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聖女の姉は異世界を外遊する-2

 今回は外遊という名の外遊と、元の世界の政治家がやったら非難を浴びで辞職ものの予定をたてていたそうだ。

 が、急遽見てほしいものがあるとのことでアリスと私は殿下の訪問先に呼び出された。


「殿下。聖女様をお連れしました。」


 対外的にはやはり側仕えのため、周りに事情を知っている相手以外がいる場ではアリスには敬称をつけている。


 今も、通された部屋には殿下の他に数人の要人らしき男性が何人か経っていたため側仕えらしい態度でアリスを部屋に通し、後ろで控える。



「ああ、ご苦労。姉君ももう少し、話が聞こえるところまでは来てくれ。」


 アレク殿下が私の目も見て言った。

 私も聞く必要がある何かがあるのだろうか。


「こちらが現在聖女見習いであるアリスだ。来月、聖女としてお披露目を予定している。」


「聖女見習いのアリスです。どうぞお見知りおきください。」

 

 全ての必要な魔法を習得しきれていない現段階で聖女として名乗るよりは、そのほうが何かと都合がいいとのことだった。


 裾を持ち上げて地面につかないようにしながら背筋を伸ばしたままお辞儀をする。

 カーテシーというやつだろうか。私はそこまで裾の長いドレスを着ることはないので必要ない。


「それと、その姉君だ。」


 予定にない紹介に困惑しながらも同じようにひとまず無言でお辞儀する。といっても側仕えの服はドレスではないので地面についたり引きずったりする心配はないため手は前でそろえたまま頭を背中を下げる。


 こういう挨拶をするなら、アリスに挨拶の仕方を教えたときついでに言っといてほしい。


「こちらはこの地域の領主であるサクラ男爵とその子息だ。」


「よろしくお願いいたします。」


 にこやかな初老の紳士とみはると年が変わらなさそうな少年がアリスに恭しくお辞儀をする。


「挨拶だけのつもりだったのだが、彼らは聖女に頼みたいことがあるとのことだ。兄上が帰り際に伝えて帰るといっていたが、聞いているか。」


「いいえ。」


 私のジュースとアイスだけ強奪して帰られました。とはここでは黙っておく。




「この地域で1週間ほど前からアレルギーのような症状が出る患者が増えていてな。それもこの地区に集中していて、治療が追いつかないそうだ。一度聖女様にも見てもらえないかということなのだが。」


 1週間前からアレルギーというのも変な話だが。


「いいですよ。」


「ありがとうございます。早速この領地の治療院にご案内させていただいてよろしいでしょうか。」


 そうして治療院に移動する。すぐ向かいにある建物とのことだったので馬車には乗らずに済んだ。移動は異世界物でイメージできる馬車だったのだが、これがおしりと腰が痛い。


 先導する男爵が振り向かなさそうな頃合いを見計らって殿下がアリスに小声で「まだ見習いだと伝えてあるからな、くれぐれも無理はしないように。」「まずは話を聞いてもらえるだけでいいから」「魔法を発動させる前に相談してくれ」「治療魔法は使っても1回まで」と口酸っぱく言っている。

 もはや過保護な恋意図を通り越して若干の母親めいたものすら感じる。



 そんな心配するくらいなら魔力自体きちんと制御できるようになるまで使わせなければいいのに、と思わなくもないがアリス自身はやる気に満ち溢れているようだからそれ自体を言うことは意味がないことを察しているのだろう。


「こちらです。この部屋から待合はマジックミラーになっています。」


 魔法治療院はある程度の大きさの領地には必ず一つは確保されているらしい。国立大学の附属病院のようなものということだろう。


 建物の裏口らしきところから廊下を伝って案内された小部屋には等身大の鏡くらいのガラスを通して待合の様子が見られるようになっていた。


 口周りが赤い患者や腕をかきむしる患者、気分の悪そうな患者が所狭しと座っていた。


「1週間くらい前から、急に彼らのような症状を訴える人間が多くなりまして。息子はここの治療師ですので、彼から話を聞いてください。」


 息子がついてきてるのはなぜかと思っていたが、治療師代表としてということだったらしい。


 この世界では大学という概念がないので、必要な知識は家庭教師をつけて習得したら、社会に出られるようだ。元の世界で言うギフテッドなど突出して優秀な頭脳を持つ場合だと、10歳くらいには成人と同様には垂らしていることも少なくはないらしい。

