公爵家次男の目に映る景色
すでに出てきた場面ですが、次男の目から見ると大分違うかもしれません。
イスカリーヌ国の全権大使・ゼノスと、ダンブリッジ公爵の次男である俺は、卒業パーティーが開かれているオーレリア・パレスへと向かっていた。
ゼノスは、監禁されていた姪との再会に胸を熱くしている。
だが――その感情に呑まれぬよう、駆け引きができる外交官に戻ってもらわねば。
「ゼノスおじさん、目的は国王に『ぎゃふん』と言わせることじゃありません。
イスカリーヌを属国にしたこと自体が誤りだったと、皆に知らしめるんです。独立に、異議申し立てをさせないためにも。
そうすれば、堂々と姫に会えるようになりますよ」
ゼノスは「失礼」と断ってから、鼻をかんだ。
「……そうじゃな。肉親の情や仇への憎しみは、一旦脇に置かねばなるまい。
アルは若いのに、有望じゃのう」
「これが終わったら、若者らしく馬鹿騒ぎでもさせてもらいますよ」
――そう、今日は正念場のひとつだ。
こちらに流れを引き寄せられなければ、我々が粛正される未来もあるのだ……。
会場に着くと、閉じた扉の向こうから母の声が漏れてきた。
何を話しているのかまでは、わからない。
入り口に立つ近衛騎士に、卒業パーティーの招待状を見せる。
会場に入ると中は静まりかえっている。
ここで、今、俺がしゃべっていいのだろうか?
前方にいる父を見ると、うなずいてくれた。どうやら、始めてよさそうだ。
……おっ、コーデリアが王太子に嫌われるための擬態をやめて、すっきり可愛くなってるじゃないか。
良き、良き。
「盛り上がっているところ、失礼しまぁす!」
一人でも多くの賛同者を得る。それが、今の俺の使命だ。
俺はゼノスを、イスカリーヌの全権大使として紹介する。
続いてゼノスが、国王グリムリーがイオネ姫に対して行った非道を告発した。
場の空気が変わる。
この国の貴族たちも、他国からの留学生たちも、真剣にこちらの言葉に耳を傾けている。
頭ごなしに否定されなければ――まずは、ひとつ目の関門を突破できたと言えるだろう。
国王は、焦った。
そして、ぼろを出しまくる。
――暴力を振るうやつは、口で勝てないから手を出す。
所詮、頭脳勝負で勝てない負け犬なんだ。
「姫が望んだ」だと?
だったら、なぜ生まれ育った国との連絡を絶つ必要がある。
「結界」って外に出られなくするためのものだろう?
そんなの、嫌がる少女を無理やり監禁していた証に他ならない。
――化けの皮が、面白いように剥がれていく。
多少の「やんちゃ」なら、これまでの功績に免じて目をつぶろうなんて言い出しかねない連中もいる。
だが、そう言い出すなら、「ご同類ですか」とやり込めてやろう。
かばう隙すら与えない。
天井から垂れ下がる、この国に属する領地の籏。その中に、イスカリーヌ国の籏がないことを、俺は自分の目で確かめた。
「ゼノスおじさん。籏、消えていますね?」
見落としなんてことがあれば、せっかくの流れが台無しだ。念のため、確認をとる。
「……ああ、ない!」
ゼノスの一言には、万感の思いが込められていた。
俺は会場の視線を、一斉に諸侯籏に向けさせた。
これで――イスカリーヌの独立が事実として成立していることが、誰の目にも明らかになったはずだ。
続いて、母が説明する。
国王が精霊魔法を毛嫌いした結果、この状況になったと。
ここで、力強く国を導く統治者ではなく、独りよがりの「危険人物」だと知らしめたいのだ。
安心して暮らすためには――この男を排除するしかない。
そう思わざるを得ないところまで、我々は追い詰められている。
意外だったのは、王妃だ。
彼女は夫をかばうどころか、「人の意見をまったく聞かない人だ」と、母に追随してみせた。
――かばわなくていいのか? 自分の夫なのに。
この人は……本当に、何を考えているのかわからない。
すべてがどこか他人事のようで、人間味が感じられない。
冷たいというより、掴みどころがないのだ。
おやおや、王太子が膝から崩れ落ちたぞ。
尊敬していた父親がろくでなしだったと知って、失望したのか?
