第50話 藪からスティックな一夫多妻制。 〜「全員幸せにする」覚悟を決めたら、後輩女子が赤面して逃げ出した件〜
精霊の森への旅立ちを翌日に控えた、穏やかな昼下がり。
俺たちは旅の準備に追われていた。
「ルナちゃん! 見てください、こっちの服はどうですか? フリルがついてて可愛いですよ!」
王都の子供服売り場。
エルーカが目を輝かせて、小さなワンピースを手に取っている。
「……うむ。だがエルーカよ、旅装としては機能性に欠ける。こちらの防寒機能を備えたローブの方が、森の気候には適しているのではないか?」
レギナが真剣な顔で、実用性重視の服を選別している。
二人の間には、小さな銀髪の少女――ルナがいた。
新しいチュニックに身を包んでいるが、その表情はまだ少し硬い。
「……どっちも、かわいい」
ルナが困ったように言うと、エルーカとレギナは顔を見合わせて笑った。
「じゃあ、両方買っちゃいましょう! 師匠の財布ですから!」
「フン、マスターも甘いからな。必要経費として認めるだろう」
二人は会計を済ませると、店を出た。
王都の大通りは、復興の活気に満ちている。
「ほら、ルナちゃん。逸れないように」
エルーカが右手を差し出す。
ルナはおずおずと、その手を握り返した。
「……私もだ。人混みは危険だからな」
レギナも左手を差し出す。
ルナはもう片方の手で、レギナの手を握った。
真ん中に小さなルナ。右に勇者、左に魔女。
三人は手を繋いで歩き出した。
「……あったかい」
ルナがぽつりと呟く。
奴隷として扱われていた冷たい記憶が、二人の体温で上書きされていくようだ。
「えへへ、そうでしょ? 私たちはもう家族みたいなものですから」
エルーカが繋いだ手をぶんぶんと振る。
「家族……」
「そうだ。マスターが父親なら、私たちは……母……まあ、姉といったところか」
レギナが少し照れくさそうに言う。
「おねえちゃん」
ルナが顔を上げて二人を見る。その瞳に、初めて年相応の無邪気な光が宿った。
「エルーカおねえちゃん。レギナおねえちゃん」
その言葉に、二人は撃ち抜かれたように足を止めた。
「ぐはっ……! か、可愛すぎます……!」
「……これは破壊力が高いな。何でも買ってやりたくなる幻惑魔法か!?」
二人は顔を見合わせ、幸せそうに微笑んだ。
血の繋がりはない。種族も違う。
けれど、繋いだ手の温もりだけは、確かにそこにあった。
◇
一方その頃。
拠点のガレージでは、俺とミサがハイエース改の最終調整を行っていた。
「エンジン出力安定。冷却システム、オールグリーン。……よし、これで長旅もバッチリだ」
俺は工具を置き、油で汚れた手をウエスで拭った。
目の前には、ミサのデザインによってキャンピングカー仕様に改装された『魔導ワゴン車・ハイエース改』が鎮座している。
「お疲れ様です、先輩。コーヒー淹れましたよ」
ミサがマグカップを渡してくれる。
彼女も作業着姿で、頬に少し煤がついているのが、妙に生活感があってドキッとする。
「サンキュー」
俺たちは車のリアゲートに腰掛け、コーヒーを啜った。
ガレージのシャッターが開いていて、そこからエルーカたちが帰ってくるのが見えるかもしれない。
「……先輩って、優しいですよね」
不意に、ミサが言った。
「えっ?」
「だって、私たちは今、唯一のアイデンティティでもあるチート能力を封じられてるじゃないですか。正直、今の私たちは『ただの人』です」
ミサが自分の手を見つめる。
『外観定義』も『管理者権限』も、使えば運営にバレて消される。
最強だった俺たちは、今や丸腰に近い。
「でも、ルナちゃんがいればそれも使える。それも制限なく。……いわば彼女は、私たちが最強に戻るための『鍵』です」
「まあ、そうだな」
「けど、先輩はそのルナちゃんをずっと傍において利用しようとはせず、すぐにルナちゃんを故郷に返す方法を考え始めた。……これって、凄いことですよ」
ミサの瞳が、真剣な色を帯びて俺を見ている。
「そうか? 当たり前のことだと思うけど。ルナ自身がここにいたいって言うならともかく、帰りたいっていってるんだしさ」
俺は肩をすくめた。
子供を利用してまで、楽をして生きたいとは思わない。
それに、そんなことをすれば、俺が最も嫌う「カケル」と同じになってしまう気がしたからだ。
「私なら、多分迷っちゃうなぁ」
ミサが苦笑する。
「最後は同じ結論に至ると思うけど、きっと……1ミリくらいは思っちゃう。このまま傍に置いとけば、また無敵でいられるのに、って」
「そうかぁ? お前はそんなやつじゃないと思うけどな」
「あ、まーた。たらし」
ミサがジト目で見てくる。
「なんなんだよそれ……なんにも喋れなくなるだろ」
「ふふっ。でも、そんな先輩だから私は好きになった。……ううん、私だけじゃない。エルーカちゃんも、レギナっちも。みーんな」
ミサが空を仰ぐようにして、独り言のように呟く。
