第48話 奴隷解放宣言《エマンシペーション》。 〜アナログな電波ジャックで、首輪の制御権を奪ってみた〜
オークション会場の熱気は最高潮に達していた。
ステージ中央には、目玉商品である魔石『星の心臓』が妖しく輝いている。
「さあ、開始価格は金貨1000枚から!」
司会者の声に、貴族たちが競って札を上げる。
欲望に塗れたその光景を、俺は壁際から冷ややかに見つめていた。
(……調整完了だ)
俺は懐から、武骨なリモコンスイッチを取り出した。
これは昨日、ミサと徹夜で作った『可変式信号送信機』だ。
そしてさっき、眼鏡で読み取った奴隷たちの首輪の制御コードに合わせて、周波数のチューニングを済ませておいた。
このスイッチを押せば、俺が設定した「解除信号」が、会場に仕込んだ中継機を通じて一斉送信される。
チート能力は使えない。だからこそ、現場での解析とアナログな電波ジャックで裏をかく。
「ミサ、エルーカ、レギナ。……派手にやるぞ」
『了解!』
三人の返事が重なる。
俺は手元のスイッチを押し込んだ。
「――システム・オールグリーン。解放ッ!」
カシャンッ!!
会場に、硬質な金属音が響き渡った。
ステージ上の少女たち、そして会場の警備用魔獣に至るまで、全ての「隷属の首輪」のロック機構が一斉に外れ、床に落ちたのだ。
「な、なんだ!?」
「首輪が外れたぞ! どうなっている!」
会場がどよめく。
その混乱を切り裂くように、純白のドレスを翻してエルーカが飛び出した。
「悪党ども! そこまでです!」
彼女はドレスの裾を破り捨て、太ももにホルスターで固定していた聖剣の柄を握る。
一瞬で聖剣が展開され、白金の光が会場を照らし出した。
「せ、聖剣!? まさか、勇者エルーカか!?」
「なぜこんな所に!」
貴族たちが悲鳴を上げて逃げ惑う。
衛兵たちが慌てて武器を抜くが、もう遅い。
「遅いな。貴様らの動き、止まって見えるぞ」
真紅のドレスを着たレギナが、優雅に扇子を振るう。
すると、衛兵たちの足元が瞬時に凍りつき、床に固定された。
「なっ……魔法!? 詠唱もなしに!?」
「フン。マスターの敵になるなら、本気で来い」
レギナの瞳が赤く輝く。
元魔王軍四天王の威圧感に、屈強な衛兵たちが震え上がる。
「お前たち! 魔石を守れ! 奴隷たちも取り押さえろ!」
主催者の商人が叫ぶ。
奥から、増援の傭兵部隊と、大型の戦闘用ゴーレムが現れた。
「ちっ、やっぱり出てきたか」
俺は眼鏡を押し上げた。
普段なら『削除』一発で消せる相手だ。
だが今は、運営の監視がある。派手な改変は即BAN対象だ。
「エルーカ、レギナ! ゴーレムの関節駆動部に劣化が見られる! そこを狙え!」
「了解です! 指示さえあれば外しません!」
エルーカが笑う。
彼女はゴーレムの剛腕を紙一重で回避し、その腕を駆け上がった。
「『聖剣・断空』ッ!」
ズバァァァン!!
一閃。
鋼鉄のゴーレムが、俺の指示した脆い関節から両断されて崩れ落ちる。
「右翼の傭兵団は私が引き受ける! 『氷華の舞』!」
レギナも負けていない。
彼女がステップを踏むたびに、氷の結晶が弾け飛び、傭兵たちを吹き飛ばしていく。
「先輩! 私もやりますよ!」
ミサが会場の隅で、壁の配電盤を弄っていた。
彼女の手にはドライバーと、怪しげな自作ガジェットが握られている。
「配線よし、回路バイパスよし! ……会場の照明、いただきます!」
バチンッ!
ミサが配線をショートさせると、会場の照明が一斉に爆ぜ、真っ暗闇に包まれた。
同時に、非常灯の赤色灯だけが回転を始め、サイレンが鳴り響く。
「ひぃぃぃっ! な、なんだ!?」
「出口はどこだ!?」
貴族たちがパニックになり、我先にと出口へ殺到する。
だが、扉は開かない。
「無駄ですよーだ! 電子ロックの回路、焼き切っておきましたから!」
ミサが暗闇の中でVサインを作る。
スキルによる書き換えではなく、物理的な「破壊工作」による封鎖だ。これなら運営にもバレない。
「ナイスだミサ! よし、俺は魔石を確保する!」
戦況は完全にこちらが有利だ。
俺は暗視モードに切り替わった眼鏡を頼りにステージへ上がり、『星の心臓』を手に取った。
掌に乗るサイズの青い石。だが、その内包する魔力は都市一つを消し飛ばせるほどだ。
「……確保完了」
「待て! それを渡すわけにはいかん!」
その時、ステージの床が割れ、巨大な影が飛び出してきた。
全身を魔導兵装で固めた、オークの改造兵士だ。
主催者の切り札だろう。
「グオオオォッ! 死ネェッ!」
改造オークが、巨大なドリルを俺に突き出す。
速い。
チートなしの俺の身体能力では、回避が間に合わない――!
