魔法使いの勧誘方(3)
オーゼ教室にて、2度目の見学授業が開かれる。既に用意していたビラをすべて配り終えたクルトは、教室の近くにて椅子に座りながら、新入生が一定数教室へ来るまで、待ちぼうけていた。
「2回目も、何人かは来てくれそうですね」
同じく生徒が来るまで教室で待機しているオーゼ師に話し掛ける。クルトは教室を見渡すが、1度目と同じように、まばらだが新入生が座っている。ビラ配りもなかなか馬鹿にはできない。
「教室に所属したいという生徒は、まだ一名だけじゃがの」
その一名も新入生でなく、クルトの先輩である。
「教室の自由さを押しているのが駄目なんですかねえ。新入生って、もしかしたら、もっと型にはまった授業を求めるものなのかもしれません」
「そうは言っても、今さら授業内容は変えられんしのう」
それもそうだ。さらに言えば、オーゼ教室が型にはまった授業をすれば、それは詐欺だ。なにせ、しっかりと授業をすることの方が稀な教室なのだから。
「教室の雰囲気と合った生徒を見つける方が良さそうですよねえ……。うん? また新入生が…あれ?」
また別の新入生がオーゼ教室にやってくる。新入生であれば誰でも歓迎であるが、どうにもその新入生は小さかった。
背もそうだが、見た目の年齢も。というより、朝、ナイツと同時に勧誘することになった、女の子である。
「あの……ここがオーゼ教室で宜しいんでしょうか?」
女の子はクルト達へ近づいてきた。か細い声であるが、迷ったら人に聞くという姿勢は素晴らしい。
「うん。そうだよ。授業見学のために来たんだよね?」
「あ、はい」
「もしかして、渡したビラを見て来てくれたのかな?」
そうであれば嬉しい。苦労の甲斐があったというものだ。
「………ビラ? あ! 朝、ビラを渡してくれた人ですよね?」
どうにも、クルトが渡した勧誘用のビラを見て来てくれたわけはないらしい。小首を傾げた後、クルトのことを思い出した様子。
「う、うん。そうだけど。オーゼ教室には、あのビラを見てくれて来たわけじゃあないの?」
「えっと……その、すみません。まだちゃんと読んでなくて、ここには姉に紹介されて来たんです……」
ビラが読まれていないことはショックだったが、それよりも姉に紹介されたという内容が気になる。紹介? 姉?
「まさかさ、もしかして、その、紹介してくれた人って、ルーナっていう名前じゃないよね?」
1度目の授業の後、ルーナは生徒組合で留守番を頼んでいた相手に、オーゼ教室を紹介すると言っていた。まさかとは思うが………。
「姉を知っているんですか? あ、そうですよね……。知らなければ、紹介なんてしませんよね……」
当たりだった様だ。まさか、この女の子がルーナの妹とは。
「ええっと、きみのお姉さんとは、生徒組合で一緒に事務員の仕事をさせて貰っている仲でね」
なんと説明すれば良いのやら。同じ教室に所属する予定でもあると言って、理解してくれるかどうか……。
「おや? ルーナくんの妹さんということは、もしかしてアナンの魔法使いのお弟子さんかね?」
ルーナの妹と話すクルトを見て、オーゼ師が会話に入ってくる。
「はいそうです。姉と一緒の時期に弟子入りをしましたから……」
「アナン?」
クルトはオーゼの言葉に疑問を覚える。アナンとは、都市アシュルの南方にある地域の一つを指す。どうにも、その地域の魔法使いという意味に聞こえるが。
「言うたじゃろう。ルーナくんは、とある高名な魔法使いのお弟子さんじゃとな。その魔法使いを、アナンの魔法使いと呼んでおる」
その地方に魔法使いが一人だけしかいないというわけでもないのだが、アナンの魔法使いと言えば、ルーナやその妹である女の子の師匠を指すらしい。
「研究偏重の魔法大学に異議を唱える魔法使いでのう。どちらかと言えば、魔法を実際の生活に役立てるため、そのアナンを中心に、教えを広めているらしい。じゃからアナンの魔法使い」
魔法大学も、最終的には魔法を社会に役立てるために研究をしている。しかし、研究されたものは一旦国家によって回収され、その後に社会へ浸透するという形になるため、直接生活に役立つことになるものは少ない。
「一般人に実践魔法を教え、それを家庭や仕事に役立たせる。職業訓練に似たことをしておるのじゃよ」
ちなみに、魔法技術は一旦国家に帰属すべきという考えを持つ魔法大学にとって、あまり良い関係とは言えないらしい。
面と向かって罵り合う程の関係でもないそうだが。
「大学への影響で言えば、他の在野魔法使いよりは多大じゃろう? じゃから、その人物だけが、アナンの魔法使いと呼ばれておる。畏怖なのか恐怖なのか、それとも洒落っ気なのかはわからぬがな」
恐れるくらいならば、知識や技術をぶんどれば良いのにと、ぶっそうなことを囁くオーゼ師。そういう人であることは知っている。というか、そういう仕事をしている。
「へえ、じゃあきみやルーナさんは、そこで魔法を習ったんだ」
