちぼう線とか外房そとぼう線に引っ越したんだよー!」と母親に知識をひけらかしている。


 母親は「え、この電車なくなったの? そういえば最近見ないね」と軽く驚いていた。『湘南電車』の愛称で親しまれたオレンジと緑の電車は、東海道線を退く1年以上前から報道番組で特集された。東海道線は大動脈であることから利用歴のある人も多く、何人かの著名人が別れを惜しむコメントをしていた。


「あ、あの電車、そうだったんだ。てっきり昔の横須賀線の車両かと」


 美空が男の子の開いている本を見て僕に向かって言った。美空ときどき学校帰りに千葉県まで寝過ごす。


 以前、東海道線と横須賀線は同じ車種の色違いを使用していた。前者がオレンジと緑、後者がクリーム色と青だった。内房線や外房線などでは青とクリームの塗色で走っているため、神奈川県民は昔の横須賀線の車両と認識する。


 東海道線と横須賀線がそれぞれ別車種の新車になっても、銀色の車体に帯を貼るかたちでこのカラーリングは受け継がれている。


「どっちのも走ってるんじゃない?」


「なるほど、東海道線のは色を塗り替えたんだ。クリエイターとしても良い学びになりました」


「乗り物とか建造物は地域の歴史や文明を示しているからね。例えば今年の神奈川県を舞台にした物語に湘南電車が走っていたら、地元住民としては違和感がある」


「うん。つまり真幸は『観客に違和感を抱かせない工夫をする』っていう、クリエイターとしての一つの条件を満たしているんだね」


「そう、か……」


「うん、絵や物語を描けても、これができない、というよりは、手抜きをする人もたくさんいるから、真幸はその点では自信を持っていいと思う」


「でも、美空や友恵はできてるし……。美空の自由研究とかインコの絵は絵本チックでふわふわ感があるけど綺麗で違和感なかった」


「私はあくまでものオリジナルの世界を描写してるから。現実世界を舞台にしたお話とはスタンスが違うの」


「そっか。友恵の漫画は現実世界が舞台で、建造物とか、かなり正確に描かれてるよね」


「うん。あ、自分とこの漫画のキャラクターは同じ世界に生きてるんだなって感じられる。卑猥なことばかり言う典型的な茅ヶ崎人だけど、彼女の存在は私にとっても心強い」


「そうだね、心強い典型的な茅ヶ崎人だよね」


 茅ヶ崎人だけを一堂に集めるとほぼ猥談になるという件はとりあえず置いておくとして、確かに僕は一つの条件をクリアしていた。これには自信を持てる。


「でも、まだまだ不安は山積みだよね」


「うん」


 そう、絵や物語を描く技術と、作品を展開し、観客に感動してもらうための心の土壌。僕にはまだまだ足りないものだらけ。僕は友恵たちプロどころか美空にだって到底及ばないという事実は変わらない。


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