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魔法使いの歩き方  作者: きーち
魔法使いの勧誘方
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魔法使いの勧誘方(2)

 日々とは早く過ぎる物だ。目的があり、それに対しての準備があるのならば、より一層感じる。

「入学式ってことは、晴れて僕も大学2年目ってことなんだよなあ」

 早朝、入学式の準備のために自分の教室にやってきたクルトは、しみじみとそんなことを呟く。

 別に何かが変わるわけでもない。幾ら早く感じると言っても、一日の早さは変わらぬのだ。昨日も今日も明日も、そう変わらぬ日々が続く。だというのに、こうやって魔法大学の一年を振り返ると、自分は随分と変わったものだと思う。

「魔法がそれなりに使えて、自分の研究を見つける。さらにこうやって、新入生の勧誘をするなんて、一年前の自分ならちょっと想像できなかったことだよね」

 一年前の自分は、地方貴族の家から出た田舎小僧だった。立場は今もそう変わらないが、それでも多少は立派になった。成長したのだと思える。

「きっと今年の新入生も、一年後の自分なんて想像できてないんだろうなあ。そういう相手に、選択肢を見せるってのも悪くないか……」

 そろそろオーゼ師も教室にやってくるだろう。そうすれば、今日一日で行う授業内容の事前準備をし、終われば新入生勧誘をクルトが行う手筈になっていた。

「あ、一番心配しなきゃらならいことが残ってたな」

 感慨深い心情に浸っていたが、一番肝心なことを覚悟していなかった。

「新入生が、誰一人としてこの教室に来なかったらどうしよう……。寂しいというか、すっごく悲しい気分になりそうだなあ」

 あまり、こういうことは考えたくない。悪い予感とやらは、どうしてだか当たる可能性が高く設定されているのだから。

「おお、やはり若いと起きるのも早いのか」

 教室にオーゼ師が入ってくる。クルトを見ての第一声がそれなので、気が抜けてしまう。

「普通は、齢をとった人の方が朝は早いんですよ。何言ってるんですか」

「ふうん。そういうもんかのう。それで、さっそく今日の予定について確認するが」

 自分はそうでもないと言いたげなオーゼ師だが、とりあえず話を当初決めていた通りに続ける。

「新入生が大学に入ってきたら、僕がうちの教室を紹介するビラを配ります。それで、教室に所定の人数が来るか、そうでなくても、教室に新入生が来ていて、ある程度時間が経ったら、授業を始めてください」

 見学授業を行うのは、当然オーゼ師だ。授業内容については、色々話し合った結果、オーゼ師があちこちから集めた魔法知識や収集物を、触りの部分だけ紹介して、基礎的魔法知識に繋げるというものだ。

 まだ魔法について殆どのことを知らない新入生に、分かりやすく、尚且つオーゼ教室の特色を知って貰うには、その方が良いと判断した。

「うむ。おぬしはビラを配りながらも定期的に教室にやってきて、授業中であるのであれば、講義に参加して、自分の研究について話すという形だったかの?」

 オーゼ師とはまた違った研究を進めている。クルトをそんな風に紹介することで、教室の自由さを伝える判断だった。

「ビラをある程度の枚数作るのは苦労しましたよ。生徒組合の仕事の合間に作りましたから、仕事が倍になった様な気分でした」

 おかげで、新入生相手に配るのに十分な枚数を用意できた。問題は、このビラを見た新入生が本当に来てくれるかどうかだが。

「誰も来んかったらどうしようかのう。わし、ここでずっと立ちぼうけになるんじゃろうか?」

 自分と似た様な心配をオーゼ師はしていた。どうにも最近は思考までこの師に似てきた気がするのは、クルトの気のせいだろうか。


 ぽつぽつと新入生らしい姿が大学の門付近で見られる様になった。これといった歓迎会があるわけでもなく、ただ、そこら中で見学授業の勧誘が在学生達によって行われているのに、どうして新入生を判断できるかと言えば。

「すっごいきょろきょろしてるんだよね。普通の生徒なら、挙動不審で警備の人とかに話し掛けられるよ」

 クルトはそんな新入生達を見ながら、自分も一年前はああいう風だったことを思い出す。魔法大学は周りを壁で遮られているためか、それとも研究している物によるものか、一般人からは奇異の目で見られがちだ。

