第47話 歓喜と秘密
翌日、スグルはサミュエル教授の元を訪れた。ある事を報告するためだ。だがその前に。
「まさか、エイアースにこんな秘密があるなんて…思いもしませんでした。」
教授は生中継を見ていてくれたようだ。スグルの顔を見ると真っ先にその話題になった。
「自分もです。教授、一応確認なのですが、AI大戦前に古代文明人についての記述や考察は一切無かったんですね?」
グランギガロス呼称ファーストミクロイド。その存在をAI大戦前の人類は知っていたのだろうか? 資源の無限練成なんて意味不明な技術を持つほどの文明の痕跡を本当に見落としていたのだろうか?
「ありません。全くないです。もし、かつての人類がエイアースの性質に気が付いていたなら、エイアースはもっと繁栄した惑星になっていたはずです。」
教授は断言した。
そうだよな。資源が無限に沸いてくるような惑星を放っておくほど、人類は慎ましい性格ではない。
仮に資源を掘っていさえすれば、10年も経てばエイアースの性質に気が付いただろう。しかし、コストを理由にそれは行われなかった。
きちんと調査をすれば気が付けたかもしれない。しかし、超古代文明なんて正規の学会からは相手にされないオカルトに分類されるものだ。古代核戦争説レベルの眉唾話を真剣に検討する事は、まともな学者であればあるほど難しいだろう。
結局のところ、当時の人達はエイアースにきちんと向き合わなかったのだ。目先の利益に釣られてナイアースに群がり、今までの自分達の常識や普通に囚われて古代文明人の痕跡を見逃した。これに尽きる。
本題に入ろう。
「教授、こちらをご覧ください。」
「これは?」
「今後のカリキュラムを作成するシートと議長からの手紙です。来年から忙しくなりますよ。」
「どれどれ……………………………………なっ、なんですと!?? 講義の時間を1週間に5回、毎日設けていい。しかもゼミ生2人までの規則も撤廃ですか!?」
教授の顔が明るくなる。教授として、普通に講義が出来るようになるなんて思ってもみなかったのだろう。
「議長に掛け合って、今後は自由に講義が出来るようにしてもらいました。異種族交流するうえで、最低限知っておかなくてはならない事が人類には山ほどあります。今後は、政治家達からの講義依頼も増えてくると思います。」
「なんと! それはありがたいです。まさか、こんな日がくるなんて…。」
感動で泣き出す教授。冷遇されていた分、喜びもひとしおだろう。
「ですが、教授の思いとはかなり違ったものになってしまいます。なにせ、宗教や貨幣がいかに人類にとって有害であるかを教える事が大前提になっています。」
そう、問題はそこだった。議長はそこだけは譲らなかった。致し方が無い。将来への悔恨を残したくないのだろう。
「それでも! 教えられないよりはよっぽどマシですよ! スグルさん、ありがとう! ありがとう!!」
教授は何度もスグルの手を握って中々放そうとしなかった。
「やれやれ、やっと放してもらえた。」
「お疲れ様です。」
大尉の運転する車で次の目的地に向かう。その間に、大尉が話をしてくれた。
「あの教授の事を最初に聞いた時、なんという腰抜けがいるのかと思ったよ。「男のくせに戦場に出ないなんて、なんて根性無しだ。」とね。だが、今は違う。どれだけ冷や飯を食わされ冷遇されようと、自分の信じた道を行くことがどれだけの覚悟と勇気がいることか今ならわかる。あの人は立派だよ。」
「自分もそう思います。」
バックミラーに目をやると、教授はまだ手を振っていた。
「今をときめく大元帥様に御呼ばれとは。光栄です、閣下。」
軍総司令部の一室。そこにスグルはアデルバード大尉を呼び出した。本当は自分から出向きたかったのだが、マグワイヤ大尉に止められた。いわく「トップは軽々しく動いてはいけません」だそうだ。
「お久しぶりです。アデルバード大尉、どうぞ掛けて下さい。」
