魔法使いの調べ方(5)
何も見えず、何も感じない闇の中。ただ意識だけがぽつんとそこにある。自分はもしかして死んでしまったのか? クルトはゴーストに憑りつかれた自身を思い、そう考えた。
(なんだろう……声も出せないし、体も動かせない。っていうか、体の感覚まであやふやだ……。駄目だ…頭までぼやけてきた)
これが死ぬということだろうか。それとも、ゴーストに頭の中まで憑りつかれた結果か? (生きてるにせよ、死んでるにせよ、考えるのをやめるのは本当に危険じゃないのか? そのまま何もかも無くなってしまうかもしれない!)
体の感覚が無いのだから可笑しな表現かもしれないが、なんとか自分を奮い立たせる。
とにかく無駄なことでも思考を続ける。考えることは、ゴーストに憑りつかれる少し前に浮かんだ疑問。何故、師の魔法はゴーストに効かなかったのか。
(僕の魔法はちゃんと効いたんだ……。精度も技術も悪いはずの僕の魔法の方が)
威力だって、師の魔法の方が上だろう。ならば何故、クルトの魔法で怯んだはずのゴーストが、師の魔法では平然としていたのだろう。
(先生と僕の魔法の違い……。先生の方が能力があって、僕の方が下手だ。普通、効果云々で言えば、前者の方が影響が強い。でもゴーストに限っては、下手な魔法の方が効果がある? どうして?)
師の魔法を思い浮かべる。無駄なく、そこに秘めた魔力をすべて力に変える効率的な魔法。自分などは、初歩的な魔法でも、無駄な魔力を消耗してしまう。経験の浅い魔法では、本来の威力を発揮する前に、魔力調整の未熟さによって、単なる魔力へと戻ってしまうこともあった……。
(魔力……。ゴーストは精神的な存在で、魔力はその精神に端を発した物…だったっけ?)
ヨアンフは確かそんな風に研究していたはずだ。
(魔力が精神的な物なら、それを現実に干渉させようとする魔法は、物理的な物かもしれない。頭の中に思い浮かべた物を、今ある世界で現実化させてるんだから……)
ではもし、相手が精神的な存在であれば、魔法そのものはあまり効果がないのではないか?
(そうだ、物理現象となった魔法じゃあ、精神的な存在のゴーストには効かない。石を投げても素通りする様に、魔法でも同じなんだ……)
ならば何故、クルトの魔法のみ効果があったのか。
(先生の魔法には無駄がない。僕の魔法には無駄があった。その無駄っていうのは要するに……)
ゴーストへの対抗策を思いついた。体をすべて乗っ取られた結果、苦し紛れの考えごとだったが、どうやら無駄ではなかったようだ。
(精神を柱とするゴーストに対抗しようとするのなら、こちらも同じ力を使わなければならない。魔法使いにとっての精神とは、つまり魔力そのものだ!)
できるかどうかは分からないが、クルトは何時もと同じ感覚で、魔力を全力で放出する。
クルトの右腕に強烈な痛みが走った。
オーゼが目の前の弟子に異変を感じたのは、そろそろ魔法効果が無くなる少し前だった。
「ずっと呻いておったが、声が止まった?」
魔法によって体を締め付けられてからも、弟子に憑りついたゴーストは、どうしてかそこから抜け出そうと暴れていた。
暴れるといっても、魔法の力にはあがなえず、ただその場で苦しげな声を漏らすのみだ。しかしそれまで止まるとなると、なにやら気になる。
「体力が尽きたのかの?」
恐る恐る近づくオーゼ。もう魔力の効果が切れる。暴れられたら危険ではあるが―――
「うん?」
近づくオーゼの目の前で、突然、クルトの体が光だした。その光は魔法使いなら見知った物のである、魔力による光だ。
「おお、一体何が」
変化はそれだけではない。弟子の全身が光る中、光の一部が分離して、体から離れている。
光は漂いながら、まるで意思があるかの様に、クルトの体から離れている。心なしか苦しんでいる様にも見えた。
「う……うん………」
魔力の効果が切れて、その場に弟子が倒れる。体の自由が戻り、再び暴れだすのかと思ったが、どうにも大人しい。
「あれ、先生? そうか、体、取り戻したんだ……」
弟子が再び起き上がる。その声を聞いたことで、弟子がどうやら正気に戻ったことを、オーゼは確認できた。
「とにかくゴーストの弱点は魔力なんですよ。僕の魔法は拙くて、魔力がダダ漏れなのに対して、先生の魔法は魔力を効率よく使うから漏れがない。だからゴーストには僕の魔法の方が効いたんです」