 そんな大学にこれから通うことを思えば、挙動がおかしくなるのもわかる。

「さてと、じゃあさっそく、ビラ配りをしますか」

 新入生であることが一目でわかるのならば、さっそく勧誘を始めることにする。

「すみませーん。この教室で見学授業を開いていますので、宜しければどうぞ」

 ビラを配る相手はクルトより背は高いが、不安気にあたりを見つめる少年だった。

「あ、はい」

 少年はクルトからビラを受け取ると、そそくさとその場を去る。緊張しているのだろう、反応とはそんなものだ。

「まず一枚受け取ってくれたことを喜ぼう。目指すは、このビラ束すべてを渡すことだ」

 手を握り、気合を入れる。ビラは相当な枚数がある。これすべてを新入生に渡せば、一人くらいは興味をもってオーゼ教室に来てくれるだろう。そんな期待を胸に、クルトはビラ配りを続けて行く。

 そうして、丁度、ビラの枚数が半分になる頃。早い教室であれば、そろそろ見学授業を開始する時間帯でもある。

「一応、僕も教室がどうなってるか見てこようかな。もしかしたら、万が一にでも、結構人が来ているかもしれないし」

 正直、期待はしていないのだが、それでも定期的に教室に戻るのは予定していたことである。

「お、あの子にビラを配ったら、教室に戻ろう」

 クルトの目に女の子が映る。背は自分より低く、齢だってそうだろう。物珍しそうに大学内を見ているので、間違いなく新入生である。

「ちょっと、きみ―――」

「そこの女の子、もしかして新入生かな―――」

 クルトの声に重なって、別の方向からも声が聞こえて来た。丁度、女の子を挟んで反対方向であり、話し掛けられた当事者である女の子は、双方を交互に見やり、戸惑っている。

「ナイツ、なにしてるの? こんなところで」

 クルトの他に女の子へ話し掛けたのは、彼の友人であり大学の同級生でもあるナイツだった。

「それはこっちの台詞だ。なんだ、もしかして、オーゼ教室も生徒勧誘なんてしてるのか?」

 疑わし気にこちらを見るナイツ。なんだそれは、まるで、うちの教室は生徒を勧誘してはいけないみたいじゃないか。

「当然だろ。だって、新入生が一人も入らなかったら、また僕一人だけが生徒の教室になるじゃないか」

「だから疑っているんだが」

 生徒が一人だけの教室なんて他にない。そして、クルトが教室を出るか、オーゼ師が教室を閉鎖するまでは、ずっとそのままだろうと考えていたらしい。

「失礼なことを言うなあ……」

「そう思われるくらいには、変な教室だと思うけどな」

「あ、あの……」

 クルトとナイツが話を続ける中、間に挟まれていた女の子が声を上げる。

「用が無いのであれば、どいて欲しいんですけど……」

 随分と気弱そうな声で話す。明らかにクルトとナイツは女の子にとって邪魔であり、もっと強気にどけと怒鳴っても良いのではないだろうか。

「ああ、ごめん。これ、この場所で見学授業を開いているから、良かった来てよ」

 クルトはさっそくビラを渡し、その場を離れようとする。女の子の進路を塞ぐ様な趣味は、クルトには無い。だが何故かナイツが退かなかった。

「ね、ねえ君。時間があるのなら、ヘックス教室の授業を見て行かないか? うちの教室は中々に面白い授業をするんだ。良ければ案内しよう」

「え? その、あの」

 何故か強引に女の子を勧誘するナイツ。その姿を見て首を傾げるクルト。ナイツは無理矢理相手を勧誘する様な性格ではないだろうし、そもそも、教室自体がそんな姿が似合わない集団なのだが……。

「ちょっとナイツ。きみの教室なら、そんな強引に勧誘しなくても、来る人は来るでしょ。ごめんね、なんだかこいつ興奮してるみたいで。是非、あちこちの教室を周って、自分の進む道を決めて欲しいよ」

 ナイツの前に立ち、女の子を逃がすクルト。女の子はクルトの意図を察したのか、一礼をすると、その場を去っていった。

「お、おい。クルト。どうして邪魔なんか」

「邪魔って、相手が怖がったりしたら、絶対に授業見学に来てくれ無さそうじゃん。どうしたんだよ。相手はちいちゃな子どもだよ? もっと優しく話し掛けるべきだと思うけどね」