 義務教育のようなものは15歳まで学校があり、平民は優秀な人間が希望した場合に限り、専門職の勉強をするそうだ。


 日本も出て何のためになっているのかわからない大学生活を送るくらいなら、高等教育まででいいのではないかと思うときもあるし、一定の年齢以上になってそれなりに情緒が育ったらあとは飛び級制度にした方が、それぞれの人間の時間と労力の浪費が抑えられると考えていたが、つまりそれが実践されているということだろう。



「どの患者も突然皮膚の発赤や熱感、気分不良や嘔吐を訴えて運ばれてきています。人によっては軽い下痢なども起こしており治療が必要な状態までなってしまうので、今あまり手が回らない状態です。恥ずかしながら僕は魔力量が少なく、今日の分は使い果たしてしまったので今ここにいるんですが…」



 あいまいな表現だが、おそらく全身症状ということだろう。



「今ここにいる人たちは全員がそうなんですか?」


 アリスが尋ねた。30人ほどの老若男女が座っている。


「付き添いの家族がいるものもいますが、今言った症状の人間をこの部屋に集めて順に診察するようにしているので、この部屋には他の症状で治療院にかかっている人間はいません。」


「おねえちゃん、何聞いたらいいかもわかんないよ、とりあえず治したらいいのかな。」


 ひそひそと耳打ちしてくる。早速直す気にあふれているようだが、殿下が私に目で何かを訴えている。たぶん無理をさせるなということが言いたいのだろうけど。



「ここにいる人を治しても、原因がどこかにあったらまた出てくるよ。たぶんその原因がわからないか何とかならないかの相談ってことじゃないかな。」


 そもそも治療してくれとは一言も言われていない。


「えっ」


 聖女に求めるハードル高いよ、とアリスの顔が青ざめる。無理もない。


 事前に相談されていればともかくいきなりふられて対応できるものではない。


「ちなみにアリスの診察魔法では、悪いところはないの?」


 魔力を目に集めることで、体のどこが全体的におかしいかを見ることができるらしい。私は7割がた習得したと一昨日クリス様に言われたので、あと少しだと思っている。


「全身の生命力の流れが少し変な感じかな。なんて言っていいかわからないけど、変な感じ。お腹を押さえている人はお腹の流れが滞ってるし、皮膚が赤い人は表面の流れが滞ってる。でも他にも全体的に変な感じ。」


 わたしはアリスに聞いたほうがいいであろうことをこそこそと耳打ちした。

 アリスは自分で考えたような顔をして男爵の息子に尋ねる。


「ずいぶん人数が多いですけど、始めからこの人数だったのですか?患者同士の接触歴はあるんでしょうか?」


「はじめからいくつかの家族の発症ですね。患者同士の接触歴はあることもあれば、ないこともあります。」


「アレルギーというよりは食中毒のようにも感じられますが、そういった検索はされていますか。」


「今しているところですね。でも既存の食中毒で特徴的なものはありません。」


「便…べん?あっいいえ、便の性状はどのようなものでしょうか。」


 耳打ちしてるアリスがえ、聞くの?という顔をしてくる。


 体の調子が悪いとき、とりわけお腹の調子が悪いときは診断のためには嘔吐や排泄物を含む体内から排出されたものも重要な手掛かりになることは非常に多いのだが、確かに自分が女子高生の時に 日常的に排泄物のことを口にすることはなかったなと今更ながら思い出した。


「とくに吐物も排泄物も異常があるという報告は受けていません。」


 男爵の子息はアリスの戸惑いに気にする様子もなく答えた。そもそも耳打ちの時点で何か察しているだろうに気にしていない風を装っているのを見るに、突っ込んだら負けだと思っているのか。


