戦闘
女と男は互いに近寄るとこちらに向かって発砲してくる。
当然、シエナは防御する。
何十発もの弾丸が弾幕を形成し、防壁魔法へと食い込んでいく。
すると女と男は撃ちながら真っ直ぐ突撃してきた。
彼等が持つ銃はそれほど反動がないのか、精度はそのままで弾が
飛んでくる。
全く反撃のしようがない。
それはシエナの場合に限るが。
「御嬢様!」
「ヘルフレイム!」
今度は避けられないよう1ヵ所ではなく左右一帯にも同時に炸裂する。
鉄をも溶かす摂氏2800度の難関魔術、獄炎が彼らを骨も残らないほどに焼きつくしているだろう。
突然、炎から人影が見える。
目を細ばせた瞬間、それが男の方だとわかった。
男はまだこちらへ突進してくる。
体は焼けただれているが、まるで奴の体だけ[まるで時が巻き戻っている]かの様に再生していった。
(再生魔術・・・!ですが、それは・・・!)
それは有り得ないことなのである。
鉄をも溶かす炎を凌ぐほど再生魔術など現時点をもって開発されていないからだ。
そもそもあったとして、それを溶かされない一瞬に発動させるなど無理に等しい。
既に発動させていたということも考えられるが、それならばもう魔力は全て枯渇し、死に絶えている筈だ。
何故なら、再生魔術は最も最難関の魔術に指定され、最も燃費の悪い魔術とも言われているからだ。
再生魔術というのは多種多様な属性魔術を何重にして発動させることで始めて治癒が始まる。
ただでさえ魔術を同時に発動して魔力が無くなるのにそれを維持し続けるなんて、何も持ってない状況で空を飛ぶ様なものなのだ。
なら考えられるのは魔術に対抗しうる完全に別系統の異能!
男は全力で接近してくると同時にシエナへ殴りかかる。
反射して避けようとする。
が、シエナは避けることはせず防壁魔法で阻む。
奴の拳の標的はシエナではなく、クリスチアナであったからだ。
気づくのが遅ければクリスチアナは殺られていただろう。
だが、彼等の狙いがそこにあるとはシエナは思いもよらなかった。
完全にうかつだったと言える。
片方があの炎の中で生き残れたのなら、もう片方も生き残れることに。
そして、もう一人が屋根に上り右から銃口を向けていたのが分かった。
血の気が引いていく。
防壁魔法を女の方に向ければ男の方が突破してくる。
だがかといってこのままだと蜂の巣にされてしまう。
(・・・どうすれば、どうすれば・・・!)
すると突然、視界が暗くなったと思えば瞬く間に光が生まれた。
次にギィン!と普通ではありえない[爆音]。
恐らく魔術。御嬢様によるものだろう。
魔術の名は閃光。
五感を困惑させ、ゼロ距離で発動すれば三半規管を壊しかねない魔術。
それを防壁魔法の展開ぎりぎりの所へ発動させたのだ。
「ぐっ!」
男はよろめき両手で目を押さえている。
その隙に間一髪で銃弾を防ぐ。
眼鏡が銃弾にかすり、壊れる。
クリスチアナは転送魔術を用いたらしく一瞬で視界の記憶より遠くなった。
自分達は後ろへと後退したようだ。
「・・・シエナ。ごめんなさい。私・・・もう・・・」
クリスチアナの息が荒い。立っているのでやっとのようだ。
だがそれは必然であり当然なのだ。
いくら膨大な魔力を保有するクリスチアナといえど、何も準備もしていない丸腰の状況で無理に難関魔術を使用するには限界がある。
人数は同じ、だがこの後敵の増援が来る可能性が高い。
かといってこちらは増援はなし。
奴等の身体能力なら逃げ切ることも不可能。
残るナイフは24本。魔力はおよそ半分をきったところ。
御嬢様は戦えるが魔力は摩耗し、戦闘の継続はほぼ不可能。
戦わせれば返って痛手を喰らうかもしれない。
しかし守ることは出来てもじり貧になる。
明らかに状況は最悪だ。
(どうすれば・・・)
敵の男が何発か撃っているのが見える。
シエナはそれを防壁魔法で防ぐが・・・恐らく敵の狙いは。
(魔力を消耗させるつもりか・・・)
それなら早めに勝負を決めるしかない。彼との約束を破ってしまうがもうどうしようもない。
シエナは左手に隠すようにナイフを召喚する。
突然、シエナという人柄は崩壊した。
彼女の意思は防衛から殲滅へと移転していく。
途端、シエナの表情は冷徹な獣と化す。
相手をただの獲物と捉えるように。
刹那、シエナはクリスチアナを転送魔術で移す。
この魔術だけでは無理があったが時間稼ぎをすればいいだけの話だ。
狭間、彼女はある青年との約束を思い出す。
その約束は誓うと決めた、自身にとって大切な契約。