それとも、自分の言動が王家の立場を危うくしたと気づいて、茫然自失か。
さて、もうひとつ衝撃を与えてやろう。
「隷属の首輪を解除できる方は、いらっしゃいませんか?」
まあ、いるとは思っていない。
そもそも作るのだって難しい代物だ。ましてや、設計図も見ないで他人の術式を解除するなんて、まず不可能だろう。
でもいいんだ。
本当の狙いは――国王の悪事を、さらけ出すことだから。
……うわ?! おい、嘘だろう?
国王が――逃げ出したぞ。
どこに向かって…………まさか?
あの家の結界を張り直しておいて、よかった! さっきの俺、本当にいい仕事をしたよ。
王妃は動揺を見せることなく、落ち着いて閉会の挨拶をした。
実に肝が据わっている……少々、不気味なくらいに。
さて、王妃陛下を現場にお連れしましょうか。
この人も、まったく知らなかったわけではないはずだ。
見ないふりをしてきた罪と、どう向き合うつもりなのか——そんな疑問が、ふと、頭をかすめた。
イスカリーヌの姫が監禁されている家への道は、舗装されていても清掃が行き届いていない。
王妃も母もパーティー用の布製の靴を履いているので、土や落ち葉のかけらで二度と履けない状態になっているだろう。
長いドレスの裾を引きずっているので、躓いたときに支えられるよう、王妃の少し後ろを歩いた。
母はもちろん、父にエスコートされている。
ようやく道のりの三分の一ほどを進んだころ、バァァァン!と大きな衝撃が走った。
国王が、結界に阻まれるはずがないと無防備に飛び込んだのだろうか?
本来ならピリッとした衝撃で済むところを、五倍の威力にしたからビリビリビリッと感覚が麻痺するくらいの強さになっている。
だが、こんな、裂けるような音が鳴り響く、致死性の攻撃は付与していないぞ。
淑女に歩調を合わせ、ゆっくりと辿り着いた先に――無様に地面にへばりつき、まったく動かない国王の姿があった。
宰相は、国王を止めなかった護衛騎士たちを責め立てたが、彼らの制服は皺だらけ、太ももや腹には靴跡がくっきりと残っている。
そのうえ、一人の頬にはミミズ腫れまで浮かんでいた。
……どう見ても、必死に止めようとした証だ。
次に情報収集するときは、彼らにも声をかけてみよう。
忠誠心から口を閉ざしていたことも、もう抱えきれずに話してくれるかもしれない。
さて、俺のお楽しみの時間だ。
魔道士長に、この結界がどう見えているのか、さっそく訊いてみよう。
……あれ? この人、あんまり見えてないのか?
精霊魔法が含まれていれば、本来は呼びかけに応じた精霊の色が現れる。
でも、俺が張ったのはグレー一色の結界だ。魔素だけを使った魔術だからな。
もともとの結界を見る機会はなかったが――婚姻誓約書の破棄に反応したのなら、精霊魔法が含まれていたはずだ。
色のついた精霊魔法と、無彩色の魔術。
その違いすら見えていない? ……まさか、分かってないのか?
それとも、こちらが分からないと思って、適当にごまかそうとしてる?
いや、それはさておき。
魔道士長の「結界の主が切り替わった説」に、全力で乗っかるぞ。
一度壊れて、俺が別の結界を張り直した――それに気づかれなくて、よかったよ。
それから、「国王が弾かれたのは、姫と愛し合っていない証拠だ」と、話の焦点を結界の仕組みからズラしてしまおう。
……まあ、姫からは蛇蝎のごとく嫌われているのだから、あながち嘘でもない。
家の中に入るのは、イスカリーヌの大使と、母だけだ。
結界に弾き飛ばされた国王のおかげで、この結界は「恐ろしいものだ」と人々に印象づけられた。
さらに王妃は、父が同行しないことで「姫は男性恐怖症になっている」と判断したらしい。
我々の知らないところで勝手に接触され、望まない形で話を進められる心配は、これでかなり減ったはずだ。
長年監禁されていた姫が、どんな洗脳を受けているかわからない。
社会から隔離されていたのだから、駆け引きや言葉の裏を読む技術は成長していないだろう。
口約束で言質を取られたり、勝手な妥協を押しつけられたりする――そんな事態が起きることは、充分に考えられるのだ。
とにもかくにも、婚約は正式に破棄され、姫が生きていることも確認できた。
さらに、今後の安全もひとまずは確保された。
――今日の成果としては、上々と言っていいだろう。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
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全十話のつもりで書き始めたのですが、全然終わりが見えてきません。
引き続き、お付き合いいただけると嬉しいです。