死霊王は、侵入を許さない
本作は
「英雄と呼ばれた伯爵は、反乱者として切り捨てられた」
の続編となります。
前作を未読の方でも読める構成にしていますが、
より楽しみたい方は第1章からの閲覧をおすすめします。
第2章では、王都決戦後の世界を描きます。
死霊王アレイン、勇者レオン、そして魔王軍。
三つの勢力が均衡する中、物語は再び動き出します。
グランデールは、静かだった。
かつてこの地は、焼け落ちた廃墟に過ぎなかった。瓦礫が積み上がり、焦げた木材が風に軋み、死臭だけが残る場所。
だが今、その面影はどこにもない。
石畳は丁寧に敷き直され、街路は整然と伸びている。崩れていた家々は修復され、壁には新しい石材がはめ込まれていた。屋根は張り替えられ、窓にはガラスがはまり、夜の中でも淡い灯りが漏れている。
市場も再び形を取り戻していた。
簡素ではあるが、露店が並び、荷車が整然と置かれている。樽や麻袋が積まれ、かつてと同じ配置で、かつてと同じ動線が再現されていた。
――だが。
そこに、生者はいない。
荷を運ぶのは骸骨だった。関節の軋む音を立てながら、正確に重さを分散し、無駄のない動きで積み上げていく。
畑では腐肉の残る死体が土を掘り起こしている。力任せではなく、一定の間隔で、一定の深さで。まるで作業を“理解している”かのように。
井戸では骨だけの腕が桶を引き上げ、家の中では動かぬはずの手が炉に火を入れる。
声はない。
息遣いもない。
笑いも、怒りもない。
だがそこには確かに、“生活”があった。
生前と変わらぬ配置。
変わらぬ動き。
変わらぬ日常。
それらすべてが、死者によって再現されている。
死霊王アレインの支配のもとで。
城壁の上。
一体の騎士が、街を見下ろしていた。
黒い鎧は月光を鈍く反射し、隙間からは灰色の肉が覗いている。生きていた頃の皮膚ではない。乾き、変色し、もはや人のものとは言い難い。
その顔に、表情はない。
あるのは、蒼い炎。
眼窩の奥で、静かに揺れるそれだけだ。
上位アンデッド――黒騎士。
その存在は、周囲の空気そのものを変えていた。風は止まり、虫の音は消え、音が吸い込まれていくような静寂が広がる。
ただ立っているだけで、圧力がある。
ただそこにいるだけで、“侵してはならない領域”であると理解させる。
不意に。
蒼い炎が、わずかに揺れた。
「……侵入」
低く、乾いた声。
黒騎士の視線が、森の奥へ向けられる。
気配は三つ。
極めて弱い。巧妙に隠されている。呼吸も抑え、足音も殺し、風の流れすら利用している。
だが。
意味はなかった。
この街では、“隠れる”という行為そのものが成立しない。
やがて、森の影が揺れる。
三つの人影が姿を現した。
白い法衣。
胸元に刻まれた光の紋章。
神殿騎士。
彼らは慎重に歩みを進めながら、城壁を見上げた。
「……ここが」
一人の神官が呟く。声は抑えているが、わずかに震えていた。
「死霊王の都市……グランデール」
その言葉には、畏れと、否定しきれない好奇心が混ざっている。
「偵察任務だ。深入りはするな」
騎士の一人が低く言う。声は冷静だが、視線は落ち着いていない。
だが神官は、一歩前に出た。
「確かめる必要がある」
視線は街へ。
「これが、本当に“統制された死者の都市”なのか」
その一歩が、境界線を越える。
三人は森を抜け、石畳の上へと足を踏み入れた。
そして。
動きを止める。
「……なんだ、これは」
目の前に広がる光景に、理解が追いつかない。
廃墟ではない。
戦場でもない。
そこにあったのは、“都市”だった。
完成された街並み。
整然とした構造。
そして。
動いている。
住民が。
骸骨が荷を運び、死体が作業をしている。
だが、襲ってこない。
暴れない。
ただ、“暮らしている”。
「……あり得ない」
騎士が呟く。
「アンデッドが……統制されている?」
その言葉に、神官の喉が鳴る。
理解してしまった。
ここはただの巣ではない。
“国”だ。
その時。
――カツン。
乾いた音が響いた。
三人が同時に振り向く。
そこに、骸骨兵が立っていた。
剣を構え、動かない。
ただ、こちらを見ている。
「……気づかれた」
騎士が低く言う。
「撤退だ」
だが。
遅い。
骸骨兵の眼窩に、蒼い光が灯る。
その瞬間。
街が、変わった。
屋根の上で動いていた影が止まり、路地の奥で作業していた個体が顔を上げる。市場にいた骸骨が、同時にこちらを向く。
無数の視線。
すべてが、三人に集中する。
「……っ!」
空気が変わる。
次の瞬間。
骸骨兵が踏み込んだ。
速い。
騎士が反応し、剣で受ける。
衝撃。
腕が弾かれる。
「重い……!?」
ただの骨ではない。
強い。
その背後から、別の影。
気づいた時には、もう遅い。
首が落ちる。
「撤退!!」
叫び。
だが囲まれている。
数十。
いや、数百。
音もなく、整然と迫るアンデッド。
神官が祈る。
「聖なる光よ――!」
光が弾ける。
数体が崩れる。
だが、止まらない。
崩れた分を埋めるように、次が前に出る。
恐怖が、滲む。
「そんな……」
その時だった。
すべてが、止まる。
完全な静止。
アンデッドたちが、命令を待つかのように動きを止めた。
神官が顔を上げる。
視線の先。
城壁の上。
黒騎士。
蒼い炎が、こちらを見下ろしている。
ゆっくりと、剣を持ち上げる。
そして。
振り下ろした。
一閃。
何が起きたのか、理解できない。
音も、衝撃も、認識できない。
ただ。
次の瞬間には、すべてが終わっていた。
血が、石畳に広がる。
静寂が戻る。
アンデッドたちは、何事もなかったかのように動き出す。
侵入者など、最初から存在しなかったかのように。
城壁の上。
黒騎士は静かに剣を下ろした。
「……排除完了」
その奥。
領主の館。
バルコニーに、一つの影。
アレイン。
すべてを見ていた。
「……変わらないな」
小さく呟く。
視線を街へ落とす。
取り戻した場所。
失われたもの。
そして、今あるもの。
「……ここが、俺の場所だ」
風が吹く。
グランデールは、今日も静かだった。
誰にも侵されることなく。




