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遙かなるシアラ・バドヴィアの軌跡  作者: 乾 隆文
第一章 第二十七節 大会の翌日
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1-27-4.この場にいない者たちの顛末







「ええと、フォルスタ先生? ネスティロイ師が何もしていない、というお話は本当ですか?」


 マノンが聞いた。


「ああ。あの後あいつと話をした」フォルスタは、じろりと視線を横に向け。「間に合わなかったらしい。スピードも。実力的にも」


「じゃあ、あの竜巻が観客席を逸れたのは」


「ゼーランドの実力だ。あのとき、咄嗟に体が動いたのは私とネスティロイだけだった。ネスティロイは、ゼーランドの魔法の軌道を変えようとして、失敗した。私は、観客席を守るためにその上に防風壁を展開した」


「防風壁?」ティリルが聞き返す。


「風の壁だ。直接あれが客席に飛び込んできたら強引にその向きを変えさせるための、仕掛けだ。だが必要はなかったがな」


 口許をゆっくりと歪めながらフォルスタが喋る。他の三人は少し引いているようだったが、ティリルは知っている。これが師の笑顔であること。


「じゃあ、あの魔法はやっぱりティリルが制御したものってことなんですね!」


 ヴァニラが嬉しそうに声を上げてくれる。


「そうだ。それどころか、宮廷魔法使級が二人がかりで打ち消そうと身構え、片方はまるで手が出せずに終わった、超級の威力の魔法だ」


 その言葉の意味が、胸に染み渡るのに、ずいぶん時間がかかった。


 みんなが嬉しそうな顔をしていた。フォルスタでさえ、いつになく満足そうに頷いていた。だからきっと、これはみんなにとって良いことだったのだろう。――その感覚が真っ先。歓喜や達成感が自発するには、ゆうに一分近い時間がかかったようだった。


「じゃあ、私……?」


「反応が鈍いな。いよいよ、お前の中のバドヴィアの血が開花し始めたんだ。喜ばないのか?」


 再び、師に歪んだ表情で微笑みかけられた。それで、喜びが湧いた。自分が認められたんだと、初めて実感することができた。拳を振り上げるより、歓声を上げるより、涙がこぼれるのが最初だった。


「先生。幼気な女学生を泣かせるなど、立派な先生がなさってよいことではないと思いますが」


「……この私にまでそんな冗談を寄越すお前の度胸は誉めてやろう、ライツィハー」


 にっこりと微笑むマノンを頬杖を突いて睨みつけながら、溜息。フォルスタが呆れた。


 お褒めに預かり、恐悦至極に存じます。慇懃に応じるマノンに、また笑いを誘われてしまう。フォルスタのこんなにおどけた様子も、初めて見る気がした。


「そういえば先生、大会、見に来てくださったんですね」


 涙を指先で拭いながら笑うと、途端に師は仏頂面になり、「第一種は見ていない」と素っ気なく言った。


「第三種にお前が出ると、試合帰りのダインが情報を持ってきてな。それだけ覗きに、研究室から出てきたんだ。あれだけ嫌がってたお前がどうしてと気になってな」


「ありがとうございます。気にしてくださって」


 ダイン先輩は本当に試合優先だったのか。師への感謝の背面、そんなことも思い少しだけ口を尖らせた。


 そんな頃、更にもう一人、知った顔がやってくる。


 今度は声をかけられる前に姿を見付けられた。黒い長髪を靡かせて歩く、ミスティ。こちらがここにいるのを知っていたかのように、表情をまるで変えずに、まっすぐこちらに向かってくる。


「ミスティ!」


 思わず立ち上がって、親友に抱き着いた。


 ちょっと危ない、と笑いながら、ミスティもティリルの体を受け止め、頭を撫でてくれる。


「遅かったな」


 ティリルの頭の上を越して、ルースが言葉を投げた。しょうがないでしょとミスティの怒気。どちらも軽口だ。


「待ち合わせしてたんですか?」体を離して、聞く。


「ええ、調べものしてから合流するってね。

 簡単にしかわからなかったけど、まあそこそこ収穫はあったわよ」 


 そう言って、ミスティは一同の前にいくつかの事実を広げていった。


 学院長と教頭の解任。それから、国議会議員を更迭されたアルセステ通運副社長の話。これは、ティリルが医務室で聞いた話の方が詳しく、ミスティの情報に補足説明をすることができた。