 なんだかナイツは興奮している。もしかして、こいつはそういう趣味の持ち主なのだろうか。だとすれば、今後の付き合いを考えなければなるまい。

「い、いや、違うんだ、これは! 何も取って食おうとしたわけじゃあ……」

 ドツボにはまっている。ナイツになにか真意があるのだろう。そのことはクルトにもわかっているが、自分が疑われているという状況に、ナイツは慌てている様子。

「怪しいなあ……」

 見ていて面白い気がしたので、彼の混乱を助長することにする。もしかしたら、もっと面白い話が聞けるかもしれないから。

「あのなあ……。俺があんな年下の女の子を、どうかする奴に見えるのか?」

「ちょっと前までは見えなかったけど、実際、授業見学に無理矢理誘おうとしている姿を見せられちゃあね」

 何かしら理由があるはずだ。それを聞きだせたのなら―――

(何の役にも立たなさそうだけど、ちょっと気になるのは確かだから、まあいいや)

 物事への興味は、魔法使いにとって必須の感情だ。ということにしておく。

「だーかーらー、違うんだって。あの子は、俺達の教室にとって重要になるかもしれない……あ」

「教室にとって? きみ個人じゃなく、教室があんな女の子を勧誘しようとしてるってこと? 何かあるのかなあ」

 女の子が去った方向を見るが、当然、そこには既に存在していない。どこへやら向かったのだろう。

「あ、あー。まあ、別にバラしても良いか……」

 あまり秘密にしていることでも無かったらしく、ナイツは口を開いた。


「つまり、あんな女の子がもう、魔法技能を十分に習得した魔法使いだっていうの? とてもそうは見えないけど……」

 大学のとある広場にて、設置されたベンチに腰掛けながら、クルトとナイツは先ほどの話の続きをしていた。

「別に、彼女について何かを知っているわけでもないんだろう? 俺だって、まだ信じられない。だが、あの女の子が筆記ではなく、実技で大学に入学したのは確かだ」

 まあ、居てもおかしくはない。例えばクルトは魔法を習い始めてまだ一年であるが、基礎的な魔法は使える。そうして、これくらいの技能があれば、魔法大学の実技試験ならば通るだろう。

 彼女が11歳程の年齢だったとして、10歳からクルトと同じ様に魔法を学び始めたのならば、それで実技試験に合格できるということだ。

「問題は、彼女が非常に優秀な成績で実技に合格しているということだな。気になるだろう? どうしてあんな女の子がそんな才能を? 魔法大学にはどんな目的で?」

 それがヘックス教室に彼女を勧誘しようとしている理由らしい。一度、教室の生徒になれば、生徒の考えや意図について、ある程度聞き出せると考えているのだろうか。

「大きい教室は、そういうことで色々と考えられるんだねえ。こっちは、どんな生徒でも良いから見学に来てほしいって思ってるのに……」

 クルトはナイツの意図を聞いて、すっかり女の子に対する興味を失っていた。そりゃあ不思議な新入生であることは認めるが、オーゼ教室にとっては関係のない話だ。むしろ厄介事の塊に思えてきた。これ以上関わるのは得策ではあるまい。

