アレイン出る
第77話 死霊王、歩み出る
戦場中央。
暴風のように荒れ狂う魔力の中。
アレインは静かに立っていた。
動かない。
焦りもない。
ただ、ガルドと魔王の戦いを見ている。
死霊王の赤い瞳は、瞬き一つしない。
その周囲では。
なお軍勢同士の激戦が続いていた。
アンデッドは削られ。
魔王軍もまた損耗を重ねる。
だが。
誰もが視線を奪われていた。
ガルドと魔王。
あの二人の戦いへ。
一方。
第1将バルグ。
第2将リュゼリア。
第5将グラド。
魔将たちもまた、戦場中央へ向かっていた。
「魔王様のお手を煩わせる必要はない」
バルグが戦斧を担ぎながら言う。
「剣聖ごとき、我らで討てる」
グラドも獰猛に笑う。
「弱ったところを囲めば終わりだ」
だが。
リュゼリアだけは黙っていた。
その視線。
遠く。
静かに立つアレインへ向いている。
(……あれが動く)
本能が告げていた。
今はまだ。
だが、もうすぐ。
死霊王が前へ出る。
その時。
ガルドが動く。
踏み込み。
速度がさらに増す。
魔王の懐へ一瞬で入り込む。
剣が消えた。
いや。
速すぎて見えない。
「……!」
魔王の目が細まる。
次の瞬間。
剣光が爆発した。
幾重もの斬撃。
空間そのものが裂ける。
雪原が断ち割られ。
大地へ巨大な亀裂が走る。
剣聖最大奥義。
ガルドが、生前より磨き続けた必殺。
全てを断つための剣。
その一撃が、魔王へ叩き込まれる。
轟音。
衝撃波。
周囲数百メートルが吹き飛ぶ。
魔王軍もアンデッド軍も、まとめて後退を余儀なくされる。
土煙。
黒煙。
誰もが固唾を呑む。
そして。
煙の中から、魔王が現れた。
無傷――ではない。
片腕。
そこに浅い切り傷。
黒い血が一筋だけ流れていた。
静寂。
魔族たちの顔色が変わる。
「傷を……」
「また……!」
魔王は、その傷を見下ろす。
そして。
微かに笑った。
「……なるほど」
愉快そうに。
「軽く本気を出すか」
瞬間。
魔力が膨れ上がる。
空気が凍る。
次の瞬間。
上位氷結魔法。
地面が一瞬で白く染まる。
ガルドの足元から氷柱が噴き出した。
凍結。
両脚が完全に固定される。
「っ……!」
ガルドが剣を振るう。
砕こうとする。
だが。
その瞬間にはもう遅い。
魔王の片手が上がる。
黒雷。
上位雷撃魔法。
轟音と共に、漆黒の雷がガルドへ直撃した。
爆発。
閃光。
世界が白く染まる。
周囲の兵たちが吹き飛ぶ。
雷鳴が遅れて響いた。
やがて。
煙が晴れる。
そこに。
ガルドは立っていなかった。
地面へ崩れ落ちている。
全身が焼け焦げ。
鎧は完全に砕け。
片腕は半ば消失していた。
それでも。
わずかに動いている。
息はある。
アンデッドゆえ、完全には死んでいない。
だが。
動けない。
完全な戦闘不能。
魔王は見下ろす。
「手加減はした」
静かな声。
「死ぬには惜しいからな」
ガルドは答えられない。
視界が霞む。
身体が動かない。
そして。
その時だった。
アレインが動く。
一歩。
ゆっくりと前へ出る。
死霊王。
ついに。
戦場中央へ歩み始めた。
その瞬間。
戦場全体の空気が変わる。
魔族たちの背筋に寒気が走る。
魔将たちも足を止めた。
アレインは倒れたガルドの横まで来る。
一瞥。
それだけ。
そして。
魔王を見る。
赤い瞳。
静かな殺意。
「……随分とやってくれたな」
初めて。
アレインの声に、明確な怒気が混じった。




