魔法使いの勧誘方(4)
「なるほど、結局、俺が探していたあの子は、お前の知り合いだったわけか」
クルトは一旦生徒組合宿舎を出て、今はナイツが普段住んでいる貸し部屋にいた。クルトは良くこの部屋に訪れており、部屋の主人であるナイツと、愚にもつかない話で盛り上がったりしている。
「直接の知り合いじゃなくて、知り合いの知り合いだよ。ほら、ナイツだって会ったことがあるじゃないか、生徒組合のルーナさん。彼女の妹だったんだよ。君が教室に勧誘しようとしていた女の子は」
今日に限っては無駄話でなく、ナイツにとって有益かもしれない話を持ち込むクルト。ナイツはルーナの妹であるアンナを、ヘックス教師の命令で教室に勧誘しようとしており、
クルトはそんなアンナに対してヘックス教室を紹介しようとしているのだから、クルトがナイツにとって喜ばしい話題を持ち込んだことになるのだ。
「その女の子についてだが、本当なんだろうな、明日、引き続き行う見学授業にやってくるというのは」
疑いの眼差しでクルトを見るナイツ。こんなことで嘘を言ってどうなるのだ。
「アンナちゃんはいま、教室選びに悩んでいるんだよ。そうして丁度良く、明日もヘックス教室が見学授業をしてくれている。来ないわけがないさ。問題は、ヘックス教室の雰囲気を気に入るかどうかだけど……」
「向上心があるのなら、必ずうちの教室を選ぶはずだ。教室の雰囲気云々で言うのなら、その子に魔法を学ぶ気概があるのかどうかが問題になるさ」
大した自信である。まあ、自信を持つくらいには、ヘックス教室は優秀な教室なのであるが。
「魔法に対する熱意はあるはずだよ。元々魔法技術を持っているのに、魔法大学に入ったのはそれが理由なんだから―――おっとと、なんだよ、餌が欲しいのか?」
視線の端に、犬の影が映る。ただの犬では無い。体が石でできたガーゴイルである。このガーゴイルはナイツのペット件研究対象であり、この部屋に住んでいる。
「今は食べ物を与えるなよ。ちゃんと躾けないと、日がな一日餌をよこせとまとわりつくんだ」
このおかしな犬を飼うことに、当初困惑していたナイツであるが、最近はそうでもないらしく、扱いが手慣れている。
「そう言えば、こいつも石で出来た体なんだよねえ。そうか、アレはガーゴイルに近い性質を持っているのかもなあ」
クルトは先日行った仕事に関係する、とある亀を思い出していた。
「アレ? 何かあったのか?」
「秘密。僕の研究内容に大きく関わるかもしれないことだからね」
別に話しても良いのだが、亀を調べた際の仕事には、とある貴族が誤魔化したがった、なにがしかの事情があり、ペラペラと話すのは不義理に感じたのだ。
「なんだそれ。じゃあ思わせぶりなことを言うなって。しかし、その言い草だと、漸く魔法研究を始めたみたいだな」
「そりゃあね、大学に入って一年以上経ったわけだし、自分も魔法研究くらい見つけないと……。そう言えば、そっちの研究は進んでるの? 確か人形遊びをする」
以前、魔法大学の学園祭において、ナイツは人形を魔法で操る研究の発表をしていた。糸を使わず手も触れずに動く人形を見れば、それは魔法によるものだとすぐにわかる。いったいどういう目的でそんな魔法を発表したのかはわからないが、ナイツの研究に大きく関わるものなのだろう。
「人形遊びじゃあなく、ゴーレム操作だ。石や泥でできた人型を動かすあれだな。どうしてそんなものを研究しようとしたのかと言えば、やはりこいつの影響だな」
ナイツはクルトにじゃれついているガーゴイルを指差す。
「この犬が?」
ガーゴイルは魔法資料としてナイツに貸し与えられているものであり、何かの発想の起点になっていてもおかしくはない。
「結局、ガーゴイルもゴーレムの一種だろ? 多分、犬を変化させてその姿にさせているんだろうが、金属の体を持った動く道具……と言えば良いのか」
言いよどむナイツ。意識がしっかりと存在するガーゴイルを、道具と呼ぶことに抵抗があるのだろう。
「要するに、特殊な物質を用意して、さらにそれを動かす魔法を合わせれば、それがゴーレムと言えるってことでしょ? ガーゴイルの場合は、犬の体をそのままゴーレム化させて、犬自体の意思で動ける様にした」
これが最初からただの人形を動かそうとすれば、まず一から体の材料を集め、逐一魔法で操縦しなければならない。