「おいおい、そっちのほうが遥かに階級が高いのですが。」
相変わらず飄々としているアデルバード大尉。確認したいことがあった。
「大尉、単刀直入に聞きます。大尉は転生者ですね?」
「おや、どうしてそう思うのです。」
スグルに質問を投げかけられても、大尉は怪訝な顔つき一つしない。
転生者ですね、そう聞かれてこんな返し方をする時点で答えは一つだ。スグルはボリストーン元帥に聞いたギフトの話をした。
「まさかなぁ。他の種族にもいたとはなあ。」
大尉は足を組み、両腕をソファにかけながらあっけらかんと言ってのけた。
スグルが元帥からギフトの話を聞いた時、真っ先に思い浮かんだのはアデルバード大尉だった。あの超人的なグラディエーターの動き、そして今思うと不自然なほどしつこく勧誘してきた理由。あの時は単に素質がある自分を手に入れたい。それくらいにしか思っていなかったが。
「やっぱり! 最初に会った時に、あれほど熱心に誘ったのは…。」
「そうだよ、君が転生者というのはすぐにわかった。先輩として保護しなくちゃと思ったんだが…、マグワイヤが随分良くしたみたいだな。」
「それはもう。あの人じゃなかったらとっくに骸ですよ。大尉はいつから?」
「もう30年になるな。あの神を名乗るクソ野郎に会ったか? OK、なら話は早い。俺は15の時にこちらに来た。交通事故だったんだが…どうも手違いだったらしい。」
なんちゅー神だ。少なくとも、この世界であいつへの信仰は絶対に起こしてはならない。スグルは妙な使命感に燃えた。
「君は全ての言語と文字がわかるんだって? 羨ましいよ。俺にはそんなの無かったから、最初の1年は苦労したよ。死ぬ気でこっちの文字と言語を覚えなきゃならなかったからなあ。」
「あはは、すみません。それに関してなんですが、大尉のギフトというのは?」
「未来予知。といっても大したものじゃない。せいぜい10分先まで見えるくらいだ。しかも、こっちが行動や思考を変えたらどんどん変わっていく。最初は予知なのか今起こっている現実なのか区別がつかなくてまいったよ。」
未来予知!? 道理で弾に当たらないわけだ。そして、あれだけボコボコ敵機を落とせるわけも合点がいく。そこに来ると分かっていたら、後はタイミングさえ合わせればいい。
凄い能力だ。あの凄まじい空戦能力から、大尉のギフトは空間認識能力や、動体視力を高めるような空戦能力強化タイプだと思っていた。違うという事は、あの操縦技術自体は大尉の自前と言う事になる。それだけでも間違いなく傑物に違いはない。
「俺は前任の飛行隊長に拾われた。お互い、よい保護者に恵まれたようだ。」
「ええ、本当に。」
「ただ、その後はえらい違いだ。俺はせいぜい自分とその周りを守るくらいしか出来なかった。一方、君は世界を変えた。なんだか自分が情けなくなるぜ。30年間、俺は何をやっていたんだろうな。」
そう言って大尉は俯いた。
「そんな事はありません。大尉は立派に己の役目を果たしてくれました。大尉の活躍が無かったら、人類はとっくに滅んでいますよ。記録を見させてもらいました。敵の攻勢が激化したこの3ヶ月で、今までの30年分に並ぶ撃破数を積み上げているじゃないですか。大尉が戦線を支えてくれたからこそ、間に合ったんです。」
そう、この3ヶ月間、大尉は連日押し寄せる敵勢力を食い止め続けていた。1回の戦闘で数百の敵機と数十の敵艦撃破。これがなければ、スグル達はエイアースから移動することすら出来なかっただろう。
「あっちこっち引きずり回されるのが遊撃隊のつらい所だね。おかげでまともな休息を取れなかったよ。」
「グランギガロスとダイナソーズ。この二つとの戦争は終わる予定です。少しは楽になるはずです。」
「ほんとにね。感謝しかないよ。俺の力が必要になったらいつでも言ってくれ。同盟を結べば、いやでも対パラサイト戦に駆り出されるんだろう?」
「ある程度はそうなるでしょう。GMだけにまかせるわけには行きませんから。」
