王都のすみっこで
平民から見たお話です。
殺伐とした話が続きましたので、一息ついていただけると幸いです
ここは、アルビアンス王国の王都、貴族街と下町の境目にある仕立屋。
裕福な平民と子爵さまや男爵さまがいらっしゃる。
でも実は、買い取りもやっているので、貸衣装屋みたいに利用するお客様も多いの。
買い取ったものをそのまま売ったら、お客様が恥をかくかもしれないので、そこは一工夫。
一度バラして、別の服と組み合わせて……まるで違う一着にするのが、腕の見せ所だと、ご主人は言っている。
ある日の朝、まだ朝食も済ませていない時間に、来客があった。
従業員の一人が呼ばれ、ご主人にだけ挨拶をして、荷物をまとめて慌ただしく出ていった。
前の晩は、王立学園の卒業パーティーがあって、店を夜遅くまで開けていた。
何かトラブルがあって駆け込んでくる人もいるし、ドレスを汚さないうちに売りたいって人もいるからだ。
寝不足の頭では、お別れの挨拶を言うこともできなかった。
その人は、ダンブリッジ領から来た人だった。
一人前の仕立師なのに、買い取った服をどう仕立て直すのかを知りたいって言って。
お給料をもらうどころか、勉強代としてお店にお金を払ってた。ちょっと……いや、かなり変わってる。
あたしが孤児院出身だって知っても、ほかの子と変わらずに接してくれた。
こっそり「ああいうときは、こうしたほうがいいよ」って教えてくれたこともある。
ご主人が、彼が帰郷したことを通いの従業員たちに説明した。
「近いうちに、急に領地に帰るかもしれないとは聞いてたんだよ。けど、まあ、ほんと、突然だったね」
そう言って、ご主人はあまり気にしていない様子だった。
でも、「仕事仲間に挨拶もなし?」って、午前中は彼の悪口で盛り上がっていた。
……何か事情がありそうなのに、なんでそこまで言うの、って思った。
午後になって、「号外!」と大声で、新聞売りの子たちが街を走り回ってた。
見出しには――
「イスカリーヌ国を属国にした手続きに不備があり、属国化は白紙に。
国王は責任を取って蟄居」――そんな内容が書かれていた。
最初は、自分にはあまり関係のない話だと思っていた。
けれど、おしゃべり好きの針子さんが教えてくれた。
「まず、イスカリーヌから安く入ってきていた品が、これからは高くなるでしょ?
イスカリーヌとの貿易で羽振りが良かったお店は潰れるし、そのお店と取引のあったところも傾く。
私たちの生活だって、影響を受けるわよ。
こんなこともわからないなんて、やっぱり孤児ね」
教えてくれたのはありがたい。けど、最後のひと言は余計だと思う。
……そんなことは心の中で思うだけにして、お礼を言った。
教えてくれるだけ、ありがたい人なのだ……と考えることにして。
しばらくすると、「全部ダンブリッジ家のせいだ」という噂が囁かれはじめた。
どうやら、ダンブリッジのお嬢様が王子様の婚約者じゃなくなったらしい。
代わりに、別のお嬢様と婚約する予定があるとか、いや、そもそも婚約自体がいつになるかもわからないとか――噂はあれこれ飛び交っていた。
でも、婚約が解消されたことと、イスカリーヌ国が属国じゃなくなったことに、どんな関係があるのか……あたしにはよくわからなかった。
「だから、ダンブリッジ家の策略なのよ! ここだけの話、ね」
おしゃべりな子爵令嬢が、これまたおしゃべりな針子をつかまえて、長々と話し込んでいた。
卒業パーティーで着たドレスを売りに来たのだ。
子爵家とはいえ、使用人の少ないお家のようで、こういう用事もご自身でなさっている。
うちは、刺繍が上手なら買い取りもしているので、そんなに暇があるなら、ハンカチの一枚でも刺せばいいのに……とあたしは思う。
正直、気が散るし。
ご主人もイライラしてるけど、お貴族様に「早くお帰りください」なんて言えないよね。
魔法が出てきておとぎ話みたいだったから、面白くて、つい聞き耳を立ててしまった。
……盗み聞きなんて恥ずかしいけど、隠そうとしてなかったし。
子爵令嬢が帰ったあと、すぐにご主人の号令で全員集合。
「絶対に、今聞いたことを口にするな!
