第64話 世界樹の記憶《メモリ》。 〜星霊たちは「容量不足」を嘆き、少女は別れを告げる〜
クリスタルの森を駆け抜けながら、俺はふと、頭の片隅で冷静に考えている自分がいた。
(……ルナは、もう自分の家に帰ったようなもんだろ?)
ここは彼女の故郷、『久遠の揺り籠』の内部だ。
結界を抜け、森に招き入れられた彼女は、放っておいても安全に家族の元へ帰れるはずだ。
俺たちが必死に追いかける必要なんて、論理的に考えればないのかもしれない。
チラリと隣を見る。
ミサも、エルーカも、レギナも、誰もそんなことは口にしない。
ただ必死に、前を見据えて走っている。
分かっているんだ。
これは「任務」じゃない。「感情」の問題だ。
ここまで一緒に旅をしてきた。
同じ釜の飯を食い、隣で笑い、手を繋いで眠った。
俺たちとルナの間には、確かに家族のような絆が生まれている。
だから、こんな形じゃ終われない。
はぐれて、そのままサヨナラなんて、俺たちが納得できない。
ちゃんと顔を見て、頭を撫でて、「またな」って笑って送り出したいんだ。
「……行くぞ! 絶対に見つける!」
俺が声を上げると、三人が力強く頷いた。
「リリス! ルナの魔力痕跡頼む!」
『了解です、マスター。現在、微弱な残留思念を追跡中……。マップデータ更新』
俺の懐からリリスの声が響き、眼鏡のHUDに森の地図が構築されていく。
『前方、座標(X:502, Y:880)に高密度のマナ反応。この森の中枢……「世界樹」の直下です!』
「そこか! 案内頼む!」
『お任せください。最短ルートを算出……右の獣道です。ただし、防衛システムの反応多数!』
リリスが指し示した方向から、再びクリスタル・ビーストの群れが現れる。
「邪魔です! ルナちゃんに会う邪魔をしないでください!」
エルーカが叫び、聖剣を振るう。
一撃で先頭の獣を粉砕し、道をこじ開ける。
「数は多いが、動きは単調だ! マスター、そのまま突っ切れ!」
レギナが氷の壁を展開し、側面からの攻撃をシャットアウトする。
完璧な護衛だ。
俺とミサは、二人が作ってくれた道を全速力で駆ける。
『警告! 頭上より飛行型接近!』
リリスのアラートと同時、頭上の枝から鳥型の魔物が急降下してくる。
「エルーカ! 12時の方向、枯れ枝だ!」
「はいっ!」
エルーカが跳躍し、魔物ではなく、その手前の「枯れ枝」を斬り飛ばす。
落下した巨大な枝が、急降下してきた魔物に直撃し、地面に叩き落とした。
「見えてきました! あれです!」
ミサが指差す先。
森が開け、圧倒的な存在感を放つ巨木が姿を現した。
世界樹。
その幹は水晶のように透き通り、内部を脈動する光が流れている。
まさに、この星のメインサーバーだ。
その根元に、小さな影があった。
「ルナ!」
俺が叫ぶと、銀髪の少女が振り返った。
「……ナオト?」
ルナは無事だった。
だが、彼女の周囲には、ゆらゆらと光る人影がいくつも浮遊していた。
人間ではない。高密度の魔力で構成された、半透明の精神体。
長い耳と、透き通るような翼を持つ美しい存在。
「あれが……星霊種」
レギナが息を飲む。
星霊たちは、ルナを守るように囲み、俺たち侵入者に冷ややかな視線を向けていた。
『……去れ、人間よ』
頭の中に直接響くような声。
星霊の一人が、俺たちの前に立ちはだかる。
『ここは久遠の揺り籠。汚れた定命の者が足を踏み入れてよい場所ではない』
強烈な拒絶の意思。
空気がビリビリと震え、俺たちの肌を刺す。
ただ立っているだけで、魂が削られそうなプレッシャーだ。
「……ルナに、会いに来たんです」
俺は一歩前に出て、星霊を見据えた。
声が震えそうになるのを、腹に力を入れて抑え込む。
「彼女は、俺たちの仲間です。……ちゃんと、お別れを言わせてほしい」
『仲間? 滑稽な。星霊と人間が交わることなどあり得ない』
星霊は無慈悲に告げた。
『この子は迷子になり、穢れた下界に落ちてしまった哀れな同胞。我々が浄化し、再び「星の記憶」へと還す。……貴様らの出る幕ではない』
「浄化……? 記憶へ還すって、どういうことだ?」
嫌な予感がした。
ルナが、不安そうに俺を見ている。
『個としての自我を消し、世界樹の一部として統合するのだ。それが星霊の定め』
「ふざけるな!」
俺は叫んだ。
家に帰すために連れてきたんだ。消滅させるためじゃない。
あの子は、笑ったり、怒ったり、たい焼きを半分こしたりできる、一人の「女の子」なんだぞ。
「ルナはデータじゃない! 生きてるんだ!」
『……理解不能な思考だ。排除する』
星霊が手をかざす。
周囲のマナが収束し、致死レベルの閃光が放たれようとしていた。
「全員防御を!」
俺が指示を飛ばすと同時に、エルーカとレギナが前に出る。
だが、相手は「星の管理者」の眷属。
チートなしの俺たちで、果たして止められるか。
「……やめて!」
その時。
ルナが、星霊たちの前に飛び出した。
小さな両手を広げ、俺たちを庇うように。
「ナオトたちを、いじめないで!」
ルナの体から、眩い光が溢れ出す。
それは星霊たちの光よりも強く、温かく、そして力強い輝きだった。
『……ルナ? その力は……』




