真夜中の会談
たくさんの人が出てきますが、覚えなくても大丈夫です。今回限りの人もいますし、今後、また出ることがあったら軽く説明をつけますので。
会話の内容を楽しんでください。
性犯罪の描写がでてきます。苦手な方は、申し訳ありませんが、このページを閉じてください。
「このような夜遅くまで、申し訳ありません」
王妃は一同に丁寧に声をかけた。
「わたくしが国王代理として認められました。ご協力のほど、よろしくお願いします。
まずは、解決すべき課題の優先順位を決めましょう」
王妃の前に並ぶのは、すでに会議室にいた貴族院議長、法務卿、軍務卿、宮内卿、最年長の王族。
そこに外務卿、新聞社との窓口を務める秘書官、ダンブリッジ公爵夫妻も加わり、合計十人。
秘書官は場違いな所に呼ばれてしまったと、緊張で体を固くしている。
「まずは、情報が不用意に一人歩きしないようにする必要があります。
明日、朝一番に王国大評議会を開きます。
評議会の議員は法務卿に招集してもらえるかしら。宮内卿、大会議場の準備をお願いします」
「軍の指揮官の召集は軍務卿に……。
魔道士長は容疑者の一人ですので、彼を呼ぶか副魔道士長を呼ぶかの判断はお任せします。
決まったら、会議前にわたくしに報告を。
神殿長への連絡は、セレスタリア様にお願いしてもよろしいでしょうか?
……智輝教会には、今回は連絡しなくてもよいと思われます?」
国王の叔母が宗教関係者なのは、こういう時に頼りになると思いながら、セレスタリアに視線を向けた。
「智輝教会は王国大評議会の正式な構成員ではありません。
特例招集として呼ぶこともできますが……やめておきましょう。精霊を否定していますから、話し合いが紛糾するだけです。
それに教会は多国籍に展開していて、情報が他国に漏れる恐れがあります」
そして苦笑いを浮かべた。
「……あの子の精霊嫌いは、本当に傍迷惑ね」
国王は精霊力を持たないことに劣等感を抱いており、精霊力の高いセレスタリアを一方的に敵視していたのだった。
「新聞には王国大評議会の話し合いが終わるまで、記事にさせるわけにいきません」
王妃は、広報担当の秘書官を凝視した。
「状況の把握はできていますか?」
「は、はい! 主要な新聞社は週三回の発行で、前夜に印刷されます。
今まさに刷っている会社と、げ、原稿を用意中の会社があります」
秘書官は緊張でどもりながら答えた。
「では、国王代理の権限で、記事の確認と必要なら差し替えを命じます。
そして、大評議会の後に号外が出せる印刷所を押さえて……すぐに動けますか?」
「はいっ、広報担当と図書館の職員を待機させております! 命令書をいただければ、すぐに印刷所へ」
それを聞いた法務卿が命令書の部数を秘書官に確認し、控えていた部下に指示を飛ばす。
頼もしい顔つきの部下が、「でき次第お持ちします」と部屋を出て行った。
「さて、次の案件に参りましょう。
イスカリーヌ国に第一報を入れねばなりません。
全権大使から情報は伝わっているでしょうが、姫の無事と、正式な謝意を伝えます」
外務卿が応じた。
「……沈黙は状況を悪化させます。どこまで情報を開示するか、明日の午前中で話し合いがつくといいが……」
「大評議会ではイスカリーヌ国が属国ではなくなったことと、謝意を表明することだけ伝えましょう。
賠償や姫の処遇、子どもたちの扱いについては、三日以内を目処に。
大まかな方針がまとまった段階でイスカリーヌの大使に相談し、互いの要望をすりあわせて。無用なすれ違いを起こさないよう、根回しは大事ですよ」
外務卿は、王妃が現実的な対応を考えていることに安心したようだ。
「王の職務はすでに停止、幽閉中と報告しましょう。
廃位の話は、息子があれですから……悩ましいですね。
大評議会の構成員は、国王派が何人いるのかしら」
宮内卿が少し思案する。
「……十二名中、半分くらいでしょうな。私を含めれば過半数です」
やや自嘲気味に答えた。
貴族会議の議長でもある王妃の兄が、苦笑しながら言った。
「それなら義理の兄である私も国王派ですかね」
それぞれの言葉が飛び交う中、王妃はひととき目を閉じた。