「両親が早くから他界したもので、親代わりとして育ててくださいました………。そうして、独り立ちするのなら、魔法大学で正式に学んだ方が良いと……」
「そ、そうなんだ……」
いきなり重い話になってしまった。ただ聞く限りにおいて、そのアナンの魔法使いは随分と人の良い人物である。
親のいない子どもを引き取って、さらに将来を心配して、生きるための術まで教えていることになる。
「そういう魔法使いが増えれば、魔法大学も危ないんじゃないですか? 受験生を取られたりして……」
一般人がどちらで魔法を学びたいかと問われれば、アナンの方を選ぶのではなかろうか。
「あくまで個人の活動じゃからのう。教えられる人数や範囲にも限りがあるから、国家の支援を受ける大学より、勢力が増す可能性は低いじゃろうなあ」
ただ教え方が上手いらしく、時たま優秀な魔法使いを輩出するらしい。
「おじ様は……、あ、アナンの魔法使いと呼ばれている方を、わたしや姉はそう呼んでいるのですが、別に魔法大学を嫌っているわけでもないのです。あれはあれで良い。ただ役割が違うと………」
それはまあそうだろう。嫌っているのであれば、教え子を魔法大学に向かわせはしない。
「結構面白そうな人だね。一度会ってみたいかも」
「それは別に構わんが、そろそろ授業の時間ではないか? きみも、そろそろ席に着いた方が良い」
オーゼは女の子にそう伝えると、教室の檀上に立ち、見学授業の準備を始める。クルトも、呼び出しがあるまでは教室外で待機することにした。
2度目の見学授業もつつがなく終わり、その後にもう一度開いた授業も、何人かの新入生がやってきてくれたので、計3回の見学授業の結果は、上々ではないかとクルトは考える様になった。
「でもー、実際に新入生が所属してくれないと、成功とは言えませんよー」
生徒勧誘を行う時間帯が過ぎ、そのまま帰るのも何なので立ち寄った生徒組合宿舎。
見学授業が上手くいったと話すクルトに向かって、宿舎の主とも言って良いルーナが、そんな不吉なことを言い出した。
「なんでそんなことを言うのさ。合計して17,8人はうちの教室を見学してくれたんだけど」
その中の1人くらいは、オーゼ教室所属になってもおかしくはないだろうに。
「新入生向けの授業じゃあないんですよねー。自由に、自分の意思に従って。大まかに言えば、こういう授業だったじゃないですかー」
「そうだね。というか、それを売りにしたんだけど……」
「聞こえは良いですけどー、放任主義ってことになりますからー、新入生にとっては不安に思いますよー」
そうだろうか。クルトなどは、そんなオーゼ教室の雰囲気に憧れて所属することになったので、いまいち理解できない。
「私は……面白そうかなって思ったけど…」
「アンナはもう一通りの知識をおじ様から習ったからこそ、そう思うんですよう。何も知らない新入生からすれば、ちょっと敷居が高く思えますってー」
ルーナは2度目の見学に現れた女の子、アンナに向かってそう話す。
ルーナとアンナは姉妹である。授業が終わってクルトが生徒組合に立ち寄った時、既に2人はここにいた。
どうやら、アンナが姉であるルーナに近況報告や、魔法大学の感想などを話していたらしい。ルーナが一度目の見学授業に来たとき、生徒組合の留守番を任せていたのもアンナだろう。
こんな小さな子にそんな役目をさせて不安に思わないのかと疑問を覚えたが、まあ姉妹の気安さというのがあるのかもしれない。
「そうなんだ。今さらだけど不安になってきた……」
大凡の新入生は、自分が所属する教室を今日のうちに決めてしまう。それは今日しか見学授業を行わないという教室が多いからである。
それぞれの教室には予定というものがあり、新入生勧誘も大事だが、一般学生への授業や研究だって重要なのだ。その予定を崩してまで、新入生勧誘を続ける教室は少ない。
「あの……私はまだどこの教室にするかどうかを決めていません。それでも大丈夫なんでしょうか?」
クルトとは違った意味で不安そうにしているアンナ。年齢がクルトより下だけあってか、見ていて心配になってくる。
「教室選びに数日掛ける人っていうのは、いないわけではないらしいけど、やっぱり早めに決めておいた方が良いのは確かだね」
新入生が教室に所属すれば、だいたいの教師は新入生用の講義を、年内を通して行う予定に入れる。それは個人に対して行われるものではなく、教室に参加した新入生全体に向けてのものなので、早めに教室に所属しておかないと、授業に遅れてしまうのだ。
「けど……私、あんまり授業を見学できなくて……」
「ああ、誰かさんに生徒組合の留守番なんて頼まれていたからね」
「あー、まるでわたしが悪者みたいじゃないですかー」
ルーナがわめく。相手が妹だろうと、新入生に生徒組合の留守を頼むのは悪いことだと思うのだが。
「それなら大丈夫です。姉さんに頼まれて、私も生徒組合事務員になりましたから……」
「え?」
新入生がどこかの教室を決める前に、生徒組合の事務員になっただと?