ガーゴイルとは、それらの面倒な方法を、生物の体を利用するという方法で、省略したものであるとナイツは考えているわけだ。
「そうそう。まあだから、こいつを見ていて、ゴーレムってのはどんななんだろうと疑問を覚えたのが最初の興味だ。その後、ガーゴイルはこれだけ活き活きと動いていられるが、ただのゴーレムだとどれだけのことをできるのかと思って、それを研究している」
「ふうん。簡単な命令を聞くゴーレムなら、もう存在しているんだっけ?」
「良く知ってるな。けど簡単な命令でも、大きな個体を動かすのはかなりの練度が必要でな、俺については、今は小さな人形一つを動かすだけで精いっぱいだ」
前に石造りのゴーレムを見たことがあり、そのせいか、ゴーレム関して初歩的な知識であるが知っていた。
「一応、最近は物を動かす魔法は使える様になったんだけど、覚えてみて初めてそういう人形を動かす難しさを知ったよ」
石ころ一つ動かすのにも、かなり難しいとクルトは感じる。必要な魔力量はそれ程でもないのだが、やはり経験と技術の問題だった。
「だろ? これでもかなり訓練したんだ。先生に聞く限り、ゴーレム研究を続けるのなら、必須の能力なんだとさ」
そうして現在では、人形くらいなら動かせるというわけだ。短い期間でその能力を得ることができているのは、ナイツ自身の才能もあるだろうが、やはりヘックス教師の指導の賜物だろう。
「うん。やっぱり、アンナちゃんはヘックス教室に入った方が良いかもしれない」
ナイツを見ているとそう思える。彼は彼なりに、自分で研究内容を選んだのだろうが、その端々には、ヘックス教師の介入が見てとれる。
ガーゴイルをナイツが管理するように指示したのは、ヘックス教師自身であろうし、その後の指導もまた、ヘックス教師の意思が混じっている。ただし本人はその事をあまり感じていない様だ。
魔法を学ぶ意思はあるが、どの様に学び、研究していくかを決めてかねているアンナにとっては、丁度良い教室に思えた。
「能力があるのなら、先生は大歓迎だろうさ。最近は何か思うところがあったのか、できる限り、生徒の意思を尊重してくれているみたいで、結構居心地の良い教室だと思うぞ?」
「何か心変わりねえ。とにかく、明日の見学授業にはアンナちゃんが来る予定だから、その時はよろしく」
「ああ。まあ、よろしくと言われても、ヘックス先生なら、いつも通りの授業をするんだろうがな」
生徒を厳選するからこそ、すべての生徒を平等に評価する。ヘックス教師とは、そんな人物である。
明けて翌日。クルトは午前中、普段の授業と自分の魔法研究で時間を潰し、昼食を終えた後には、生徒組合へと顔を出した。
ヘックス教室の見学授業は既に行われているはずで、その結果、どうなったかを知るためにアンナ、もしくはルーナに聞きに来たのである。
「アンナは気に入ってたみたいですよー。面白そうだって、さっそくヘックス教室に入る手続きを、わたしの下宿でしていますー」
クルトが知りたがっている情報に答えるのは、アンナの姉のルーナである。アンナ自身は残念ながら生徒組合宿舎にはおらず、ルーナが普段泊まっている宿を間借りして、今後、の準備をしているそうだ。
「そうなんだ。結構、いろいろと迷っている風だったのに、そう決断が早いとなると、余程気に入ったんだろうねえ」
「はいー。もう、この教室しかないってくらいに嵌っちゃったらしくてー。紹介してくれたクルトくんのおかげでしょうかー」
どうだろうか。アンナが気に入る様な授業をしたのはヘックス教師の手腕であろうし、クルトが紹介しなくても、ヘックス教室は見学授業を今日も開いているのだから、教室を決めかねていたアンナは、かなりの高確率で、ヘックス教室の授業を受けていただろう。
「褒められる様なことはしてないと思うよ。それに、複雑な気分だしね、他の教室の新入生が所属するって」
今年もヘックス教室に所属するという新入生は、アンナも含めてそこそこの人数がいるらしい。恐らくだがその殆どは優秀な人材なのだろう。
一方で、クルトが所属するオーゼ教室と言えば………
「結局、新入生の所属希望届とかはゼロだったんでしたっけー。まあ、今まで見学授業を十分に行ってこなかった教室が、急に生徒を勧誘し始めたところで、上手く行く程上手い話もなさそうですもんねー」
