魔法使いの稼ぎ方(1)
趣味を持つなら金の掛からない物に限る。趣味とは好きで始める物であり、一度金銭を注ぎ始めると限りがないのだ。
趣味と仕事が合致すれば良いなどという者もいるが、とんだ間違いだろう。何故なら趣味で稼いだ金を、さらに趣味へと費やすことになる。こちらの方が掛ける金銭が多いのでさらに性質が悪い。自分が満足するためには、どれだけの費用が必要なのか、推測することさえできなくなるのだから。
「何か見入りの良さそうな仕事ってないかなあ」
自分の教室か、教師の研究室か、もしくは生徒組合の宿舎か。大学でクルトはいる場所といえば、だいたいがこの3つである。食事時になると、そこに食堂が混ざる。
今いるのは生徒組合宿舎。一応、クルトは生徒組合の事務員なので、一番いる時間が多い場所である。
「クルトくんがそんなことをいうのは珍しいですねー。生徒組合からも事務員としての報酬は出してたはずですけどー」
クルトと話しているのは、同じ生徒組合事務員のルーナだ。組合宿舎にいる間は、だいたい二人で喋っているためか、普段の生活がどうであるかなどは、互いにある程度知っていた。
「漸く自分の魔法研究を決めたんだけどさ、どうにもお金の掛かる物ばっかりで……。旅の安全ってのはやっぱり高価なんだなあ」
クルトが金銭を欲しているのは、自身の魔法研究のためだ。人間のゴースト化という名前が付けられたこの研究、小難しい理論や高度な魔法技術を必要とする部分はまだ少ないのだが、それ以前に参考となる資料が少ない。
以前同じ研究をしていた魔法使いは、その資料の少なさから、とうとう自分を実験台にしてしまっている。その結果どうなったかについては、あまり思い出したくもない話であった。
「あちこちの地域伝承を集める必要があるんでしたっけー? 旅道具に旅先での宿泊費、馬車代や船賃と、ちょっとした旅行でも、結構な費用が掛かるから大変ですねー」
まったくだ。距離が延びる毎にその費用も比例して上がっていくのだから、個人で調達しようとすれば、生半可な労力では足りない。
「だれかの後援とかがあれば良いんだけどなあ。こんなことなら、実家からの仕送りを断るんじゃ無かったよ………」
クルトは、大学での生活基盤を築いた後に、生活費の仕送りを断る旨の返事を、実家にしていた。
小さいながらも貴族の家なので、一人都会で暮らさせるくらいの余裕はあるのだが、元々養子として入った家だ。あまり貸しを作るのは申し訳ないと思っている。
しかし、今ではそのことを少し後悔していた。
「実家からお金を貰うのと、どこかの好事家から支援して貰う事の違いって、そんなに無さそうですもんねー。後者の方が、難易度が高いことが違いと言えば違いかもしれませんけどー」
有益な魔法研究をしている魔法使いの多くは、何がしかの支援を受けている者が多い。その中でも、もっとも多くの支援をしているのがマジクト国自身である。
マジクト国からの支援は、国家予算の一部を魔法大学へと交付することで行われており、さらに大学側が独自判断によって魔法研究をしている者へ分配されていく。
最近になって魔法研究を始めたクルトにも、一応の研究資金は分配されているのだが、何の成果も無く、まだ進展もしていない研究なので、子どもの駄賃よりも少ない額であった。
つまり何か金の掛かる事をしようとするのならば、自分で稼がねばならぬ。
「だからさあ。何か、生徒組合に良い仕事が入ってないかな? 是非とも積極的に労働をしたい気分なんだけど」
「あのー……。良い仕事がるならー、他の生徒さんに紹介するのが生徒組合事務員としての仕事だと思うんですけどー」
ジト目でこちらを睨むルーナ。そんな目で見られたところで、懐が膨れることもないから止めて欲しい。
「生徒組合の事務員といっても、僕自身が生徒だからね。生徒が困っているのなら、なんとかして助けになって貰いたいところだよ」
「ううーん。そうなんでしょうかー」
ルーナは首を傾げる。よし、このまま行けば上手い具合に彼女を騙くらかせそうだ。
「そうそう。どうせ最近は組合に来る生徒も少ないんだし、代わりに事務員が仕事をしたって文句はないと思う」
生徒組合は、大学外から寄せられた仕事を生徒に紹介するという仲介の仕事を担っている。大学自体にもそういう窓口はあるのだが、そちらは仕事を頼む客側の事情を重視するのに対して、生徒組合は生徒側の事情を考えて仕事の紹介をする。
