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遙かなるシアラ・バドヴィアの軌跡  作者: 乾 隆文
第一章 第二十六節 第62回サリア魔法大学院習得技識披露大会
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1-26 断節 ラヴェンナ・アルセステ







 全てが順調に進んでいる。表彰台に立ち、スヴァルト学院長から第三種競技優勝の書状を受け取りながら、ラヴェンナは自らに言い聞かせた。


 スティラを使い、シェルラを使い。他の人間たちをも使って、今年の大会の第三種競技トーナメント表を掌握した。

 参加者十六名。元々参加表明をしていたが、脅迫し、籠絡して自分の優勝を諦めさせた者たちもいた。ラヴェンナへの協力を約束させて出場させた者たちもいた。当然、脅迫の失敗や裏切りも想定の範囲内。スティラが二人漏らしたと言い出したが、その尻拭いはスティラ自身に任せた。目の前で手の平を返した男もいたが、対応もちゃんと用意していた。


 また、確実に勝ち上がるためには対戦カードを抑えなければならない。そのために大会実行委員を手に握る必要が生じた。エルダ・ランツァート。委員会副委員長の権限を持つ、この女を買収できたことは非常に大きかった。ゼーランドの誘い込み。大会の準備。そして当日の運営。会場を暖める温暖魔法を司る彼女は、競技の舞台にそれ以外の魔法(・・・・・・・)を影響させることも可能にしてのけた。


 こうして、自分の優勝は完成した。決勝の相手はスティラかシェルラのはずだった、それが計算外と言えば計算外だけれど、代わりに勝ち上がってきた二年生のフェルシア・ノルディークもスティラが掌握した人間。スティラ自身のその程度の「気紛れ」は珍しいことではないし、自分が苦しめられたわけでもない。問題はなかった。


 会場中から沸き起こる祝福の拍手を、第一種、第二種の優勝者と共に三人で受け、ラヴェンナはにんまりと目を細めた。


「例年ならここで終了となる大会ですが、本年度はまだ終わりません! もう一試合、特別な試合を用意してあります!」


 大会の司会を務める実行委員の一人が、嬉しそうに声を張り上げた。観客たちがピクリと反応する。もう、大会も終わりだと席を離れていた者も存在する中、校庭は驚きと期待に包まれる。


 終わってもらっては困るわ。表彰台から降りて脇。並んで立つ第一、第二優勝者の存在をまるで顧みず、ラヴェンナは独り言ちた。びくっと肩を震わせて、第二種目の優勝者、ポニーテイルの三年生女子が振り返った。相手にはしない。何を怯えているのか、考えることすらしない。


 考えているのは、ティリル・ゼーランド。あの女のことだけだ。そのことが、そのこと自体が、ラヴェンナにとっては屈辱だった。


 取るに足らない、田舎娘だと高を括っていた。


『シアラ・バドヴィアの娘』だなどと、本気でホラだと思っていた。


 ほんの少し脅してやれば、すぐに泣いて頭を下げてくると思っていた。


 それがどうだ。


 半年以上経っていまだに、あの小娘はだらしない笑みをたたえて、毎日へらへら暢気に過ごしている。頭の軽そうな連中に囲まれて、嬉しそうに息をしている。


 ふざけるのも大概にしてほしい。


 自分は、大きな権力と財力とを持った家柄に生まれた。なんでも、誰のことも思い通りに動かせる権力と資格とを与えられた。その上で、あんな小娘には考えも及ばぬほどの努力を、日々重ねているのだ。学院に『稀代の魔法使』と、『バドヴィアを越える者』と名を馳せるのは、自分の他には有り得ない。生まれも、育ちも、努力も何一つ揃えぬ田舎娘が、事もあろうに『バドヴィアの娘』を騙り注目を集めるなど、まして王陛下まで騙して御前(おんまえ)に上がるなど、犯罪に等しい身分詐称行為。絶対に許せない。許されるはずがない。


 右手で、はさと前髪を掻き上げ、名を呼ばれるのを待って試合場に歩を進める。司会者がやや饒舌気味に、続けて対戦相手の紹介をする。おどつきながらも、自分に向けては怯えの感情を晒していないことが、ますますラヴェンナを苛立たせる。


「今大会のみの特別試合。これを見逃す手はありません! 第三種、武闘式競技を勝ち抜いた第六十二代優勝者が、その実力のままに勝利するのか。それとも『シアラ・バドヴィアの娘』がその血に混ざった才能を奮わせ、眠れる実力を見せつけるのか」