GMだけに任せて引きこもる。それも一つの策ではあるが、同盟を結ぶ以上はこちらも相応の覚悟と誠意を相手に見せる必要がある。やれやれ、軍トップと外交大臣を兼ねている以上、政治的な判断までしなくてはならないのがつらい所だ。
「あ、そうそう。その事で話がある。かつての古代文明人はGMを使っても勝てなかったんだろう? なのにまたGMをぶつけて大丈夫なのか?」
大尉の指摘は最もだ。実は、既に同じ質問をギルダー中尉にも受けていた。
「ご心配なく、GMには、パラサイトが分離不可能なほど浸食が進んだ時点で細胞ごと自壊するよう再構成しました。流石に古代文明人と同じ轍を踏むわけには行きませんから。数ヶ月間どころか、10日間もあれば勝手に自滅します。」
「うわお! おっそろしー。」
正直、GMが可哀想だと少し思う。だが、これ以外の方法をスグルはあの時思いつかなかった。コラテラルダメージと言うやつだ。そういう事にしておいてほしい。
「ちなみに支配権を再奪取される可能性は?」
「二重のワンタイムパスワードを使ったセキュリティを構築してあります。システムの概要を理解しているのは自分だけですし、万が一、自分が寄生されてもワンタイムパスワードなら問題ありません。再奪取は不可能ですよ。」
「そいつは結構。君は人類どころか、銀河の救世主だな。」
アデルバード大尉はそう言いながら、笑って敬礼した。
元帥ともなると前線で戦うだけでは済まない。膨大な書類を決裁しなくてはならない。処理しても処理しても積みあがる各所からの報告書と、スグルは格闘を余儀なくされていた。
「兵器開発局に、自動判子押しマシーンを作成するよう指示を出そう。」
思わず、そう呟く。元の世界では役所から判子排除の流れが出来ていたというのに、なぜこの世界では、今だ人の手で判子を押さねばならないのか!
「駄目です。ちゃんとお目を通して下さい。それに、自動機械なんて議会も国民も承認しないはずです。」
隣で作業する秘書がスグルの愚痴に苦言を呈する。その秘書が問題だった。
「どうして君なの?」
「私で悪いですか?」
ジト目で不服そうなアグノーラ准尉がそこにいた。事務作業を行う上で助けが必要だろうと半分強制的に付けられたのだが、まさか彼女だとは思わなかった。
「私だって本意ではないんですよ。」
「本意じゃないなら移動願を出すか、辞退すればよかったじゃないか。」
「仕方がないじゃありませんか! 活躍の場が奪われたんですから! その張本人がそんな事を言わないで下さい!」
彼女の活躍の場を奪った? 自分が? 何の事??
「せっかく初の戦闘用遺伝子改良型女性兵士としてデビューする予定だったのに! 戦争が終って、GMのおかげで兵力補充の目途もたったからとお払い箱になったんですよ!! なんて事をしてくれるんですか!」
…そう言えば彼女。自分は初の受精卵の段階でネコの遺伝子を入れて、その身体能力を獲得することに成功した最新型の人類とか言っていたな。
「人類の存続のために戦う。そのはずが秘書ですよ! 私の存在意義を奪ったあなたを、私は許しません。」
「…。」
彼女がどう思おうが勝手だが、スグルは彼女を戦場に送る事にならなくて良かったと心の底から思う。こんな子を戦場に送るべきではない。道を踏み外す前に修正出来て良かった。
「…失礼しました。決済済みの書類を各部署に渡してきます。」
そう言って彼女は執務室を出て行った。
准尉が出ていった直後に執務室のドアがノックされた。准尉が忘れ物でもしたのかと思い、「開いてるよ。」と気のない返事をする。入ってきたのはオリビア女医だった。
「あれ? どうしてあなたが?」
「失礼します。この度、大元帥閣下専属の医師としてお傍に使える事になりました。体の不調がありましたら何なりとご相談下さい。」
「ええ!?」
聞くと、議会から直々のご指名だったそうだ。専属の秘書はともかく、専属医師なんてあるのか?
