第22話 サテュちゃんの屋敷
学院生活が始まって2巡目の5日間も無事に過ぎ、ようやく2日間の休日となった。
今日は久しぶりに学院を出て、サテュちゃんの屋敷へ行く日だ。
それで午前に彼女と職員棟の外の広場前で待ち合わせて、迎えの馬車を待っている。
「走って帰ってもいいのだけど、流石にあなたとふたりで街中を走るのもね。歩いて行くのは時間が勿体無いし」
サテュちゃんは貴族家のご令嬢なので、王都内では馬車で移動するのが基本だそうだが、時折は学院と屋敷の間を走って行くのだそうだ。
なんでも、かつてお父上や伯母さんもそうだったのだとか。
そんな話をしているうちに、学院の正門から迎えの馬車が広場に入って来た。
「来た来た」
御者台で馬車を操縦しているのは、ティモ爺ではなく別の人だね。若い男性に見えるけど、サテュちゃんの屋敷の人なのだろうな。
「トイミさん、ありがと」
「いえ。今日はちゃんと待っていらしたので、安心しました」
「だから、流石に今日は走らないわよ。あ、この人が例のディックくんね」
「よろしくお願いします、ディックさん。わたくしはトイミと申します。どうぞ馬車にお乗りください」
「あ、はい。よろしくお願いします」
トイミさんというのはファータの里から派遣されて来ている若者で、現在は王都の屋敷付きになっているのだそうだ。まあ、ティモ爺の部下ということなのだろう。
俺たちを乗せた馬車は学院を囲む林か森のようなエリアを出て、内リンクの屋敷街からフォルス大通りの両側に並ぶ商業街を通り抜け、やがて貴族屋敷街と呼ばれるエリアに入った。
この貴族屋敷街が王都の内リンクでは最も大きな面積を占める街区で、その次が王宮の敷地なのだとか。
「うちは中の下くらいの爵位の貴族だから、王都の屋敷の場所も面積もそのくらいね」
このエリアに在る貴族屋敷の敷地は全て王家から配分されて下賜されたもので、王宮に近いほど爵位も高く面積も広いのだそうだ。
「この国の爵位って?」
「公爵、侯爵、辺境伯爵、伯爵、子爵、男爵、準男爵。ここまでが貴族位ね。うちは子爵だから、ほら中の下でしょ」
「騎士は貴族じゃないのか」
「男爵以上の貴族の爵位は王家が授爵するものだけど、準男爵位と騎士爵位は王家のほか、男爵以上の領主帰属家も授けることができるの。それで騎士爵位は数も多いし、基本的には王家や領主貴族家を守る武官として、準男爵位以上の貴族位とは区分されている訳。あと、貴族位と違うのは一代爵位と言うことかな。まあ決まりはそうだけど、慣習的には代々受け継がれているけどね」
そんな解説をサテュちゃんから聞いているうちに、馬車はひとつの屋敷の門を潜って中に入って行った。
爵位が中の下で屋敷もそのくらいと彼女は言っていたけど、二階建ての大きな建物の間には美しい前庭とかもあって、なかなかに広くて立派なお屋敷なのではないでしょうか。
「ただいまー」と馬車を降りたサテュちゃんが屋敷の玄関口を入り、俺もその後をついて行く。
「お帰りなさいませ、サテュさま」
「お帰りなさいませ。あ、その方が例の人ですね」
「ただいま。そうそう。紹介するわね」
屋敷の中に入ると、そこは玄関ホールといった場所なのだろうね。正面には二階に上がる階段があり、右手奥にはホテルのロビーラウンジのような広くてゆったりとした空間が見える。
その玄関ホールで出迎えに出て来たのはふたりの女性。
ひとりはサテュちゃんより少し年上に見える、十代後半くらいの美人のお姉さん。
もうひとりはそのお姉さんよりはだいぶ年下で、学院の1年生と同じくらいの可愛らしい女の子だ。
そして目を惹くのは、ふたりが着ているお揃いの衣装。
これは何と言う衣装ですかね。記憶が確かならば、前世の世界ではアルプス地方で着られていた女性の民族衣装に良く似たものに見える。
フリルが付いたブラウスにウェストにフィットしたボディスを重ね、その上からエプロンを締めているので、お胸が強調されたような。
そうそう、ディアンドルとかいう衣装に良く似た衣装ですかね。
「このふたりは、この王都屋敷のお世話をしてくれている侍女さんよ。彼女がカリーヌさんで、この子はシフォンちゃん」
「よろしくお願いします」
「よろしくです」
「よろしくお願いします、ディックです」
侍女さんなんだね。ということは、ふたりが着ている衣装は侍女さんの制服という訳ですか。
「ティモ爺とライナ小母さんは?」
「局事務所の方に行かれてましたけど、そろそろこちらにお戻りになられると思います」
「そう。そうしたらディックさん、あちらでふたりが戻るのを待ちましょうか」
サテュちゃんがあちらと言ったのは、玄関ホールの右奥にあるラウンジのことだね。
それで俺たちはそのラウンジのソファに腰掛けて、ティモ爺とライナ小母さんという人が戻るのを待つ。