体の自由を取り戻したクルトは、何故か酷い怪我をしている右腕の応急手当をしながら、自分の考えを師に話す。後で医者に診てもらうこと心に決める程に痛むが、我慢できぬ訳でもない。
「なるほどのう。魔法使いにしか憑りつくことはできぬが、魔法使いの魔力には弱いと。なんとも歪な存在じゃな」
まったくだ。魔法使いキラーなんて考えていた自分に呆れてしまう。魔法使いしか襲えないが、魔法使いにやられてしまう。ゴーストとはそんな存在だ。
「この腕、町で診てもらいたいんですけど、その前に、ゴースト退治を終わらせませんか? せっかく対処方がわかたことですし、魔法使いであれば問答無用で襲ってくる相手なんですから」
自分が襲われた恨みもある。師に聞いた限りでは、ゴーストは部屋から逃げ出したらしい。なんでもその時の姿は人型でなく、単なる光の玉にまでなっていたらしいが。
「そうかもしれんが……。倒して良いものかを考えておる。あれがヨアンフであれば、それを倒すというのは人を殺すことに――――」
「なりませんよ。多分ですけど、あのゴーストはヨアンフ本人じゃあありません」
一度、いや、右腕だけなら二度憑りつかれて分かったことがある。あのゴーストはヨアンフではない。そもそも元が人間かどうかも怪しい。
「ほう、その心は?」
「精神によって生きることを目指したヨアンフが、肉体に憑りつこうとするのはおかしいって話はさっきしたと思いますけど、それとは別に、憑りつかれた後なんですけど、僕、五感を奪われたんですよね」
あの経験は二度としたくない。本当に自分が死んでしまったのではないかと疑った程だ。
「体の主導権を奪われるというのだから、思考以外はすべてなくなるのは当然じゃな」
「その時にですね、自分がバラバラになりそうな感じがしたんです。自分という物があやふやになる様な、自分の心までどこかへ散ってしまいそうになる。そんな感じが……」
あれが精神のみによって生きるということなら、それは無への階段を駆け足で登っているに過ぎない。
「心だけならどこまでも行けるなどと詩的なことを言う者もいるが、実際にそうなれば、帰り道をしっかり把握できるのかと心配せねばなるまいな」
「良くわらない例えですけど、精神だけの存在になるってのは、凄く脆い存在になることなんだと思うんですよ。短い時間、ゴーストに憑りつかれただけでも、かなり辛かったのに、ヨアンフが死んだのはもう随分と前なんでしょう?」
肉体的な死によってゴーストになったのであれば、ゴーストになって数十日が経っているということだ。
あの苦しみがそんなにも続くのは恐ろしいことであるし、そもそも精神が耐え切れない。
「だが事実、我々はゴーストのヨアンフに出会った。それはどう考える?」
「ゴーストが僕に憑りついた後、どう考えても理性的な行動をしていなかったんですよね? あれは確かにヨアンフが元となって生まれた物かもしれませんけど、もうヨアンフ自身じゃない。そう思うんですが……」
心が砕かれ、別の生命体になったのか。それとも、最初からヨアンフはゴーストになどなっておらず、外見が似たまったく違う存在を呼び出したに過ぎないないのか。兎にも角にも、クルトにはヨアンフの精神が未だあのゴーストとして存在しているなどと、考えられなかった。
「そうかもしれんな。しかしそうなると、あのゴーストは一体何なのかが気になってくる」
「それって、今ここで答えを出せる物なんですか?」
「無理じゃなあ。これは魔法研究として一つの課題じゃぞ。期間と予算を掛けて調べるべき内容になる」
うだうだ話したところで始まらない話であることはわかった。ならば今ここではさっさとやるべきことをして、宿へと帰ることが先決だ。
「ゴーストを探しましょうか。見つけて退治して、資料をまとめて宿へ向かう。カンガスで医者も探さなくちゃ」
一応、包帯で右腕を固定しているが、素人の生兵法だ。
「ううむ。そうじゃのう。確か、部屋を出て右に曲がったかな?」
精神のみの体なら、壁だって通り抜けられるだろう。その方向へ道なりに進んだという保障はない。
「最初にゴーストを見つけたのは、ヨアンフの実験室です。まずはそこに行ってみましょう」
そこにゴーストがいるだろうという確証などはないが、少なくとも屋敷内にはいるだろう。ゴーストは常にこの屋敷にとどまり続けているのだから。
ゴーストは直ぐに見つかった。案の定、実験室にて漂っていたのだ。