「口調は誰もいない時は普通にして下さい。これは命令です。それにしても、専属医師だなんて大げさでは?」
「仕方がないわよ。あなたは今や人類存続機構最重要人物。議長よりも重い存在だわ。ある意味、グランドマザーレベルよ。」
そこまでか。正直、ママに比べたらそこまで大きい器ではないと思っている。ギフトと、元の世界の知識に助けられているだけだ。
「今、出て行った彼女は秘書かしら? 随分カリカリしていたけど、何かあったの?」
「ええ、そうです。人類初の戦闘用遺伝子改良型女性兵士として、華々しく活躍する予定をぶち壊されたと言われました。」
「…ああ、それね。知っているわ。」
「………えっ?」
スグルの言葉に、オリビア女医は厳しい顔になった。
「彼女、自分は受精卵の段階から調整された特殊個体だとか言ってなかったかしら。」
「確か…最初に会った時にそう言っていたと思います。それが何か?」
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「一般の人はあくまでもアクセサリーの一種。オシャレとしてケモ耳を付けることが数年前から若い人の間で流行りだしました。ですが、私は違います。受精卵の段階でネコの遺伝子を入れてその身体能力を獲得することに成功した最新型の人類です。この耳はその証拠です。」
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彼女の言葉を思い出す。しかし、オリビア女医から出てきた言葉は。
「それ、嘘よ。」
「…………は?」
「ブルトゥス将軍の自爆事件の時、怪我の度合いが低かった彼女も念のため精密検査を受けたのよ。その時、彼女の検査を担当したのは私の後輩でね。その子が准尉の検査結果を教えてくれたのよ。体のほうは問題はない。ただ、記憶を司る海馬に弄られた形跡があるってね。」
背中を冷たい汗がつたう。だらしなく開いた口から空気が漏れる。
「基本的に、女性が戦場に出る事に対して世間には強い忌避感があるわ。それを覆せるのは本人に強い従軍の意思がある時のみ。そこで、彼女は記憶を弄られて自分は特別な個体だって思い込まされたのよ。選ばれた人間として、その責務を果たすことこそ自身の存在意義だと刷り込まれの。洗脳なんて生易しい物じゃない。文字通り、脳細胞に直接植え付けられたのね。」
なん…だと!? 本人の自由意思に見せかけて、実は強制徴兵だと!
「彼女、アクセサリーの一種でケモ耳が流行り始めたとか言ってなかった? それも嘘。彼女達も実験対象で、上手く洗脳出来なかったり十分な能力を得られなかったから、仕方なく一般社会に放逐されたのよ。なにせ、それに関わっていたのが後輩だったからね。」
「では、あなたの後輩がその計画の責任者ですか?」
「違うわ。彼女は命令で仕方なくやっていただけ。准尉の事を教えてくれたのも、責任者がいなくなって解放されたから教えてくれたのよ。」
「ですから! そのふざけた事をやった責任者とやらは誰なんですか!」
「もう言ったわよ。」
「……え?」
オリビア女医の目が細く鋭くなる。それくらい察しろと目が訴えている。
「この計画が始動したのはつい一年ほど前。丁度その頃、人類滅亡のために動き始めた人がいたわね。」
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………まさか!!?