「ちょっと、ルーナさん!」
無茶苦茶な話である。魔法大学生徒の目標は一にも二にも、勉学と研究であり、教室を決める前から生徒組合の仕事に就かせるなんて、言語道断なのだ。
「うう……。申し訳ないとは思ったんですよう。でもでも、何時までもクルトくんとわたしだけで生徒組合の仕事をするのは限界があるじゃないですかー。アンナが手伝ってくれれば、きっと助けになるとー」
確かにそれは理屈なのだが、やり方に問題がある。
「もっと、彼女が落ち着いてからとかさあ………」
「良いんです……。姉さんと一緒なら、それはそれで頼もしいですから」
「もう、嬉しいことを言ってくれますねー」
姉妹の仲というのは良くわからないものだ。クルトならば、姉にそういうことを頼まれれば、普通は怒る。
「それでも、やっぱり先にどこかの教室に所属した方が良いよ。特定の教室に所属しない生徒って、立場的にすごくあやふやなんだ。碌に魔法研究もしていないって思われる」
そう、君のお姉さんの様にとは言わない。つい最近、オーゼ教室所属の生徒になってしまったからだ。
「けれど…選べるくらいに、教室を知りませんから……」
アンナは気弱そうに話す。魔法大学に来て不安なのかとも思えたが、姉のルーナがいてもこの様子では、普段からそうなのだろう。
「見学した教室はどれだけあるの? まさかオーゼ教室だけってことはないと思うけど」
「はい、他にはカグラ教室と、ヘリスラー教室に」
「うわー、どっちも勧誘が激しいところですねー」
大方、無理矢理誘われたのを、断りきれず見学することになったのだろう。
「それで、その二つ、ああ、うちをいれれば三つだけど、その内で一番自分に合ってそうな教室はどこ?」
複数の教室を見たことは確かなのだ。そこから、彼女が望む教室の傾向を考えるしかない。
「ええっと…その、オーゼ教室でしょうか?」
おずおずとそう答えるアンナ。
「お世辞とかではなく?」
自分が所属する教室を選んでくれて、少し嬉しく思ったが、はっきり言って、クルト自身から見ても、オーゼ教室は良い教室とは言えない。教師が放任主義なんだもの。
「はい。自由に勉強できる点に惹かれました。他の教室は……なんだか既に知っていることを勉強しなくちゃいけないみたいで……」
「あ、そうか。きみはもう魔法使いとしての基礎は学んでいたんだっけ」
実技試験で大学に入ったということはそういうことだ。しかし彼女の見た目で誤魔化されがちになる。なにせ、クルトよりも子どもに見えるし、そもそも本当に子どもだ。
「はっきり言いましてー、多分、クルトくんよりも、魔法使いとしての経験と技能は上ですよー。物心がついた頃には、もう習い始めていましたものー」
ルーナの言葉にほんの少しだけ苛立つものの。事実ではあろうから、反論できない。
「だったら、普通の教室向きじゃあないかもね。下手をすれば、君のお姉さんみたいに追い出されるかも」
「別にわたしは追い出されたわけじゃあないですよう」
教師よりも知識を持っていたので、授業を受ける意味がないと言われたのだから、追い出されたと表現する以外、どう言えば良いのか。
「入学時から魔法使いとしての能力があるのなら、やっぱり教室もそれに合ったものを選ばないと」
ルーナの抗議を無視しながら、クルトはアンナへの助言を続ける。
「そりゃあうちなんかは、教室の自由さは売りだけど、誰かに魔法を教わりたいとかなら、もっと別の教室がある。君はどういう目的で魔法大学に入ったの? 将来像が明確なら、教室もそれに合わせて選べると思うよ」
「将来像……ですか…」
そもそも、ルーナやアンナがどうして魔法大学に入学したのかが不明瞭だ。将来のために魔法大学へというのは、彼女らの保護者であるアナンの魔法使いの助言によるものだろう。
彼女ら本人の意思はどこにあるのだ。
「わたしは肩書きのために大学へ入りましたからー、どこの教室にとかはこだわりませんでしたけどー」
ルーナが話す。別に聞いた覚えはない。
「肩書き?」
「在野の魔法使いと名乗るより、魔法大学の魔法使いって名乗った方が、信用があるじゃないですかー。就職だって有利そうですし」
なるほど、ルーナはまさしく将来のために大学に入ったのだろう。そう考えれば、彼女が生徒組合事務員なんて面倒な仕事をしているのは、もしかして安定した給金のためか?
