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第一話「船が止まった」
サルガッソ海は、風のない海だった。
大西洋の真ん中に、流れのない場所があった。
海藻が、水面を覆っていた。
緑色の、どこまでも続く海藻が。
船が、止まった。
風がなかった。
帆が、力を失った。
海藻が、船底に絡みついた。
ミナは、甲板に出た。
二十四歳だった。
カナリア諸島の商人の娘だった。
父の商船に乗って、新世界へ向かっていた途中だった。
しかし、船は止まった。
どこまでも、緑の海が続いていた。
空は青かった。
風はなかった。
船長が、顔色を変えていた。
水夫たちが、囁いていた。
「悪魔の海だ」と言う者がいた。
「この海に入ると、出られない」と言う者がいた。
ミナは、海を見た。
怖ろしくはなかった。
不思議だった。
こんな海が、あるとは知らなかった。
「美しいですね」と声がした。
振り返ると、男がいた。
甲板の端に立っていた。
航海士の格好をしていた。
目が、ミナと同じ方向を向いていた。
海を、見ていた。
「美しいと思いますか、この海を」とミナは言った。
「世界でここにしかない海です」と男は言った。「美しくないわけがない」
(第一話 了)




