怒り
倒れ伏すガルド。
焼け焦げた大地。
なお残響する雷鳴。
その光景を前にしても。
アレインの表情はほとんど変わらなかった。
怒り。
確かにある。
だが。
それはガルドを倒されたことへの感情ではない。
死霊王の視線は、その先。
グランデールへ向いていた。
城壁。
門。
街。
そこにいる住民たち。
アンデッド化した元グランデール市民。
鍛冶職人。
農民。
子供だった者たち。
守るべきもの。
その危機。
それが、アレインの怒りだった。
(……面倒なことになった)
魔王の魔力支配。
あれのせいで低位アンデッドが機能停止している。
十万近い軍勢の大半が、ただ立ち尽くしているだけ。
動けるのは。
地力で抵抗できる上位アンデッドと、中位以上の個体のみ。
数にして、およそ五千。
対する魔王軍は依然として大軍。
しかも精鋭。
このままでは。
城門が落ちる。
その時だった。
「魔王様!!」
魔将たちが駆けつける。
第1将バルグ。
第2将リュゼリア。
第5将グラド。
さらに他の将たちも次々と集結する。
彼らは倒れたガルドを見下ろし、改めて戦慄していた。
剣聖。
あれほどの存在を。
魔王はほぼ単独で制圧した。
畏怖。
忠誠。
その感情がさらに強まる。
バルグが膝をつく。
「お見事です、魔王様」
魔王は軽く手を振る。
「まだ終わっていない」
その視線。
アレインへ。
同時に。
グラドが振り返り、後方軍へ怒号を飛ばした。
「城門を落とせぇ!!」
「総攻撃!!」
角笛。
咆哮。
魔王軍が再び動き出す。
重装兵が前進。
破城槌部隊も進む。
魔導部隊が城壁へ照準を合わせる。
狙いはグランデール。
その瞬間。
アレインの周囲の空気が、変わった。
死の魔力。
いや。
それ以上。
純粋な“圧”。
大地が軋む。
空が暗く沈む。
戦場全体へ黒い瘴気が広がった。
魔族兵たちが思わず足を止める。
「な……」
「魔力が……!」
アレインの怒りが、ついに溢れ出していた。
轟。
死の魔力が爆発的に放出される。
次の瞬間。
沈黙していた中位アンデッドたちが、一斉に顔を上げた。
目に赤い光が灯る。
動く。
再び。
魔王の支配を押し返していた。
さらに。
その肉体が強化されていく。
骨が軋み。
筋肉が膨張し。
瘴気が鎧のように纏わりつく。
数、およそ五千。
だが。
全てが精鋭。
上位アンデッドすら含まれている。
アレインは振り返らない。
ただ低く命じる。
「……グランデールを守れ」
それだけ。
だが。
命令を受けた上位アンデッドたちが即座に動く。
無言。
叫びもない。
ただ城門防衛へ向かう。
重装の死騎士。
巨大な骸骨兵。
死霊魔導士。
中位アンデッド軍が城門前へ布陣する。
対する魔王軍。
グラドが獰猛に笑う。
「ようやく本気か、死霊王」
バルグが戦斧を構える。
「我らに任せていただこう、魔王様」
リュゼリアも静かに杖を掲げる。
「あなたが直々に動く必要はありません」
魔将たちが前へ出る。
横一列。
アレインを囲むように。
その奥。
魔王は静かに見ていた。
介入しない。
まずは将たちに任せるつもりだった。
アレインもまた理解する。
ならば。
まず潰すべきは、こいつら。
死霊王の赤い瞳が細まる。
瘴気がさらに濃くなる。
周囲の死体が、音を立てて崩れ始めた。
戦場の中心。
怪物たちが、ついに正面から対峙した。




