表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お前を愛することはない、私もなのでお構いなく  作者: 紡里
第一章 卒業パーティーとそれから一年後

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/87

1-3 既成事実があれば、なんとかなると思うなよ

王妃様のターンです。

 国王が宰相たちと壇上の隅に下がり、何事か話し始めたのを見届けると、王妃モリウェナは静かに一歩前に出た。


「皆さま、お騒がせいたしました。本日の主賓はこの愚息ではなく、めでたく卒業を迎えた学生たちです。

 どうか、お気になさらず、引き続きパーティーをお楽しみくださいませ」



 王妃が軽く指で合図をすると、楽団が音楽を奏で始めた。

 ざわついていた貴族たちも王妃の態度に安堵し、少しずつ落ち着きを取り戻していく。

 思い思いに食事を取りに行ったり、パートナーとダンスを踊ったりと、卒業パーティーらしい雰囲気が広がっていった。




 その一方で、王妃はロクサナと王太子、そして彼に連なる三名の青年をじっと見つめる。

「——あなたたち、こちらへいらっしゃい」

 それは逆らうことを許さない声音だった。


 ロクサナはふてぶてしい足取りで進み出たが、王太子たちの顔は青ざめたままだ。

 王妃は侍女に命じて、サマセット男爵を呼んだ。



 すぐに現れたサマセット男爵。その親子に、王妃は静かに告げる。

「ロクサナ・サマセット。あなたが汚したコーデリア嬢のドレスは、今日のために公爵夫妻が用意し、彼女の侍女たちが心を込めて整えたものです。それを故意にあのような……しかと弁償なさい」


「はあ?」とロクサナが不満を露わにしたが、王妃は表情を変えずに続けた。


「サマセット男爵、あなたの娘が着ているドレスは、王太子が用意した物ですね?

 他にも贈り物がないかを確認し、王家に返還するか、同等額を用意なさい。

 このままでは……横領と見なされる恐れがありますからね」

 にこやかに、お前たちを犯罪者にしないためですよと、親切なふりをして忠告した。




 そして、息子には明らかに失望したという顔を向ける。

「お前が私費で用意したならともかく、婚約者への予算を使用したのですから、れっきとした目的外使用に当たります。下品な言い方をすれば『横流し』です。

 ……いいですか。

 先ほど婚約破棄が成立するより前の出来事は、全て『浮気』だと胸に刻みなさい。

 そして、今後、正式に婚約が成立するまでは、だたの『愛人』として扱われますよ。異論は認めません」



「真実の愛」に酔い、新たな婚約者に据えることができたら、全て水に流されると思い込んでいた__。

 王太子と側近たちは押し黙り、ただ震えるばかりだった。



 ロクサナが横から反論しようとしたが、王妃は目線だけでそれを封じた。


「さて、あなた。本当に妊娠しているのかしら?」

 王妃の問いかけに、ロクサナは戸惑いつつも頷いた。

「……はい」



「わかりました。王城に部屋を用意しましょう。

 ただし、護衛を二十四時間つけます。あなたの安全と、王家の名誉のために」



 そして、誰も予想していなかったことを言い出した。


「妊婦でも、学園には通えます。

 産前産後の通えない期間は免除しますが、その間も家庭教師から学び、きちんと卒業しなさい。

 王妃を目指すなら、それ相応の教養を身につけ、学園内で人間関係を築くこと。

 それすらできないなら、王太子の婚約者は務まりません」


 ロクサナの顔がひきつった。既成事実さえあれば、なし崩しに認められると高をくくっていたのだ。



「特に、礼儀作法は__そうですね。学園長に一年生の授業に参加できるか、相談してみましょうか。

 それから……最初の居室は、使用人の部屋にいたします。

 礼儀作法が二年生の水準に達したら低位貴族も使える客間に、無事に卒業できたら愛妾の部屋へ。

 王太子の宮へ移るのは、王妃教育の目処が立ったら__ですね。

 そこまでできたら初めて、婚約者として扱います。

 ……男爵、異論はありますか」


 男爵は気の毒なくらい青ざめて、言葉を発することもできずに、うなずくだけだった。



 娘は大胆にも王妃を睨みつけた。


 __あら、ここで心が折れないのね。見込みがあるかもしれないわ。


「やる気があるなら、認めると言っているのです。

 ないのなら、出産まで使用人の部屋で過ごせばいいし、生まれた子どもを取り上げて会わせません」



「未来の王妃にこんなことをして……!」

 ロクサナが怒鳴りかけた瞬間、少し離れた場所で話していた国王に睨みつけられた。

 その眼光の鋭さに、「ひっ」と小さな悲鳴をあげ、王太子にすがりつく。



「その発言が、『国王への叛意』と取られかねないことを、理解しなさい。

 もしあなたがこの王家に入り、外国の王族に同じようなことを言ったら国際問題になります。

 王妃はこの国の最上位の女性ですが、世界における最上位ではありません。

 言って良いこと悪いことが判断できない者を、国の代表として人前に出せるはずもない。

 愛でられるだけなら、王城のどこかで王太子の訪れを待つだけの存在になるのです。……当然、それ以外の男性を侍らせるなど言語道断ですからね」

 王太子の側近、三名をじっと見つめた。


 

