聖女の姉は相談に乗る
前話のあらすじ
陛下の病気は、おそらく現在の医療でも完治は難しい。
聖女の魔力をもってしても、治すというのは難しいようだ。
私は自分にできることを、探すしかない。
「お姉ちゃんはやっぱりいろんなこと知ってるよねー、すごいや。私も勉強してかなきゃなんだけどなあ。なかなか頭に入んないもんだね。」
朝一番に陛下への謁見を済ませ、昨日の続きの魔力の使い方の実技と講習を受けていた。
といっても私はアリスより眠っていた時間の遅れがあるし、アリスは持ち前の優秀さで、言われたことがすぐにできてしまっているそうで、実質講義を一緒に聞いているだけでと実技はアリスができることをほぼ眺めているだけだ。
聖女としてはやく魔法の習得の必要な私に比べ、魔法を使えるようになるかさえわからない私の優先順位が下がるのは仕方ない。
アリスの小休止のたびに指導を受けているが、まず魔力を感知するところから始めなければいけないらしいが、全く感じ取れない。教えてもらうのが申し訳なくなってくるくらいだった。
そんなアリスは講義の休憩時間になってからしばらく机に突っ伏していた。
この国の歴史が、となると二人とも眠いのは当然だったが、今受けていた講義は人体についてだった。
治療魔法を使う上でも、人体の知識はないよりあった方がいいらしい。
とはいっても現代医学で必要とされている量に比べると高校生物の範囲の知識程度のもので、私はむしろわざわざ教えてもらう必要がない程度の内容だったのだ。
「知識だけあっても、自分では何も治せてないからね。偉そうなだけで自分が情けないよ。」
情けないと思うことすらおこがましいのかもしれないけど。
凄いという言葉では足りないレベルですごい治療をしているアリスに言われてもあまりうれしくない。ひがみだろうかーでも持ってないものを僻んでも悲観しても仕方ないわけで。
元の世界でも、病態がわかっても実際どこまで治療に寄与できているかというと何とも言えない部分は多い。手術が必要になればその科の専門医を呼んで助手に入るし、薬のコントロールをしているものの薬が治しているだけで自分の直したきはしていない。
そういう意味ではこちらでも研修医の仕事をしていると思えばいいのか。
私はため息をついた。
「でも知識はあって困るものじゃないからね。」
いつの間にかクリス様が部屋に入ってきていた。
「クリス様は今日も暇そうですね。」
「まあ、アレクよりはね。」
アリスは休憩用のお菓子を一つつまみ、クリス様に声をかける。
当然のように私の隣に座り、私の髪をいじる。
「暇だからね。実習の時間に合わせて呼んでもらったんだ。今来てる講師はアリスさんのために呼ばれているから、サキさんのペースで習得できないだろう。魔力の使い方をマスターしてもらおうかと。どこまで進んだかな。」
私の周到する進度につき合わせるわけにはいかないため、座学の合間の実習の間は、クリス様が私の指導に当たってくれるとのことだった。
「努力しますけど無理だったらすいません…。」
「なんだか弱気になっているね。」
「出来る気配がないので…あとちょっと近いです。」
本来なら教わる身としてはこんな無礼な態度では失礼に当たるのだが、つい無礼な態度をとってしまう。
もちろん早く使えるようになればそれだけ自分に何ができるのかわかるようにもなるのだから、習得のための訓練自体は望むところだ。
けど、近い。
元々人との距離が近いタイプの人間なのだろうか、彼があまりに近くに立つせいで集中が切れやすいといっても過言ではないように思う。
「そんなに近くないと思うけどなあ。パーソナルスペース広くない?あ、習得はアリスさんが早いだけだからね、焦らないで大丈夫だから。」
「パーソナルスペースが広いって言われても、自分じゃどうしようもないことなんでそこは考慮してください。」
「同衾した仲じゃないか。」
えっ、とアリスと講師の女性がこちらを向いて固まる。
「誤解を招く言い方はやめてください。」
睨みつけるが、クリス様はむしろうれしそうだ。
「はは。一緒に布団に入れば同衾というのが元の意味だから間違ってはいないよ。…ところで、魔法の習得はどこまで?」
「…たぶん最初の段階です。」
まずは魔力そのものを感知できるようにならないといけないのだが、それが全く分からない。
イメージとしては忍者漫画のチャクラだとか、同系列漫画の異能力バトル漫画の念のようなものだとは思うが、四半世紀意識せず生きてきたものを感知しろと言われてで祖女すぐできるほどのポテンシャルは私にはなかった。
クリス様は不思議そうな顔をする。
「僕は君に何度か魔力を流しているから、その感覚があれば早いはずだよ。ほら、この感覚に覚えはないかい?」
手を握られる。何をするんですかと振り払う前になんとなく体が温かくなる気がするのがわかった。
「なんとなく、温かいような気がするのはわかるんですけど…」
クリス様がする前に、魔法の講師として来てくれていた先生が手を握っていた時にはよくわからなかったが、 このなんとなく温かい感じがするのが魔力だとすれば覚えがある。