「これでわかっただろ? 俺は別に、あの女の子に酷いことをしようと思って勧誘しているわけじゃあないんだ」

「わかったわかった。それじゃあ引き続き、勘違いされかねない勧誘を頑張ってね」

 いくら真意が別にあるとは言っても、小さな女の子にしつこく話し掛ければ、周りが怪しむのは当然だ。

 今回見たのがクルトであったので、こうやってナイツは誤解を解くことができたが、それ以外の人物が見れば、どう思うのだろうか。

「正直、どうしてもやらなきゃらないことなのか、ちょっと疑問に思っている。だが、先生の指示だからな。断るのもどうかだろ」

「だねえ。そっちは教師の力って強そうだ」

 オーゼ教室はどうなのかと言えば、クルトがしょっちゅう愚痴を聞かせるくらいには立場的に平等である。

「そういえば、お前のビラ配りはもう良いのか? まだ幾らか残っているみたいだが」

「うん、全部配るつもりだけど、そろそろ時間だから一度オーゼ教室に戻ろうか…と………あ」

 言いよどむクルト。そういえば、ナイツと話していたせいで、教室に戻る予定の時間をとうに過ぎていた。

「ごめん、ナイツ。ちょっと、急いで教室に戻らないといけなくなった」

 ベンチから立ち上がるクルト。

「慌てなくても、教室に生徒が来ていく可能性は低いんじゃないかあ?」

 意地悪そうにナイツは喋る。

「いやいや、きっと、来てくれている生徒がいるはず」

 そう言い返し、クルトはその場を去る。ナイツもナイツで立ち上があり、新入生勧誘を続ける様子であった。


 教室に戻ったクルトは、喜びと共に驚きの感情を抱いた。教室には新入生が数人存在しており、オーゼ教室の見学授業を受けようとしていたからだ。

「すみません先生。遅れたみたいです。授業は……まだ?」

 教室の扉の前では、オーゼ師が立っている。つまり、授業はまだ開かれていない。もしかしたら、クルトを待っていたのだろうか?

「おお、遅かったのう。どうにも想定以上の人数が来てしまってな……どうしようかと思っていたところじゃ」

 なんというか、オーゼ師はみるからに緊張していた。クルトが生徒になるまでは、ずっと授業などもしていなかったのだから、理解できなくはない。

「とにかく、もう時間ですし、何人か新入生が来てくれてるんですから、授業を始めましょうよ。ええっと、新入生の数はっと」

 教室を覗き、席に座る新入生達を数える。

「4、5、6人かな……ってちょっと……」

 新入生の中に、とある人物を見つけた。良く知っている相手だ。クルトは教室に入り、その人物に近づく。

「ルーナさん……ここで何やってるの?」

 見知った人物はルーナであった。普通なら生徒組合の宿舎にいるはずの人物なのに、どうしてオーゼ教室にいるのか。

「何って、授業見学ですよー。だからここにいるんじゃないですかー」

 いけしゃあしゃあとそんなことを言うルーナ。当たり前だが、ルーナは新入生ではなく、授業見学をする必要のない人物だ。

「ルーナさんが授業見学なんかして、何か意味でもある? 僕より先輩だよね?」

「別にー、在学生が授業を見学してはならないなんて決まりはないじゃないですかー」

「そうだけども……」

 いったい何が目的なのか。碌でも無いことは確かだろう。

「わたしも、そろそろどこかの教室に入っておかないと、不安になってくる年頃なんですよねー。丁度良く、オーゼ教室の見学授業が開かれると聞いて、さっそく来てみましたー」

 ルーナは特定の教室に所属していない魔法使いだ。元々はどこかの教室の生徒だったらしいのだが、彼女は実技試験で大学への入学を決めた人物で、その教室の教師と同程度の知識があったせいか、授業を受ける必要がないと、追い出されたそうである。

「なら、なんでオーゼ教室に……」

「自由度が売りって、クルトくんも言ってたじゃないですかー。授業だって自習が多いみたいですからー、居心地が良いのかなーと」

 まあルーナの様なタイプは、しっかりと授業や研究をさせる教室よりも、オーゼ教室のいい加減な雰囲気の方が合っているとは思う。

「それで授業見学を……」

 少し頭が痛くなってきた。明らかに彼女は乗り気であり、もしかしたら、彼女が後輩として教室に入ってくる可能性があった。

「駄目でしたかー? クルトくんの話を聞く限り、オーゼ教室ってなんだか面白そうな教室に思えて、つい参加してみたくなっちゃったんですよー」

 別に大学の生徒であるならば、どこの教室に所属しようと自由だ。教師側がそれを断るのは稀である。生徒の数の多さが、教室自体の強みになるからだ。

「別に良いけどさ……。組合の方はどうなってるの? 本当に、まったく仕事がないわけでもないよね?」

 新入生が生徒組合へ相談に来れば、事務員は相手をする必要がある。現状、機能的に動ける事務員がクルトとルーナしかおらず、さらにクルトが自分の教室で忙しい以上、ルーナが組合宿舎にいないと、困ったことになる。

