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遙かなるシアラ・バドヴィアの軌跡  作者: 乾 隆文
第一章 第二十七節 大会の翌日
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1-27-3.食堂で皆と会い







 廊下で、ヴァニラに会った。


 右足を包帯で守り、支体杖を両脇にして、慣れない様子でよろよろと歩いてきた。


「どうしたんです、その怪我!」


 駆け寄って、彼女の両肩を支えながら聞くと、ヴァニラは「ちょっとね」と複雑そうに微笑んだ。


「ティリル今時間ある? ちょっと、お茶でもして落ち着こうよ」


 誘われ、頷く。


 自分の中にも興奮があった。昨日のことについて、それから先程のことについて。誰かと話をして、少し落ち着くべきだ。そう判断した。


 エル・ラツィアの方が落ち着いて話ができるか、と提案して、ヴァニラに首を横に振られた。「悪いけど、この足で上まで上るのはキツイかな」と笑われて思い至った。気が付かなくてごめんなさいと謝ると、それこそ気にするなと目を細くされてしまった。


 地上階の大衆食堂。食事時には遠く、まだまだ中は空いていたが、少ない人数でもいつもと異なるざわつきが感じられた。皆、お祭り気分を残し、浮足立っているようだった。


 二人分の香茶を買って、机まで運ぶ。杖を揃えて壁に立てかけるヴァニラ。少し不便そうだった。


「大丈夫ですか……?」


 改めて、顔を覗き込む。ヴァニラはありがと、と一言置いてから。


「大した怪我じゃないの。出血が激しくて大袈裟に見えたんだけどね。医務室で処置してもらったら、心配するようなことはないって。医務室も、なんか忙しいからってベッドも貸してもらえずに追い出されちゃってさ。ただ、二、三日は大事にしてた方がいいって杖を持たされたのよ。ごめんね心配かけちゃって」


「いえ、そんな。謝るようなこと」


 そんな会話の後、ティリルはヴァニラから事の顛末を聞いた。アイントの凶行を知り、絶句した。アルセステの標的はあくまで自分、という甘さがどこかにあったことに気付かされ、ヴァニラの怪我に責任を感じてしまう。


「ちょっと、そういうのはやめてよ」口にして、叱られた。「私だって、燃やされた絵の恨みがあって、自分のためにあいつらと戦おうって思ったの。結局私は、ミスティ先輩の後ろにくっついてるばっかりで役立たずだったけど。でも、怪我する覚悟くらいはちゃんとしてたから大丈夫」


「そんな覚悟とか……」


「もう、二度としない。逆恨みで何でもティリルのせいにするの、もう絶対しないって決めたの。たとえ冗談でもね」


 爽やかに微笑まれると、それ以上謝れなくなった。


 代わりに、ありがとう、と伝えた。ごめんなさい、よりも余程良い言葉だったと、自分でも思えた。


「よぉ、チャンピオン」


 と、突然声をかけられ、顔を上げる。二人の座る席に声をかけたのは、見知らぬ男子学生だった。小太りの、大柄の男。見たことはない。


「昨日の試合見たよ。最後の大技、ほんっとすごかったな。さすがバドヴィアの娘だ!」


「え……、あ、ありがとう、ございます」


「来年は最初から見てみたいな。応援するからさ、ぜひトーナメント最初から戦ってよ」


「え、その……」


「あっ、あそこにいるの昨日の子じゃない? 最後アルセステを吹っ飛ばした!」


 返答に困った一瞬、今度は別の女性から指を差された。


 気が付くと十人、十五人程度の人集りができていた。面識のない学生たちに、ここまで囲まれるのは初めての経験。だが、知らない敵意に取り囲まれるよりはずっと心地よく、楽しかった。


 さりとて満足な受け答えができる程対人能力を養ってきたわけでもない。矢継ぎ早に繰り出される質問に追いつけぬまま、ああだのええだの相槌にもなっていない呻き声を零していると、やがて少しずつ人が減っていった。最後の女性三人組が「じゃあね」と手を振って離れていくと、正面のヴァニラが頬杖を突きながらニヤニヤと、「お疲れ様」と笑っていた。


「はぁ。びっくりしました」


「やったじゃん、有名人。『バドヴィアの娘』の面目躍如だね」


「でも私、昨日のあの試合のこと、あんまり覚えてないんですよ。特に最後の瞬間は、まるで」


「そうなの? 実は私も、医務室にいて見てなかったからさ。ミスティ先輩から、話は聞いたんだけどね」


「本当に、すごかったですよ」


 また二人以外の声がした。驚いて振り返る。マノンとルースが、並んで二人の席に近付いてきていた。


「お邪魔じゃないですか?」


「まさか! もしよければ、昨日のお話、聞かせてください」


 人が歩く幅を開けて、隣り合った四人掛けの丸テーブル。ティリルの返事を聞いてから、二人はそれぞれに腰を下ろした。珍しい組み合わせですねと雑談を振ると。


「昨日、ルースさんの戦いをお手伝いさせて頂いてから、その、私の中に新たな気持ちが芽生えてしまって……。あぁ、運命って、出会ってすぐには気付けないこともあるんだなって」


「お前のノリ、朝一から付き合うのは相当キツイものがあるな」


 確かに、どう対応していいやら咄嗟には微苦笑を零すしかないような言葉が、マノンから返された。


「で、で! お二人は昨日のティリルの試合、見たんですか?」


 なかったことにして、ヴァニラが身を乗り出す。ええそれは。二人ともにんまりとしながら頷いた。


 二人の話を聞くに、自分の放った魔法は単純な威力で特級だったらしい。炎を飲み込む竜巻。自然現象にしても相当な大きさの竜巻を、自然にはまずもってありえない角度、方向で放ち、アルセステ渾身の魔法をすべて飲み込んで跳ね返した。そのくせアルセステ以外の人間が飲み込まれないように、ちゃんと軌道の調整もできていた。


「あれってネスティロイ師も横から調整の魔法を加えてたんじゃないのか? 被害が出ないように」


「どうでしょうか。ご本人からは、間に合わず慌てていたご様子が受け取れましたが」


「あいつは何もしていない。他の誰も、手は出せなかったよ」


 また新しい声がした。


 こういう場ではまず聞くことがない声なので油断していた、だがよくよく知っている、安らげる声。


「フォルスタ先生……」


「医務室で休んでいるのかと思えば、こんなところで油を売りおって。元気ならまず報告に来るべきだろうが。さもなければ、今は現代魔法行使学の時間のはずだ」


「あ……、すみません。そっか、今日って水曜日だったんですね。なんだか全然現実感がなくて」


 素直に謝罪する。フォルスタはフンと一つ鼻を鳴らして「本気に取るな」呟いた。マノンとルースの丸机から、余っていた椅子を一つ抜き出して、通路の真ん中あたりにどかっと置き、座る。


「どうせ掲示板もろくに確認しとらんだろ。昨日の今日だ、殆どの授業が休講だよ」


「え……」


 腕組みしながらもう一度、鼻を鳴らすフォルスタ。なんだ、彼なりの冗談か。ティリルは胸を撫で下ろした。ここまで笑わせる気のない冗談も珍しい。




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