聞こえは良いが、生徒の事情ばかりに気を取られているせいで、依頼の達成率はなかなかに低い。だから依頼される仕事は碌な物がないし、尚且つ山積みだ。
ここでクルトが一つ請け負ったところで支障がないのは事実である。
「そうですねー。でもー、生徒組合に稼ぎの良い仕事なんて物がないのは、クルトくんもよーく知ってるんじゃないですかー」
「そういえばそうだねえ」
金銭を得たいのであれば、大学側の仕事紹介を頼った方がマシである。仕事を依頼される側が、仕事人の事情ばかりを気にするのだから、頼む側が良い仕事を持ってきてくれるわけはない。
「それに今のクルトくんって、重労働ができそうに見えないんですけどー」
クルトの右腕を見てルーナは話す。
現在クルトは右腕に怪我をしていた。前の仕事で負った傷であり、もうそれほどでもないのだが、それでも衝撃が伝われば痛みがある。完治するまでは、肉体労働は難しいだろう。
「じゃあ、体を使わない系の仕事で」
「えり好みされたんじゃあ、仕事なんて紹介できませーん」
それはまあそうだろう。しかし重労働ができない体であることには変わりない。
「うーん。あ、もしかしたらクルトくんの望みにあったお仕事があるかもしれませんよー」
何かを思い出したかのように手を叩き、ルーナは答える。
「え、本当?」
さすがにクルト自身、自分に都合の良い仕事があるとは思っていなかった。とりあえず当面の旅費を手に入れるため、なんなりと仕事を探すつもりであったのだ。
だというのに、丁度良い仕事があると言われては、驚きもしよう。
「本当になるのかどうかはクルトくん次第と言ったところでしょうかー。クルトくんの生家って、貴族のひとたちなんですよねー」
「生家っていうか実家だね。あくまで養子だし、尚且つちゃんとした跡継ぎがいるから、養育されていたって表現が正しいと思うなあ」
最近は実家の姓を名乗らないかという話があるが、今は保留している。自分が貴族であるなどとは到底思えないからだ。
「うーん。そういう話はとりあえず置いて欲しいんですけどー。貴族さんたちとの付き合い方とかは知っているんですよねえ?」
「まあ……一般人よりは」
自分を養育してくれた貴族家からは、貴族として一応の立ち振る舞いは習っていたし、家へ偶にやってくる、所謂上流階級と言える客への対応をしたことは、少なからずある。
「なら大丈夫そうですねー。クルトくんは、ヘリスラー教室はご存知ですかー?」
「そりゃあ、大学内で1、2を争うくらいに在籍生徒数が多い教室だからね。火に関する魔法を中心に教えてるってのは聞いた事あるよ」
ヘリスラー教室。多い時には大学に入学した生徒の3分の1が所属する時もあるという、大きな教室だ。
生徒の多さはそれだけ教室の力の証明であり、ヘリスラー教師自身は大学内でかなりの発言力を持っている。クルトの友人が所属している教室には、ヘックス教室というところがあるが、そちらが生徒の質を重視して育てているのに対して、こちらは量で勝負しているといったところか。
「火に関する魔法……。まあそうですねー、対外的にはそう宣伝していますしー、あながちウソでもありませんよねー」
複雑そうな表情をして宿舎の隅の方を見るルーナ。何か言い辛いことでもあるのだろうか。
「それで? そのヘリスラー教室がどうかしたの?」
「ヘリスラー教室の特徴の一つに、庶民出身の生徒さんが殆どっていうものがあるんですがー、なんでも最近、王城に誰かを出向させなきゃならない事情が出てきたらしくてー、失礼のない様に貴族対応ができる生徒さんを募集しているそうなんですよー」
礼儀というものは、なんでもない物の様でいて、それを知っているだけで食っていけるくらいに重要な物である。
人は相手の印象という物を、会った瞬間に8割がた決めてしまう。それを出来るだけ良くしようとする努力こそが礼儀なので、蔑ろにしていると周囲が敵だらけになってしまう。
特に権力を持つ貴族を敵に回すなどあってはならない。気を使うのは当たり前だ。
「けど、いくら庶民が多い教室たって、誰かしら適任者はいるんじゃないかなあ。大きい教室なんだから、これまで貴族対応がまったく無かったなんてことはないと思うし」