「ブルトゥス将軍が…。」
「そう。彼こそがこの計画の推進者にして責任者。彼がいなくなったから、計画は永久凍結。彼女が実戦に赴くことはまずなくなったわ。それだけじゃない。彼女を皮切りに、この計画が本格的に始動すれば、10代の少女達が大量に戦場に送り込まれていたでしょうね。そうなっていたら彼の計画通り、人類の存続は時代を下るにつれて困難になっていったでしょうね。なにせ、これから子を産めるはずの女性達が兵隊に取られるんですもの。」
オリビア女医の冷徹な声だけが執務室に響く。
しょ…将軍…。あ、あ、あなたは………何という…何という事を……………。
あのケモ耳はオシャレでも何でもない。女性を徴兵するための試験だっただなんて!! 人に残された、数少ない娯楽にして文化だと喜んでいたのに…。
だとすると、ミーモは? 彼女もそうなのか? そう言えば、彼女の経歴にはこれに関する記載がなかった。
「まさか、ミーモも?」
愕然とし、呆然と呟く。
「ミーモ? …ああ。いえ、彼女は本当に……。」
バーン!!
その時、勢いよく執務室の扉が開いた。目をやるとそこには。
「アンジェラさん!?」
どうしてここに? Δ戦線にいるのではなかったのか?
「…随分出世したじゃないか。アカガネスグル大元帥閣下殿。」
妙だ? 彼女の様子がおかしい。目は吊り上がり、歯ぎしりを繰り返し、その口から出る言葉には棘と侮蔑が入り混じっていた。
「アグリー共とテイセン? するんだって。戦いを止めて、それどころか今後は仲良く肩を抱き合いましょうって…。」
そう言いながら、彼女はツカツカと歩み寄ってくる。
「ふざけんな!!!」
怒声と共に、胸倉を捕まれる。足が床を離れて体が宙に浮く。
「あいつが! アルフレッドがどんな最後をむかえたのか知ってんのか!! あの醜悪顔共に、散々弄ばれた上に串刺しにされてオブジェとして基地に飾られていたんだぞ!!!」
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「馬鹿な!…何だというのだこれは!!。………今まで奴らは人の遺体を団子のように串刺しにしたり、遺体でオブジェを作るなど弄ぶことしかしてこなかったんだぞ!! それがいきなり…。」
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アンジェラの叫びに、ワイアット大佐の言葉を思い出す。
ボリストーン元帥の話により、これまで人類と相対していた個体は凶悪犯罪を犯した囚人達と分かっている。そんな連中だからこそ、遺体を遊び半分に弄べたのだろう。
「あ、アンジェラさん。今までの彼らは囚人でした。真っ当な軍人じゃなかったんです。それは先の報告でせつめ…。」
「関係あるか!!」
何とか宥めようと説明するが、途中で遮られた。胸倉を掴む腕に一層の力が入る。
「アルフレッドをあんなにした連中は! このあたいが駆逐してやる!! この世から一匹残らず!!!」
どれほど説明しても納得がいかない、感情的に受け入れられない人は一定数いるとは思っていたが、まさかこの人がその中に含まれるとは思っていなかった。
憎悪に燃えるその瞳から、思い人を殺され、玩具にされた事への悔しさから涙が溢れ出てている。
オリビア女医が何か叫びながら引きはがそうとしてくれているが、長年正規軍人として戦ってきたアンジェラと、一介の医師でしかない彼女では純粋な筋力に大きな差がある。そもそもオリビア女医だって、外見こそ20代だが中身は90を超える老婆。本来なら仕事を引退しているはずの身だ。とてもではないが、アンジェラには敵わない。
「戦友だってたくさん死んだ! あいつらに「お前らは無駄死にだった。」なんてよく言えたな!!」
「それに関しては自分もショックでした! それでも! 事実に目を背けていたら前には進めません!」
