第63話 久遠の森の防衛機構。 〜加護が切れたら即死!? 解析《リード》だけで指示を出す司令塔〜
翌朝。
俺たちは簡単な朝食を済ませ、再び魔導ワゴン車を走らせた。
数十分ほど進むと、雪原の先に巨大な影が見えてきた。
雲を突き抜けるほど巨大な、水晶でできた大樹。
『世界樹』だ。そしてその根元に広がる、深い霧に包まれた森。
「おうち……ここ」
助手席のルナが指差す。
『久遠の揺り籠』の入り口だ。
目に見える壁はないが、空気の密度が変わっているのが分かる。ここから先が結界の内部だ。
「車はここまでですね」
ミサが車を止める。
ここから先は道がない。それに、高濃度のマナだまりに魔導エンジンを突っ込めば、暴走する危険がある。
「よし、降りるぞ。ルナ、案内頼むな」
俺たちは車を降り、徒歩で結界へと踏み入った。
フワッ……。
結界を抜けた瞬間、寒さが消えた。
雪景色だった視界が、一瞬にして鮮やかな緑色に変わる。
そこは、クリスタルのような葉を茂らせた樹木が立ち並ぶ、幻想的な森だった。
空気中には光の粒子が漂い、呼吸をするだけで魔力が満たされていくようだ。
「うわぁ……! 綺麗です!」
「これが精霊の森か。外界とは隔絶された楽園だな」
エルーカとレギナが感嘆の声を上げる。
だが、俺の眼鏡には、無数の警告が表示されていた。
『Warning: Unknown Area.(警告:未確認エリア)』
『Caution: Security Level MAX.(注意:セキュリティレベル最大)』
ここはただの森じゃない。
世界樹という言わば巨大サーバーの直下にある、重要保護区画だ。
「あ、ちょうちょ」
突然、ルナが声を上げた。
彼女の視線の先を、銀色に光る蝶がひらひらと舞っている。
「まって」
ルナが俺の手を離し、蝶を追いかけて走り出した。
「おい、ルナ! 待て!」
俺が呼び止める間もなく、彼女の小さな背中は森の奥へと吸い込まれていく。
その速度は異常だった。まるで森そのものが彼女を招き入れ、運んでいるかのように。
「追いかけるぞ!」
俺たちが駆け出した瞬間、ルナとの距離が10メートル開いた。
ドクンッ。
心臓が重くなった。
体を包んでいた温かい膜――ルナの『絶対肯定権限』が切れたのだ。
「……加護が切れたか」
これで俺とミサは、運営の監視下に逆戻りだ。
『書き換え』や『削除』といったチート能力を使えば、即座に検知されてBANされる。
「先輩! 何か来ます!」
ミサの鋭い声。
森の木々がざわめき、地面が隆起する。
現れたのは、全身が透き通った水晶でできた巨大な獣――『クリスタル・ビースト』の群れだった。
森の防衛システムが、ルナ以外の侵入者を排除しに来たのだ。
「グルルルル……!」
ビーストたちが一斉に飛びかかってくる。
その鋭い爪は、岩をも切り裂く硬度を持っている。
「くっ、迎撃だ! ミサ、俺たちは邪魔だ! 下がるぞ!」
「はいっ!」
俺とミサは後退し、エルーカとレギナに道を譲る。
今の俺たちには、攻撃手段がない。
だが、できることはある。
「眼鏡、解析モード起動!」
俺は眼鏡のブリッジに指を添え、敵のステータスを読み取った。
『閲覧』だけなら、運営の規定違反にはならない。
『Target: Crystal Beast. Weakness: Core inside the chest.(弱点:胸部内部の核)』
「エルーカ! 敵の装甲は硬いが、胸の中心にある核だけ脆い! そこをピンポイントで狙え!」
「了解です師匠!」
エルーカが聖剣を閃かせる。
ビーストが爪を振り下ろすが、彼女はそれを紙一重で回避し、懐へと潜り込んだ。
正確無比な突き。
パリーンッ!
クリスタルの胸が砕け、ビーストが光の粒子となって崩れ落ちる。
「レギナ! 3時の方向から増援だ! あいつらは『音』に反応してる!」
俺はすかさず次の指示を飛ばす。
「音か。ならば!」
レギナが杖を振るう。
放たれたのは攻撃魔法ではなく、離れた場所に着弾する『氷の礫』だ。
ガシャーン!
遠くで音が鳴ると、ビーストたちが一斉にそちらへ向きを変えた。
その隙を、レギナが見逃すはずがない。
「今だ。『氷結連弾』!」
無数の氷の槍が、背後を見せた敵群に降り注ぐ。
次々と砕け散るクリスタルの獣たち。
「すごい……! 二人とも、めちゃくちゃ強いですね!」
ミサが目を輝かせる。
俺たちがユニークスキルで無双していたせいで隠れがちだったが、こいつらは元々、この世界でもトップクラスの実力者なのだ。
的確な指示さえあれば、チートなしでも十分に戦える。
「どうですかミサさん! 師匠の護衛は、私たちが本職ですから!」
エルーカが得意げに笑いながら、次々と敵を斬り伏せていく。
その動きには迷いがない。
「フン、マスターの手を煩わせるまでもない。……だが、指示は助かるぞ」
レギナも冷静に戦場を支配している。
「よし、このまま押し切るぞ! ルナを追うんだ!」
俺は二人を先導役に、森の奥へと走った。
ルナが残した魔力の痕跡が、森の深部へと続いている。
チートは使えない。
だが、今の俺たちには最強の「矛」と「盾」がある。
エンジニアが情報を解析し、アタッカーが敵を殲滅する。
これこそが、本来あるべきパーティーの姿だ。
「待ってろよ、ルナ! すぐに追いつく!」