ゴーストは人型を保っていた頃よりも随分と小さくなり、手に収まりそうな丸い光でしかなかった。一か八かで行ったクルトの魔力放出程度で、これだけのダメージを受けたことになる。
「多分、さらに魔力を浴びせれば消えてなくなるんでしょうね……」
光に杖を向けて、魔力を放とうとするクルト。しかしオーゼ師が、その杖を手で横に退ける。
「なんです?」
もしかして魔法研究の資料に持って帰るなどというつもりなのだろうか。
「トドメはわしがしよう。もしかしたら、わしらの推測が間違っており、ゴーストは本当にヨアンフ自身なのかもしれんからな」
思わぬ気遣いに、驚くクルト。もしこのゴーストがヨアンフ自身であるならば、クルトが人の命を奪うことになる。可能性が低いとはいえ、弟子にそんなことをさせたくないと考えたのだろう。
「……わかりました。任せます」
断る理由がなかった。というより、そういう気遣いができるオーゼ師に、到底敵わぬという思いを抱いたのだ。
魔力の技能や知識であれば、努力を続けて得ることはできる。しかし人間性まではそうはいかない。能力とその思想に至るまで、師との差を見せられたクルトは、少し劣等感を覚えてしまった。自分はどれだけ努力を続けても、この師の様には成れないのではないだろうかと。
(いやいや、凄い人ではあるけど、まったく同じ人間にはなりたくないよ)
一方でその考えを改める自分もいる。自分の師は少々どころではないくらいに抜けたところがある。そちらに関しては尊敬などできない。
(見習える部分だけ見習っておこう……)
そう結論付ける。多少の劣等感なんて、どんな相手を見ても抱く物だ。後々まで覚えていることもない。
「それではさらばだゴースト。魔法研究が進み、お前の様な者の解明が進むことを、わしは祈っとるよ」
かなり手前勝手な文句を呟きながら、オーゼ師はゴーストに魔力を放つ。
すると小さな光はどんどん縮小し、遂には肉眼で捉えることすらできなくなった。
こうして今回の仕事については、一応の決着がついたわけである。
「それでですね、ヨアンフの研究資料に関して、優先的に僕へ回して欲しいんですけど」
場所は変わり船の上。カンガスからアシュルへの帰路にて、船の床に座りながら、クルトはとある交渉をオーゼ師にしていた。
「と言われてものう。いったいどういう吹き回しじゃ? ヨアンフの研究を引き継ぎたいなどと」
そう、クルトはオーゼ師に、ヨアンフの魔法研究を自分の魔法研究にしたいと頼んでいるのだ。
この旅の目的の一つに、クルトが始める研究内容探しという物があった。ちょっとしたいざこざがあったが、とりあえず、クルトはヨアンフの研究をそっくりそのまま利用しようと考えたのである。
しかし問題が一つ。本来、大学外部より持ち込まれた研究資料は、大学内部で精査され、内部の閲覧資料となる。
精査から閲覧許可まではかなりの時間を要するため、ヨアンフの研究をすぐに引き継ごうとすれば、現在研究資料を持つオーゼ師から、直接資料を融通して貰う他無い。
「ええっと、それはその、酷く不純な動機かもしれないんですけれど、既にある程度の研究がされている物の方が発展性で勝るんじゃないかと思いまして……」
要は一から始めるよりも、ある程度開拓された研究を引き継ぐ方が、出せる結果に違いがでると考えたのだ。引き継いだところで文句をいう人間は既にいない。
「それだけの理由ではなあ。学外から持ち込んだ資料は大学の所有物じゃ。わしも大学から仕事を委託されているに過ぎん立場であるから、それなりの理由なしに渡すわけにはいかん」
つまり、別の理由さえあれば融通してくれることになる。
何かもっと適切な理由がないものか。揺れる船の中で考え込んでいると、揺れのせいで姿勢が崩れる。体を支えようとして右腕を床に向けるが、とっさにそれを引っ込めた。怪我をしている腕に体重を掛けるのは危険だ。
「おお、大丈夫か?」
心配そうにこちらを見るオーゼ師。
体を支えなかったせいで、床に体をぶつけてしまったが、座った姿勢であったので、それほど痛くはない。
「大丈夫です。それよりもこの右腕の方が心配ですね。完全に治るのに1ヶ月くらい掛かるそうですから」
ゴーストが自分の体で暴れたことによって、どうにも骨にヒビが入ってしまったらしい。カンガスの医者曰く、完全に痛みが引くのは1ヶ月後だとのこと。
怪我をした時の意識がなかったので、どうにも釈然としない。自分の意識外でこんな怪我をするのは初めてである。うん? 初めて?
