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お前を愛することはない、私もなのでお構いなく  作者: 紡里
第一章 卒業パーティーとそれから一年後
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2-1 王都脱出

思いがけず、長い連載になってきたので、章立てすることにしました。

第二章の始まりです。

 ダンブリッジ公爵家の次男が、国王と王太子と向き合っている間、母のクラリッサと妹のコーデリアは、王城内のイオネの家にいた。


 ちなみに、父は王国大評議会に出席中、兄はタウンハウスでさまざまな手配を進めている。



 取り急ぎ、女性たちは領地に籠もる予定なので、その前に挨拶に来たのだ。

 クラリッサは昨日すでに顔を合わせていたが、コーデリアはこれが初対面となる。


 イスカリーヌ国の世継ぎ姫として育ったイオネは、長年の精神的な苦痛から少しやつれて見えるが、毅然とした態度で挨拶を交わした。

 王女はテオドラ、王子はフィリポスと名乗った。



 手土産には、公爵家の料理人に作らせたお菓子と、チェス盤を持参した。


 厚めのチェス盤には、盤の下に駒を収納できる引き出しがついている。

 彼女たちが幼い頃に使っていたもので、使い込まれてはいるが、ひと目で上質だとわかる品だ。



 母とイオネ、そしてイオネの乳兄弟が話し込んでいる間、コーデリアは二人にチェスのルールを教えた。


 まずは説明しながら、実際に王女と対局してみる。


 コーデリアが「ここはこう動かすと良いですよ」と逐一アドバイスしているため、勝敗はあってないようなものだ。



 それを見ていた王子が、「ぼくもやってみたいです」と言い出した。

 初めてのはずなのに、コーデリアと互角の勝負を繰り広げる。


「……フィリポス様、このままだとわたくしがクイーンを取ってしまいますわよ? ですから、こちらのポーンを――」

 クイーンは動ける範囲が広くて、とても強い駒。だからこそ、キングを守るためにそう簡単には手放さないのが普通だ。


 王子はきょとんとした顔をして、首をかしげた。

「でも、次の次の次で……チェックメイトできますよ?」

 言われて見ると、「次の次」に当たるコーデリアの駒は、どれを動かしてもチェックメイトを避けられない。


「えっ……本当ね? すごい、天才だわぁ」

 コーデリアが驚きつつも感心すると、王子は、はにかむように笑った。



 それを聞いた王女は、まるで自分のことのように嬉しそうに自慢した。

「この子、母上の難しい本もどんどん読んでしまうのよ。古い資料でも、算術でも、外国語でも、目についたものは片っ端から」


 実は、イオネの乳兄弟は、彼女が将来巫王となったときに側近となるべく、幼い頃から特別な教育を受けていた。

 イオネ自身も、帝王学の一環として「捕虜になった場合のふるまい」を学んでいる。

 二人はそれらの知識を頼りに、長い監禁生活の中でも落ち着きを失わず、その場その場で最善の選択をしてきた。


 そのおかげで、子どもたちにはイスカリーヌ流だが、王族としての教養やマナーがすでに身についていた。

 あとは、隔絶された十二年間の外の世界との情報のズレを、少しずつ埋めていけばよいだけだ。



 クラリッサは、心からの賛辞をイオネと乳兄弟に送った。


「正直なところ、最初は文字を教えるところから始めなければならないかもしれないと覚悟していたのよ。

 でも……くじけずにここまで。どれほどの努力だったか……立派よ、本当に」


 イオネと乳母は顔を見合わせ、穏やかに微笑んだ。

 その笑みには、言葉にならない安堵と誇りが滲んでいた。




 打ち解けた雰囲気になり、六人でお茶を楽しんでいると、次男がやってきた。


「終わったの?」とクラリッサが声をかける。

 彼の表情に一瞬、暗い影が差したが――すぐに笑顔に戻り、「完了」と短く答えた。



 次男と王子は、皆が見守る中でチェスをした。

 接戦の末、次男がかろうじて勝利を収める。


 だが王子はまったく悔しがる様子もなく、「今の試合、どこが勝敗を分けた一手だったのですか?」と前向きに話を聞きたがった。


「王子は将来有望ですね。また今度来たとき、続きをしましょう。

 今日は午後から立て込んでいるので、これで失礼します」

 次男は楽しそうに約束をした。



 クラリッサとコーデリアは、しばらく会えないことを伝え、名残を惜しみながら暇を告げた。


 イオネは三人の後ろ姿を見つめながら、感謝の祈りを捧げた。ほんの数日前には、こんな未来が訪れるとは夢にも思わなかった。


