黄金色の鳥、ミルル
隣人アキトとラフィの会話の最中、鳥のミルルが迎えに来る。
家のドアを開け、外に出る。
俯いていたラフィは気がつかなかった。左隣の住人が同じタイミングでドアを開けたことに。
耳にはイヤホンを付けている。音も聞こえない。
「ああ、あんた、目が金色じゃないか。よそ者か」
そう呼びかけたのは腰まで届く黒髪を一つに結んだ男だった。ラフィと並ぶと二十センチほど背が高い。キューブに住むには不向きな鍛えられた体をしていた。
「・・・・・・シカトかよ」
気がつかないラフィがイヤホンをしていることに気がついて、男は無造作にラフィに向かって手を伸ばし、イヤホンを取る。
そこで初めて外の轟音を聞いたラフィは、思わず耳を塞ぐ。
そしてさっき自分に向かって伸びた手の持ち主を見上げる。
透き通るような白い肌は病的にさえ見える。よそ者と言われる理由になった金色の目と、それを縁取る長い睫毛は不審げに男を見上げる。
そして不審は不安に変わる。
「・・・・・・なんですか」
小さい声はかろうじて聞き取れるほどだった。男はラフィを少女かと思った。背丈は百六十ほど、痩せていて、よそ者らしく抜群に抜きん出た美しさだ。
「挨拶だよ。俺はアキト、よろしく。あんたは?」
アキトはここに来てひと月になるが、薄いキューブの壁から隣の物音が一切聞こえてこないので人が住んでいないと思っていたのだ。思いがけず隣人を発見して、つい声をかけた。
しかし、何ですか、と問われても答えようがなかったので、つい『挨拶』と言った。
「僕は、ラフィ」
「僕?」
「男ですよ」
よく女と間違えられるラフィは淡々と答えた。そして時計を見る。今日はやっと雇われたアルバイトの二日目で、まさか遅刻するわけにもいかなかった。
「すみません、急ぐんで」
「急ぐなら送ろうか? 俺のミルルは速いぞ」
「間に合うので大丈夫です」
アキトの言葉が終る前にかぶせるようにして、ラフィは断る。
今日初めて会った人に送ってもらう理由なんてなかった。
大体嫌いなのだ、人と接することが。
「あ、そう」
気にする風ではなく、アキトは答える。そして胸元から細い銀の鎖を引っ張り出す。
その先にはマッチ棒くらいの大きさの笛がぶら下がっている。
思わず興味を持って、ラフィはそれをじっと見る。
キューブは宙に浮いているので、風も強い。
自然の風と、列車や飛行機が通るたびに吹き付けられる風と。慣れてしまえばそれまでだった。
アキトが皮ひもで結んでいる黒髪が風に流れる様子を、ラフィは見つめる。
さらさらと指どおりが良さそうで、触ってみたい。
ラフィは自分の肩に付かない程度の金髪になんとなく触れる。
紛らわしいから切ったのに、今日も女の子に間違われてしまった。
「寝てるからさ、鳥笛で来なかったりするんだ」
笑ってラフィを見てから、笛を吹く。
気になってじっとこちらを見ている様子は、少女に見えようが少年に見えようが幼い子供そのもので単純に可愛らしかった。
前方からバサッバサッという音と共に黄金色の羽の鳥が近づいてくる。
その姿はみるみる大きくなり、ぶつかる、と思わずラフィは身をすくめ後ろに下がる。
「起きてるわよ! 起きてあんたがそっちの女の子をナンパしているところから、ずっと聞いてたわ!」
「おい、誤解だよ。ナンパじゃないし女の子じゃないんだよ」
「私、気を使って散歩してたの。でもいい加減嫌になっちゃう。アキトはついに幼い男の子にまで手を出すようになったのね・・・」
「ミルル、勘弁してくれよ~、あ、ラフィ。誤解だから。この鳥の誤解だからな」
ラフィは暫く全長三メートルはありそうな鳥の顔を見ていたが、話の内容からそっとアキトから離れる。
「鳥って言わないで!」
「だって鳥だろ!?」
一人と一匹の言い争いを聞きながら、ラフィそっとその場を去る。
「ラフィ、信じるなよ!」
まるで古い仲のように遠ざかるラフィに声をかける。
ラフィは足早に立ち去りながら、ミルルと呼ばれた鳥の、黄金色の羽と瞳を思い出していた。
おそろいだ、と思いながら。