俺たちが腰を落ち着けると、直ぐにカリーヌさんとシフォンちゃんが紅茶とお菓子を運んで来た。
紅茶は香り高い上質のものみたいだけど、トリュフの形の茶色いお菓子はこれって。
「チョコレート、だ」
「ああそれね。この世界だとショコレトールって言うのよ。うちの自家製ショコレトール」
「へぇー、自家製なんだ」
「食べてみて」
そのトリュフチョコ、いやトリュフショコを口に入れると口の中でとろける。まさしく前世の高級品に勝るとも劣らない、豊な味わいのミルク風味チョコレートだった。
「これは、美味しい」
「でしょでしょ。うちの領の名産品なのよ」
スィーツが貴族領の名産品とか、それって珍しい話でもないのかな。前世のヨーロッパでもお菓子は貴族文化や宮廷文化と共に発展したと聞いたことがあるしな。
ショコレトールと紅茶を楽しみながらそんな話をしていると、玄関口から3人の人影が屋敷に入ってくるのが見えた。
ひとりはティモ爺で、もうひとりは先ほど馬車で迎えに来てくれたトイミさんだね。
そして3人目は女性で、あの人がライナ小母さんという人なのだろう。
「サテュちゃん、帰ったのねー。それで、その方が例の」
そう、例のです。
「ライナ小母さん、ティモ爺、ただいま。紹介するわね。この人が例のディックさん。ライナ小母さんは、お父さまとお母さまがこの王都屋敷に居ない時には、ティモ爺と留守を預かってくれているの」
「ディックです。いろいろとお世話になっておりまして、ありがとうございます。今後ともよろしくお願いします」
「あら、そういう硬い挨拶はいらないのよ。うちの旦那がティモ爺で、わたしはライナ小母さん。そんな年寄り夫婦だから、気楽に接してね」
ライナ小母さんはティモ爺の奥さんなんですね。
年寄り夫婦と聞いてあらためて彼女を見てみると、爺と呼ばれるには若すぎるティモ爺と同じく、若々しく美しい容姿の壮年女性だ。
「ディックさんは、こちらに泊まって行くのよね」
「ええ、そうして貰うつもり。今日はこちらで過ごして、明日は冒険者ギルドね」
そうそう。今日は、サテュちゃんと俺のお互いの戦闘力というか、学院で無双姫と呼ばれている彼女の実力を確かめたいのだよな。
そして明日は冒険者ギルドでラウロくん、アマートくん、サイミちゃんと待ち合わせをしている。
ギルドでは、俺とサテュちゃんが彼らのパーティに加わって、サテュちゃん命名の北辺の疾風というパーティ名で登録する予定だ。
「そしたら、お昼まではまだ時間があるし、早速だけど訓練場に行くわよ」
「お、そうだな」
「わたしたちも後から行くわねー」
どうやらライナ小母さんとティモ爺も見学に来るようだ。
俺としてはティモ爺の実力も気になるところだけど、その隣で朗らかに微笑んでいるライナ小母さんという人からもただならぬ雰囲気を感じて、もの凄く気になるんだよな。
自室で着替えてから訓練場に行くというサテュちゃんを残し、俺はトイミさんに屋敷の裏手にある調査外交局、王都屋敷事務所という建物へと案内された。
さっきライナ小母さんとティモ爺が行っていたという局事務所というのが、ここなんだね。
ここは子爵家の調査外交局という組織の王都における出先機関の事務所施設で、事務室や会議室などの部屋のほか、局員や他の人員が王都に来た際に宿泊の出来る寮があるのだそうだ。
「いまは、私以外は誰も住んで居なくて、まあ、私がこちらの管理人ということですね」とはトイミさん。
つまり、トイミさんはグリフィン子爵家の調査外交局員という立場らしい。
「こちらのお部屋で着替えてください。着替えられたら、訓練場にご案内しますよ」
「あ、はい。ありがとうございます」
建物の一室に案内されて、俺は持って来ていた学院の訓練着に着替え、ドアの外に出るとトイミさんが待っていてくれた。
「それじゃ、行きましょうか」と建物の外に出る。
「あの、トイミさん」
「はい?」
俺はここで、先ほどから気になっていることをトイミさんに聞いてみることにした。
「先ほどお会いした、ライナ小母さんというお方ですけど……」
「やはり気になりましたか?」
「あ、はい。優しげな女性とは思うのですけど、なんだかそれ以上にただならぬ雰囲気をお持ちというか」
「はっはっは、そうでしょう。あなたなら、そう感じ取れたのでしょうね」
「聞いてよろしければ、どういうお方ですか?」
「ライナ様は、ティモ様と同じく調査外交局独立騎士大隊顧問の任に就かれている、王国最高の大魔導騎士様です」
ははぁ、あのニコニコしていた小母さんが王国最高の大魔導騎士様なんですかぁ。
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