わざわざ他から人を持ってきて対応して貰おうなどと、何か問題があると言っている様な物だ。
「それがですねー、何故だか、ヘリスラー教室でそういう応対役をしていた人達に腹痛が続発したらしいんですよねー。本当に何故だかー」
「それって、絶対仕事をしたくないための仮病だよね!? つまり誰もしたがらない仕事ってわけかあ。一体何があるのやら」
「王城への出向ってことですからー、もしかしたら王族の方々と会うのかもしれませんよー。それに緊張して腹痛とかー」
そういう人間もいるにはいるだろうが……。
「王族との謁見なんて、功名心がある人間にとっては好都合の場所じゃないか。むしろ是非したいって言ってくる人がいるはずなんだけどなあ。って、もしかして、僕の望みにあった仕事だっていうのは……」
「高い地位の人達に会えば、クルトくんの研究に興味を持って、後援をしてくれるかもしれないじゃないですかー。ビックチャンスだと思ったんですけどー」
確かにそうかもしれないが、そんな簡単に魔法使いの研究を支援しようなどと考えてくれる人物は見つからないだろう。仮に見つかったとしても、クルトの研究に興味を持つかどうか怪しい。
「ただ、肉体労働抜きの仕事ではあるんだよなあ。今は少しでもお金が欲しいし、とりあえずは受けてみるよ。詳しい事はヘリスラー教室で聞けば良いの?」
「ある程度の内容はこちらにー。是非頑張ってくださいねー」
頼りのない声援を聞きながら、クルトは魔法研究のための費用稼ぎに勤しむ。
「ああ、来てくれて助かったよ。先生も仕事で手が離せないし、いつもの応対役が尽く辞退してくるから、困って困って」
ヘリスラー教室に、王城での応対役を務める旨を伝えに向かったクルト。そんな彼を出迎えたのは、ヘリスラー教師自身ではなく、その生徒の一人、カップスという男だった。眼鏡を掛けた生真面目そうな外見をしている。教室のまとめ役と言ったところだろうか。
「いえいえ、こちらも報酬についてはきちんと受け取る手筈ですから、そんなに感謝される様なことは」
カップスはクルトより3年ほど早く大学に入学した学生だ。クルトにとっては先輩になるので、それなりの敬意を払って接する。ごく最近まで話していた知り合いも先輩だったと思うのだが、敬語で話した覚えがないのはどうしてだろうか。
「さっそく王城での謁見についての話なんだが、その前にうちの教室の概要くらいは知って置いて貰う必要がある」
「そうでしょうね。応対役が自分の立場を知らないなんて話にもなりませんから」
魔法大学において、教室間の交流というものはあまりない。概ね内向きな人間が集まる組織だから、どうしても縦割り染みた組織図になってしまうのだ。
「本番は4日後。それまでに、うちの教室の状況と、そもそも今回の謁見がどういった主旨の物なのかを理解して貰えると助かる」
「何のための物かについては一応聞いています。ヘリスラー教室が研究してきた魔法の一括提出でしたっけ? 事務作業みたいな内容なんで、拍子抜けしたんですが……。そもそも、王城で王族の方とする必要性すら感じないというか」
応対役辞退者が続出するというのも納得いかない。王族と会うのは緊張するかもしれないが、仕事内容は単純だ。2,3言葉を交わして、用意した書類なり資料なりを渡せば良いだけなのだから。
「そう思うのなら、それは僕たちの教室について知らないからだ。長く大学で生活していれば分かってくることなんだが、君はまだ一年目だからね。知らないのも無理はない。魔法使いの大学なんだから、似通った教室なんてものは存在しないが、うちは特に他とは違った性質の教室でね」
ヘリスラー教室は大学一の規模を持つ教室だ。それだけでも特別な教室と言えなくもないが、どうにもクルトの知っている情報とは別の何かがある様子である。
「火の魔法を中心に研究をしている教室なんでしたっけ? 僕が知っていることと言えばそれくらいで」
「火の魔法……。まあ確かにそう言えるかもしれないね。実際、生徒の多くはそういう魔法を専門としている。ただ、それは火の魔法を学びたいからしていることではないんだよ」
どういうことだろうか。確かクルトが入学した際は、火の魔法を扱う教室であると宣伝していた。
