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凄腕Player Killerは、死亡遊戯の地にて罪を重ねる  作者: 不来 末才
「◾️◾️の◾️◾️」
4/14

1-3

こんばんはおはようございます。

 突然の変化に慌てた俺の耳元で機械音声がささやく。


「ただいま転送中。しばらくお待ちください。ただいま転送中。しばらくお待ちください」


 聞きなれたアナウンス。長距離の移動、俗にいうとワープをする際に流れるそれは、これまで何度も聞いたものだった。

 帰還アイテムや、特殊なスキルを使わない限りは個々人でワープを行うことはほぼ不可能といっていいほどに難しい。そして特にこれといったことをしていなかった俺が強制的にこの状態に陥っていることから、これは運営によるものと考えていいだろう。そう結論を出し、安堵のため息をつく。恐らくさっき俺が遭遇した不具合に対する処置だろう。

何らかの深刻なエラーが発生し、先ほどの異常事態が起きたのだろう。このワープはプレイヤーの安全確保のためであり、一か所に集められているに違いない。そこでGMなりなんなりが、事態の説明と謝罪を行い、デバック作業のためのメンテナンスが設けられた後、俺たちは無事ログアウトできるはずだ。

そう思えば思うほど、さっきまでの出来事に動揺していた自分が馬鹿らしく感じられた。

 杞憂、のど元過ぎればなんとやら。

 先ほどまであれほど膨らんでいた不安や、悩みが霧散していく。

 考えすぎもよくないってことだな。いや、この場合は考えすぎというよりは本や映画の見すぎか。

 そんなことを思いながら、俺は暢気に転送が終了するのを待っていた。


「転送終了。酔いに注意してください」


 ほんのわずかな待機時間の後、無事転送は済んだ。

 羽織っていたレインコートの装備を解除しつつ、辺りを見渡すとそこは一面真っ白な部屋だった。一切の汚れが見受けられないこの部屋は、ともすれば壁がどこまでなのかも分からなくなるほどだ。

 ただ、この部屋がとても広いということだけはわかる。なぜなら、部屋には数多くのプレイヤーが――恐らく、現在NOをしている人たちだろう――いるからだ。殆どのプレイヤーは怪訝な表情を浮かべている。彼らはまだ今ログアウトなどができないことを知らないのだろう。わずかながらも事情を把握している一部のプレイヤーが、周りの人に説明していた。不安を煽るだけだから止しておいたほうがいいと思うのだが。

 そうこうして周囲の様子を窺っている間にも、次々とプレイヤーがワープされてくる。

 とてつもない人がいるにも関わらず、一人一人のスペースに余裕があるのをみると、改めてここがかなり大きい部屋なのだと感じる。

 ワープは途切れることなく、いつまでも続くのではないかと錯覚するほどだったが、次第に回数は少なくなり、ついに誰も送られてくることはなくなった。

 だが何かが起こるわけでもなく、沈黙が続く。


「おい! なんかねぇのかよ!」


 しびれを切らした一人の叫びが、一つの石となって静的だった空間を壊す。

 一度壊れたら後は勢いだ。


「運営さっさとでろよ!」

「早くゲームに戻せや!」


 呼応するかのように、各々がしゃべり始める。

 あるものは怒鳴り散らかし、あるものは隣のプレイヤーと話し合っていた。辺りは喧騒に包まれた。

 だが騒ぎは長くは続かない。


「現在、NO内で活動中の全プレイヤーの転送が終了いたしました。現在のゲーム状況についてクエスからご説明させていただきます。皆々様、ご清聴のほどをどうかよろしくお願いいたします」


 先ほどのワープでも使用されていた機械音声によるアナウンスが鳴り響く。聞き漏らさないために、みんな一様に口を閉じる。先ほどの静けさが戻ってくる。

 ほんのわずかな間待っていると、この空間の中心と思わしき場所が輝き始めた。今気が付いたがそこだけは何故かプレイヤーが誰一人もいなかった。おそらくプレイヤーが入ることのできないよう設定された区域なのだろう。目を凝らすと光の膜のようなものがうっすらと見える。

 輝きが増す中、天井から彼女は舞い降りてきた。



 一言でいえば、美しかった。

 NOもゲームであるから、NPCはもちろんのこと、プレイヤーが使うキャラクターも元の顔を参考にしつつ補正によって整っている顔をしている。だからまぁ身も蓋もない言い方をすると、美男美女は飽きるほどいるのだが、彼女のそれは比べ物にならないほど魅力的だった。

 肌や髪は白。現実にいたら病気を疑ってしまうような度合いだが、そこに嫌悪感などといったものは抱かなかった。それだけ彼女にはその色が似あっていた。

 ゲームの補正があるといえど、凄まじい。中の人はさぞかし優れた美貌の持ち主なのだろう。


「皆さん初めまして、この度説明をさせていただくクエスと申します。よろしくお願いいたします」


 彼女は鈴の音のような声で、そう自己紹介をした。突然のあいさつ、あるいは美しい見た目にあてられたからか、プレイヤー達のざわつきが生じる。彼女はそれが収まるのを待ってから、再び話し始める。