「師匠ッ!」
「マスター!」
エルーカとレギナが叫ぶが、距離が遠い。
俺は反射的にガントレットを構え、防御態勢を取る。
だが、その衝撃が来ることはなかった。
ガギィィィン!!
金属音が響き、俺の目の前で火花が散った。
聖剣か? 氷の壁か?
いや、違う。
「……ふぅ。間に合った」
俺の前に立ち、ドリルを片手で受け止めていたのは――執事服を着た、小柄な人影だった。
「リ、リリス……?」
俺は目を丸くした。
そこにいたのは、いつものホログラムではない。
俺たちが以前倒した「防衛ゴーレム」の残骸パーツを組み合わせて作った、急造の「物理ボディ」を纏ったリリスだった。
『マスター。計算上、貴方の回避率は0%でした。……私のサポートなしで無茶をしないでください』
リリス(物理)が、無表情で言う。
その腕からは蒸気が吹き出し、オーバーロード寸前だ。
「お前、そんなしっかり実体化できたのかよ……」
『ミサさんと協力して、ジャンクパーツを組み立てておいたのです。戦闘力は低いですが……盾くらいにはなります』
リリスが腕を振り抜き、オークを弾き飛ばす。
「盾になんてさせるかよ。……よくやった、リリス!」
俺はニヤリと笑い、後ろに控える最強の二人に指示を飛ばした。
「エルーカ! レギナ! トドメだ! あいつをスクラップにしろ!」
「はいっ!!」
「承知!!」
二人が同時に跳躍する。
聖なる光と、極寒の氷雪が交差する。
「『聖剣・クロス……』」
「『……ブリザード!』」
合体技が炸裂し、改造オークは粉々に粉砕された。
「……ふぅ。終わりですね」
エルーカが着地し、ドレスの埃を払う。
会場の敵は全て無力化された。
「ミサ! 避難誘導はどうなってる?」
「バッチリです! 解放された子たちは裏口のセキュリティを解除して、逃がしました!」
ミサがドライバーを回しながら合流してくる。
さて、俺たちもずらかるか。
そう思って背を向けようとした時だった。
「……おっ?」
何かが、俺のコートの裾を掴んだ。
見下ろすと、そこには一人の少女がうずくまっていた。
ステージの隅で、瓦礫に埋もれかけて震えている。
色素の薄い銀髪に、長く尖った耳。ボロボロの衣服。商品として売り出されていた奴隷だ。
さっき首輪が外れたはずなのに、逃げ出さずにそこにいたのか。
「おい、大丈夫か? もう自由だぞ、逃げろ」
俺が声をかけると、少女はビクッと体を震わせ、涙目のまま俺を見上げた。
「……あたたかい」
「え?」
「おじちゃん、あたたかい魔力、してる。……こわくない」
少女は俺のコートを、小さな手でギュッと握りしめて離さない。
その瞳には、恐怖と、すがるような色が混じっていた。
「師匠。……その子」
エルーカが駆け寄ってくる。
レギナも周囲を警戒しながら、少女を見て眉をひそめた。
「エルフ……いや、魔力の波長が違うな。精霊種か?」
「……ほら、立てるか?」
俺が手を差し伸べると、少女は恐る恐るその手を握り返してきた。
冷たくて、折れそうなほど細い手だ。
衛兵たちの足音が近づいてくる。
悠長に話している時間はない。
「……やばいな。とりあえず連れてくぞ!」
俺は少女を抱き上げた。
このまま置いていけば、また別の業者に捕まるか、路頭に迷うだけだ。
それに、こんな小さな子供に泣きつかれて、振り払えるほど俺は大人じゃない。
「しっかり捕まってろよ」
「……うん」
少女が俺の首に腕を回し、顔を埋める。
「よっしゃ! 野郎共、ズラかるぞ!」
俺の号令で、三人が頷く。
俺たちは魔石と、そして小さな迷子を抱え、混乱するオークション会場から夜の闇へと飛び出した。