「そうだけどさあ。一人くらいは来てくれるかなって期待はあったんだよ」
「一人は来てるじゃないですかー」
自分を指差すルーナ。確かにオーゼ教室の新たな生徒ではあるが、新入生ではないだろうに。
「それって何度も聞くけど本気なの? 遊びとかじゃないよねえ」
「失礼ですよー。特定の教室に所属する以上、一生徒として、勉学や研究に励む所存でーす。その分、生徒組合に仕事が億劫になりそうですが……」
「まあ、そこはアンナちゃんも事務員になってくれるらしいし――――。うん? お客かな?」
宿舎の扉が開き、ベルが鳴る。ルーナと話していたのは宿舎の奥だったので、客が来たのであれば顔を出す必要がある。
「はい。どなたでしょうか?」
立ち上がり、玄関にあるカウンターまで向かう。扉を開けて入って来た人物は、なんとナイツだった。
「あれ、どうしたの? また何か相談?」
ナイツは生徒組合に顔を出すことが多い生徒だ。普段から金欠気味の彼は、研究や授業関係の資金集めのための仕事を、生徒組合に紹介して欲しいと依頼にくることがたまにあった。
「いや、今回はクルト、お前を呼びに来たんだ」
目当てはお前だとクルトは指差される。失礼ではないだろうか。
「呼びにって、何の用事? ここでは言えないことなの?」
別に、組合宿舎は格式ばったところではないのだから、話があればここですれば良い。
「俺じゃなくて、ヘックス先生がお前に用があるらしい。なんなんだろうな」
どうやらナイツも良く知らない様だ。ヘックス教師に呼び出される様な何かをした覚えはないのであるが。
「教師から直接の呼び出しっていうのなら、そりゃあ従うけど……」
いったいどんな理由で。その疑問に答えてくれる相手がここにいない以上、クルトはナイツの言葉に従って、ヘックス教師の元へ向かうしかない。
「ルーナさん? ちょっと用事ができたんで、出かけてきます」
宿舎奥にまだいるであろうルーナに、宿舎から出ることを伝えておく。
「はーい。わかりましたー」
ルーナの返事を聞いた後、クルトは組合を出た。
「こう、呼びだしておいてなんだが、君があのアンナという新入生を、わが教室に紹介してくれたというのは本当かね?」
クルトの目の前で、手を組み、執務用の机に肘をつくのはヘックス教師だ。彼はクルトを自分の研究室に呼び出した後、そう聞いてきた。
「は、はい。それは確かですけど……」
ヘックス教師は見るからに威圧感のある外見をしている。クルトがそれによって気圧されるのも仕方のないことだろう。
「なるほど。ああ、別にそのことで責めるつもりはないよ。むしろ、ああいう逸材を、私の教室に向いた素質だろうと判断してくれたのは、感謝したい話だしな」
ならばどうして自分が呼び出されたのだろうか。てっきり、余計な真似をしてくれたなと、叱られるのかと予想していたのだが。
「それで、僕を呼び出した理由はなんなんですか?」
「そうだな。紹介してくれたというのなら、君は彼女、アンナのひととなりについて、他人よりは知っていると解釈して良いのかな?」
「ええっと。彼女の姉、生徒組合事務員をしているルーナという女生徒と僕は親しいんです。その関係から……」
アンナ本人については、それ程何がしかを知っているわけではない。何かを聞かれても困る話だ。
「ふうむ。例えばだが、彼女がどこで、どういう風に魔法を習っていたかも知らない?」
「それは……確かアナンの魔法使いという人物に習ったとしか。有名な魔法使いなんですよね? その人は」
これまでの話を聞く限りは、大学に所属しない魔法使いとしては、かなりの知名度がある魔法使いの様だ。
「アナン……そうか。しかし、そうだとすると、かなり厄介なことに?」
クルトの返答を聞いて、考え込み始めるヘックス。何かおかしなことを言ったのだろうか。
「アンナちゃんが、アナンの魔法使いに教えられたことが、そんなに問題なんですか?」
大学にとってみれば、大学に所属せず、在野で魔法を教える魔法使いというのは、邪魔者であることはわかる。だが、その生徒が大学へ魔法を学びに来たということなら、むしろ歓迎すべき状況ではないだろうか。実情がどうであれ、大学で魔法を学ぶ方が正しいのだと証明する行為なのだか。
