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凄腕Player Killerは、死亡遊戯の地にて罪を重ねる  作者: 不来 末才
「◾️◾️の◾️◾️」
13/14

1-12

こんばんはおはようございます。

 暴言を吐かれながらも立ち上がる女性プレイヤーを見たとき、俺はおもわず目を逸らしてしまった。ヒビの入ったグラス。不意に頭に浮かんだイメージ。あまりにも痛々しかった。

 修道服の上からエプロンをかけたような出で立ち、俗にいうところのメイド服を身にまとった少女。その周囲には重々しく、暗い雰囲気を漂っていた。疲労・諦観・絶望、そういった負の感情をカクテルにして固めた感じだ。

 そんな少女はにへらと笑う。力なく形作られた、媚びるための笑み。


「なにニヤニヤしてんだよ!」

「気持ちわりいなぁ」


 どうやら保身のための試みは失敗だったようだ。PKerにとっては気に食わなかったのだろう。怒りにまかせて、メイド姿の少女をはたいた。頭飾りのホワイトブリムが地面に落ちる。


「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい……」


 武器もなしにただ叩いただけだ。現実ならともかく、ここはゲームの世界、ダメージは大したことはないはずだ。しかし目に見えないところ、精神的なダメージがないかと言われれば決してそんなことはない。事実、少女にはかなり応えたようだ。手で頭を隠しうずくまりながらながら、何度も何度も謝罪の言葉を繰り返す。


「やめろ! 恥ずかしくないのか!?」


 倒れたままの男が非難する。自分の身が危ないにも関わらず、他人のために動けるその心持ちは素晴らしい。現実であれば称賛され、尊敬されるかもしれない。

 だが残念ながら今この瞬間には全く意味がない

 ここでは力だけが物事を決めていく。道徳なんてクソの役にも立ちやしない。


「恥ずかしくないでーす。ってか、むかつくな」

「まぁいいっしょ。今から死ぬんだし」

「それもそうだな。おい、もう謝んなくていいから、さっさと始めろよ。クズが」


 もちろんPKerが効く耳を持つわけがない。なぜなら今、勝っているのは自分たちなのだから。勝者が敗者をどうしようと勝手だ。

一人が無理やり少女を立たせ、その手に握ったナイフを持たせる。


「なっ!?」

「なに今更驚いてんの? もしかして今の今まで気が付いてなかったの? ウケるんですけど」

「馬鹿すぎて笑えるわ。おっさんが助けよとしたこのクズは俺たちの大切な仲間でーす」


 少女が特に抵抗することもなくナイフを受け取るのを見て驚く男性プレイヤーにPKerたちが、嬉々としながらネタ晴らしをしていく。


「魚釣りですか。つまらないですね」


 アイテムの確認が終わったのであろう、ノーシャが後ろから淡々と告げる。

 魚釣り。PKの方法の一種である。餌を使って、プレイヤーの気を逸らしたすきに襲い掛かる由緒正しき卑屈な戦法である。餌となるのは高価なアイテムや、金、時にはNPCを装ったプレイヤーだ。ぶっちゃけ人や物が必要だったりとあまり使われることのない作戦ではある。

 だが使わないからといって、失敗するというわけではない。むしろ成功率は高いほうだ。特に獲物がお人よしだったり、変な正義感を持ち合わせていたりするとなおさらうまくいく。

 今回は魚釣りの典型的なパターンのようだ。

 メイド服を着てNPCのふりをした少女()が、道端で倒れたふりをする。それにつられた獲物を、道端の茂みから強襲。鮮やかな手口だ。

 未だに動けていない男を見る。

 五体満足、特にこれといった大きな怪我もない。それなのに動けないのは状態異常のはずだが、一般的な方法だと麻痺だろうか。考えられるのは襲った時の武器に麻痺毒を塗っておいたとかだ。