「まずは突然の強制転移について謝罪させていただきます。戦闘中や、生産活動に励んでいた方もいらっしゃったと思います。それを妨げてしまい、大変申し訳ございませんでした。どうしてもゲームプレイ中のすべての方に、お伝えしなければならないことがあり、やむなく転移を実行させていただきました。今から情報の開示をさせていただいたのち、元の場所に再転移させていただきますのでご安心ください。戦闘中だった方や、作業中だった方はそれらに臨む前の状態に復帰させていただきますが、その際に生じる不利益分は責任をもって補填させていただきますのでご了承ください」


 口にしたのは謝罪だった。丁寧な物言いに、プレイヤー達の気が緩むのが見て取れた。事実、俺もさっきの予想通りログアウトなどの諸機能が停止している不具合に対して、それのデバックが行われることを伝えてくれるのだろうと安心していた。

 だがその予想は、次の発言によって吹き飛ばされることになる。


「さて、端的に現状をお伝えさせていただきます。18分前の21時30分をもちまして、皆さまのログアウトを始めとする、様々な権限を剥奪させていただきました。つまるところ、今後皆さまがログアウトすることはできなくなりました。ご負担をおかけしますが、ご理解とご協力の程をよろしくお願いいたします」



 目が飛び出るほどの発言だったにも関わらず、辺りはしんとしていた。だがその静けさは嵐が来る前のような、気味の悪いものであった。

 誰も今の言葉の意味を理解できないのだ。仮に理解できたとしても、信じることができなかった。ゆえに何も口にすることができなかった。プレイヤーはただただクエスが話し始めるのを待った。実は質の悪い冗談なのだと言われることを望み、待ち続けた。しかし彼女はそれ以上何も告げることがないのかと、口をつぐんでいるだけだった。

 それは今の話が嘘偽りのない事実なのだということを暗に示していた。

 瞬間、ハチの巣をつついたかのような騒ぎになる。今度は誰かが叫ぶ必要もない。その場にいた殆どががなり立てる。


「なにふざけたこと言ってんだ!」

「さっさとログアウトさせろ! 警察に通報すんぞ!」

「うそ……本当にログアウトできなくなってる」

「馬鹿にしてんのか!」


 気がたったのだろう、クエスに向かって物を投げているプレイヤーもいた。物は彼女の周りに張り巡らされている光の膜にはじかれている。こともなげに彼女は立っていた。

 そんな喧騒の中で、俺は立ち尽くしていた。何もしなかったのではない、何もできなかった。恐怖に打ちひしがれていた。

 ワープの直前まで頭の中を占めていた不安が、再び、いや先ほどとは比べ物にならないレベルで膨れ上がる。

 最悪の事態が仮定なんかではなく、真実であることが分かってしまった。それは紛れのない恐怖だった。


「皆様、落ち着いてください。ログアウトできないなどということよりも大切な情報があります。こちらをお伝えさせていただき次第、元の場所への転移を行いますので、どうか聞き漏らしのないようによろしくお願いいたします」


 まるで、くだらない世間話をするかのような口ぶりだった。

 クエスはログアウトできないことをそんなことと言いきった。

そればかりか、もっと大切な話があるようだ。

 気になった人たちもいたのだろう。ほんの僅か、本当にわずかだが言葉の嵐が弱まる。少しでも情報を得たいのだろう。

 言わないでくれ。

 だがそんな奴らとは裏腹に、俺は心の中でただただそう念じ続けていた。


 この世界において初めて人を殺めた者への烙印。


 先ほどの二つ名に記されたフレーバーテキスト。

 ログアウト不可のゲームでこれを見せつけられ、それでもまだわからないような察しの悪い奴はいない。実際のところ、予想はできてしまっていた。だが認めたくなかった。

 正直クエスがそれを告げようが、告げまいが、どのみち発覚することだろう。それでもなおその現実を突きつけられたくなかった。目を、耳を塞いでいたかった。

 そんな一個人の思いなど無力とばかりに、クエスは淡々と口を開く。


「ログイン権などの剥奪とともに、ゲーム内での死と皆様の現実での肉体の死をリンクさせていただきました。今後この世界での死は実際の死に直結いたしますので、そのことを念頭に置きながらゲームを楽しんでいただければと思います」


 死亡遊戯(デスゲーム)

 ゲームの死が本当に死を招いてしまう、ありえない、ありえなかった悪夢の物語。

 それが現実になってしまった。

 そしてそんな世界で俺は人を――――。

 それまでの騒ぎがまるで遊びだったかのような、絶叫、怒号が空間を埋める。


 俺は人を殺してしまったのだ。

 頭の中が真っ白になった。


読んでいただきありがとうございます。

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