「感じ方は人それぞれだね。暖かいとか、圧がかかる感じだとかいわれることもある。魔力が使えない相手にこれ以上の強さの魔力を流すことはできないから、これで魔力の流れを感じられるかどうがやってみてくれるかい。」
…ふむ。
手の感覚に集中するが全く分からない。
「もう少し強い魔力でも大丈夫なんじゃないですか?だって昨日私に魔力を流してくださっていた時はもう少し温かい感じがありましたし…」
そこまで言って昨日とは条件が違うことに気が付く。
「そうか、それなら本人の了解も得られたから仕方ないな。」
反論するために口を開こうとしたときには、クリス様は私をさっと抱き上げて自分の膝の上に乗せたところでー
「クリス殿下。お戯れなら、別室でお願いします。聖女様が、全く集中できておりません。」
講師の先生が口をはさんだ。
アリスのほうを見ると、頬を赤く染めながらこちらを凝視している。
この国の人間がこういう距離感なのかと思っていたが、驚いたような表情を見るにアレク殿下はこういったことはしていないのだろう。
「すみません。別室でしますね。」
クリス様は私をそのまま抱き上げる。
アリスが口に両手を当てて「きゃー!」と小さく悲鳴のような歓声を上げている。
「えっと聖女様、人に魔力を流して使う場合はですね、触れている面積が大きい方が効率よく調節しやすく魔力を流すことができ、体の中心に触れている方が相手の魔力の流れに干渉しやすいと言われています。ですからあれはそういう授業だと思っていただいて、聖女様はご自身の次の課題に取り組んでいただければー」
まるで言い訳を代わりにしてくれるかのように講師の先生がアリスに早口でしゃべっている。私はどこにどう口を出せばいいかわからないまま、自分の部屋、といっても初日に寝台を使っただけだが、にそのまま連れていかれる。
ーそして状況は、話の冒頭に戻る。
私はクリス様の膝の上に乗せられたまま、額どうしをつけられる。
魔力を流し込んでくれているのだろう、温かいのはさっきよりもはっきりとわかるのだが、集中できない要因が大きすぎる。
「感じるかい?」
「…わかってやってますよね?」
出会って数日とはいっても、これを本気で言っているわけではないことはさすがにわかる。
なんのことだいと返し首を傾げたような動きを見せているものの、口元はすこしひくついており笑いをこらえているのは明らかだ。
「…集中できないんです。」
「でも、離れたら確実にさっきの魔力がわからない状態になるのだろう?」
「…そうですね。」
「慣れるまでこの状態でいるのはどうだい?」
慣れるだろうか。
手のひらを介しての魔力が少なくともわからない以上、この方法で魔力を感知するしかないのだろう。
考えを巡らせるが、恥ずかしさが勝るせいでいつもより集中できない。
他に方法があるか思案する。
アリスが魔力を習得してから私にしてもらうという方法はあるが、いつになるかわからないし、先日の昏睡事件があったところだ。
きっとアリスは私に魔力を流すことは100%の自信がつくまでなかなかしてくれないだろうし、それならさすがにこの体勢で平常心になれるほうが早そうだ。
そもそもが嘘の可能性もあるが、そうなるとクリス様が今の体勢をとっている理由が思い当たらないし、まさかこの体勢を取りたいがために嘘をつくと思えるほどうぬぼれてはいない。
そういえば講師の先生がアリスに説明していた。聖女様に嘘をつくはずがないだろう。
一瞬でもうぬぼれる発想をした自分を恥ずかしく思う。
「まあ、使えるようにならないと困るだろうから、雑談でもしながらがいいかな。集中できそうな雑談にしよう。目は閉じておいた方がいいんじゃないか。何もしないし、何なら僕もそういう気分にならない話をするから。」
なるほど。
一緒に寝ていた間も着衣の乱れなどの一切のいたずらの形跡もなかったので、(着替えはメイドさんたちがしてくれたとメイドさんたちから聞いた)クリス様の性欲が旺盛ではないのか私に対して食指が動かないのかはわからないが、少なくとも何かされる心配はないだろう。。
素直に従い、目を閉じる。
何を話すかかんがえていたのだろうか、少し間をおいて話し出した。
「そういえば僕の友人が冷たいものを飲むと腹を下す、と言っていたんだが治療師にかかるころには症状はいつもないし、異常は特にないといわれているんだ。元の世界の病気の分類では、心因性というやつだろうか?」
想像以上に今の体勢に似つかわしくない話だった。
期待以上と言えばそうなのだろうが。
突然に体調の相談が始まるのは元の世界でもよくあることで、病院に行って医師に聞くほどではないけどちょっと気になるんだよねーというようなことは非医療者にはよく相談される。
正直医科大学の教育課程ではまずは命に係わる疾患の勉強が中心であり、ちょっと気になる程度の症状のことは重点的には勉強することはない。研修医もまずは命に係わる疾患の選別が仕事であり、日常に困りごとに対して手数が増えていくのはその後からである。
その辺のちょっと体のことに詳しい知り合いや健康オタクの方々のほうが余程詳しいことも多々あるのだが…。