 そうして俺が現状の把握に努めている間に、段々とその時は近づいていった。

 ――――そう、PKの瞬間である。


「ほ、本当に、殺すのか? 俺を?」


 男の声は震えていた。そして分かりきったこと再度尋ねる。意味のない問い。それでももしかしたら、という淡い期待が込められた質問。

 だが意味のない問いは、どこまでも意味のないものでしかない。


「だからさっきから言ってんだろ。殺すって」

「おっさん本当に頭悪いな。まぁこんな簡単な罠に引っかかるぐらいだもんな。さっさと死ぬべきじゃん? 来世に期待しろよな」


 醜悪。

 PKerどもを一言で表すならそうというしかない。

 これ以上ないほど青ざめる男を見てゲラゲラ笑う様に怒りさえ覚える。

 だが、助けることはできなかった。

 所詮は俺も同じなのだ。

 人殺し(PK)ということは、何一つ変わらない。

 助けたところで、感謝されることなどない。それどころか下手すれば襲われるかもしれない。

 その恐れが俺の足を雁字搦めにしていた。

 結局、見ていることしかできなかった。


「本当にそれだよな。ま、おっさん次はもっとハイスペだといいな」

「転生モノみたいな感じ?」

「ギャハハ、ほんまそれな」

「…………」


 PKerの男どもが盛り上がっている中、メイドの装いをした少女だけが会話に混じることなく男に近づく。片手にギラリと鈍く光るナイフを携えて。


「でも実際ポクね」

「それな。デスゲームで? ログアウト不可で? そんで……」

「女の子に殺されるんだもんな〜〜。こりゃワンチャンあるっしょ」


 ああ、なるほど。

 下卑た笑いをあげる彼らを見て、俺は妙な納得をしてしまった。

 おかしいと思ったのだ。

 ある種の現実になったこのゲーム世界で、人殺し(PK)をするなんて。

 本当の現実ではいたって普通の人間が、そうやすやすと凶行に手を染めるなどできることではない。なのに、何故彼らはできてしまったのか。

 今ならわかる。

 彼らは(PK)してないのだ。

 あくまで傷つけただけで、決して殺しては(HPを0には)してないのだ。

 その役割はただ一人が無理やり負わされていたのだ。

 ゴミと蔑まれるメイド服の少女だけが。


「や、やめてくれ。頼む。 死にたくない! 殺さないでくれ!」

「………………」


 男が哀願する。少女は困ったような、あるいは諦めきったような寂しい笑みを浮かべていた。

 よく見れば彼女が持っているナイフは小刻みに揺れていた。

 感情の吐露はそれだけで十分だった。

 彼女だって決して、殺したくなどないのだ。


「おい、さっさとやれよ」

「それともなんだ? お前もそいつと一緒に死ぬか?」


 なのにそれは許されない。

 仲間――こんな関係をそういっていいのか悩むが――に脅されて、ナイフの揺れが止む。

 少女は空いている手で男の目を覆う。

 彼女なりの慈悲だろうか。

 しかし今から殺される彼にとっては、いらない気遣いだったようだ。そればかりか視界が遮られたことで、より恐怖心が煽られたのか声にならない悲鳴をあげている。

 聞くに堪えない断末魔の叫び。だがそれは唐突に終わった。少女がのど元にナイフを突き刺したからだ。


「ごめんなさい」


 ぽつりと、少女は謝る。


「……っつ、がっ、がはっ」


 それに対する声は返ってくることはない。声にならない声が時折漏れるだけだ。

 クリティカル攻撃。

人体の弱点に当たる個所を攻撃できた際、ダメージボーナスとその部位に応じたデバフ効果を負わせることができる。

のど元の場合は、声を発することができなくなる「沈黙」の状態が付与される。

 だから男は何も言えない。命乞いさえできない。

 しかし、しかしだ。

 まだHPは0になっていない。

 クリティカルでダメージボーナスがあるといっても、しょせんはそこらへんにあるナイフだ。

 現実なら確実に死ぬだろうが、ここはゲームの中、普段より多くHPが削れただけだ。

 まだHPは残っている


「ごめんなさい」


 ゆえに少女は謝罪の言葉を口にしながらナイフを引き抜き、再び刺す。

 クリティカル攻撃。

 しかし、HPは0にならない。


「ごめんなさい」


 クリティカル攻撃。

 しかし、HPは0にならない。


「ごめんなさい」


 クリティカル攻撃。

 しかし、HPは0にならない。


「ごめんなさい」


 クリティカル攻撃。

 しかし、HPは0にならない。


「ごめんなさい」


 しかし、HPは0にならない。


「ごめんなさい」


 しかし、HPは0にならない。



 思わず目を逸らす。

 惨い。

 ゲームに閉じ込められてから、初めて見る人殺し(PK)はあまりにも恐ろしかった。


「ごめんなさい」


 見なくても声は聞こえてしまう。まだ終わっていないようだ。

 身体が震える。


「……確認完了。ロスト、いきますよ」


 そんな俺とは反面、ノーシャはこともなげなようだった。

 無表情のまま、淡々と語りかけてくる。

 その両手には獲物である銃。

 右目の魔眼は爛々と輝いている。


「なにする気だ?」

 予想はつくが一応確認してしまう。


「なにって……PKKですよ」


 …………まじか。

 予想通り。

 期待を裏切ることなく、ノーシャはそう述べた。


読んでいただきありがとうございます。

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