「別にどこの誰に教わったとしても、大学や国と深刻な対立をしていない限り、問題はないと思うが……。ふん、クルト君。突然だが、才能というものは、個人の技能にとってどれだけのものを占めると思う?」
本当に突然だ。今までの話と繋がっているとも思えない。
「それは、それこそ個人によって違うと思います。若くして大成する人もいれば、どれだけ努力しても、成果を出せない人もいる。前者の場合は、能力に占める才能の割合が高いのかな?」
話の意図が読めないため、クルトは自分なりの感想を話すしかない。
「ならばその能力に占める才能が高い人物についてだが、なにもかもが自らの才によって、結果を出す人物というのはいるだろうか?」
「それは無理でしょう。いくら天才とか鬼才とか言った人がいたとして、少なくとも基礎教養の部分は、誰かから教わったり学ぶ必要がありますから」
赤ん坊だって、両親から言葉や動作を学ぶのだ。最初から最後まで、自分だけの力で何かを達成できる人物などいない。いたとすれば、それは人ではない。もっと別の何かだろう。
「となると、こう言えるわけだな。非常に若く、かつ能力が他者より優れた人物は、自身の才能も勿論だが、学ぶ過程においても優れたものだったと」
「ええっと。そう言えるんじゃあないでしょうか。才能がある人物でも、環境に恵まれず、その力を発揮できない場合もあるんですから、若いながらも一定の力を持っているとすれば、その才能の伸ばし方が上手かったってことですからね」
個人では自分の才能というものに気が付き難いのが常だ。若年で成果を出せる天才がいたとすれば、その天才に物事を教えた人物の腕が良かったとも言える。
「アンナという新入生は、まさにそれだ。11歳だぞ? 生まれた頃から魔法を学んでいたと仮定して、それでも有り得ない魔力量や魔法操作技術を持っている。本人の才能という言葉一つで片づけるのは、些か乱暴だろう」
なるほど、つまりヘックス教師は、アンナの魔法に関する経験や技能について疑問を持っているのだ。
大学の試験について不正は恐らくないだろう。ならば、どうやってアンナは歳に見合わない力を身につけたのか。
「アナンの魔法使いの教え方が良かったってことですか。ああ、なら問題ですね、大学外に、大学より魔法の教え方が上手い魔法使いがいることになる」
大学外に、魔法を教える魔法使いがいること自体も問題なのだが、大学側が魔法使い達の殿堂として存在するのであれば、まだ大丈夫だ。あくまで中心は大学側なのだと表明できる。
一方で、在野で魔法を教える魔法使いが、もし大学側よりも効率よく魔法を教えるとなればどうなるだろう。
「アナンの魔法使いについては、魔法大学にとって、はっきり言って目障りな存在だったろう。ここでさらに、大学にはない教育方法があるのだとすれば、これは由々しき問題となる。大学の沽券に関わってくるはずだ」
「でも、それを考えるのは僕みたいな生徒やアンナちゃんみたいな新入生じゃあありませんよね? 勿論、ヘックス先生だってそうです。もっと上の、大学に資金を出資している国、貴族や富豪、あとは大学長なんかが考える事項でしょう」
話が本格的にキナ臭くなる前に、釘を刺して置く。ヘックス教師が語る物事が事実であったとして、それをクルト達がどうしろというのか。教師は生徒に魔法を教える者であり、生徒は教師から魔法を教わる者だ。余所に優れた魔法使いがいるからと言って、だから何かをしなければならない訳ではない。
「まあそれはそうだ。もし現状のまま、アナンの魔法使いが教えを広め続ければ、大学は何かしらの対応を迫られるだろうが、確かに我々とは関係のないことだろう。権力闘争なんぞ、犬にでも食わせてしまえば良いと個人的には考えている」
「なら―――」
「だが、大学が何か行動を起こした結果、アナンの魔法使い自身が社会から消えてしまう可能性もあるにある。そうなった場合、彼の教育方法が世に残らず同じく消える。それは魔法研究者達にとって、大きな損失とならんかね?」
「ああ、そういうことですか……」
効率の良い授業方法をしているのなら、それを邪険に思ったり、消し去ってしまうよりも、まず得ることが先決だとこの教師は語っているのだ。教師の考えとしては確かに的を射ている。
