聖女の姉は推測する
前話あらすじ
クリス様が倒れた私を治してくれました。
(本話は少し医療入ります。)
「お姉ちゃん起きた?大丈夫?」
部屋が明るくなっている。
半泣きの顔のアリスが顔を覗き込んでいる。
「私何も考えてなくて…ごめんなさい!」
そういって私の膝に突っ伏す。
私がするように言ったとは言っても、私が一度倒れたのがアリスの魔力のせいだというのは事実だ。
何を言ってもアリスは反省して後悔するだろう。
「いうまでもなく、アリスのせいじゃないよ。…泣かないで。」
アリスの頭をなでる。
顔を上げたアリスは涙と鼻水でぐちゃぐちゃで、見れた顔ではない。
これを他の人に見られたら、聖女様も形なしだ。
まだ10代で、違う世界に飛ばされて。たった一人の身内を失うかもしれないという恐怖と戦っていたのだ。アリスのせいかどうかというのはこの涙には関係ないだろう。
顔を突っ伏しはしないものの、涙と鼻水は止まらない。
「ごめんね。これからはお互い…気をつけようね。」
「お姉ちゃん、ごめんね…」
年も年齢も気質も違うが、涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔から大きな生き物の出てくる有名なアニメ映画を思い出した。
ポケットに入っていたはずの手ぬぐいを探すが、寝巻に着替えられている。
自分で着替えた記憶はないが…ここで聞くのははばかられる。
「あれ…クリス様は?」
そもそも聞く相手が隣にいないことに気が付いた。
とりあえず自分の寝巻の裾でアリスの顔を拭きながら訪ねる。
布団の隣はすでにぬくもりはなく、部屋の中を見渡すとクリス様は寝台から少しはなれた椅子で執務を行っているようだった。すでに朝の支度を終えた格好で眼鏡のようなものもかけているが、目の下にははっきりわかるクマがある。
「よんだかい?」
「起き上がられて大丈夫なんですか?」
ずっと私に魔力を流していたということは、ろくに寝れていないだろう。
それにこの部屋は初日に通された、クリス様の部屋だ。
自分の寝台をずっと私に占拠されていつも通りの睡眠をとれたはずはない。
「妹さんの前で聞いていいの?」
「えっおねえちゃんもしや事後…」
涙を流して目を真っ赤にしたアリスは、顔全体も真っ赤にする。
「そんなわけないでしょ!クリス様もやめてください!」
言いながら私の耳と首も赤くなっている。
クリス様はいたずら少年の顔をして、声を出して笑う。
「あっそうだよね、お姉ちゃん寝てただけだもんね…えっ、寝てたってどういう意味の寝て…」
高校生はどうしてもそう言った知識に興味を持つ年頃で、アリスも例に漏れないのだろう。
額にチョップを食らわせていい加減にしなさいと黙らせた。
「アリスさん、落ち着いたなら陛下の治療を又今日もお願いするよ。こちらがおちついたら陛下の部屋まで連れていくようアレクの側近から聞いている。」
「あ、はい、わかりました。」
「陛下、体調はいかがでしょうか。」
アリスは手慣れた様子で寝台に座っている陛下の手を取る。
わたしが寝ていた、もとい気を失っていた昨日も治療に来ているとのことで、環境の慣れに対しては私より1日分の長があるのだろう。
「貴方にかけてもらった魔法のおかげで体調はすこぶるいい方だ。魔力の使いきりで倒れたと聞いている。私の治療にあなたの魔力をすべて使うわけにはいかないのだから、どうか無理はしないでほしい。」
おとといは寝台で完全に寝たきり状態だったのが、今は体を起こして業務ができるほどまで回復しているようだ。
寝台の傍には書類の山が置かれている。皮膚の黄染はまた出てきており、やせ細って血管が浮き出ている腕も年齢よりはるかに年を重ねているように見える。
「まだ聖女として必要な魔法が使えるようになっていないので、それまでは陛下の治療に専念させてもらいます。魔力の調整がうまくできるようになれば、陛下の治療に今ほどの魔力も必要なくなると思いますので気にしていただかなくとも大丈夫ですよ。」
「国を治めるからと言って、特別扱いをしてはいけない。アレクとクリスにもそう教えてきている。今はまだ、彼ら二人で国をまとめきれないから貴方に甘えているが、アレクが一人でも国を治められるようになれば、私にさけるあなたの魔力でもっとできることがあるはずだから、そちらに使うようにしてくれ。」
「そんなことおっしゃらないでください。」
「いや、事実なんだよ。諦観しているわけではないが、人の命は本来平等でないといけない。これは、ずるだ。」
「治療魔法を使うのは、私です。」
アリスは治療魔法を使う。あたりが明るく光る。
しばらく陛下は口を開かなかった。
「…アレクとは、仲良くやっていけそうかね。」
「はい。昨日はこのあたりを案内していただきました。」
頬を赤く染めながら笑顔でそう言う。
赤く染めたといってもわずかな違いであり、おそらくごく親しい人間以外にはわからないだろうが好意のようなものが芽生え始めているといっても過言ではないだろう。
最初のイメージが悪いせいでどうしてもそうは思いたくない自分もいるのだが、現実相手をちゃんと思いやることのできるいい男だと思うし、アリスもそう感じているようだ。