 へらへらと、ふざけた口上を重ねる司会役の学生。


 おおと盛り上がる観客の大半は、第一種競技はろくに見ていなかったのだろう。見ていたらしい学生からは、何の茶番だと呆れるような嘆息がこぼれている。


 茶番で終わらせるものか。これは、大法螺吹きへの断罪だ。自分が悪かったと無様に泣いて頭を下げる姿を、学院中、街中の人間の目に入れるための処刑の儀なのだ。


「覚悟はできてる?」


 言葉をかけてやった。


 自分の前には、ふわふわと宙に浮く布風船が八――、三は背後。そして、拳を握り締めた仁王立ちの少女。白の襟付きシャツに赤の短いスカートと、腿の辺りまでを覆う紺色の下履き。動きやすい服装で、香茶色の髪を後頭で結んだ出で立ちだ。その向こうには黒髪長髪の三年生もいる。どこかに行っていたようだったが、間に合ったのか。つくづく目障りなことだ。


「ええ。急なことで慌てもしましたけど、おかげさまで心の準備はできました。胸を借りるつもりで挑ませて頂きますね」


 香茶髪はそう言って微笑む。ふざけた余裕だ。踏み躙りがいがある。


「胸なんか貸さないわ。他の何も、あんたに貸してやるものなんかない。いいからさっさと這い蹲りなさい。そうしたら痛い目だけは見ずに済ませてあげる」


「そりゃあ私だって自信があるわけじゃないですけれど、勝負はやってみなければわかりませんよ」


 わからない。ただでさえ魔法の実力差はわかっているはずなのに、この余裕はどこから来るのか。何か策があるというのか。それとも、本気で馬鹿正直にまともな勝負を挑もうとしているのか。


 さすがに、そこまで純朴でもなかろう。


 自分がいくつも策を用意していること、いくら何でも察してはいるだろう。


 にまりと、ラヴェンナは口の端を持ち上げた。


「ひょっとして、何かずるい手でも考えているのかしら?」


「ずるい手、ってなんですか。私、アルセステさんとは違うんですよ」


 本当に口が減らなくなった。ラヴェンナは一つ舌打ちする。


「そうね、例えば――、審判を買収してみたとか」


「そんなことするわけありません。そもそも誰が審判をなさるのか、私知りませんし」


「じゃあ、運営する実行委員を色仕掛けで誑かしたり」


「し、しませんよ! 私に色仕掛けなんて無理ですっ」


「それなら――」ぺろりと唇を舐め。「何か、実力が一時的に向上するような薬を飲んできたとか」


「それは……」


 十分な反応だった。


 腹の裡で哄笑する。


 レイデン。あの子、ちゃんとこなしてくれたのね。それじゃあ、ゼーランドは飲んだわけだ。あの、嫌精石を砕いて粉にして混ぜ合わせた薬液を。体内にうまく残れば、魔法力が向上するどころか、もう二度と魔法が使えなくなる、毒薬を。


「……アルセステさんも飲んだんですよね?」


 バレたことを隠さない態度はやはりなかなかの図太さ。いいえとラヴェンナは、しかし随分機嫌よくなりながら、正直に答えてやった。


「飲むわけないわ、そんなもの。あなたと違って、私は自分の実力でこの大会に臨んでいるのよ」


 よくもまぁいけしゃあしゃあと。そんな表情を見せてくるゼーランド。


 嘘はついていない。自分はただのジュースを飲んだだけ。それをレイデンに見せて、唆しただけ。


「まあ、なんでもいいわ。あなたの言うとおり、たかが余興だもの。怪しげな薬を飲もうが飲むまいが、ただの遊び。その結果、一生を棒に振るような怪我をしようが、何かを背負おうが、ただの遊びよ」


 意味深げに呟いてやる。ゼーランドはびくりと肩を震わせ、ようやく怯えに近い感情を見せた。今さら遅いのよね。もっと早く気付いていれば、私だってあんたみたいな蛆虫をここまで相手にすることなかったのに。


「そろそろ、いいかな?」


 審判役を務める教師が、ラヴェンナに、そしてゼーランドに声をかける。


 ペンタグリヤ。第三種のトーナメントでも何試合か担当していた。この最後の一試合の旗も任されるとは、さすがの貫禄だ。


「ええ、構わないわ」


「私も、……準備はできています」


 では、開始しよう。


 二人分の返答を受け取り、ペンタグリヤが白い旗を両陣の真ん中に翳す。


「さあっ、いよいよ始まるこの対戦っ! 果たして勝利の栄光はどちらを照らすのかっ」


 司会役の学生が、無責任に煽り立てる。


 パキリと、左手で右手の指を包んで音を鳴らす。


 勝負が、始まる。


 観客たちが、無造作に歓声を上げる。


 両足を開き、じろりとこちらを睨みつけるゼーランド。


 初手は牽制。そして、せめてもの情けだ。


「あんたと風船の取り合いなんて暢気なことをする気、ないのよ」


 瞬間、十の風船が炎に包まれた。


 姿を残すのは、ラヴェンナのすぐ目の前に浮かぶ、たった一つのみになる。


 ゼーランドが息を飲んだ。


 さぁ、始めよう、真剣勝負を。


 誰が風船の取り合いなんかで終わらせるものか。


 私は、この女の、この先の人生を奪ってやるのだから。





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