「でも、そんなことを僕に話されても困りますよ。アナンの魔法使いに直接聞いてこいとでも言うつもりですか? 他教室の生徒に」
クルトとヘックス教師の間には、何の繋がりもない。一応、クルトとしては教師であるヘックスに敬意を払うが、だからと言って、言うことを聞かなければならない義務は存在しないのだ。
「勿論、興味ある事柄については私自身で行うか、それに乗ってくれる生徒にでも頼むつもりだ。君と話しているのは新入生アンナ自身の問題だ」
「アンナちゃんの?」
「それに関しても、無関係と言えば無関係だが、気にはならないかね?」
「内容によります」
正直に言うと、少し関わっただけの彼女であるが、特別な才能を持っていたり、特殊な授業を受けているとすれば、結構気になってくる。
何故、11歳にして、この教師に興味を持たれているのか。姉であるルーナも同じく才能溢れる生徒なのか。知りたくないと言えば嘘になる。
「ただし、彼女が隠したいと思っている事柄について、無理矢理探るのは下種みたいなやり方でしょうね」
世間話程度の内容で良いなら聞きだして欲しいと言われれば、聞くのもやぶさかではないのだが、それ以上となると、クルトの道徳に反してしまいそうだ。
「何も詳しく知りたいわけでもない。ただ、確証が欲しい。彼女の力は純然たる才能によるものか、それとも別の何かがあるのか。それもわからずに、直接アナンの魔法使いの元に赴けば、無駄足になるではないか。そこの調整の意味もこめて、君に、アンナという生徒の話を聞いて欲しいのだよ」
ヘックス教師の言うことはもっともだった。ただ、疑問はある。
「先生が直接聞けば良いじゃないですか。これはそちらに伝わっていない話かもしれませんけど、アンナちゃん。彼女は、先生の教室に所属希望らしいですよ。一旦生徒になったのなら、聞きだすのだって簡単じゃないですか」
わざわざ、クルトを呼び出してまで頼むことでもあるまい。
「教師である私が直接尋ねれば、確かに答えてはくれそうだな。しかし、どうしてそんなことを聞くのであろうと、彼女自身に余計な不安を与えかねない。もしかして、それが目的に教室に誘ったのかとな。同じ教室の生徒が尋ねてもそうだろうな。そうなれば、彼女自身の勉学を妨害してしまう。自尊心だって傷つけるだろう。それだけは避けたい」
つまりこのまどろっこしい話は、ヘックス教師が、アンナに余計な心配をさせず、尚且つ、彼女の力の秘密を探るために考えた物なのだろう。
この教師、結構、生徒のことを考えている人物なのだ。
「まあ、そこまで説明されれば、別にやっても良いですけど………」
「対価が欲しいという顔をしているな。こういうのはどうかね? 最近、大学にて精査されるはずの魔法研究が、一部の教室へ事前に公開されたという話があった。外部からの魔法研究関係の資料らしいが、どうにも、その教室の生徒が、魔法研究に使うために公開されたそうだ」
「………」
どこかで聞いたことがある話だ。こういう場で出てくるということは、間違いなくオーゼ教室とクルトのことを言っているのだろう。
「これは明らかに特定の教室を贔屓する行為だろう。まあ、だからと言って何かしらの罰があるわけでもないのだが、殊更文句をつけてくるやからがいないとも限らない。ただ、他教室の教師が黙認するのであれば、そういう風評も、すぐに去るだろう」
以前行った不正を黙っててやるから、少し力を貸せと言われている。少なくともクルトはそう受け取った。
クルト個人を指して言わないところがまたいやらしい。
「わかりましたよ。ちょっと話を聞いてみれば良いんでしょう? 本当に世間話程度で済ますつもりなんで、それ以上は望まないでください」
「ああ、それで良い。そもそも私自身、アナンの魔法使いという人物に会ってみたくはあるんだよ。君にして欲しいのは、その後押しだな」
そうであるのなら文句はない。嘘だ。本当は文句の一つでもつけたいが、今は不利である。
大人しく言葉を飲み込んだクルトは、ヘックス教師の研究室を去った。
「まーた厄介な仕事を抱え込んじゃったなあ」
頭を掻いてぼやくクルト。今回の件は、身から出た錆も含まれているため、誰かに怒りをぶつけることもできない。
いったい、自分はどういう星のめぐりの元に生まれてきたのだろうかと首を傾げて、クルトは頼まれた仕事を始めることにした。