「事実はあいつらがクソってだけだ! それ以上でもそれ以下でもねえ! 今すぐテイセン話を白紙にしやがれ!!」
「それは出来ない! 戦争をこれ以上続けられないし、続けるべきじゃない!」
「死んでいったあいつらのためにも! 最後の最後まで戦う! アルフレッドに、戦友達の犠牲に報いる!! それが人ってもんだろう!!」
「あ、あなたはこの世のどこかにいる。我が子のために戦っているんじゃなかったんですか!」
「もちろんそうだ! それと同時に、女のあたいを受け入れて一緒に戦ってくれたあいつらにも報いたい!! 同じ釜の飯を食ったダチ達のために!! それのどこに咎があるってんだよ!!」
ああ、彼女の叫びはきっと、世界中のどこにでもある当然の感情なんだろう。死線を共にくぐり抜けた間柄は特別なものだと聞いたことがある。背中を預け合う。まさに一心同体。お互いの事を真に信頼し合っていないと、それは成立しない。故に、生半可な繋がりではない。学生生活で出来る友達や親友とは訳が違う。まさに次元が違う絆。
だからこそ、時にそれは厄介な物として立ちはだかる。その絆の前には道理も理屈も通用しない。その絆に基づいた行動こそが正義と化している人に、いくらそれは違うと言っても聞く耳をもってはもらえない。
「アンジェラ中尉。自分が、アカガネスグルが率いる人類軍は…死者のためには戦わない!」
「……なにを言って!?」
故に、諭すのではなくこちらも強い意志を伝える。喧嘩別れしようとも、これまでの関係が壊れようと、こちらの言い分を言わせてもらう!
「グランギガロスとの停戦を決断した時、議長は言われました!! 政治とは、何時だって今を生きる、これからを生きる人々のためにあるべきものだと! 今日生まれた命のために、明日生まれる命のために行われるべきものだと! 自分はこの意見に全面的に賛同します! 死者は敬う! 当然です! それでも! 死者のためには戦わない! これから先の人類軍は! 今を生きる人々のために戦う! 今この瞬間、生まれた命のためにその身を捧げる! それがアカガネスグルの軍だ!! 今も生きているであろう中尉の娘さんのためにも! 軍とはそうあるべきだと信じます!!!」
「…………………………………………………………。」
スグルの勢いに、流石の中尉も腕の力が少し緩む。
次の瞬間、執務室の扉が開いてエコー分隊が飛び込んできた。
「さっきから騒がしいと思って来てみたら、これはどういう事だ! アンジェラ中尉!! 貴様何をしている!!!」
大尉が怒鳴ってアンジェラをスグルから引きはがし、すぐさま床に押さえつける。相当な力がこもっているのか、アンジェラが呻く。
「た、大尉! 強すぎです。息ができませんよ!」
「構うか! 理由があっても最高司令官に掴みかかるなんて重罪だ!! ギルダー、即刻銃殺刑の手配を…。」
「す、ストップストップ! 待って待って待って!! 大尉、落ち着いて!」
「人類存続の鍵を握る人物に、危害を加えられて落ち着いていられますか!!」
騒ぎを聞いて他の人達も集まってくる。大変な騒ぎになった。
「一体何事ですか!??」
丁度その時、書類を配り終わったアグノーラ准尉が執務室に帰ってきた。
「准尉、見ての通りだよ。残りの仕事は気にしなくていいから今日はもう帰った方が良い。」
「そんな事言われましても…。彼女は?」
床に押さえつけられているアンジェラに、怪訝な顔をするアグノーラ准尉。
「せ、説明するのが面倒だから。」
「なっ!? し、失礼ですよ! 仮にも秘書なんですから、この部屋で何が起こったのか。私にも事情を知る権利はあるはずです!」
ええーい、きかんぼうめ! 思わず「いいから帰れ!」と怒鳴ろうとした時。
「そ、その子は……。」
床に組み伏せられているアンジェラが、アグノーラ准尉を見て驚いていた。目を見開き、息をすることも忘れているかのようだ。
「目元が…鼻が…。アルフレッドに…、ああ…そうか……。そういう事か………ハハハッ!」