嘘でも本当でも、漏らしたら罰せられるかもしれない。
この店が発信源だなんてことになったら――潰れる。
いや、最悪、処刑されることだってある」
恐ろしいことを、すごい剣幕で言い渡された。
私たちは、ただ黙って、こくこくとうなずくしかなかった。
……でも、例のおしゃべりな針子だけは、「大げさね」なんて陰で笑っていた。
十日くらい経ったころ、あの話が新聞に載ったらしい。
ゴシップばかり扱っている、小さな新聞社の記事だ。
できる限りたくさん刷ったらしいけど、もともと規模が小さいから、あっという間に売り切れてしまって——あたしたちは読むことができなかった。
その翌日、兵隊さんが店にやってきた。
全員を集めると、ローブをまとった人が何かを唱え始めた。すると、小さな光が現れて、みんなの頭の上をふわふわ飛び回る。
かわいいな。触ったらもふもふしてるのかな?と眺めていたら、おしゃべりな針子の頭にその光が止まった。
二人の兵隊さんがさっと動き、その子の腕を掴んで、「店主、容疑者を連行する」と告げた。
泣きわめくその子の口元を、ローブの人が光の糸のようなものでするすると縫い止めていく。
すごい……どういう仕組みなんだろう?
そんなことが気になってしまう自分は、ちょっと薄情だったかもしれない。
数日後、その子は髪を切られて帰ってきた。
ご主人は、「すぐに出て行け」とクビにした。
「そんな人間を雇っていたら、うちが信用できない店だと思われる。俺の言うことを聞かないからだ。そんな奴はいらない」
他の人に見られる前に出て行け……と言いかけて、その子が座り込んで泣き出したので、ラチがあかないと思ったらしい。
あたしたちにその子の荷物をまとめるよう命じた。
その子の荷物の中にお金の袋があった。下働きの子がこっそり一枚の銀貨を抜き取っている。
「何してるの」って咎めるたら、
「情報を売って手に入れた汚い金だから、別にいいだろ」と言い返された。
針子がその場で荷物を確認して、一枚足りないと大騒ぎに。
結局、その下働きの子も一緒にクビになった。
ご主人はため息をつきながら、「これから依頼も減るだろうし、ちょうどいい」と……本当はそう思ってなさそうな顔で言った。
でも、あの新聞社が「事実確認が足りず、申し訳ありません」と謝罪記事を出し、情報提供者の一覧も一緒に掲載したことで、あの子爵令嬢とうちの針子が情報源の一つだとバレてしまった。
新聞社が潰されなかったのは、それをすると記事の内容を肯定したことになってしまうからだろうって、ボタン屋さんが言っていた。
情報源を自ら公表させて、新聞社の信用を落とすのも、一種の罰なのだそうだ。
その後、実家がある子たちが店を辞めた。
人手が減った店では、みんなで肩を寄せ合って仕事をしている。
仕立師のご主人や、型師の息子さん。
そして、実家と折り合いが悪い針子さんは、縫製の責任者になって張り切っている。
いくつかほどいたドレスを並べて、息子さんと組み合わせの相談をしている姿が、とても楽しそうだ。
あたしも小間使いから針子に出世した。
まだ小間使いと兼用だけど、数年先だろうと思っていたからとても嬉しい。
奥様は「野菜ばっかりのスープで悪いね」とおっしゃるけど、孤児院のときより量が多いから大丈夫。
新聞記事の後、去ったお得意先もいらっしゃるけれど、本当に困窮した子爵や男爵は、うち以外のお店には行けないようだ。
細々とご依頼をいただきながら、より丁寧にお仕事をしている。
「困ったときに助けてくれる人は、一生の宝物だ」と、職業訓練で教わった言葉を思い出しながら。
いつの間にか、王都から一つの診療所が姿を消していた。
どうやら、そこはダンブリッジ家の出張所だったらしい。
それから、街がなんだか薄汚れてきた。
聞けば、孤児院の子どもたちに清掃を頼んで、お小遣いを渡していたのもダンブリッジ家だったそうだ。
あたしも子どものころ、何度もその清掃に参加した。
お小遣い目当てだったけど、そのお金で中古の糸を買って……それが、今の自分につながっているんだ。
王家から発表があった。
王太子とダンブリッジ家のお嬢様は、円満に婚約を解消したという。
王太子は男爵令嬢と、ダンブリッジのお嬢様は帝国の皇子と――
それぞれ心通わせた相手と結ばれることを大切にした結果だそうだ。
でも、どうしてか男爵令嬢のお目見えの予定は発表されなかった。
大手の新聞社でさえ、掲載されたのは写真ではなくイラストで……なんとなく、変な感じがする。
息子さんがぼそっと「ハラボテだからだよ」とつぶやき、ご主人に「お前こそ気をつけろよ」と軽くどつかれていた。
出入りの染物屋さんがその記事を話題にしたとき、笑いながら言った。
「相手が変わったって言ってもさ、片や皇子、片や男爵令嬢だろ。
うちの王子様の方が、ちょっと格が落ちた感は否めねぇよなあ」
お貴族様のご令嬢にも、「上下」があるんだね。
孤児院出身で「針子になる」といっても「上下」があるから、そういうことかな。
大きな縫製工場に入れば、延々と同じ箇所だけを縫う単純作業ばかり。
「裁縫ができる子」として雇われ、家族の繕い物を一手に任されるのも、ある意味では名誉なこと。
けれど、それが専任ではなく、ふつうのメイドの仕事に「ついで」として加えられるだけ……そんなお屋敷もある。
そうなると、大変なだけで、報われることは少ないのよね。
そんな中で──仕立屋に小間使いとして入り、すぐそばで技術を見て学べる環境にいるなんて。
しかも、針子として腕を磨かせてもらえるだなんて──これはもう、出世株ってやつよ!