「異常があるという報告がないだけで、あるという可能性はありますか。」


「治療した人によってはあるかもしれません。全員に腹部の症状がないので確認していませんが、腹部症状があれば通常確認はしているかと思いますが。」



 そりゃそうだ。



 確かに症状からするとアレルギーのように感じられるが、集団発症しているのにそもそもアレルギーというのは不自然だ。


 ただ、人から人にうつる食中毒だとしたら起点があるほうがそれらしいものもない。


「恐れながら発言いたします。彼らの他人との接触歴や、諸外国や特定の地域への渡航歴を含む行動歴を洗い出してもらうのと、地図に彼らの住居の場所を記したものをください。あとは症状が出現した人数をグラフにしたものの準備をお願いします。」


 アリスに耳打ちしたが覚えられないからお姉ちゃん言って…と言われたため代わりに進言する。


 私にこの場で発言権があるのかはわからないが、誰も拒否するような視線を送ってこないところを見ると、とりあえず発言は許されているようだ。


「そうですね、今から準備させます。その間聖女様はお休みを…」


「ありがとうございます、ではその前に今苦しんでいる方の治療をさせていただきますね。今この待合にいる方で全員でしょうか。」


「今日必要な治療が終わっている入院患者以外は全員です。」



 それを聞くとほぼ同時にアリスは軽くマジックミラーのほうに両手をかざす。

 あたりがぱっと明るくなった。

 まだ魔力の使い方を習得していないが、それでもあたり一面光に包まれていた時に比べれば、対象を絞って魔法を発動できていることがわかる。


 光が収まってすぐに殿下が駆け寄る。駆け寄って心配されている本人は今日はまだ全然大丈夫ですねと言いながらけろっとしているだが、倒れた前例があるのだから心配になるのは当然だ。


 無理をするな、まだ魔力の調整ができるようになっていないのだろうと半分叱るような声で殿下にたしなめられている中、家でもこれが私のお勤めならできることはしたいです、苦しんでいる人の助けになれるのならと微笑んでいる。


 漫画やアニメのワンシーンのようだ。


 妹は、本当に聖女なのだ。


 実感して、鳥肌が立つ。


「ありがとうございます。すぐに休憩室をご用意いたしますね。」


 男爵とその子息は今見た光景が信じられないという顔をしてしばらくあっけにとられていたが、我に返ったようだ。二人は何か話して、息子の方はともに出て行った。


 息子はすぐにマジックミラーの向こう側に現れ、で患者の状態を確認しだしている。


 マジックミラーの向こうの患者は明らかに顔色が良くなり皮疹が消えている。腹部を抑えていた患者は不思議そうな顔でぽかんとしているし、付き添っていた家族は急に明るくなった周囲を呆然と見渡している。


 一度治したらよくなるということは寄生などではなくて外的要因なのだろう。

 マジックミラー越しなのではっきり見えるわけではないが、皮疹も見えなくなる程度には消退しているようだった。


 部屋が用意できましたので案内しますといわれるが、アリスは椅子さえあればいいのでここでいい、と言って動かなかった。


「アリス、何か必要なものはあるか。」


「えーないですよ。魔力も残ってますし大丈夫。ちょっと集中して疲れてるくらいですね。甘いものが…あ、さっきのアイスが欲しいです。」


「さっきのアイス?」


 さっき一緒にいなかった殿下にさっきのアイスと言ってわかるはずもない。


「買ってくるよ。どこに持っていけばいい?」


「お姉ちゃんありがとー、でも私もいくよー。」


「いや、あれだけの魔法を使ったんだ。疲れているはずだ。姉君、買ってきてくれ。」


 心配半分、アリスとふたりでいたいが半分と見た。

 普段の側仕えもそうだが、サクラ男爵は背景くらいにしか思われていなさそうだ。


 まあ私も別にアリスは私のものだと主張するようなシスコン姉では決してないのでおとなしく買い物に出ることにしよう。

 ただ、アイスか…下手に戻ると毒見して時間をおいてないことがばれてしまいそうだ。


「毒見してから戻ってきますね。」


 そう言っておけばばれないだろう。本当なら同時に買ったものを一つ毒見しなくてはいけないだろうが、そんなことをしていては間違いなくアイスは溶けてしまう。さてどうしたものか。



 そういえば口がピリピリしたな…そういえば…。


 そこまで考えて、ふと思い至った。



 口がピリピリするといえば、ククミシンの他に有害なものでもあるではないか。


ご覧いただきありがとうございました。

土日更新予定です。

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