そう言うなり、床に組み伏せられたまま乾いた笑いを発した。その体からは力が抜け、大尉の押さえつけに対する抵抗を止めたようだ。
「? なんだ、急に力が抜けたぞ。それに何を笑っている? 何がおかしい!」
その様子に大尉も訝しがっている。
しかし、スグルはアンジェラが発したアルフレッドと言う単語を聞き逃さなかった。
改めて、アンジェラとアグノーラ准尉を交互に見直す。アンジェラの特徴的な赤いモジャモジャ髪とアグノーラ准尉の赤いモコモコ髪。今気が付いたが、2人とも目は同じエメラルド色。
これは…、多分間違いない。
「大尉、アンジェラ中尉には罰として独房1ヶ月。その後は退役して育児会への編入をお願いします。」
「元帥。それは余りにも罰が軽すぎでは?」
「いいんです。これが彼女にとっての一番の罰です。」
彼女は一度戦場から離れた方が良い。生者が死者に引っ張られる。一概に否定はしないが、それでも今回は引きはがした方が良い。彼女には、生きている人の側を向く期間が必要だ。
「まさか、司令部内で襲われるとは…。申し訳ございません。」
「大尉。司令部内は安全なはずだから休んでいて欲しいと指示をしたのは自分です。謝る必要性はありません。」
アンジェラが連れていかれた後、大尉が頭を下げてきたので慌ててそれを制する。
「何なんですかあの人? 私を見て笑ってましたけど…。」
横でアグノーラ准尉が首を今だに傾げている。事実を話したところで、恐らく彼女の心には響かないだろう。彼女に限らず、この世界の人類のほとんどが親を知らないことが当たり前だ。仮に知ったところで「それで?」で終わりだろう。
「アグノーラ准尉。アンジェラ中尉が独房に入れられている間、毎食の差し入れを命じます。」
「はあっ!? どうして私が?」
「いいからいいから。命令は下したよ。ちゃーんとやってね。」
口を尖らせながら頬をプクーと膨らます准尉。それを尻目にオリビア女医に話しかける。
「大丈夫でしたか?」
「私には何の問題も。閣下こそ、怪我がなくて何よりでした。」
彼女にも怪我はないようだ。正直、今日はもう切り上げたいけど残った書類を片付けなければ。
ああ、書類に判子を押すのがトップの役目なのか。前線に出て戦うよりも、安全ではあるのだろうが何とも張り合いの無い事だ。
「判子押しの役職を新たに設けよう。そうしよう。」
「駄目です。」
アグノーラ准尉に速攻で却下されて、再び書類に向き合うスグル。しかし、心は書類だけに向いてはいなかった。今日会った人達。サミュエル教授、アデルバード大尉、アンジェラ中尉。皆それぞれの人生があり、その中で懸命に生きてきた。誰もが順風満帆な人生を送ってきた訳ではなかった。それどころか苦難の連続だった。人とは違う道を自ら選んだ者。スグルと同じように突如として理不尽に見舞われた者。愛しい人に先立たれ、偏見と闘いながらその身を危険にさらし続けた者。
それぞれの人生を思った時、それらが今の自分の肩に乗っかている事を嫌でも認識する。
今押している書類一つとっても、その向こう側に生きている人達がいるのだ。この判子一つで、時に大勢の人の人生が狂う。そう思った時、マシーンも役職も不適切だと自覚した。
責任とは、そういうものではない。
「コーヒー淹れてきます。他に誰か飲む人いますか?」
スグルのその言葉に、その場にいた3人は盛大なため息をついた。
「あの、それは閣下のお仕事ではありません。私が淹れてきます。」
「何を言っているんですか! それは秘書たる私の仕事です!」
「いやいや、2人には元帥に付いていてもらわないと。ここは私が!」
3人がやいのやいの言い出し、結局コーヒーは30分後にギルダー中尉に持ってきてもらった。
アデルバード大尉、オリビア女医、アンジェラ中尉。皆最初はただのモブキャラでした。まさか再登場させることになるとは思ってもみませんでした。