「仲良くしてくれるのはうれしいことだ…というのはあまりに一方的な願望の押し付けだな、申し訳ない。愚息が二人に対して失礼の無い様にしてくれればそれで満足だ。以前姉君に対しての暴言と同じようなことはもうしないとは思うが、万一何かあれば言ってくれ。」
「ありがとうございます。」
まだ会って数日というのに時間は関係ないとかいうのは本当なのか。
いや、、、それをは私がアリスに聞くことではない。
数日でも、心に早く浸透する存在があるということを、私はもうわかっている。
「治療魔法を使うのは君。アレクが即位してからは、決めるのはアレク。だけど忘れてはいけない。王は王であるために存在するわけではない。アレクはまだそれがわかっていない。
…逆に、クリスはそれがわかりすぎて自分を蔑ろにする。姉君も元の世界で治療師をしていたなら、わかるだろう。こちらの世界でも、あなたたちの世界でも、資源は無限ではない。どうやったら一番たくさんの人の為になるかを考えなくてはいけない
ーというのを考えられる人間が上に立たないといけないのだから、アレクはまだ立たせられない。かといってクリスは、自分を大事にできなさすぎる。
自分を大事にできない人間は、肝心なところで他人のこともあきらめてしまうものだ。そうは思わないか。」
陛下はこちらのほうを見る。
アリスだけに話しかけていたわけではないらしい。
「…まだ、お二人がどうかという話をするほどには、私はまだ彼らのことを知っていないので何とも言えないかと…。治療の資源、という意味では私のいた世界とこの世界での治療の流れに近いものがあるので、理解できるような気がします。」
病気の治療には適応というものがある。それは、治療をした方が有意義が有害事象の方が大きいか、そういったパラメーターで判断されることがほとんどだ。
だが、治験や特殊なリハビリなど、資源が限られているために際限なく行えない治療もある。
介護だって自宅での看取りにしたって往診にしたって、本人の理想があったとして人的資源が医療的資源が確保できているかどうかは、実現の可否に大きくかかわる。
この世界では治療に使える魔力の総量に限りがある。つまり無限に誰でも治せるわけではない。治療院で最低限の状態を整えて、あとは若いからと言って自宅に返された若い男性もそういった魔力の分配の必要性によって完全に回復できなかった一人なのだろう。
陛下の言葉の意と同じかはわからないが、そう理解することにした。
「姉君は、こちらのせかいでも治療師をしてやっていこうとしていると。」
「そうですね、元の世界では治療することを生業とする予定でしたから。ここでは魔力がものをいう世界みたいなので、この世界でどこまでお役に立てるかはわからないのですが…」
「治療師のスキルを持っているということは、きっと人としての性質がそういった職に向いているのだろうね。召還したのはこちらなのだから、道徳から外れない限りはどのような方面でもバックアップするようきちんとアレクに伝えておこう。」
私に関してあの殿下がどこまで何かしてくれるかは不安だが、それは病人に言うことではないので笑顔で黙っておく。
「ところで、体が楽になると気になるのだが、手足がしびれているような感覚があってね。これだけ強力な魔法を使ってもらって治らないのだからどうしようもないのかもしれないが…」
「確かに生命力の流れでは少し手足への流れが少ないように思いますね。もういちど、次は手にフォーカスを当てて回復魔法をかけてみますね。」
手をかざそうとしたアリスを陛下が手で制止する。
「いやいい、一昨日は二回で倒れたと聞く。私に魔力を使うのは1日1回にしなさい。それに、もう一度言うがこれだけ強力な魔法で治らないものなら治らないとは思う。ただもし、理由がわかればと思ってね。」
私の方を陛下は見ている。
つまり、どうにかしてほしいというよりは見立てを聞きたいということだろう。
「差し出がましいですが伺ってよろしいでしょうか。」
またも口を出すことにした。
「ああ。」
「手足のしびれというのは、手袋のような範囲ですか?またしびれというのは、ピリピリとした異常な知覚があるのか、それとも触っている感覚がないのかどちらでしょうか。」
「そうだな、いうように手袋や靴下のような範囲で、しびれというのは感覚がない方に近いな。」
「陛下の病気は、おそらくすい臓の悪性腫瘍だと思います。
発症前にひどくのどが渇くと仰っていたので、糖尿病が出る種類のものだと思われます。糖尿病の晩期合併症に神経障害があるのです。
糖尿病にかかってからそんな早期に出現するものでは本来はないのですが、元々糖尿病をお持ちだった場合はその限りではありませんし、また元の世界でも神経障害は出現してしまっては戻らないものでしたので治るものではないというお言葉とも一致すると思われます。というのが原因として最も考えられるものになりますがいかがでしょうか。
神経の障害なので、神経を再生させるような治療魔法でもない限り治すことは難しいと思います。」
「なるほど…。そうか、ありがとう。」
知識だけでは、何も治せない。
知ったところで、礼を言われるようなことは何もできていない。
自分を無力に思うのは初めてではない。
でも、いつも以上の無力感を感じていた。
ありがとうございます。
次回はたぶん明日更新予定です。




