一章『協力』
大きな狼の言う通り、狼の癖に鹿が怖いと言うのは変です。
ですが大きな狼はそれよりも、どうしてこんな小さな狼が群れからはぐれ、
一匹でここに居るのかが気になりました。
大きな狼はまず、小さな狼の名前を聞くことにしました。
「お前、名前は?」
「僕はワク」
「ワクか。俺はイリだ。お前、仲間はどうした?」
小さな狼のワクは大きな狼のイリの顔を見上げた後、
イリから目を背けて顔を沈めてしまいました。
「僕……群れから追い出されたんだ。
鹿が怖いんじゃ狩りが出来ないからって言われて……」
「こんなに小さいのに、お前も一匹狼なのか」
「えっ?」
ワクは驚いて、パッとイリを見上げました。
ワクの聞き間違いでなければ、イリは『お前も』と言ったのです。
「俺も一匹狼なんだ。
ずっと前からな」
「そうなの?」
「ああ。
一匹狼同士、仲良くしようぜ」
正直な所ワクは寂しかったので、イリの言葉に尻尾を振って喜んでいます。
「うん!」
「じゃ、俺が狩りの練習をさせてやるよ」
「えっ?」
ワクはポカンと大きく口を開け、尻尾を振るのも止めました。
「当たり前だろ。
鹿狩りが出来ないんじゃあ、とてもじゃないが狼として生きてはいけないからな。
俺が鹿を見付けてこの辺りに追い込むから、お前は適当な茂みに隠れて鹿を仕留めてくれ」
「ちょっと待ってよイリ。
僕そんな事出来ないよ」
「出来ないなら出来るようになれ!じゃ、しっかりやれよ」
イリはそう言い残し、足早に去って行きました。
「そんなの出来っこないよ……」
ワクは落ち込みました。
鹿が怖くて狩りが出来ないのを理由に群れを追い出された自分に、
イリは鹿狩りの練習をしろと言うのです。
とりあえずは、イリに言われた通りに近くの茂みに隠れて身を伏せます。
ですが茂みの中は意外と落ち着ける場所であり、しばらくするとワクは眠くなってしまいました。
「起きてなきゃ……」
ワクは眠気を払う為に、前足でまぶたをこすります。
更にしばらくすると、鹿の足音が聞こえて来ました。
「鹿だ!」
ワクは今度こそと意気込み、カサカサと最小限に抑えた音を立て、
いつでも茂みから飛び出せるように姿勢を整えました。
しかし、茂みの葉と葉の間の隙間から走る鹿が見えた時、
ワクはその鹿が怖くなってしまい身動きが取れず、襲う事が出来ませんでした。
イリが提案した待ち伏せ作戦は、ワクの臆病で失敗に終わってしまいました。
「やっぱり駄目だった……」
ワクが落ち込んでいると、イリが現れました。
イリはグルルと唸っていて、ワクの失敗にお怒りの様子です。
「おいワク!まさか寝てたんじゃないだろうな?」
ワクはゆっくりと茂みの中から出て来ました。
小さな体のあちこちに、木の葉や小枝がくっ付いています。
ワクは全身をブルブルと大きく震わせ、木の葉や小枝を振り払いました。
「起きてたよ」
「じゃあなんで鹿に噛み付かなかった!」
イリは今にも噛み付かんばかりの迫力で、ワクに言いました。
「怖くて動けなかった……」
「情けねえな。
そんな調子じゃすぐに飢えて死んじまうぞ」
『はあ?狼の癖して鹿が怖いだと!?』とイリに言われた時と同じように、
ワクはまたもや伏せて頭を抱えました。
「御免なさぁーい……」
「ハン!一生そうしてろ!」
イリは吐き捨てるように言い残し、ワクを置き去りにしてスタスタと歩き去ってしまいました。
「うう。
どうすれば良いんだろう……」
イリが居なくなった後も、ワクは頭を抱えて伏せたままで居ました。
いつまでもそうしていると、再び睡魔が訪れ、いつしかワクは眠りにつきました。
悲しげな顔で眠るワクの閉じた目の端から、小雨程度の一粒の涙がポロッとこぼれ落ち、
すぐ下の草をほんの少しだけ濡らします。
眠るワクをそのままに、時間はゆっくりと過ぎて行きました。