 それから、アイントとルートの話。アイントは試合と無関係の暴行、破壊行為が咎められ、学校側に確保された。警察隊も呼び出されなかなかの騒動になったが、最終的には退学、親元に引き取られての、校舎破壊分の賠償請求となったそうだ。


「ルートは、行方不明だそうよ」


 簡単に一言告げた。


「は? 行方不明ってなんだよ」


 疑問をそのまま口に出したルース。何って言われても、そのままの意味よ。ミスティが答えた。


「昨夜から部屋にも戻っていないんだって。ルームメイトが言っていたわ」


 もう一度、それだけ口にした。自ら姿を消したのか、それとも何かに巻き込まれたのか。祭りの夜に何があったのか、ティリルの想像力では何も思い及ばなかった。


「それからゼル。退学届が出されたらしいわ」


「……は?」


 場のほとんどの人間が、声を揃えて疑問を発した。


 ティリルも、ぽかんと口を開けた。ミスティが発した言葉の意味が、時間を置いてもよくわからない。


「ゼルさんが……、退学届?」


「ええ。迅速に受理されて、もうこの学院にゼル・ヴァーンナイトっていう学生はいなくなった。その意味ではあいつも行方不明ね。事務に聞いても教えてなんかくれないし、あいつの居場所を知る術はなくなった」


「冗談だろ! あいつに聞きたいこといっぱいあったのによ!」


「本当ですよ。私がこんな怪我したのだってゼル先輩にも責任あったんでしょ? あとでちゃんと説明してもらえるって思ったから、あのときは見逃そうって言ったのに!」


 ルースが、ヴァニラが声を上げる。マノンも、言葉こそ発しないが納得はしていない顔。当然ティリルも、腹の裡に不条理な不満を抱いた。


 ――そりゃ結果的には全部うまくいったかもしれないけど。中には冷や冷やの展開もあって、これ全部ゼルさんの作戦なのか、違うのか、すごく心配したのに。


「通常、退学の手続きは一週間程度かかるはずだ。届を出せばすぐにどうなるというものではない」


 フォルスタが、両手を組みながら補足してくれる。


「退寮の準備も一晩でどうできるものでもなかろう。恐らく、手続き自体は以前から進めていたんだろうな」


 その言葉に、総員唸る。いかにもゼルらしい、と認めざるを得ない。


「本当にいろいろ考えて準備なさっていた、ということでしょうか。私たちとは全く意識が違ったんですね」


 しみじみと、マノンが呟く。皆、静かに頷いた。


 なぜ彼が皆に嘘をついたのか。なぜ本来の筋書きを皆に伝えなかったのか。自分たちは仲間だと思われていなかったのか。なんだか少し淋しくなって、深い溜息を吐いてしまった。


 ふと、リーラがしていた夢想話を思い出してしまう。


「あれ」


 そういえば、リーラはどうしたろう。別に約束をしたわけでもないのだが、ここにこんなに人数集まっていることを思うと、むしろいないことに違和感を覚えてしまう。


「あいつなら、多分部屋に籠ってるわよ」ミスティが教えてくれた。「私も叱ってやるつもりだったんだけどね。あんだけ落ち込んでたら、もう何も言えなくなっちゃったわ」


 腰に手を当て、嘆息しながら。ミスティはそんなことを言ってよこした。


 何の話だろう。首を傾げて聞くと。


「ティリルに怪しげな薬を飲ませたことよ。感情的には文句の一つも言いたかったけどね。落ち着いて考えたら、あの子が間違ってたかどうかなんて私にもわかんない。ティリル、あなたが決めて、言葉をかけてあげなさいな」


 えっ、と声を上げた。


 リーラの判断を自分が裁量するなんて、とても大それている。リーラはきっと、最善と思える手を選んだのだ。それがすべてでよいのではないだろうか。


「私からは何とも言えない。私が言うべきことはないって思ったし、あなたとあの子の話だと思ったから」


 ミスティは何も示してはくれなかった。


 当たり前だ、と自分に言う。それがすべてでよい、と自分で思ったのではないか。既に答えが出ているもの、何を示してもらおうというのか。


「私、ちょっと行ってきます」


 話は単純。今もしリーラが、そんなことで悩んでいるなら、言ってあげなければ。


「はいはい。行ってらっしゃいな」


 駆け出すティリルを、ミスティが手を振って見送る。他の面々の顔も、皆、一様に暖かかった。




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