「それは大丈夫ですよー。ちょっと知り合いに偶然会いまして、その子にこの授業の合間だけ、組合でお留守番をしてもらってますからー」

 なら良いのだが。ルーナのやることであるから、正直不安になってしまう。

「それよりも、早く授業を始めた方が良いんじゃないですかー? なんだか待ちくたびれて、教室を出る準備をし始めた人もいるみたいですしー」

 教室を見渡すと、退屈そうにしている新入生が見えた。確かに、そろそろ授業を始める頃合いだろう。

「それじゃあ始めるけど、変なことはしないでね」

「しませんよー。人をなんだと思ってるんですかー」

 怒るルーナを後目に、クルトはオーゼ師に授業を始めようと提案する。オーゼ師は頷き、こうしてオーゼ教室の見学授業が始まった。


「とまあ、この様に、魔法知識はその体系だけ見ても多種多様。在野の魔法使いを含めれば、膨大な数の研究が常に行われておる。つまり、すでに研究されたものを引き継ぐのも、新たに研究を始めるのも、得られる結果はそう変わらんのが現状じゃ。どれを調べても、何らかの新発見がある。だからして、新入生諸君には、自らの感性に従い、自由に魔法研究を続けて貰いたい」

 見学授業はだいたい1時間程を予定しており、それももうまとめに入っている。合間にクルトが自分の研究内容の紹介などもしたが、大まかな内容は、マジクト国内の魔法研究についてと、オーゼ教室の方針説明であった。

 まあ、上手くやれた方だと思う。オーゼ師の緊張は、授業を始めればその鳴りを潜め、順当に進んでいく。これで新入生が一人もオーゼ教室に所属しなければ、それは相性の問題でしかないだろう。

「以上で、この教室の授業を終える。君たちの中には、当然他の教室の授業を受ける者もいるじゃろうが、その時は、今回の授業を思い出しながら聞いてみるのも良いかもしれんのう」

 オーゼ師の授業が終わる。まばらだが拍手も聞こえてきた。その拍手を気恥ずかしげに聞きながら、オーゼ師はそそくさと教室を去り、教室の外で待機していたクルトへと話しかけてきた。

「いやあ、久しぶりに授業らしい授業をした気がするのう」

 では普段の授業はどうなのだと問い掛けたくなるが、黙っておく。今日は同じ授業を何度かして貰うことになっているのから、気分を害することは言わない方が良いだろう。

「次も今回と同じように頑張ってくださいね」

 そうこうしているうちに、教室から新入生達が出てくる。次の見学授業へ向かうのだろうか。

 その中にルーナもいた。彼女は別に他の教室を向かうつもりがないらしく、クルトとオーゼ師の方へと近づいてくる。

「面白い授業でしたー。なので、さっそく生徒にしてくださーい」

「いや、ちょっと待って。何言ってるの」

 もしかして彼女は頭がおかしいのだろうか。

「ふむ。きみは確か生徒組合の……。他の教室に所属していないのであれば、別の良いのではないかのう」

 ルーナの提案に対して、意外にもオーゼ師は了承してしまう。

「先生まで何を言い出してるんですか! この人、うちの教室が自由で責任が無さそうだからって、居座るつもりなんですよ、きっと」

「少し失礼なことを言われている気がしますねー」

 失礼かもしれないが、今さらどこかの教室に所属したいと言い出せば、そう疑いたくもなる。

「うーむ。事実、自由で責任のないのがわしらの教室じゃからのう。それを望むのなら、むしろ自分に合った教室を見つけたということになる」

「ま、まあ、それはそうなんですけど……」

 肝心の責任者にそう言われれば、返す言葉はない。

「実を言えば、一人で生徒組合にいることが寂しくなってきたんですよねー。どこかの教室に所属していればー、それも無くなりそうじゃないですかー」

 生徒数が極端に少ない教室に所属しても、あまり意味のないことに思えるが。

「だけどその場合、ルーナさんは僕の先輩のままなのか、後輩のままなのか、ごっちゃに……」

 初めてできた教室の後輩が、先に学生を続けている人物となれば、立場的に混乱してくる。だからクルトは反対しているのだ。

 だが、思えばそれはクルトの個人的な意見でしかない。

「今まで通りで良いんじゃないですかー。わざわざ立場が変わるたびに対応を変えていたら、キリがないですからー」

 そうなのだろうか。まあ確かに、今後ルーナがオーゼ教室の所属になったところで、何か大きく現状が変わるわけでもなさそうである。

「なにはともあれ、生徒一名の勧誘には成功したわけじゃな」

 そんな風にまとめられても困る。当初予定していた新入生の勧誘は、まだ達成していないのだから。

「はあ……。わかりましたよ。まあ、そういうことで、僕は引き続き、ビラ配りを再開します。ルーナさんは、この後どうするの?」

「人を待たせてますしー、一旦生徒組合に戻るつもりです。あ、その待ってもらっている子は、一応新入生なんですよー。まだ見学授業を続けるつもりなんですよね? だったら、この教室を紹介しておきましょうかー?」

