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遙かなるシアラ・バドヴィアの軌跡  作者: 乾 隆文
第一章 第二十六節 第62回サリア魔法大学院習得技識披露大会
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1-26 断節 シェルラ・アイント(前)







 対峙するのは、何度も見た顔。


 黒い髪を長く腰まで伸ばした、いつ見ても強気な表情の女、ルーティア。


 背の高い、性懲りもなくまた絵などを描いている赤茶の髪、クエイン。


 先程ルーティアに何やら耳打ちされてこの場を離れていったのは、ゼーランドの新しいルームメイトになった予科生の、レイデンだったか。


 自分の前に並んだ、アルセステに歯向かう顔触れに、シェルラは深く、深く鼻から息を吐いた。


「本当に理解ができません。あなた方、あの嘘吐きで誇大妄想狂のゼーランドなんていう女に、どうしてそれ程までに肩入れできるんです?」


 にやりと、ルーティアが口許を歪めた。彼女たちは自分たちの不利を理解している。それは、二人の表情と姿勢から伝わってきた。


「あんたこそわかんないわね。あのアルセステをどうしてそこまで妄信できるのかしら」


「彼女は完璧です」


 即答する。迷いなどない。


「完璧な人間なんてものが、いると思っているの?」


「私も、彼女に出会うまでは存在しないと思っていました」


 ふふ、と笑う。


 大会会場である校庭から一つ奥に入った、学院の敷地の中心。時計塔。そこに隣接した旧校舎は、三十人入ればいっぱいになる中規模程度の教室が四つあるだけの、古びた建物。今では授業に使われることも滅多にない。どころか足を踏み入れる学生すら、殆どいない場所だ。


 自分に課せられた役目は、この奥の時計塔に続く道を阻むこと。ラヴェンナから、スティラ経由で下された使命。第三種競技で無様な敗退を喫した、自分の失地回復のための任務だった。


 こんなところに誰が来るものかと訝っていたが、実際にこんな厄介な連中が姿を現した。ラヴェンナは全てを見通しているのだろう。やはり彼女は完璧だ。疑いの余地もないその真実に、シェルラは二つほど深く頷き、腕を組んだ。


「ラヴェンナさんは遍く人々を照らす陽光のような存在です。その彼女に歯向かうなど、愚かしいとしか言いようがない」


「……あんた、自分で言ってて恥ずかしくない?」


 眉間に皺を寄せるルーティア。


 衆愚は真に素晴らしいものを理解しようとしない。本当に救いようがない、とシェルラはもう一度、深い深い溜息を吐いた。


「人々を照らす陽光が、どうして人の絵を燃やしたりするんです」


 クエインが口を開いた。ルーティアとは違う感情、心底からの憎悪をこちらに、その背後にいるラヴェンナに向けている。


 下らない。鼻で笑った。


「ラヴェンナさんの意に従わない愚か者、そしてその愚か者の傍に寄り立とうという恥知らずには、時に相応の罰が下るものです」


「愚か者……? 恥知らず、ですってっ?」


 両の拳を腰の脇で、震えるほどに強く握り締めているクエイン。感情を顕わにする彼女の、胸許にルーティアがそっと手を伸ばし、落ち着かせている。


 このルーティアという女は、それなりに厄介だ。感情に任せて怒鳴り散らし、時に暴力に訴えてくるような、単純な相手は御しやすい。仲間の怒りを理解しながら、状況を見てその感情を抑えさせられる冷静さは、相対する者にとって有難いものではない。


「まるでカルト宗教ね。私が見ている限り、アルセステ自身だって自分のことをそこまで思っちゃいないわよ。ある意味あんたのがヤバいかも」


「私が、ラヴェンナさんの素晴らしさに気付いた、というだけのことです。ラヴェンナさんが何かをする必要などない。あの人が蒙昧たる愚民の相手をする責務など、どこにもないのです」


「うーん、ちょっと話の噛み合わなさを感じるけど……。とりあえず、そりゃ有難いわ。あんたたちが私たちと関係ないところでカルトやっててくれる分には、こっちも全然構わなかったんだけど」


「せっかくラヴェンナさんに頂いた慈悲を無碍にする女に、罰が下らないはずがないです」


「ティリルのことを言ってるつもり?」


「あなたもわかっているじゃないですか」


 あんたの妄言の方向性がわかってきただけよ。ルーティアが吐き捨てた。


 本当に、この連中は救いようがない。右の人差し指でこめかみを抑え、どうしたら話が通じるのか、しばし悩み込んだ。


 今更通じるようなら、そもそももっと早い段階で、自分たちの愚を悔い改めているはずなんですよね。わかり切った結論を、頭の中にもう一度浮かべた。


「いいわ。この話に真っ当な結論が付けられるとも思わない」会話の無駄さを悟る程度の頭は持っていたか。ルーティアがそう切り出した。「私たちは別に、どうしてもここを通りたいわけじゃない。探している人物がこの先にいないかどうかを確認したいだけ」


「私には関係のないことですね」


「そんなことすら答えてもらえないの。……ひょっとして、あんたも知らないんじゃないの?」


 ふん、と鼻で笑いながら、ルーティアが聞く。


 安い挑発だ。そんな言葉でムキになるとでも思っているのか。


「ええ、そうです。私も知りません。だからあなたたちに与えられる情報は何もない。これで満足かしら」


「全く、不可解ね」


 不可解? シェルラは問い返した。解せないことなど何があったか。自分が、何を守っているのかも知らされないままここに立っているのがそんなに滑稽か。だとしたら的外れもいいところ。やはりこの女に、自分がアルセステに抱く想いなど、信頼など欠片も理解できはしないのだ。


「ええ、不可解。だって私たちが探している人物は、アルセステが重要視するような人物じゃ、ないもの」


「? わかりませんね。それが何だというのです?」


「この先に、私たちが探す人物がいないなら、あんたは何を守っているのか。私たちの目当てとは全く関係ない、アルセステが隠したい何かがあるのか」


「……ですから、私には何も答えることは――」


「ただの当て推量よ。少しは喋らせなさい」散々喋っておいて。この女の厚かましさは底なしだな。「正直言って、アルセステが今更そんなものを隠し持ってるとも思えないのよね。もし持ってるとしたら、大会に負けたあんたを守り役にしない。最初っから、もっと実力に信頼の置ける奴を置いておくでしょう」


 ずいぶんな言い草だ、と舌を打つ。第三種競技初戦敗退の自分をあげつらう言い方であるのは確かだろう。が、一概に的外れとも言えない。負けた自分が、ではと次に受けた任務で来た時、この場所には誰もいなかった。自分が負けるまでは、誰もここを守る者がいなかったことになる。


「じゃあ、アルセステがあんたをここに置いた理由は何か。

 一つは、何もないのにあんたを置いた。私たちの足を止める、時間稼ぎのため。でもこれも現実的じゃないのよね、私たちの足止めが今さら何で必要なのかわかんないし、それが目的だったらこんな人目に付かないとこじゃなくて、もっと私たちが来そうな場所に張るべきよ。

 だから、私は、もう一つの可能性を推すわけ」


「もう一つの可能性?」


 素直に首を傾げてしまった。耳を向けるべきでないとわかっていながら、つい聞き入ってしまう乱暴な魅力が、彼女の話しぶりにはあった。


 隣で、クエインも怪訝な表情をしている。




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