「そうだ、理由、理由ありましたよ、先生!」
なんとかしてヨアンフの研究資料を得ようとしたクルトは、この思いつきに感謝した。かなりの正当性があるからだ。
「まったく、そう喜びながらいうことでもあるまい。なんじゃ、いうてみろ」
生徒の様子を訝しみながら、話を聞く姿勢をとるオーゼ師。彼は知っているのだ。この生徒が、無駄なことを言わない相手であるのを。
「あのゴーストについては、今後も要研究ってことで良いんですよね?」
「ああ。現象として存在し、尚且つ解明されておらん物だとすれば、魔法研究の対象と成り得る」
「それです、その解明されてないってところが重要なんです。あのゴーストが未知の物であるならば、それに憑りつかれた僕についても、今後、どうなるか分からないってことじゃないですか?」
別に本気で自分が危険な状態にあると信じているわけではない。建前の話をしているのである。
「ふむ。誰も体験したことがなさそうな事を体験したのであれば、そういう心配をするかもしれんのう」
オーゼ師は顎に手をやって、しげしげとこちらを見つめる。どうやらクルトの狙いに気が付いた様だ。
「どうなるか分からないのに、研究している人間がいなくなっちゃって、僕は心配で眠れません。こうなれば、自分自身でゴーストの研究をするしかないと思いまして、こうやって先生に資料をいただけないかと、頼んでいるわけですね」
治し方のわからない病気に罹ったかもしれないから、自分をその病気を治せる医者にしろと言っているに等しい。
無茶苦茶な言い分ではあるのだが、それを言っているのが医者であれば多少の説得力が生まれる。この場合、問題解決のためにさらなる魔法研究が必要であり、それを解決したいと言っているのが、その問題によって被害を出した魔法使い自身であるので、資料を優先的に受け取れる理由にはなる。
「まあ、良いじゃろう。愛弟子を優遇するのも教師のつとめ。大学に帰ったら、資料の閲覧許可をすぐに頼もう」
「ありがとうございます!」
久しぶりに勉学関係の問題で、今の教師で良かったと思えた。コネがあるのであれば、積極的に使わねば損だ。
「ただ、これは一教師としての心配なんじゃが、研究をさらに発展させることができるかの? ヨアンフの研究はかなりの高い領域にまで及んでおる。少なくとも肉体と精神を分離させることはできたわけじゃからな」
精神が分離した後、ヨアンフ自身がどうなったか、あのゴーストがどの様に生まれたかは分からないが、少なくとも、ヨアンフは望んだ第一段階である、精神のみの存在になることは成功していたと予測できる。
それを可能にする魔法についてクルトは推測できないし、秀才であったらしいヨアンフでも、時間を掛けて研究を続けた物だ。
魔法を習い始めてやっと一年とクルトには荷が重いのではないかとオーゼ師は心配しているのである。
「まだ詳しく資料を見てませんのでなんとも言えませんが、一つだけ、やってみたいことがあります」
「ふん?」
「ヨアンフはカンガスから出たことがなかったんですよね? そのせいで資料集めに苦労していたと」
確か地域伝承である精霊というものの資料を集めたがっていたはずだ。
「そうじゃのう。ヨアンフの研究の内、重要な物に成り得るらしいが、どうしても収集できんと書かれておった。まあ、昔話や伝説と言った物は、書物の中ではなく、土地に根付くもんじゃから」
それはヨアンフの欠点だ。どうしてか土地に執着し、外界を見ることができなかった。
しかしクルトは違う。
「僕は別に責任もしがらみも無い立場ですし、先生が良く旅をしているんですから、生徒の僕も影響されて大学外に出かけたところで、不自然はない」
つまりクルトは、生前、ヨアンフがしたくてもできなかったことを、代わりにするつもりなのだ。
「確かにそれならできるかもしれん。魔法使いとして見識を広める手助けにもなるじゃろうし……」
まさか反対とも言えまい。生徒の学外で研究資料を集めたいという要望を、しょっちゅう学外に出向いている教師が否定できるわけがない。
「ふふふ。楽しみになってきましたよ。自分なりの、自分だけの魔法を生み出せるかもしれないんですから」
今はまだヨアンフの研究を引き継いだだけであるが、そのまま発展させていけば、いつかはクルトだけの研究となるだろう。それはどうしてか、心を躍らせる物である。
「しかーし、旅の目的が個人的な物であるならば、大学側から費用や経費を出すことはできん。つまり、自分で旅費を工面する必要があるのう。旅というのは、遠ければ遠い程、金の掛かる物じゃぞ?」
「げ、本当ですか?」
露骨に顔を歪めるクルト。学友に金銭に困っている者がいるせいで、費用の工面という物がどれだけ苦労を要する物か、良く分かっているのだ。
「本当じゃな。こればっかりはわしからも方法を教えることができん。まあ、研究の一環だと思うて、なんとかするしかあるまい」
オーゼ師の言葉に肩を落とすクルト。しかし諦めたわけではない。これからしなければならない努力と苦労を思うと、少し気が重くなっただけだ。
何せ研究は始まったばかり、足を止めるには早すぎる。どれだけの壁が立ちはだかろうと、前に進み続けるのが、魔法使いの調べ方なのだ。