彼とシエナだけの思い出。
シエナは今倒すべき憎き二人を睨む。
「あれ?あの御嬢様、何処へ行ったの?」
「たぶんあのワープする魔法でどっか行ったんだろ。厄介だな・・・。俺達はあいつにようがあるのに」
「御嬢様でしたらここには・・・。いいえ、もう[この国]にはいませんよ・・・?」
男は「は?」と拍子抜けたような顔になった。
「なんだよそれ・・・。ったく。こっちは探すのも面倒ってことをわきまえといてくれよ」
「わきまえといてもらいたいのはあなた方のほうです。いきなり奇襲をしたあげく、高貴なる当主の命を奪おうとしたのですから」
シエナはナイフを両手に持ち、構える。
「覚えておけ」
「私の名はシエナ=ホワイトヘッド」
「リオネス家を支えるメイド長にして当主を守る矛となり盾となる者」
二人はまるでけなしているような目で白い歯を見せる。
「ッハ。シエナちゃん。わかってる?私達は身体能力からしてあなたを上回っている。武装もナイフだけっぽいし。魔法ももう使えないんじゃないの?」
シエナは自分の手を見る。
緊張などしていないはずなのに力なく震えている。
確かに魔術は使えない。
ナイフが今にも手から抜け落ちそうになっている。
「乱暴はしない。・・・抵抗するな」
「フン。投降した所でどのみち尋問をするつもりでしょ?あなた方の意図はだいたい分かったわ。ようは御嬢様と私を尋問して情報を入手。それで他の関係者全員をその情報を用いて殺害。・・・でもあなた方は御嬢様や私から得た情報はあまり信用しないはず。でなければいきなり爆弾なんて使わないもの。どっちかというともう持ってる情報の真偽を確めるための道具として見ている・・・。」
「へぇ・・・。すげえな。そこまであの戦闘からよく考えたもんだ・・・」
「こいつはますますぶっ殺しとかないと本当に厄介だね・・・」
女は敵対心を露にする。
「でも安心して?苦しいのは一瞬だから・・・」
女が銃を向けた。
魔術組織において一生の主従関係を誓う際に[盟約の誓い]という儀式的なものがある。
その[盟約の誓い]は1つ、主との主従関係とは関係のない約束を交わなければいけない。
もし誓いを破れば、一生の決別と敵対を意味する。
シエナは色々とわけあって千崎と[盟約の誓い]行っていたが。
「シエナ、もうファフニールは使うな」
シエナは驚愕していた。
固有魔術ファフニールはシエナの代名詞のようなもの。それがあるから彼女には価値があると言われても過言ではない。
「あ、あの一郎。もっと別の盟約はないのですか?例えば自分が死んだらその志を受け継ぐ。とかそういうのが良いのですが・・・」
「俺の志とお前の志は同じはずだぞ?誓った所で意味がないだろ」
「そ、それはそうですが!」
シエナが声を荒げる。
価値がない自分など御嬢様、いや皆の役にたつことなんてできる訳がない。
「一郎!あなたは分かっているのですか!?ファフニールは私の固有魔術。いわば私の[力]であり[価値]なんです!価値がない人間なんてただのゴミも同じではないですか!」
「シエナ。そんな悲しいことを言うなよ。」
「確かにお前のあの魔術は素晴らしいと思っている。あそこまでの変化は他にないし、戦力も計り知れない。けどなあの魔術は危険なんだよ」
「ファフニールは魔力ではなく魔力の素でもある生命力を使うんだ。魔力は等価消費の法則があるから、全部消費して死ぬなんてことはない。でも[それ]がない生命力は違う、燃料として使えば莫大な火力が出るが強制的に全て消費することになる」
「一度ついた火は止められないんだ」
「知っています!私の・・・いえ、ホワイトヘッドの血は特殊です!あなたもそれは分かっているではないですか!簡単ですよ!用は消費しながら生産すればいいんですよ!」
「それが危険だと言っているんだ!!」
千崎が全てを振り絞ったかのように吠える。
「いいかシエナ。そもそも生命力を消費しながら生産なんて本来は有り得ないことなんだよ!!生物は皆、消費するか生産するかその片方どちらしか出来ないんだ!同時にすることは本来無理な話なんだよ!」
「それをしてお前の体はどんどん蝕まれているんじゃないのか!?お前は今後ファフニールを使えばさらに体に負担がかかる。普通なら死んでる所をお前は血の力だけでかろうじて生きている状態だ!お前が思っているより自体は深刻なんだ!」
「私は御嬢様の剣であり盾だ!私の使命は命をかけて御嬢様を御守りすることだ!だがこの魔術がなければ私は何一つ価値がないことになる・・・!」