この混乱の火種は、明日のうちに燃え広がるだろう。
だが、ここにいる者たちは知っている。
夜明け前の密室で決まったことが、王国の命運を左右することを。
今後の予定としては、翌日の午前中に王国大評議会を開催し、急ぎの案件を決めて、正午にはイスカリーヌの大使と国内の貴族に向けて公表する。
その際、印刷所に号外を出すよう指示を出し、午後には国民に周知する。
夜までには、その他の国々の大使にも親書を出さねばならないだろう。
ところで王国大評議会とは、国王と十二名の者たちによって国家の重要事項を決める場である。
王位継承、戦争の宣言、国交断絶など――いずれも国家の安定にかかわるため、そう頻繁に開かれるものではない。
外務卿が口を開いた。
「……まず、親書について確認させてください。
イスカリーヌ本国ではなく、大使へ第一報を送るかたちでよろしいですね。
本国が独立したことを察知しているか、確認できていませんから」
イスカリーヌは巫女が王になり、巫王として立つ国だ。その不思議な能力で、何をどこまで察知しているか正直わからない。
「そうですね」
王妃はうなずく。
「全権大使はその場にいましたが、あらためて正式に連絡を入れ、わたくしたちが関係の遮断を望んでいないこと、誤解や報復を避けたいことを明確に伝えましょう。
どこまで情報を出すかは、今後の外交方針に大きく影響します。
大評議会で検討するべきですね」
王妃は続けて問いかけた。
「国民にとっては、突然、属国が一つ消えることになります。
どのような影響があると考えますか?」
財務卿が腕を組んで答える。
「そうですね。税収は減少するでしょうが、それは後で考える話ですね。
まず、関税をどうするか……他国と同様の扱いにすることになるでしょう。
関係部署に早急に通達するとして__適用開始日をいつにするかが重要になります」
やり手の財務卿はニヤリと笑った。
「打撃が大きいのは、商人たちです。
特に、イスカリーヌ産の香草・医療用薬草・オリーブオイル・加工された大理石や金属工芸品――。
価格高騰や供給停止への懸念から、買い占めや敵対的な投機が発生する恐れがあります。
混乱を防ぐためにも、王都商人組合には速やかに声明を出すべきです」
「なるほど。
『何日付けで独立したとするか』という点も、重要ですね。外務卿、イスカリーヌとの調整をお願いします」
王妃の指示に、外務卿はさらさらと手帳に書き込んだ。
「それから……王家の恥をどこまで正直にさらすか、でしょうね。
ふん……わたくしは大評議会には参加できませんが、王家の体面より国家の安全を優先して構いませんからね」
元王女である神官セレスタリアのこの一言に、皆が胸をなで下ろした。
――国王であれば何をしても許されると信じている甥。
セレスタリアと彼の仲が悪いわけだ、と王妃は心の中で苦笑した。
(この方が王位を継げるなら……どれほど心安らかに暮らせるか)
王冠は男のもの――そんな古い制度を変える時ではないかという考えが、ふと脳裏をよぎる。だが今は、目の前の混乱を収めることが先だと、思いを振り払った。
軍務卿が机の上に指を置き、慎重に言葉を選びながら話し始めた。
「騎士団長と魔道士長は、いずれも強固な国王派です。
踏みにじられるのが嫌なら強くなればいい、力を持つ者が偉いという考え方に共鳴しています。
王妃陛下の名のもとに集結させるには、明日の大評議会で両名を納得させるような演説が必要です」
軍務卿のまなざしは真剣そのものだった。
「それから、調査対象、尋問してもよい者の判断基準は……」
言いかけたとき、会議室の扉がノックされた
王宮を警備する衛兵が、はきはきとした口調で驚くようなことを告げた。
「王太子殿下がダンブリッジ公爵令嬢の部屋に押しかけ、強姦未遂。駆けつけた公爵令息に返り討ちにされ、意識不明です」
全員の血の気が引き、部屋の気温が下がったように感じた。
王妃は思わず口にした。
「……未遂、なのね?」
ほっとしたその瞬間、クラリッサが目をむいた。
「襲われたのよ? どれほどの恐怖か想像できないの?!