「火という表現にはいろんな意味合いがあるが、僕らの教室にとっては2種類の意味を持つ。一つはそのまま炎だとか、火事だとかそのままの意味で使う」
「それじゃあ変わっているのはもう一つの方ってことですね?」
頷くカップス。話の本題はここからということだろう。
「火にはこういう表現もある、戦火や火力。つまり国が保有する軍事力としての意味だ。要するに、ヘリスラー教室は、マジクト国における、魔力が関わった軍事力を研究している教室なのさ」
ヘリスラー教室ができたのは10年程前であり、当たり前の話だが、貴族の子弟であるヘリスラー・セシャールが魔法大学教師としての地位を得たのと同期している。
ではヘリスラー教室がしている研究も、10年前から始まったのかと問われれば、そうではない。ヘリスラー教師は、自身の教師から、そっくりそのまま、教室の研究を受け継いだのだ。なので、本質的な教室の有り方と魔法研究の歴史は、ヘリスラー教室よりも長い。遡れば大学が出来た当初まで辿り着く。
魔法大学はマジクト国の国益とは切っても切り離せない関係であり、国家の軍事力に魔法を利用することは、大学が作られた段階から既に考えられていた。大学と共に、マジクト国の力と成り得る物として、ヘリスラー教室の前身は存在していたのだ。
「魔法と火力は相性が良い。純粋な破壊力として魔法を用いた場合、他の魔法よりも高効率で扱えるのはきみも知っているだろう?」
カップスの話を聞くクルト。場所はヘリスラー教室に幾つか宛がわれた自習室の一つ。大きな教室になると、生徒のためにこの様な場所まで提供してくれるらしい。羨ましい限りだ。
「火にしろ雷にしろ、破壊力があることは確かですね。あくまで副次的な物かもしれませんが」
火を使えば物が燃える。物を急速に冷やせば脆くなる。それらを威力のある魔法と言うこともできるが、別に何かを壊したくてそれらの魔法を使っているわけではない。あくまで魔法研究の一部なのだから。
「なら、君や他の生徒が使う火の魔法も、元々はうちの教室の研究だったと言えばどう思うかな?」
「本当ですか?」
火の魔法とは、もっとも初歩的な魔法の一つであり、使えない魔法使いは見習い以前の問題と言われるくらいに普及している。
「勿論、魔力によって火をおこす魔法は昔からあった。だがそれを、経験の浅い魔法使いが扱えるまでに簡略化、体系化させたのはうちの教室の研究成果だよ。それがどういう目的で研究された物なのかは、だいたいわかるだろう?」
だれでも火の魔法が使える様になるということは、それだけ組織が所有する火力の量が多くなるということだ。
火には様々な使い方があるが、ヘリスラー教室の方向性を見るに、軍事力のための火力として研究されたのだと予想はできる。
「教室がそういった、マジクト国の戦力に関わる研究を今も昔も続けているっていうのはわかりました。それと、今回、王城に出向くことにどんな関係があるんです?」
「ことが国家の軍事力に関わる物だけに、マジクト国は研究が外部に漏れることを恐れている。だから、出来る限りうちの教室の研究成果は、直接王族に伝えるような形になっているんだ。間に余計な人物を挟まないためだろうね。それだけなら何時もの事務仕事で、先生に暇があれば先生が、そうでなければ代理の者が王族に謁見するんだが………」
今回はどうにも勝手が違うと言いたげである。事実、仮病で休む者もいるのだからそうなのだろう。
「何があったんです? それを聞かないと、僕が知らずに厄介な事態を起こしかねませんよ?」
カップスが黙るので、暫しの沈黙が続く。目頭を押さえて言い難そうにしているところを見ると、既に厄介事は始まっているのだと理解できた。勿論、今回はクルトが原因ではない。
少し溜め息を吐いた後、カップスは話を続ける。
「もし、もしもだよ、今回の謁見で僕らの教室が、自分達の研究成果をすべて明かさなかった場合、相手はどう思う?」
「ことが軍事に関わる物ですから、クーデターを計画、とまでは行きませんけど、なにか良からぬことを考えていると邪推しますね」
そもそもが研究成果を明かす場であるのに、それを反故にしているのだ、必ず裏に何かあると考えるはずだ。
「………何かを隠すつもりなんですか!?」
もし王家との話し合いで相手の意向に沿えなければ、最悪、王権侵害罪も適用される。王家とはマジクト国の柱であり、それに害を与える行為なのだから。