「だからお願いだ!それだけは誓わせないでくれ!」
シエナは懇願する。
「命をかけて守ろうとするな!!」
千崎が怒る。
「命をかけて守ろうとするな!。確かにお前が言っていることはどれも責任が追うものだし、それ以前にクリスチアナに対しての忠誠も俺は知っている。けどな、もし命をかけて守って本当に死んでしまったら、残されたあいつはどうするんだ!クリスチアナが自分の為に死んでしまったお前のことを考えながら幸せに生きていけると思うのか!?」
「命をかけて何が悪い‼私は御嬢様を守れるのならそれで良い!そうに決まっている‼もし死んでも御嬢様はきっと克服なさる!あの方は強いからな。私よりも!」
「そんなもん勝手に決めつけてんじゃねぇよ!あいつが今どれだけ追い詰められいるのか分かるか?国を作ろうとし、それに徒労し、夢物語や幻想と言われても、それでもあいつはまだ諦めないさ!でもなあいつは俺に言ったんだ。もう死にたいってな。けど、その心を健明に、必死に圧し殺して自分の、一族の夢を叶えようとしているんだ!」
「だからこそ私が命をかけなければいけないんだ!それほどにまでに御嬢様が追いやられているというのなら尚更、私は彼女を守らなければならない!私にとっては御嬢様が全て!自分の命なんてどうでもいい!この心臓は御嬢様に捧げているのだから!」
「お前はずっと居てやるべきじゃないのか!!あいつの側に!それがどうして分からないんだ!命をかけることは名誉でも何でもないぞ!」
「っ!・・・。それなら・・・それならお前があの人の側に居てやればいいじゃないか!!」
シエナの理性が一度吹き飛んだような気がした。
「お前が現れてからと言うものの御嬢様は以前のように私には頼ってはくれなくなった。」
「ただ身の回りのお世話や家事をするだけになった。毎晩私の部屋に来て悩みの相談すらもしなくなった」
「私は御嬢様の[特別]な人間でありたいんだ!それを出会って数ヶ月のお前に・・・!お前なんかに・・・!」
「私は特別で居続けたいんだ!命をかけて守れたというのなら私はそれがいい!彼女は私を命を救った[恩人]として彼女の心に居続けることが出来る!私は・・・。私は決してあの人から凡人とは思われたくない・・・!」
いつの間にかシエナは千崎を殴っていた。
何度も。
彼は心配してくれているのに。
それでも千崎は反撃の手だてをしない。
ああ、これが善人という奴か、と悟った。
シエナは殴るのを止めずに、まるで独り言のように心の闇を吐いた。
ずっと自分はクリスチアナを守るための武器と思っていた。
命をかけれるほどの忠義を持った潔白な人間だと思っていた。
けど、心の底ではただ自分を特別な存在として扱って、接して欲しいと思っていた。
特別に扱われて優越感に浸りたかった。
ずっと必要とされ自分に依存して欲しいと。
願っていた。
それはもはや[忠誠]の欠片はなく。
醜い[私欲]の塊であった。
それがシエナ=ホワイトヘッドという人意であり人格であり人物なのだ。
そんな自分が憎くて。
憎くてウザくて腹立たしくて殴りたくて殺したくて。
故にシエナは自分を何とも思わなくなったのだ。
だからシエナは簡単に命をかけれるのだ。
馬乗りで殴るのを止めると、細々と呟いた。
「私のことが嫌いになりましたか・・・。千崎」
答えは当然、必然、果然に分かりきっていることだ。
こんな醜い人間、嫌いにならないはずがない。
「・・・当たり前・・・ですよね。私は・・・結局自分のことしか考えてなかった。そんな奴を御嬢様が必要とする・・・訳がない」
「私は必要とされなくて当然なんです・・・」
両目から涙を流しながら諦めたかのように微笑む。
「嫌いになんかなるかよ。阿保」
シエナは目を見開いて彼を見る。
その顔はシエナに殴られて所々が腫れ上がっている。
針で縫うかもしれないほどの傷が口に負っているし右目は半分開いているか分からない。
鼻の骨が折れているかもしれない。
それだけ痛めつけられても千崎は何一つ嫌悪な表情をシエナに晒そうとはしていなかった。
「お前が言っていることってつまりはクリスチアナを愛していたんだろ?」
シエナは「あ」と声を漏らす。
今までシエナが言葉に出来なかった表現。
彼女が最初にクリスチアナに忠誠を誓った理由。
こんな身近なところにあったのだ。
「お前はクリスチアナを愛していたからこれまでも戦って、生きて来たんじゃないのか?」
でもそれは本当の[私]なのだろうか?
依存させたいと願う方が本当の[私]ではないのか?
