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聖女の姉は異世界を外遊する-4


「おそらく青魚のヒスタミン中毒だと思います。」


 はじめにアレルギーの集団発生と言われたときに、何のアレルギーか聞いておけばもっと早くに考え付いたのだろう。


「…もう少し、順序だてて説明してくれないか。」


 息せき切って帰ってきて、開口一番に報告をしたのを待っていたのはしかめっ面のアレク殿下だった。

 顔には空気を読めとかもっとゆっくり帰ってきたらよかったのにというのがわかるように書いてある。


 お茶を楽しんでいたのだろう、アリスと殿下の前には菓子類とお茶が用意されている。アイスは買いにに行かなくてよかったじゃないかと思う。


「お姉ちゃんお帰りなさい、とりあえずおちついて」


 不服気なアレク殿下をよそに、アリスは私を隣に座らせ、カップに紅茶をついでくれる。

 一口飲む間にかいがいしくお菓子も取り分けてくれている。


「アリスありがとう、とりあえずお菓子は後で頂くね。」


「頂くのかよ。」


 舌打ちしたアレク殿下にアリスが文句を言おうとしているのがわかったので制する。

 少年の私に対する態度に関して時間を取られるのはただのストレスである。


「今回の集団アレルギーの原因ですが、アレルギーというよりも、ヒスタミン中毒かと思われます。」


「ヒスタミンとはなんだ。毒物か?」


 アレク殿下は自分の側仕えに知っているか、と訊ねるが側仕えは首を横に振る。


「私が無知なだけかもしれませんが、私の知識にはございません。」


 この世界は病を治療魔法で治してしまう世界なのだ。

 医学が発展していると考える方が不思議だろう。


 薬として使われているものもほとんどが植物を多少加工した程度のもので、近代発展した現代医学の薬に相当するものはない。漢方や軟膏は経験的治療として使われてきたからか、この世界でも同じようなものが多くありそうだが、それも近代医学では使われているといえ補助療法のようなものがほとんどであり、単体で病態を改善させられるものはあったとしても非常に数が少ない。


 ヒスタミンはアレルギー反応が起こる時に体の中で作られる物質で、アレルギーの直接の原因だ。

 現代医学ではアレルギーを止める薬の第一選択は局所のステロイドや抗ヒスタミン薬であることが多いが、この世界ではおそらく冷やしたりその場でできる対応をした後は、治療魔法に頼ることになるのだろう。

 

 治療魔法をかけてしまえば終わりなのだから、そのまま病態が解明される必要すらなく来ているということだ。


 お菓子に手を伸ばしながら考え込んでいる私にアレク殿下がイラついているようだ。

 もしかして続きを促されていたのだろうか。


「失礼。その前にやっぱり念のため、先ほど用意していただくよう伝えた資料が準備されていれば見せていただきたいのですか。」


 材料があるのなら、他の可能性は潰してから話をしたい。


「そこだ。」


 殿下は機嫌が悪いのを隠さず、アリスの前を指さす。

 相容れないのはお互い様だ。


 アリスの前には、きちんとそろえられた書類の束が置いてあった。さっき私の言った患者の行動歴や発症人数が記載されている書類だろう。

 見ていいかたずねる前にアリスが書類をすべて私の方に差し出す。


「ちらっと見たけど何のことかわかんなかったから順番を間違えないようにそのままにしておいといたよ」


 と笑顔で言う。何を見たいかも伝えていなかったのだから仕方ないだろう。



 地図には水路も書き込んであった。元の世界で昔パリで過去に起きた、コレラの集団発生のような可能性はすでに考えられた後なのだろう。

 あれは汚染された水路に沿って下痢の患者が大量に発症し、下水道の整備をして解決したものだったと医学誌で習ったのを思い出した。この世界ではすでに下水は整備されているようだったし、患者の発生地が水路に因るということもなかった。そもそももう考えられた後の案を考えなくてもいいだろう。


 接触歴でも特定の人間や発症した人間からの感染というような歴は認めない。


 ただ、発症した患者の住所は近く、いくつかの特定の食料品店を中心にした距離で起こっていたのだ。毒物を混入している可能性もあるが、加工品にも生鮮食品にもおこっていたことからは青魚そのものに原因があると考えられる。


「…ここの男爵に直接話したほうがいいか。今は領地を治めている立場だが、息子同様元々は治療師で、それもかなり優秀だったと聞く。」


「聖女の手柄、ということにしたほうがよければ、私が今伝えたことを殿下かアリスが話すほうがいいのではないでしょうか。私の予想ですが、この世界で治療師をされている方に私たちと同様の医学の知識はないと思いますので。」


 この世界で私の功績が何らあったとして、今後のメリットは乏しいだろう。


「なるほど。続けてくれ。」


「このあたりで魚が多く最近流通しだしたとのことで食料品店まで確認しに行ったところ、おいてあるのは青魚でした。これが中毒の原因になったのではないかと思います。」


「この地域ではたしかに青魚が流通している量は多くはないのですが、それでも保存食として青魚の瓶詰めなどは昔から食べられておりなじみ深い食品です。」


 アレク殿下の側仕えが口を出してきた。

 言葉の冷たさには殿下の私に対する対応に通ずるものがある。主が認めていない人間は認めないとそのまま態度に現れているようだ。


 これは彼と話をしていても埒が明かない。


「やっぱりこちらの領地の治療師か誰か連れてきてもらっていいでしょうか。」


「…さっきのアリスの手柄にするとか言っていたのはどうするんだ。」


「本当かどうかわからない仮説を殿下や聖女様に話させるわけにはいかないですからね。」


 涼しい顔をして紅茶をすすった。


 

ご覧いただきありがとうございました。

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