「それはそれは、光栄の極みでございます。ミサお姫様」
「ほんとに思ってます〜?」
「思ってるよ。実際、あっちにいた時は、俺……てんでモテなかったし」
深夜残業、休日出勤。髪はボサボサ、目の下にはクッキリとしたクマ、肌は荒れ放題で無精髭を生やした汚いオッサン。
鏡を見るのも嫌になるような、典型的な社畜ヤバおじだった。
「こっちに転生してきてからもさ、見た目とかってほぼ向こうのままだろ? 多少はこっち寄りにデフォルメされて美化されてるけどさ。お前と違って、俺は元が悪いから全然美形にはなれてないし。中身はおっさんのままだ」
「……」
「だから、こんな美女たちに囲まれてるのが、未だに信じられないんだよ。……お前も含めてな」
「えっ」
ミサが俺を見る。
「私、日本にいた時よりも可愛くなっちゃってます!?」
「まあな」
俺は即答した。
前世のミサも可愛げはあったが、今の彼女は内側から輝いている。
生き生きとしていて、自信に満ちていて。
文句なしに「美少女」だ。
「えっ……」
ミサが顔を真っ赤にする。
口をパクパクさせて、言葉を失っている。
「なんだよ。自分で言っといてその反応は」
「あ、いや……だって……調子に乗るなとか……言われると思って、その……」
要は、肯定という名のカウンターが返ってくると思ってなかったわけね。
ミサ自身気付いてないけど、こういう反応……こいつも大概男たらしだよなぁ。
「まあとにかくさ。ルナは無事に返してやろう。俺たちがそれでまたチート能力が使えなくなったって、それは俺たちの事情で、ルナには関係ない」
「そ、そうですね!」
ミサはまだ顔を赤くしている。
俺、こいつにこんなに好かれるようなこと前世でしたっけ?
いつもデスマーチを共に乗り越えたことしか記憶にないんだが。
「……なあ、お前ってさ」
ふと、気になっていたことを聞いてみる。
「いつから俺のこと好きになったの?」
「や……薮からスティック!」
ミサが変な声を上げた。
ルー語……。
こ……こいつ……若いくせになんてネタを口走るんだ。前世での俺の影響を受けすぎだろ。
「……そんなの、わかんないですよ。明確な好意なんて、そういうのって……気付いたら……じゃないんですか?」
ミサが視線を逸らし、もじもじと指を合わせる。
「ふーん。そういうもんかね」
「……はい……」
ま、内緒にしたいこととか、自分だけの心の内に留めておくべきこととか、あるわな。
特に現代っ子のこいつなら。
今の質問はちょっとノンデリだったかな?
「……先輩は」
今度は、ミサの方から切り出してきた。
「私たちのこと、どう思ってますか?」
「たち?」
「はい。三人のこと」
ミサの瞳が、真っ直ぐに俺を射抜く。
逃げられない問いかけだ。
「……んー……。好きだよ。みんな」
「それは……like? love?」
「……うーん……」
俺は腕を組んで悩む。
likeかloveか。
家族愛のような、戦友愛のような。でも、女性として意識していないと言えば嘘になる。
エルーカの健気さ、レギナの献身、そしてミサとの絆。
どれか一つを選ぶなんて、今の俺にはできない。
「……選べない、が正解かな」
「ズルい答えですね」
「悪いな。でも、俺は欲張りだからさ。……ここ、異世界だし」
「へっ?」
俺がボソッと言うと、ミサがキョトンとした顔をした。
お前こそなんだ、薮からスティックに。
「あ、いえ……私、色々調べたんです。この世界の法律とか、文化とか」
ミサが顔を伏せ、上目遣いで俺を見る。
その顔は、夕日のせいだけじゃなく赤く染まっていた。
「それで、わかったことがあって」
「なに?」
「……こ、この世界って……一夫多妻制……アリ……らしいです……」
蚊の鳴くような声。
だが、その内容は爆弾級だった。
「……へっ?」
俺の思考がフリーズする。
一夫多妻。
つまり、選ばなくていい? 全員と……?
「ちょ、ちょっと暑くなってきたので! アイス買ってきます! じゃあ!」
俺が固まっている間に、ミサは弾かれたように立ち上がり、ダッシュでガレージを飛び出して行ってしまった。
「あ、おい!」
呼び止める間もなく、彼女の姿は路地裏に消えた。
「……財布持ってけよ……」
俺は苦笑して立ち上がった。
しかし、頭の中ではさっきの言葉がリフレインしていた。
一夫多妻制……か。
もしそれが本当なら。
俺たちのこの歪で、騒がしくて、愛おしい三角関係(四角関係?)も、丸く収まる可能性があるのか?
いやいや、いくら異世界でも、そんな都合のいい話が……。
「……あるのか?」
俺は空を見上げた。
二つの月が浮かぶ空。常識が違う世界。
まんざらでもない自分に気づき、俺は顔を覆った。
「……俺も大概だな。アニメの見すぎか」
とりあえず、あのしっかりしてるんだか抜けてるんだかよく分からない後輩に財布を届けに行こう。
そして、明日からの旅路で、じっくりと考えてみるとするか。
彼女たちとの、未来の形を。