「クリスチアナを愛しているのが本当のお前に決まっている!お前が今まで最低な人間だと思っていたのは死の別れに対する恐怖を消し去りたかったからだろ!」
そうだ。
私は御嬢様と別れたくなくて、それで私はクズだと思い込んで、死んで当然だと思いたくて。
そうすれば別れが来る時、気が楽になると考えたくて。
「お前はクズでも最低な人間でも私欲に取りつかれた醜い奴でもない!お前はクリスチアナ=リオネスを愛するシエナ=ホワイトヘッドだろうが!!」
私はなんて馬鹿なのだろう。
「ああ、お前は馬鹿さ・・・!大馬鹿野郎だ!」
その日、シエナは泣いた。
誰にも聞こえない契約場の中で。
千崎に寄り添って。
だがその涙は怒りでも悲しみでもない、喜びで流したものだった。
そして2人は盟約の誓いを行った。
客観的に見れば失った物は大きいかもしれないが。
得た物も決して小さくはなかった。
自分には仲間がいるということ。
独りで背負い込まなくていいということ。
彼女にとってそれだけで十分だったのだろう。
シエナ=ホワイトヘッドの家系はリオネス家を支えるメイド一族ではない。
むしろ敵だったのだ。
旧世代までホワイトヘッドとリオネスは対立。
長い間、イギリスの裏社会で抗争を繰り広げていた。
余談だが元イギリス王妃・ダイアナのスペンサー一家もホワイトヘッドの家系と血のつながりがあり、ダイアナはそれが原因で事故に偽装した暗殺にあっているとされている。
どちらかが根絶やしとなるまで戦う。
そしてそれが原因で影に潜めていた魔術組織はさらに衰退していったのだ。
そんな中でリオネス家は協定をホワイトヘッド家に持ちかける。
リオネス家もホワイトヘッド家も衰退の一途を辿っている。
この抗争を無駄だと思っていたホワイトヘッド家は快くそれに賛同した。
しかし、それはリオネスが計画していた虐殺の第一段階だった。
この罠にまんまと引っかかったホワイトヘッドの一族はシエナの母親エイミー=ホワイトヘッドを除く全員が惨殺された。
取り残されたエイミーもリオネス家に凌辱の限りを尽くされる。
性奴隷のように扱われそして生まれたのがシエナ=ホワイトヘッド。
シエナは母が病で死ぬ寸前、自分達の一族がリオネス家と対立していたこと、罠により母以外の全員が殺されたこと、性的に辱しめられたこと、そしてシエナが生まれたこと。
恐らくエイミーはシエナに復讐をしてほしくて語ったのだろう。
シエナが彼女の憎しみの顔を忘れることはない。
あの時以来、私は皆と仲がよくなった。
皆からなんだか丸くなったと言われた。
本当にシエナ?と疑い始める奴もいた。
共に笑い、共に学び、共に戦った。
懐かしい。
思わず私は苦笑してしまう。
こんな状況で笑っているなど、全く私はつくづく馬鹿なのだろう。
そしてそんな馬鹿な私はもっと馬鹿なことをしようとしている。
いや、もはやそれは愚行などではない。
ただの裏切りだろう。
盟約の誓いを破れば、誓った相手に一生の決別と敵対を意味する。
けど、それでも構わない。
今、私はとても幸せだ。
仲間がいて、愛する人がいて、昔の私には御嬢様しかいなかった。
あの日、御嬢様が私を救ってくれなければ、私はリオネス家に殺されていたかもしれない。
あの時、一郎が私を全力で心配してくれなければ、孤立していたかもしれない。
もう良い。
今度は私が皆を救う番だ
例え、この身朽ち果てようとも、魂を永久に封印され未来永劫、暗闇に閉ざされたとしても・・・!
それで彼らと対立したとしても・・・!
私は彼等を愛しているのだから!
「死ね」
残酷に呟いたと同時に弾丸が放たれる。
狙いは頭、一撃で仕留めるつもりなのだろう。
視界がゆっくりと動く。
超音速でせまりくる凶弾をまじまじと見ながら私は心の中で詠唱する。
詠唱している途中、私は皆のことを思い出す。
どのみち私は生きては帰れない。
この魔術を発動したが最後、生命力を生成する量よりも消費する量が増加してわたしは生命力を切らして死ぬ。
最後の最後にまたこの魔術に頼ることになるとは。
世も末だ。
そろそろ詠唱が完了し終わる。
弾丸はもう眼前だ。
不思議と恐怖はない。
それに怒りも。悲しみもない。
皆の為にと思うと勇気が湧いてくる。
まったく、[愛]というのは凄い力を持っているんだな。
ーーーーー魂屠る強欲の龍解除。
魂屠る強欲の龍でファフニールと呼びます!