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遙かなるシアラ・バドヴィアの軌跡  作者: 乾 隆文
第一章 第二十六節 第62回サリア魔法大学院習得技識披露大会
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1-26 断節 シェルラ・アイント(後)







「この奥には本当に、私たちが探す相手、ゼル・ヴァーンナイトがいる。そして私たちをゼルに会わせたくないって思っている人物が、あんたにここを守れって指示を出した」


「……ミスティ先輩、それってどういう――」


「ええ、それこそ意味不明です。私に指示を出したのはラヴェンナさん。けれどあなたの推理では、ラヴェンナさんは奥にいるその男を隠す必要がないのでしょう?」


「そうよ、だから」にんまりと、ルーティアが笑う。「あんたに指示を出したのが、アルセステじゃない」


 瞬間、体が、弾けるように動いた。


 心が、奴を壊せと命じていた。


 ルーティアに向けてまっすぐ振り下ろした右の手刀。その指先から小さな炎が勢いよく放たれた。


 火の玉は鋭く大気を切り裂き、そしてルーティアの頬に赤い線を残して散じた。


 小賢しい小娘が、ぐにゅりと表情を歪めた。


「大丈夫ですか、先輩!」


「大丈夫よ。掠っただけ、ただの火傷」


 強がって見せるが、右手で頬を撫でる瞬間、その肩がびくりと跳ね上がった。痛みはあるのだろう。冷汗が額に光っている。


「一から十までふざけたことを仰る。指示を出したのがラヴェンナさんではない? では誰が出したって言うのです。ラヴェンナさんが誰かの言いなりになったとでも? 愚弄するのもいい加減に――」


「別にあの女を愚弄することになんの抵抗もないけど」怒声を遮り。「そういう意味じゃないわ。私が確かめたいのは別のこと。

 ――あんた、その指示、アルセステから直接聞いたの?」


 今度は息が止まった。


 呼吸の仕方を忘れた。


 それ程に、衝撃だった。


 ――まさか……。まさか…………、スティラさんが、そんな……?


「やっぱり、ね」


「……どういうことです?」


 クエインが、ルーティアの顔を覗き込んだ。簡単なことよとルーティアが指を振る。


「この女にここを守るよう指示を出したのは、アルセステじゃなくてルート。彼女から『アルセステからの伝言だ』とでも言ってやれば、この子は単純だから疑いもしないで指示に従う」


「……さい」


「じゃあ、ルートがアルセステもアイントも騙して」


「そういうことよね。しかももしこの先にゼルがいるんだとすれば、今はルートはアルセステじゃなくて、ゼルとの協力体制にあるってことだわ」


「…………るさい」


「ってわけで私たちはこの先にゼルがいるかどうかを確認したいわけなんだけど、どぉ? あんたも一緒に――」


「うるさぁぁぁぁぁいっ!」


 声音を優しくして話しかけてきたルーティアに、顔を上げ、一哮(いっこう)。両手を握り締め、放つ魔法は鋭い突風。反応したルーティアは両腕で頭を守り、体を小さくして受ける面を小さくしたが、手加減のない風はそのまま後ろに続く通路の窓をいくつも薙ぎ割って走り抜けた。


 体勢整え切れず尻餅をついたクエインのすぐ背後。ガラスの破片が細かく降っている。


「ヴァニラっ?」


「へ、平気です。転んだだけ……」


 立ち上がり、体勢を整える二人を、待つ義理もない。


「スティラさんが裏切り、ですって? は。そんなの関係ないです。後で確かめればいいだけのこと。今の私の役目は、あなた方をこの先に通さないこと! 何なら、あなた方をここで始末することっ!」


 再び編み込むは風の魔法。今度は勢いに任せない。ふわりと放った空気の流れを、細やかに操り、動かし。やがて渦を描かせ二人の背後に侍らせた。ガラスの破片をたっぷりと蓄えた、人の背ほどもある旋風。


「ちょ、……これ、まずくないですか」


「うん。……さすがに、やばいわね」


 狼狽える、二人。


 にやりと、口許を歪ませる。


 そう、スティラの思惑など関係ない。この二人も、ラヴェンナにとっては邪魔者。消せば、彼女は喜んでくれる。


 くっと指先を動かす。それだけで、旋風は意志を持つように動き始める。


 左右に別れて飛び、避けるルーティアとクエイン。


 転換。


 風は片足に重心をかけたルーティアに襲い掛かる。


「く……っ」


 避け切れない、とルーティアが口許を歪ませ。


 瞬間、その標的の体をクエインが飛び掛かって押し倒した。


「ああうっ……」


 ガラスの旋風は、その爪の先をどうにか、クエインの右足に食い込ませただけだった。


「ヴァニラっ」


「うぅ……」


 押し倒されたルーティアが、跳ね起きて友人の足を見る。痛みに耐えながら蹲るクエインの足。大きなガラスが三枚ほど、その脛の辺りに刺さっている。


 さあ、人の心配をしている暇はないですよ。もうその体勢からは避けられないでしょう。


 にやり笑ってシェルラはもう一度、指先を静かに曲げ。


 いよいよ二人に襲い掛からせようとした。


 瞬間。


 二人と風との間に、壁が現れた。


「っ?」


 床から天井までをがっしりと守る、粘土の壁。


 体当たりした風は、よろめきながらも渦を描き続ける。


 ただ、その渦の中に持っていたガラス片は、みな粘土の壁に突き刺さって埋もれていた。


 ――土魔法。誰が。


 悩んだ一瞬が命取りだった。


 次の瞬間には自分の足許に人が潜り込んでいて、構えを取る前に鳩尾に重い一撃を叩きこまれていた。




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