9 悪役令嬢のキモチ
翌日サラが学園に行くと、昇降口の前でアフィシャージュが待ち構えていた。何人か取り巻きを従えている。
「アフィ様、おはようございます」
何事もなく挨拶をして彼女の横を通り過ぎようとしたときに、「ちょっとあなた」と声をかけられた。
「この学園はあなたのような方が通っていい場所ではございませんのよ。由緒正しい貴族のみが通える学園ですの」
「つまり、貴族限定戦…父内国産馬限定戦といったところでしょうか!もしくは格上挑戦?」
「ちちないこくさん…なんて?何を言っているの、あなた?」
威嚇をしたのに効果がなく、その上意味不明な言葉を発するサラにアフィシャージュはたじろいだ。
「とにかくアフィ様は、私がこの学園にふさわしくないとおっしゃりたいのですね!」
元気いっぱいにそう言われ、アフィシャージュは「え、ええ、まあ…」と口ごもる。
「私も正直そう思うのですが、この学園でどうしても素晴らしい遺伝子を見つけなければならないのです!」
「その発想が下品だと言っているのです!なんなのですか、遺伝子って…はしたないですわ」
アフィシャージュは今日もわなわなと唇を震わせる。公爵令嬢として育ってきた彼女には、サラの発言を受け入れることができなかった。
その上、サラが狙っている遺伝子とは、(おそらく)自らの婚約者である王子の遺伝子なのだ。
なんとしてもこの女を排除しなければならない。
『はあー…アフィちゃんかわいい。お手本通りの悪役令嬢に設定しといてよかった!』
そんなアフィシャージュを見て、神様は呑気に言う。
「神様ってアフィ様推し…?」
『あ、ばれた?牡馬を負かしたあの秋のG1レース…たまらなかったなあ。絶対女王アフィシャージュ…うーん、理想通りの悪役令嬢だ』
この神様、ちょっと私たちで遊びすぎている気がする。
「あなた!何を一人でぶつぶつとおしゃべりしていらっしゃるのです?!わたくしの話を聞きなさい!」
アフィシャージュは、神様と話していたサラを怒鳴りつけた。神様の声は当然ながら彼女の耳には届かない。
「アフィ様ってどうしてそんなに私のことをしばくんです?私がこの学園に相応しくないから?それとも王子が私に興味を持っているからですか?」
王子のそばで、頬を赤く染めてうつむいていた彼女の姿を思い出す。
サラには恋が分からない。だから、嫉妬という感情も知らない。だけど神様パワーのおかげか、そのような感情があるということだけは理解できていた。
「なっ…」
サラの言葉に、アフィシャージュは大きな瞳をさらに見開く。怒りか照れか、彼女自身にも分からぬまま顔が赤く染まっていった。
何かを言おうとしても、言葉がうまく出てこない。
「アフィ様はどうして王子を独り占めしたいのですか?プロフォーンド様ともなると、毎年数百頭の牝馬に種付けしていたじゃないですか。私がその中の一頭…いえ、一人に加わるだけだというのに」
『またなんか言ってる!!この世界の彼らは人間なんだってば!人間は数百人と子作りしたりしないのよ!!』
アフィシャージュが答えるよりも先に、神様が叫ぶ。
しかしサラはアフィシャージュをまっすぐ見つめ、彼女の答えを待っていた。
サラはアフィシャージュが抱いている感情に興味があるのだ。自分がまだ知らない感情を、この世界のキャラクターであるはずの彼女は知っている。
「どうしてって…好きだからですわ」
意外にもアフィシャージュはサラの問いに答えてくれた。
「わたくしは王子だけが好きだからです。王子にも、わたくしだけを好きになっていただきたいのです。傲慢だという自覚はあります」
彼女の言葉を聞き、サラの中にまた遠い記憶がよみがえる。
誰かに深く愛されているという実感。誰かが自分を一番大切にしてくれているという確信。
―「僕がこんなに惚れ込んだ馬はお前だけだ、サラ。お前は特別だ」―
アフィシャージュが求めているものを、かつて私は持っていた。どうしても思い出すことができないのだけれど。
「あれ…?わたしく、どうしてこんなことを…」
サラの問いに答えてしまった自分に戸惑うアフィシャージュ。
「アフィ様、教えてくれてありがとうございます。プロフォーンド様と幸せになってくださいね」
プロフォーンド王子を交配相手として選ぶのは、やめておくことにした。
『えーっ!!!プロフォーンドとサラは”面白い配合”だから配合してみたかったのにー!!』
神様が何やらわめいているが、気にしない。




