第65話 再会の約束《プロトコル》。 〜「メモリ不足なら俺がチューニングしてやる」と神に喧嘩を売った〜
ルナが放った光が、森全体を優しく包み込んだ。
攻撃的な気配を漂わせていた星霊たちが、その光を受けて動揺し、やがて静まり返る。
『……この波長は』
リーダー格の星霊が、ルナの前に降り立った。
その顔には、驚愕の色が浮かんでいる。
『個としての自我を保ったまま、これほどの「理」を御する力……。まさか、変異体か』
「わたしはイレギュラーじゃない。ナオトたちが、まもってくれたの」
ルナが小さな体で、俺たちを庇うように立つ。
星霊は俺の方を一瞥し、ふぅ、と風のような溜息を漏らした。
『……人間よ。剣を収めよ。森の主が貴様らを「敵ではない」と定義した以上、我々は手を出せぬ』
「……分かった」
俺たちは武器を下ろした。
だが、緊張は解かない。
「ルナ。……会いに来たぞ」
俺が声をかけると、ルナは寂しそうに微笑んだ。
「ナオト……」
『この子はここより出られぬ』
星霊が冷たく告げる。
『彼女は星の記憶の一部。穢れた下界に留まれば、その魂は摩耗し、やがて消え去るだろう。……ここで世界樹と同化し、永遠の安らぎを得るのが定めなのだ』
「定め、だと?」
俺は拳を握りしめた。
「そんなもん、俺が書き換えてやる。……ルナ、聞いてくれ」
俺は一歩前に出た。
「今はまだ、お前を連れて帰ることはできないかもしれない。この森を出れば、俺たちの力不足でお前を守りきれないかもしれない」
俺たちの能力は今、ルナに依存している。
そしてルナ自身も、この森の魔力がないと存在を維持できない不安定な状態だ。
「だから、約束する。……必ず、この世界の『運営《神》』を止めて、誰も消えなくていい世界にしてやる。お前が森の外でも笑って暮らせるように、世界の仕組みごと作り変えてやるから」
俺は真っ直ぐにルナを見た。
「そうしたら、一番に迎えに来る。……だから、それまで待っててくれないか?」
俺の言葉に、ルナの瞳が揺れた。
その時、星霊が眉をひそめた。
『……神を、止めるだと?』
その声には、嘲笑ではなく、深い哀れみが混じっていた。
『人間ごときが、何を言う。……「大いなる意志」は、悪意を持って世界を削っているのではない。……器が満ちたのだ』
「器が……満ちた?」
『数千年の時を経て、星の記憶は膨大になりすぎた。器から溢れ出た力は歪みを生み、世界を崩壊へと導く。……故に、主は「枝打ち」を為されるのだ』
星霊が空を見上げる。
『古き枝を払い、不要な葉を落とし、幹を生かす。……それが摂理。慈悲無き剪定こそが、この世界を永らえさせる唯一の道なのだ』
星霊の言葉は抽象的だったが、俺とミサにはその意味が痛いほど理解できた。
「……ミサ。翻訳できるか?」
「……はい。多分、こういうことです」
ミサが青ざめた顔で呟く。
「『記憶の器が満ちた』……つまり、『サーバーのメモリ容量が限界に達した』ってことです」
「確認のために聞いたが、ミサもやっぱり同意見……か」
俺は眼鏡を押し上げた。
歴史、魔法、人口。増えすぎたデータ量が、世界を管理するサーバーのスペックを超えてしまったのだ。
処理落ちやバグはその予兆。
「『枝打ち』ってのは、リソース確保のための『データ削除』か。……レイクサイドの街が消されたのも、メモリを空けるためのガベージコレクションってわけだ」
運営は悪党じゃない。
ただ、システムを維持するために、事務的に「重いデータ」から消去しているだけだ。
……それが一番タチが悪いんだよ。
『ほう……。我らの言葉を、そのように解釈するか』
星霊が興味深そうに俺たちを見た。
『だが、事実は変わらぬ。この森もまた、枯れゆく運命にある。ルーナリアという新たな柱を得なければ、結界は保てぬだろう』
「ナオト」
ルナが俺の袖を引いた。
その瞳には、決意の光が宿っていた。
「ルナ、のこる。……みんながきえちゃうの、いやだから」
「ルナ……」
「ナオトたちが、なおしてくれるまで、ルナが森をささえる。……じかん、かせぐから」
分かっていた。
この子は、ただの迷子じゃない。
俺たちが守ろうとした小さな体には、管理者としての責任と、優しさが詰まっている。
「……分かった」
俺は膝をつき、ルナの目線に合わせた。
そして、小指を差し出す。
「約束だ。絶対に直してくる。……だから、それまで消えるなよ?」
「ん! やくそく!」
ルナの小さな小指が、俺の指に絡まる。
指切りげんまん。
再会のための契約だ。
『……人間にしては、大きく出たな』
星霊が、ふっと表情を緩めた気がした。
空中に、一粒の光り輝く結晶が現れ、俺の手のひらに舞い降りる。
『持っていけ。それは「世界樹の雫」。この森の生命力そのものだ』
「! これは……」
俺は鑑定するまでもなく理解した。
とんでもない高純度のエネルギー体だ。これ一つで、都市一つの電力を数年は賄える。
「いいのか? こんな貴重なものを」
『貴様らが本当に世界を書き換えるというのなら、我々も賭けてみよう。……我らとて、消されるのを座して待つのは退屈だ』
星霊からの、最初で最後の支援。
これがあれば、次元ゲートを開くための動力源問題は完全に解決する。
「ありがとう。……必ず、いい結果報告を持ってくる」
◇
別れの時。
ルナは世界樹の根元に立ち、俺たちに手を振っていた。
「ばいばーい! エルーカおねえちゃん、レギナおねえちゃん、ミサ、ナオト!」
「うぅ……ルナちゃん……! またね、絶対またね!」
「フン、泣くなポンコツ勇者。……達者でな、チビ助」
エルーカがボロボロ泣き、レギナも目元を拭っている。
ミサも、笑顔で大きく手を振り返していた。
「待っててねルナちゃん! 先輩が世界を直したら、一番にケーキとたい焼き持って遊びに来るから!」
俺たちは背を向け、歩き出した。
結界を出た瞬間、ルナの加護が消え、体が重くなるのを感じた。
チート能力は封印され、俺たちはただの人間に戻った。
だが、怖くはなかった。
背中にはルナの想いがある。
懐には『世界樹の雫』がある。
そして隣には、頼れる仲間たちがいる。
「……帰るか。王都へ」
神様、待ってろよ。
お前の作った「メモリ不足」のクソ仕様、俺たちが全力で軽量化してやるからな。
(第4章・完)