「これより先、我らイスカリーヌの民および公爵家の御一同にも、禍事は遠ざけられ、幸い多き日々がもたらされますよう」

 イオネは心の中で真摯にそう唱えた。




 森を歩きながら、意外にも三人はあまり言葉を交わさなかった。

 誰かが何か言いかけてはやめてしまい、代わりに森の葉ずれや小動物の立てる音だけが耳に入る。



 長年の計画をやり遂げた達成感とともに、未来への不安も胸にあった。

 領地に籠った後、国外へ脱出することを余儀なくされるかもしれない。

 王都に残る者たちは、暴徒から身を守りながら戦う覚悟をしている。


 喜びと不安、そしてしばしの別れ。何を言えばよいのか分からず、言葉は形になる前に消えてしまう。



 そうして森を出たとき、まるで何事もないかのように、気安い日常の別れの挨拶を交わす。


 次男は王国大評議会の従者控え室へと向かい、二人は公爵邸への帰路についた。




 馬車の中で、母は静かに語りかけた。

「もし将来、自分の選択が多くの人の人生を変えてしまったと悔やむ日が来たときは……今日のイオネ様たちの顔を思い出しなさい。

 あなたが動かなければ、あの方々は今も、四人だけの閉ざされた世界にいたのよ。

 だから、自分の勇気を誇ってほしいわ」


 コーデリアは唇を噛み、無言でうなずいた。




 公爵家の広い庭先には、王都で働いていた領民たちがすでに集まっていた。

 女性二人と侍女が乗る長距離用の馬車を先頭に、使用人用の馬車、領民たちを乗せる馬車が三台、荷物を積んだ荷馬車、そして護衛の騎士たちが馬にまたがって控えている。

 出発を前に、あたりは軽い緊張状態にあった。


 長男ライオネルは執務室で、飛び交う情報を次々と受け取りながら、様々な指示を出している。

 彼の補佐役は庭に出て、積み荷の最終確認や、御者との経路の打ち合わせに追われていた。



 社交界のシーズンオフに領地へ戻るときとは、どこか違う。

 空気のざわつき――不安と興奮が入り交じるような空気が、漂っていた。


 女性二人と侍女たちは自室に戻り、手際よく王宮用のドレスから長旅に適した装いに着替えると、すぐに庭へと戻ってきた。




 そこへ、帝国の皇子ジークムントが現れた。


「ライオネル殿に面会を申し込んでいるのだが……これはどういう状況かな?」

「これから……領地へ戻るところですの」

 コーデリアは、胸の内でそっと鼓動が高鳴るのを感じながら答えた。


 ――昨日の求婚は、本気だったのだろうか。


 我が家まで訪ねてきたということは、あの言葉はその場かぎりの、かばうための言葉ではないということかしら……?



「それなら、私も同道して良いだろうか? 帝国に戻る準備は整っていますし、情報収集は大使館に任せれば済むことですから」


 クラリッサは頬に手を添え、小首をかしげて問いかける。

「ダンブリッジの港をお使いになるのかしら?」


「ええ、それも悪くないと思いまして。我々がご一緒すれば、何かとお力になれると自負しておりますよ」

 皇子は、力強く請け負った。



「わたくしたちはすぐに出発いたします。

 ライオネルと話がついて……同行が可能となりましたら、一泊目の宿場町でお会いしましょう」


 号外が出る前に、自分の身を守れない者は王都から出ておく必要がある――それが公爵家当主の判断だった。




 出発の気配を察したのか、忙しいはずのライオネルが執務室の窓辺に立っていた。

 目が合った瞬間、ほんのわずかにその表情が緩む。

 コーデリアはそっと手を振り、クラリッサは穏やかに微笑んで、馬車へと乗り込んだ。


 ジークムント皇子は、三人のやりとりを、少し距離を置いて見守っていた。

 その温かなやりとりに、何とはなしに、目が離せなかった。




 王都を無事に出て、予定どおり一泊目の宿に到着した。


 コーデリアたちは貴賓館に宿泊し、領民たちは酒場兼宿屋に分かれて泊まる。

 翌朝の出発時刻までに馬車に戻ればよいので、それぞれが思い思いに夜を過ごしていた。



 王都と領地の往復は慣れているはずなのに、今回は常にない疲労感があった。

 追っ手など来るはずがない……そう思いたくても、どこか気が抜けない。

 精神的な緊張が、体にじわじわと響いているのだ。


 そんな中、コーデリアたちが部屋で静かに過ごしていると、ジークムント皇子が到着したという知らせが届いた。


心配性ゆえ、先回りして行動しています。

なんだか逃亡者みたいで、書いていて可哀想になってきました。

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