おまけに、お貴族様が出入りするような店。
そんなところで孤児が働けるなんて、奇跡に近いと思う。
イスカリーヌ国の話が落ち着いてきたころ、今度は「帝国からの鉄が輸入できない」ということが話題がになった。
鉄のかたまり――インゴットっていうのは、今までどおり届いてるらしいんだけど、丸い棒や平たい板みたいに加工された鋼材は送ってくれなくなったんだって。
インゴットのままだと、加工に手間も時間もかかるから、鉄道を敷く工事が進められないらしい。
あたしには直接関係ないけど、鉄道事業に関わろうとしてたお貴族さまや、そこにお金を出してた商人さんたちが困ってるらしい。
うちのお店にも、パタリと来なくなったお客さまが何人かいる。
公爵令嬢が帝国にお嫁に行くのに、母国に意地悪するなんてこと、あるのかな?
だからさ、婚約を解消したとき、ほんとは円満じゃなくて、何か揉めてたんじゃないの?
……その腹いせだったりして、なんて、あたしでも思っちゃう。
なんだか最近、「生活が苦しいのは、ぜんぶダンブリッジ家のせいだ」って空気が出てきた。
店が潰れたり、仕事を失った人たちの一部が、とうとうダンブリッジ家のタウンハウスを襲撃したらしい。
門扉は表も裏も、普通の鍵に加えて鎖でぐるぐる巻きにされていて、簡単には開かないようにしてあった。
塀に梯子をかけて庭に侵入した人たちは、そこで見えない壁に行く手を遮られた。
お屋敷をぐるっと囲う塀より、ひとまわり小さい結界。
大人が一人通れるくらいの幅の狭い隙間に、ハマってしまう。
進むことも戻ることもできず、彼らは翌日、王都の警備兵に捕まった。
新聞には「私邸侵入」「財産略奪未遂」「王都治安令違反」と書かれていた。
そういえば、いくつもの孤児院に声をかけて合同で職業訓練をしてくれる行事が、なくなったらしい。
あれもたぶん、ダンブリッジ家の支援だったんだろう。
見込みと根性があると認められたら、その後でマナーや貴族と接するときの心得を教えてくれる。
最後には、「何かあれば、真っ先に疑われることがあるかもしれないけれど、それでも頑張れるか」と尋ねられた。
貴族と関わりのない普通のお店なら、ここまで身構える必要はないんだよって。
それでも、あたしは自分の力を試したかった。
お姫様にはなれないけれど、ドレスを贈る魔法使いにはなれる……そんな世界で。
それに、平民だけのお店だって、孤児が疑われるのは変わらないし。
もし、理不尽なことがあったら、診療所に駆け込めって、そのときに言われた。
でも──もう、その診療所がない。
今になって思うと、それだけ、ダンブリッジ家がいろんなことをしてくれてたんだなって感謝の気持ちが湧く。
人によっては、王都から手を引いて領地に籠もったダンブリッジ家を非難するけど。
無責任だ__って。
でも、あのまま王都に残ってたら──襲撃を受けてたわけだし……ねぇ。
年上の人たちの中には、「イスカリーヌが属国になったとき、なんだか変だと思ってた」って言う人もいた。
だから、元に戻っただけだって。
でも、私が生まれたころに属国になったから、あたしにとっては、それが当たり前だった。
だから、急にいろんなものを奪われたような気分になる。
……手続きが間違ってたっていうなら、やり直せばいいじゃない。そんなふうに思っちゃう。
ご主人に、「じゃあ、無理難題を押しつけてきた相手と、もう一度友達になりたいと思うか?」と訊かれた。
「もちろん、イヤです」と答える。
あの、髪を切られて帰ってきた針子の子は、「孤児院育ちが」って、よく意地悪してきた。
もしあの子が、もう一度このお店に来たら……ご主人の背中に隠れて、「雇わないでください」って、お祈りしちゃうかもしれない。
「そういうことだよ」
ご主人は、そう言った。
ここで一旦区切ってコーデリアと皇子の話に行くか、国王に協力していた人たちのざまぁを書くか、考え中です。
あ、王太子に侍っていた三人の令息の消息って知りたいですか? 別にいいか(笑)