あなたたち親子には、心底呆れたわ!」
王妃はクラリッサがこれほど激高するのを、始めて見た。
彼女は大きな声を出すときでさえ冷静で、効果を計算していた。そんな理性的な彼女が、ここまで取り乱すなんて……。
公爵は、興奮して息が荒くなる夫人の手をそっと握った。
「正当防衛として、我が息子は当然無罪でしょうな?」
それ以外の答えは許さないという、強い意思が宿っていた。
「・・・失言を謝罪します。当然、そのように」
王妃は自分が恥ずかしく、激しい後悔に襲われた。
公爵が夫人の腕を軽く叩くと、夫人は退出の礼もせずに早足で娘の元に向かった。
それを見送った公爵は、改めて脅すように告げた。
「重ねて、王太子も地下牢に入れることを要求します」
「認めましょう。それは宮内卿か法務卿に・・・」
王妃はめまいを覚えながらも、指示を出す。
「どうして、そんなことを……」
王妃が思わず嘆きを漏らすと、衛兵から信じがたい言葉が返ってきた。
「ご令嬢を婚約者に戻せば、全てがなかったことになる。言うことを聞けばいいんだ、臣下の義務を疎かにするな、と喚いていらっしゃいました」
「……一段落したら、息子以外の王位継承権を持つ方々と話をすべきかもしれませんね」
王妃は落ち込んだ様子だったが、誰も慰めの言葉をかけようとしなかった。
貴族なら、後継者を育てるのも仕事のうち。それは王家とて同様なのだから。
「……留学生の保護者たちへの口止めも必要では?」
ダンブリッジ公爵が、ややぶっきらぼうに問いかける。
――あ、それを失念していた。
王妃は、はっとして顔を上げた。
これまでは、こうした細やかな調整を公爵が担ってくれていた。
だが、今の状況では、こちらから頼むのはさすがに憚られる……。
ちらりと公爵に目をやるが、彼は王妃を見ようともしない。
この件については、内務卿が学園長と連携して対応してくれることになった。
その他、早急に決めなければならない議題を片付けた。
夜も更けきって、終わるころには、決して若くない面々は、体も口も重くなっていた。
部屋には妙な気怠さが漂う。
その中で、ダンブリッジ公爵だけはさっさと席を立つ。
「イスカリーヌの大使には、外務卿のところへ向かうよう伝えればよろしいですか?
これにて、ダンブリッジ公爵家は辞去させていただきます」
力強い、まるで決別の宣言のようだ。
公爵は、用は済んだとばかりに、後ろも振り返らずに出て行った。
今までの彼であれば、ねぎらいの言葉ひとつくらい、かけてくれただろう。
夫と息子に加えて、自らの失言が、公爵家との絆を断ってしまったのではないかと悔やまれる。
一晩で怒りが収まればいいが――そんな都合の良い願いを抱く自分にも、嫌気が差す。
王妃は目をしょぼしょぼさせながら、自室に向かった。
その数時間後。
朝日が昇るころ、王太子の婚約者に与えられた部屋から、コーデリアの私物が全て運び出されていた。
朝の澄んだ静けさの中に、楽しげな鳥のさえずりが響いていた。
王妃の失言……人間だもの、と思う一方で、当事者なら許せないよなぁとも思います。