とはいっても相談を断る理由にはならないのでわかる範囲では応えることにする。
「異常がないというのは間違いないのでしょうか。」
「昔から何度も治療師にかかっているとのことだからな。なった時のために腹の調子を整える薬は持っているようだが、仕事の前に決まって調子を崩すのだが。」
何度も治療師にかかっているということはその都度治るということだろうか。心因性の場合、心がどこにあるのかというのがわからないと直せないような気もするのだが、全身に治療魔法をかけるということだろうか。それとも頭にかけるのか?頭の治療をしてよくなるというのはイメージではしっくりこないが、私のイメージが乏しいだけかもしれない。
教科書的には、器質的な異常がないのなら過敏性腸症候群だろう。
一応確認のために問診を続ける。
「そうですか。頻度はどの程度でしょうか。あと、腹を下すとのことですが、出すものを出したら症状はよくなるんですか?」
「頻度は週に1日か2日くらいだな。出したらよくなるな。」
膝の上に座って聞く話ではないなと思いつつ、しっかり冷静に戻っている自分がいた。
「下痢か便秘、どちらでしょうか。」
「どちらのこともあるな。」
これ自分のことだな、といらないことに気が付いてしまった。
自分のことをそう言いたくなくて友人のことと言うのはよくあるが、医学の知識も何もない人間に腹痛の起伏の詳細なんて友人であっても普通は話さないだろう。
「心因性という意味を心の問題という大雑把なくくりにしてしまえばそういう側面もあるかもしれないですね。それだけ治療魔法でよくなるのかという疑問はありますけど。ストレスが引き金になって起こるといわれてますので。仕事の前に調子を崩すということなので心のストレスなのか、冷たいものを飲むという物理的なストレスによるものなのかはわかりませんけど。とりあえず冷たい飲み物はやめたらいいんじゃないでしょうか。」
うーん、と少し考え込む顔をしている。
「ところで先ほど腹の調子を整える薬とおっしゃられましたが、この世界の薬というのはどういったものなんですか?」
「ああ、先日行ったのは治療魔法院だったから薬は見てないのか。それはー」
クリス様の説明によると。病気に対する治療すべて魔力で治しているわけではなく、あくまで民間療法で対応できないもの、放置できないものを魔力で治すという位置づけらしい。
民間療法として位置づけられているのが薬であり、治療師の中でも治療魔法が十分に使えるようにならなかった人間が地方の治療食としてになっているそうだ。
つまり治療院に治療魔法宜しくと手紙を送ってきていた相手が主に薬を扱うのを生業にしているということだ。位置づけ的には補助療法というか、メインの治療ではなさそうだが、この世界での薬というとどういったものになるのだろうか。
「いろいろあるが、大体は植物を加工したものだ。君たちの世界の知識が何らかの拍子に紛れてきたときに、似た植物があれば似た効果を持っていることも多い。」
つまるところ、漢方のようなものだろうか。
生薬であれば元の世界の薬との互換性や、多少効能がわかるものもあるかもしれない。とはいっても似た植物が似た効果、ということなのでそのまま使えるわけではなさそうだが。
西洋医学の化学式だけ見せられてはさっぱりお手上げなので、そうではなくてほっとした。
「どんなものか教えてもらえますか。もちろん今からでなく、後でで構いませんので」
「いや、手持ちがあるからすぐ見せられるよ。基本的には部屋に置いているから、今あるのはこの一つだけだな…」
言ってから、あ、と声を出した。
後ででいいといったのに…
何なら実物を見せられたってさっぱりなのだから、中身を教えてくれればよかったのだが…
いつの間にか緊張は消えている。
リンパの流れに似ているが少し違う、あたたかななにかが体の中をめぐっている。
昨日ずっと感じていた、あたたかな
「あ…魔力がどれかわかったかもしれません。」
「恥をさらしたかいがありそうでよかった。立場的に体調が悪いどうのと吹聴されるのも困るので、一応他言無用で頼むよ。」
「体調を崩すことがあるなんて、私たちの世界では恥にならないですよ。少なくとも私はそう思っています。まあ、恥と感じる感じないにかかわらず、体調に関して人に言ったりはしないですけどね。」
「はは、ありがとう。」
「膝、重たかったでしょう。いつまでも乗っていてすみません。下りますね。」
「軽いから大丈夫。」
きわめて標準体型だが、鍛えているのもあってどちらかというと肉付きはいい方だ。
アリスなら軽いかもしれないが、どう控えめに言っても軽いはずはない。
「さすがに気づかいの塊だとわかりますよ。」
降りようとすると、むしろ抱き上げられた。
「鍛えているからね。有事の際武装した味方を担いで走れる程度には。」
武装した青年と比較して軽いといわれてもうれしくはないが、説得力はあった。
ご覧いただきありがとうございました。
今後少しずつ更新ペース落ちるかもしれませんが、下地はほぼ最後まで書き溜めてありますので最低でも金曜日には更新します。