「へえ、そうなんだ。じゃあそうしてくれると嬉しいけど」

 授業の見学に来る新入生は、多い方が良いだろう。それだけオーゼ教室の知名度があがり、新入生の選択肢に、オーゼ教室への所属という考えが増えるのだから。

「それじゃあ、さっそく生徒組合に帰りますねー。クルトくんも、生徒の勧誘、頑張ってくださーい」

 手を振りつつ、ルーナは生徒組合宿舎まで去って行った。

「なんなんでしょうね、あの人。いっつも思うんですけど、掴みきれない性格をしているというか………」

 嫌いだったり苦手ではないのだが、どうにもクルトの目には、いつもルーナが不思議な人物に映る。

「一応、才媛じゃぞ、彼女は」

「才媛?」

 明らかにルーナには似合わない単語だった。

「生徒組合事務員のルーナと言えば、教師間ではそう思われとるよ。元は在野の魔法使いだというのに、教師顔負けの知識を持っていたりする。どうにも、大学には所属しとらん高名な魔法使いの弟子じゃったらしい」

 初耳である。というよりも、クルトはルーナの過去については殆ど知らない。そもそも人間関係において、相手が話さない限り、過去について聞くことは稀なのだ。

「へえ。知識は十分ってことなんですかね」

「知識だけでなく、実践的な魔法も随分と使いこなせていたと思うが。ただ、魔法研究については、あまり本腰を入れて来なかったらしい。その点が、当時所属していた教室を追い出された理由かもしれんのう」

 そう言えば、ルーナが何か魔法研究をしているところは見たことがない。いつも、生徒組合宿舎で、事務の仕事をしている。

 新たに魔法研究をしないのであれば、どれだけの才能を持っていたとしても、持ち腐れだ。

 魔法大学とは、個人の魔法の才を伸ばす場所でなく、あくまで魔法の研究機関なのだから。

「それが、どうしてこの教室に所属しようという気になったんですかねえ」

 とりあえず聞いてみるが、ルーナ自身が話した、最近寂しいからという理由そのままであることは、クルトにだってわかる。

 ただ、オーゼ師はどう考えているのかが気になったのだ。

「何かしら、刺激されたのではないかのう……」

「刺激って、何に?」

「おぬしにじゃなかろうか」

「僕に?」

 いったい、クルトがルーナにどんな影響を与えたというのか。

「おぬしは入学してすぐに、生徒組合の事務員になったんじゃろう? つまり、右も左もわからぬ頃のおぬしを、彼女はずっと見続けたことになる。そんな相手が、最近では魔法研究まで始めたわけじゃから、自分もと思うところがあったんじゃろうなあ」

 それが、寂しいと表現した彼女の意思か。いや、これもオーゼ師の憶測でしかない。裏で突拍子も無いことを考えていそうなのがルーナなのだから。

「とにかく、彼女がこれからは同じ教室の生徒になることは、なんとか認めて行くつもりです。長くなりそうですけど……」

 今までは生徒組合宿舎でぐだぐだと話し合っていた相手が、これからはオーゼ教室でもそうなりそうだという事実は、なかなかに受け入れ難い。まるで、ずっと怠けている様ではないか。

「うむ。それで良いじゃろう。ああ、そうじゃ、おぬしの懸念も、別の新入生が教室に所属するとなれば、話は変わるかもしれんぞ?」

「あ、そうかもしれませんね。新しい生徒が入れば、教室の雰囲気も引き締まるかも」

 新人とはいつでも元気なものだ。教室に新しい風を吹き込んでくれるのでは?

 そんな願望を抱きながら、クルトは新入生の勧誘を再開した。


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