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ベランダに罪悪感を

 

大して重くもない扉が、とても大きな音を立ててしまったように聞こえた。小さくなって行く足音を、聞こえなくなるまで玄関で突っ立っていた。


「……」


 雄太は、自分の選択がこれでよかったのだろうかとグルグルと思考を巡らせたが、もうこの扉をあけて飛び出したところでもう戻らない。もうどうしようと、無理なのだと心を落ち着けた。


「あ……ベランダ」


 せめて、華を乗り去ってしまう車だけでもみようと部屋へ足を運ぶ。振り返れば、当たり前にそこには華の姿はない。笹川さんらが去った後の、不安げな表情もスッキリした笑顔も佇んではない。


 行ってしまうと、バタバタと少し固くなった鍵を下ろしてベランダに出る。ちょうど乗り込むところが見えた。よかった、無事に車にたどり着いたのだと、胸をなでおろす。


「は……」


 華、と叫ぼうとした。けれど、声に感染者が集まるかもしれない。振ろうとした手は宙を彷徨う。そんな事をしてる間に、華を乗せた車は道路の砂利を踏みながら発進してしまった。


「華……」


 小さく呟いた声は、風で遠くに流れてしまう。引き止めようとしたときだって、今だって、なんて情けないんだと、ベランダの手すりに額をぶつけた。華が心から安心できるような言葉を送ることさえできない。ゴツ、と鈍い音がしたが、痛みは感じなかった。痛いのかもしれないが、それどころではなかった。


 目線の端に口のあいた缶コーヒーが目に入る。まだ自分がタバコを吸っていた時に灰皿がわりにしていたものだ。


「……タバコ、あったかな……」


 乱雑に、クローゼットにかかっていたダウンのポケットを漁る。コツ、と指先に当たったのはライターとタバコが2本入っているだけの、タバコの箱だった。これだけ残してどうするつもりだったのだろうと過去の自分がよく分からない。そんなことを思いながら、雄太は今の自分も分からない。


「ゔっ……ゲホッ」


 久しぶりに吸ったからか、目の前がぐわんと揺れる。鼻に抜けるタバコの煙ったさは懐かしかった。


「あー……」


 きっと、こんな姿見られたら、怒られるんだろうなあ、とこうべを垂れる。けれど、隣にも、部屋の中のソファにも、吸ってる!ダメだよ、と言ってくれる人はいない。ほら、タバコくさいでしょと叩く小さな手も、私も一回吸って見たいと意地悪そうに微笑む口も。


不安だと泣き叫ぶ声も、声をこし殺して歯型のついた腕も。


 これで良かったのだろうか。むしろ、もっと早く研究所に行ければ良かったのだろうか。一緒にいなければ、という義務感は俺の自己満だったのか。まだ華は感染してない、ゾンビじゃないと思いたいだけだったのか。それとももう、疲れていた?


「わっかんねぇよ、もう……」


 空を仰ぎ見れば、突き抜けるような晴天だった。こうして上さえ見ていれば、何もあの頃と変わらなかった。華もこうして、足なんか気にしないで大丈夫とだけ言っていれば安心したのか。そんな絵空事を考えながら雲ひとつない青空にタバコの雲を作る。


 ジ、とタバコの葉が燻る。俺はこうなって、安心してる?違う。華の辛い様子を見なくていいから?違う。もう背負うものがなくて楽になった?違う。


「何が違うだよ……」


 何も違わないのに。


 どうすればよかったのか、雄太はいつまでも悩むだろう。今はただ、華への罪悪感だけが、雄太を蝕んだ。


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