「い、いや、そういうことではない。ただ、そう勘繰られても仕方のない状況になってしまったというか………」
慌てて釈明をするカップス。一方でクルトは、想像以上におかしな展開になったと焦っていた。もしこれが困難な仕事であるのならば、それを達成させる責任があるのはクルト自身なのだ。
「まずは事の発端から話そう。それが一番話しやすいだろうし」
カップスは口を開いた。
今回のヘリスラー教室の件について、問題は二つあった。一つはヘリスラー教室全体で進めていたとある魔法研究。
この研究、一応、機密事項であるためか、詳しく知ることはできなかったが、なんでもマジクト国内の兵力事情に関わる物らしく、今回の研究成果の目玉になる予定の物であった。
過去形であるのは、その魔法研究が思ったより進まず、現在でも目下研究中だからだそうだ。事前には一定の成果が期待できそうだと伝えてあったらしく、今回の謁見でなんとか釈明せねばならない状況にあるとのこと。
これだけならまだ重大な問題にはならないだろう。期待に応えられなかった分はそれなりの愚痴や叱りを受けなければなるまいが、それだけの話である。ただ、もう一つの問題が事態を深刻化させているらしい。
「貴族、ヒレイ・リッド・マヨサ。マヨサ家って、マジクト建国時代から続く名門一族じゃないか」
大学外に借りている部屋にて、クルトはベッドに寝転びながら、今回の仕事に関わる情報、それらをまとめた資料を読む。カップスが是非とも頭の中に叩きこんでほしいと作った資料らしい。
「事態をややこしくしているもう一つの原因。とある貴族が、今回の謁見に参加することって聞いていたけど、まさかこんな大物だなんて………」
問題の二つ目、それはヘリスラー教室を快く思っていない貴族が、謁見に参加するということだった。
ヘリスラー教室には平民出身者が多い。それは何故かと言われれば、ヘリスラー教室で研究をしていれば、身分の貴賤を問わず、将来マジクト国に雇われる可能性が高いからだ。
研究内容が国家の軍備に関わることなので、マジクト国側がヘリスラー教室出身者を囲い込むらしい。
貴族出身で将来の選択肢が広い人間なら嫌がるだろうが、平民出身者の多くは安定した生活を望む。結果、ヘリスラー教室には平民出身者が多くなる。それを邪険に見ているのが、このヒレイ・マヨサという貴族だそうだ。
「平民を国が雇うってことは、権力機構内に平民出身者が増えるってことだ。そりゃあ古くから貴族をしている側は嫌がるか」
平民への差別意識もあるのだろうが、それ以上に、自分達が作った国の機構に後から別の者が参加するというのは、独特の嫌悪感があるのかもしれない。
「相手側にヘリスラー教室を敵対視している人がいて、さらにこっちは魔法研究の成果について、ちょっとしたミスをしている。難癖をつけようと思えば、いくらでもつけられるんだ。厄介だなあ」
本来、王城で謁見をするはずだった者が仮病を使うのも無理はない。もしかしたら、本当に胃痛を発症しているのかも。
「だからって、何も手を打たないままなのはまずいよなあ」
これがヘリスラー教室だけの問題であるならば、クルトは基本通りに王族との謁見をするだけで良いと考えていたが、ことはもしかしたら魔法大学全体に飛び火するかもしれない可能性があるのだ。
「大貴族がわざわざ出てくるんだ。ただの嫌がらせってわけでもないだろうね。偉い人って、一つの行動に二つも三つも意味を含ませてくるから」
大方、ヘリスラー教室の失態を足掛かりに、平民の権力機構参加の抑制、そしてできれば魔法大学に一定の発言権をなどと考えているのだろう。
「うーん、面倒だなあ。しかも何かできるだけのコネなんてないし……」
王城での謁見は一度きり、さらには相手がどんな人物であるかなどの情報を集めることができないため、どうにもできない。
悩み続けて、ベッドの上でゴロゴロと転がる。それ程の大きくない物だが、クルトの身長が小さいので手足を伸ばしてもまだ余った。
「手足に余る……。そうだ、この手でいってみるか」
ベッドから上半身を起こす。上手く行くかどうかはまだわからないが、今からできることなどあまりない。選択肢がないのだから、思いついた手だけで勝負するしかないと、クルトは考えた。