 王妃は、会場の貴族たちが聞き耳を立てているのを承知して話している。

 これを聞いて、なお、この小娘に手を出そうという者はいないだろう。



 そして、王太子へ視線を戻した。

「アーチボルト。

 あなたは、コーデリア嬢に期待されていた分の責務まで果たす覚悟を持って、ことを起こしたのですか?

 ……マルザヴァ語が免除になっていましたが、外交に不自由しない水準まで習得なさい。

 それができるまで、狩りには参加させません。

 もう、甘えは許しませんよ」


 王太子は縋るような目を王妃に向けたが、そこに甘やかしてくれる隙は見いだせなかった。

 しかたなく、小さく頷く。



 これは、貴族たちへ「誘うな」というけん制と、王太子に「自分を誘え」と言われたときに断れるようにするために聞かせている。

 狩りを通して王太子と親交を深めていた者たちは、口を歪めたり、肩をすくめたりしていた。



 そして王妃は会場全体を見渡し、高らかに告げた。


「皆様にご協力を仰ぎたいことがございます。

 低位貴族のご出身で、高位貴族の家門に嫁ぎ、礼儀を身につけられたご婦人の中から——」

 一瞬の間。

「王太子妃候補の家庭教師を募集いたします」

 会場にどよめきが広がった。



「礼儀作法や常識を教え、泣き言を聞き、共に成長してくださる方を求めます。

 ……サマセット嬢の道は、容易ではありません。

 けれど、わたくしたち高位貴族として育った者には、彼女が何につまづき、何が理解できないのかを察することは難しいのです」


 学園でロクサナを苦々しく見ていた高位の令嬢たちは、王妃の言葉に溜飲を下げた。

「私は皆と違うの」という彼女の口癖の意味が、見事に反転したのだ。



 王妃とて、この娘が妊娠したという情報が入ってから、考えた。

 側妃として正妃を補佐できる人材か、愛妾として契約を交わすに値する人柄か。

 興味を持っている分野があるなら、それと勉強を絡めてやる気を出せるように手配してやろう、と。


 

 だが、本人を見て、必要なのは「教育」ではなく「調教」だと判断した。

 もし、やる気がないなら、王城で飼い殺しにするしかない。



 こちらが認めざるを得ない状況を作り上げようとする小賢しさ。それは所詮、楽天的な学生が思いつく程度のもの。

 大人として、「制度」と「理性」で応じ、様々な未来を提示してあげましょう。

 義務を果たした分だけ描いた理想に近付き、努力を怠れば自由を失う__ただ、それだけのこと。



 そして仕上げに、王太子に向けて慈愛に満ちた言葉を送る。

「甘やかすのではなく、励ましなさい。それが、本当に愛するということです」


 言葉の一つ一つが、王太子の胸に重くのしかかる。

 誰も口を挟めない。


 王妃の言葉により、パーティーの空気は、まるで未来に希望があるかのような錯覚に包まれていった。



 余談になるが、この場にいた侍従や、卒業生の親として出席していた文官たちは、王妃の姿に衝撃を受けていた。

 国王の影に控え、従順な妃と思われていた女性。しかし、国王が動揺して動けない現状で、これほどの統率力を見せるとは……。

 ある者は安堵し、ある者は自らの今までの態度を思い返して青ざめた。




 実は、王妃は口に出さなかったが、王太子にやる気がないようなら、これから生まれる子を跡継ぎとして育てればいいと思っている。


 ここまで愚かで傲慢に育った男が、果たしてどこまで変れるのか。最悪の場合は廃嫡や幽閉をすればいい。

 正直、あまり期待していないのだ。夫である国王に、とてもよく似ているから。


 だがせめて、傀儡として前に出せる程度には、変わってくれるとよいのだが——それが、王妃モリウェナの本音だった。


控えめな女性を「なめたら、いかんぜよ」という回でした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
「控えめな女性を「なめたら、いかんぜよ」という回でした。」 おっしゃる通りで、爆笑しました! こんなにもおもろい作品が欠ける才能に、脱帽です。 読みやすくておもろかったら、そりゃみんな読みますよ。 い…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