「それじゃあアンナちゃんも、ルーナさんと似たような目的で?」
「……ちゃん?」
何故か不服そうな表情をするアンナ。可愛いと思うのだが……ちゃん。
「アンナはわたしと違ってー、魔法への興味が強かったんですよねー」
「姉さんは魔法を生きていく術として捉えているもの……。私は、面白いなあと思ったから、おじ様に魔法を教わったのだと思う…」
始めた理由については良く憶えていないらしい。ただ、今でも続けているのは、魔法への興味によるものだからだそうだ。
「大学は魔法を研究するところだからさ、多分、どこの教室に属しても、そういう興味は満たせると思う。研究内容自体は決めているの?」
「ううん。まだ……。でも、魔法を使う力はあると思うから、いざ研究を始めた時、選択肢が多いところがいいな」
なるほど。彼女の力は見たことがないが、本人がそういう以上、すぐにでも何かの研究を始められるくらいには、魔法の知識と経験があるのだろう。
「となると魔法研究について、多くの知識や可能性を提示してくれる教室が良いのかなあ。うちなんかは……駄目だな。研究内容も自分で探して決める感じだから」
クルト自身の研究も、自分だけで決めたものである。教師の助力が無かったわけでもないが、オーゼ師はむしろ、クルトの研究内容に口出ししないよう努めていた。
「タウ教室やヘリスラー教室なんてもっての他ですよねー。研究内容が、もうかっちりと決められちゃいますもん」
“かっちり”がどういう状況なのかは知らぬが、その二つは教室自体に研究内容が決まっているところであり、所属すれば、その研究内容に沿った個人研究を任される。
生徒側にはそれに対する拒否権が殆どないので、純粋に魔法に対する興味から研究を決めたいのであれば、不向きな教室であると言える。
「本当は……自分の目で確かめられれば良いと思います。けど……」
今日一日で見つけられなかったとなると、難しい話だ。明日からは、通常の授業や研究を始める教室ばかりであり、教室毎の機密性の問題から、所属外の生徒が普通の授業を覗くことは無理であろう。
「うーん。明日も見学授業をしている教室となると、限られるからなあ。あれ? そう言えば、あそこはどうなんだろう……」
確か……二日目もやっていたはずだ。新入生にはより多くの選択を与えられて然るべきだという理屈から。
「あそこって、どこですかー?」
「ヘックス教室だよ。ヘックス教室。あそこなんか良いんじゃないかな。教師はスパルタだけど、知識や熱意は豊富で、生徒の可能性を潰すタイプの先生じゃあない」
少々、生徒に対する期待が大きいだけなのだ。もしアンナがその期待に応えられるのならば、ヘックス師は彼女への支援を惜しまないだろう。
「ヘックス教師ですかあ。でもあそこ、本当に厳しいですよう。教材だって、高い物が必要ですしー」
妹を心配してルーナが口を挟む。
「……勉強なら頑張る。お金は……魔法関係の仕事さえできれば、なんとかなると思う」
魔法技能が既にある程度あるのなら、引く手はあまただろう。金銭の問題は解決できる。少なくとも、クルトの友人よりは、金回りで苦労することもあるまい。
「妙案なんじゃないかな。アンナちゃんの要望に、ヘックス教室は合致している。諦めさえしなければ、大成できるなんて噂が流れるくらいには、教え方も優秀だ。それに……」
「それに……なんですか?」
アンナが疑問符を浮かべている。一方で、クルトは飛び出しかけた言葉を飲み込む。ヘックス教室が、アンナを積極的に勧誘しようとしている。そういう事実があるのだが、聞かされても、気味悪く思うだけだろう。
「ああ、いや、どうせ見学授業なんだから、嫌なら別のを探せば良いしね」
言葉を濁しつつ、クルトは今後について考える。
(とりあえず、ナイツとの相談が必要だな。もしかしたら恩を売れるかもしれない)
別に見返りが欲しいわけでもないのだが、そういう小まめなやり取りが、将来、自分の利益になるのではないかと、クルトは思うのだった。




